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第7巻「黄泉の門の戦い」

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96.帰路

 「ワン、ゼンは無事に帰っていきましたね。もう大丈夫だ」

 とポチが言いました。シェンラン山脈の頂上に残された魔女の城。その中は今は静まりかえっています。

 フルートはうなずきました。

「ぼくたちも帰ろう。また砂漠を越えて戻らなくちゃいけない。帰り道も遠いからね」

 すると、ポチは嬉しそうに尻尾を大きく振りました。

「ワン、ぼくはもう風の犬に変身できます。今度は砂漠越えも心配ないですよ」

 ところが、とたんにフルートがくすりと笑ったので、ポチは目を丸くしました。

「ワン、なんですか?」

「それだよ」

 とフルートは笑いながらポチの顔を指さして見せました。

「また、ワン、って言うようになったから、なんか懐かしくなってね」

「もう、フルートったら! 当然でしょう? ぼくは犬に戻ったんだもの」

 とポチは照れたように言って飛びついていきました。ピンク色の舌でぺろぺろとフルートの頬をなめます。

「やっとこれができた! さすがに、あの格好でこれをするのは気がひけたんですよ」

「うーん、さすがにそれはちょっとまずかったかもね」

 とフルートも思わず苦笑します。

 

 床の上に抜き身の炎の剣が落ちていました。フルートは立ち上がって剣を鞘に収めると、部屋の一角を振り返りました。そこには幽霊の姿のランジュールと大蜘蛛がまだ立っていました。

「一応お礼を言うべきなんだろうね。助かったよ、ありがとう」

 とフルートは言いました。一年前の願い石の戦いでは執拗にフルートや皇太子のオリバンの命を狙い続けたランジュールですが、今回彼がいなければ、フルートもゼンも魔女に勝つことはできませんでした。

 うふふ、とランジュールはおなじみの笑い声を立てました。

「ホントに礼儀正しいなぁ、金の石の勇者は。相変わらず、優しすぎて危なっかしいしさぁ。お人好しで正義の味方の勇者くん。そんなふうだからボクは――キミを殺したくてしかたないんだよねぇ」

 細い瞳がふいに、きらっと危険な光を浮かべました。軽い口調の陰に残酷な響きが隠れています。

 フルートは思わず大きく飛びのき、背中の剣にまた手をかけました。その足下にポチが駆け寄って吠えます。

「ワン、ランジュール! やっぱりまだフルートを狙ってたんだな!?」

「勇者くんだけじゃないさぁ。ロムドの王子様のことも、やっぱりまだあきらめてないんだよぉ。あのね、ボクが生きている間に狙って殺せなかったのって、キミたち二人だけだったんだよ。すごぉく悔しくってねぇ、とても死者の国になんて行ってられなかったのさ。黄泉の門のところでがんばって、またこの世に戻ってくるチャンスを狙い続けてたんだ。いやぁ、ホントに望みは捨てないでいるもんだね。他でもないゼンと一緒にキミの所へ直接戻ってこられたんだから、これも普段のボクの行いが良かったおかげだよねぇ」

 ランジュールは上機嫌でした。しゃあしゃあとそんなことを言いながら、踊るように体を揺らしています。

 フルートは身構え続けました。とぼけて見えても、ランジュールはとても危険な男です。人を殺すことに楽しささえ感じているのです。炎の剣を半ばまで引き抜きながら、これで切り伏せることができるだろうか、と考えます。ランジュールは今、幽霊です。さすがの魔剣も、魂まで切ることはできません……。

 そんなフルートに向かって、ランジュールは冷酷に笑いながら進み出てきました。

「さあ、それじゃ今度はボクたちが始めようかぁ? 苦手な金の石もゼンと一緒に行っちゃったし、好都合なんだよねぇ」

 フルートはさらに身構え、剣を抜きました。ポチがうなりながら飛び出していきます。が、鋭い牙でかみついていっても、その体はランジュールの中をすり抜けてしまいました。

「ムダムダ。キミたちには何もできないよぉ。なにしろ、ボクは幽霊だからね。さあ、それじゃこっちの番だ。行くよぉ、勇者くん――!」

 ランジュールが細い腕を高く上げました。まるで魔女が魔法を使うときのようです。フルートは剣を構えました。その前にポチが駆け戻って、低くうなります。

 

 すると、突然ランジュールがまた腕を下ろしました。肩をすくめて笑います。

「なぁんてね。できるわけないじゃないかぁ。ボクは今は幽霊だよ。悪霊でも怨霊でもないから生身のキミにはさわれないし、アーラちゃんだって、蜘蛛の糸を張ることしかできない。残念だけど、こっちからも手出しができないんだよねぇ」

 言いながら、ランジュールは大蜘蛛の背中に乗りました。うふふ、と笑って続けます。

「今回は、こうしてこの世に帰ってこられただけで満足することにするよ。もっと強力な魔獣をつかまえたら、キミと王子様を殺しに来てあげるから、楽しみに待っててよね。それじゃ、またぁ」

 ランジュールと大蜘蛛の姿が、あっという間に消えていきました。どこへ行ってしまったのか、姿が見えなくなってしまいます。後には呆気にとられたフルートとポチだけが残されました……。

 

 魔女の城の長い通路の終わりに出口に扉がありました。金や宝石で飾られた見上げるほど大きな扉ですが、入ってきたときと同様、フルートが押しただけで簡単に開いていきます。

 すると、刺すように冷たい風と共に、まぶしい日の光が差し込んできました。青空が目の前に広がり、太陽が空の高い位置で輝いています。そして、その空と太陽の前に、大きな黒い生き物がはばたきを繰り返しながら浮かんでいました。ワシの体にライオンの体の後ろ半分をつないだような怪物――グリフィンです。その背中から、背の高い黒髪の少女が伸び上がって声を上げました。

「フルート! ポチ!」

 とても綺麗な少女ですが、額に一本の角があります。

「アリアン! グーリー!」

 とフルートたちは歓声を上げました。城に突入するときに、魔王に操られかけて離れていった二人が、また来てくれていたのでした。

「すごいわ、フルート! また魔王を倒したわね!」

 とアリアンが笑顔で話しかけてきました。アリアンは透視能力を持っています。城の中で魔女とフルートたちがどんな戦いを繰り広げ、どういう結末を迎えたのか、すっかり承知していたのでした。

 ギェェ、とグーリーが鳴きました。ポチがそれに応えます。

「ワン、おかげさまで。もうすっかり元通りですよ」

 グーリーははばたきながら、何度もワシの頭を振ってうなずきました。良かった良かった、と言っているようでした。

 すると、アリアンが笑顔のままで言いました。

「さあ、グーリーに乗って。ハルマスまで送ってあげるわ。グーリーならば、とても早く帰れるわよ――」

 フルートとポチはまた歓声を上げました。グリフィンの飛翔力は抜群です。何千キロもの距離を、ものともせずに飛ぶことができます。

 ポチがシュン、と音を立てて風の犬に変身しました。城の通路にユラサイの竜のような体を長々と伸ばして言います。

「さあ、乗ってください、フルート。グーリーの背中までひとっ飛びしますよ」

「わかった」

 フルートが乗ると、ポチは空に舞い上がりました。必要もないのに、ぐるぐると空で大きく宙返りしながら、グリフィン目がけて飛んでいきます。あわてて背中にしがみついたフルートは、思わず笑い出してしまいました。はしゃぐポチは、人間から犬の姿に戻れて本当に嬉しい、と全身で言っているようでした――。

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