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第7巻「黄泉の門の戦い」

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92.策略

 ゼンとタウルは戦い続けていました。

 怪力同士の対決です。斧とショートソードが、すさまじい勢いで何度もたたき合わされます。幻のような魂だけの存在のはずなのに、衝撃が周囲の空気を震わせます。武器がぶつかり合うたびに大きな音が響きます。

「やはりやるな」

 とタウルが満足そうに笑いました。相手が強いからこそ勝負をしたいのです。すぐに倒せるような相手と戦っても意味がないのです。

 ゼンは振り下ろされてくる斧を受け止め、かわしました。大柄なタウルが長い斧を振り回すので、攻撃範囲が広くて、うかつには近づけません。間合いに飛び込んで反撃できるチャンスを待ちます。

 すると、フルートが魔女に剣の柄で殴り飛ばされたのが見えました。金の鎧を着た体が床に倒れます。魔女がフルートの顔目がけて剣を突き立てようとします。

 ゼンは思わず魔女とフルートの間に飛び込んでいこうとしました。が、それより早く、すぐ目の前に斧が振り下ろされてきました。刃先がゼンの額をかすめ、傷口から血が流れ始めます。

「よそ見をするな! すぐに勝負が決まってはつまらん!」

 とタウルがどなります。

 ゼンは歯ぎしりをしました。フルートのところへ駆けつけたいのに、その隙がありません。また振り下ろされてきた斧をあわてて剣で受け止めます。

 

 床に倒れたフルートの顔を魔女の剣が突き刺してきました。

 フルートは、とっさに左腕を上げました。丸い銀の盾で剣を受け止め、はじき返します。反動で魔女がよろめいた隙に跳ね起き、逆に魔女へ剣を振り下ろそうとします。

 すると、魔女が悲鳴を上げました。

「きゃあっ!」

 とたんに、フルートの剣の勢いが鈍りました。また、ためらってしまったのです。そのとたん、魔女の剣が跳ね上がってきました。フルートのむき出しの顔を切っ先がかすめ、頬に傷がついて血がにじみ出します。

「あーあ、見え見えの手にひっかかっちゃってぇ」

 とランジュールがあきれました。

「ダメだよぉ、勇者くん。割り切らなくちゃ。相手が人間だろうとなんだろうと敵は敵。人間は殺せない、なぁんて言ってると、絶対に自分の方が殺されちゃうよぉ」

 ランジュールの言うことはもっともでした。怪物だろうと人間だろうと、同じ敵であることに変わりはないのです。しかも、情けや手加減で考えを改めるような相手でもありません。敵を倒すのに躊躇することは、そのまま自分の敗北につながるのです。

 フルートも、頭ではそれがわかっていました。わかっています……が、どうしても感情がそこについていきません。剣が相手を傷つける寸前に、どうしても気持ちが引いてしまうのです。フルートは優しすぎる勇者でした。

 

 再び激しい剣のぶつかり合いが始まります。フルートのロングソードと魔女の剣が火花を散らします。魔女は小柄なフルートより背が高いので、フルートの弱点の顔を狙いやすい位置にいます。執拗なほどにそこへ剣を繰り出してきます。

 フルートはまた盾を使いました。魔女の剣が跳ね返され、魔女がよろめきます。剣の勢いが強すぎる分、返されると自分までがバランスを崩すのです。そこにまた隙が生まれます。

 今度こそ、とフルートは剣を振り上げました。魔女の体に肩から刃を振り下ろそうとします。

 その瞬間、魔女はフルートを見ました。紫の瞳が大きく見開かれ、恐怖の表情を浮かべています。

 とたんにまた、フルートの剣が鈍りました。これで三度目です。ほんの一瞬ためらったところへ、魔女の剣が突き上げてきました。フルートはとっさにのけぞってそれをかわしましたが、とたんに足をすくわれました。魔女に足払いをかけられたのです。どおっと音を立てて仰向けに倒れてしまいます。

「ああ、ホントにもう。見ちゃいられないなぁ」

 とランジュールがまた言いました。何を言っても、のんびり聞こえる口調です。見ていられない、と言いながらも、自分では観戦を決め込んでいて、全然動こうとはしません。

「フルート!」

 とまたゼンは叫びました。タウルとの戦いを放り出して親友に駆けつけようとします。

 ところが、タウルがそれを逃がしませんでした。

「行かせん! おまえの相手は俺だ!」

 と斧を振り下ろしてきます。ゼンは振り向きざま、斧を受け止めてつかみました。牛男をにらみながら言います。

「うるせえ! 今はもうそんな状況じゃねえのが見てわかんねえのか! とっととあっちへ行ってろ!」

 言うなり、斧をもぎ取り、次の瞬間にはタウルをつかまえて部屋の片隅まで放り投げてしまいます。ズシーン、と霊の体が何故か地響きを立てます。

 ふん、とゼンは鼻を鳴らし、斧を放り出してフルートへ駆けつけようとしました。魔女がまたフルートの顔に剣を刺そうとしています。

 

 ところが、その時、ゼンは後ろからがっしりつかまれました。動けなくなってしまいます。振り向くとタウルがまたやってきて、太い腕でゼンの体をつかまえていました。

「この――放せよ!」

 ゼンはわめき、焦ってタウルを振りほどこうとしました。魔女はフルートを狙っています。黒い靴をはいた片足がフルートの盾を踏みつけて押さえているのが見えます。防御できないようにして、急所に剣をたたき込もうとしているのです。

 けれども、タウルはますますしっかりとゼンをつかまえました。

「逃がさん。貴様は俺が殺してやるんだ。おまえは本当に強かった。だから、殺した後は、骨も残さず食い尽くしてやる。それが俺の戦いの礼儀だ」

「ったく……どこが礼儀だ! 放せって言ってんだよ、この野郎!」

 それでも牛男はゼンを放しません。ますます力を強めてきます。ゼンは息が詰まり始めました。太い腕が胸と首の上を押さえているのです。ゼンは魂だけの姿ですが、同じ魂の存在のタウルからは、生身の時と同じようなダメージを食らってしまうのでした。

 放せ……! とゼンはわめき続けました。早くフルートの元へ駆けつけなければ、と気持ちは焦るのに、どうしてもタウルを振りほどくことができません。魔女の剣が鈍い銀色に光ります。

 

 その時、魔女が一瞬振り返りました。ゼンを抱え込んでいるタウルを見て、にんまりと笑います。すさまじいほどに残酷で美しい微笑が広がります。

 と、魔女がフルートから離れました。とどめを刺しません。代わりに魔女が駆けつけたのは、床の上に倒れたままでいるタウルの体の方でした。魂が離れている肉体は死んだように仰向けになったままで、身動き一つしません。そこへ自分の剣を振り上げます。

 それを見ていたゼンは驚きました。魔女の姿を目で追っていたフルートも思わず叫びます。

「何をする気だ、魔女!?」

 けれども、魔女は何も言わず、ただ冷酷な微笑を浮かべながら、自分の剣を足下の体に突き立てました。鋭い刃が牛男の胸に深々と刺さっていきます――。

 

 とたんに、ゼンをつかまえていたタウルが絶叫しました。

「な――何をする、レィミ――!?」

 魂だけになっている胸から、赤い血が吹き出していました。つかまっているゼンに、ほとばしる水のように血しぶきがかかります。

 一方の魔女は、剣を床に突き当たるまで深く刺し、それをまた引き抜いていました。肉体の方からも真っ赤な血が噴水のように吹き出し、血の雨となって魔女に降りかかります。肉体のタウルもすさまじい声で吠えました。咆哮で部屋中がびりびりと震えます。

「な、何を……」

 フルートは起き上がりましたが、それ以上、何も言うことができませんでした。魔女は、仲間のはずのタウルを自分の剣で刺したのです。

 すると、血の雨の中、黒いドレス姿の魔女はにっこりとほほえみました。血を吹き出し、全身を激しく震わせている魂のタウルに向かって、こう言います。

「そのままゼンをしっかりつかまえているのよ、タウル。もうすぐあんたにお迎えが来るわ。ゼンを一緒に死者の国へ連れて行ってちょうだい」

 フルートたちは愕然としました。あまりのことに、全員がことばも出なくなります。ただ、ランジュールだけが声を上げました。

「うひゃあ、なんてお姐さんだろうねぇ! ゼンに黄泉の門をくぐらせるために、自分の相棒の命を使ったわけ!? いくらボクが残酷でも、ちょっとこの真似はできないよぉ!」

 魂のタウルが、ゼンから片腕を放し、魔女に向かって伸ばしました。その手は血に真っ赤に染まっています。

「レ……レィミ……何故だ……? 何故、こんな真似を……」

 単純な牛男には、魔女の策略がまだ理解できません。信じられないように、尋ねるように、魔女の美しい姿を見つめ続けます。

 それにむかって、魔女は、うふん、と笑い返しました。

「ありがとう、タウル。やっぱりあなたはあたくしの最高のパートナーよ。あたくしのために、命を捨ててゼンを倒してくれたのだものね。そのまま、絶対にゼンを放しちゃダメよ。死者の国まで、確実にゼンを連れ去りなさい」

 それでも、やっぱり牛男はわけの分からない顔をしています。

 

 その時、ばん、と音を立てて扉が開きました。黒い鉄格子の扉です。

 いつの間にか、魔女の部屋の中に大きな門が現れていました。黄泉の門です。大きく開いた扉の奥から、激しくうなる風の音が聞こえていました。こちらへ近づいてきます。

 ランジュールが叫びました。

「死者の国からのお迎えの風だぁ!! 門に吸い込まれちゃうよ!!」

 そのとたん、締め切ってあるはずの部屋の中に、猛烈な風が吹き出しました。ごうごうと音を立てながら門の中へと吹き込み始めます。ランジュールが言うとおり、さまよう魂を死者の国へと運び去る、迎えの風でした。あまりの勢いに、魂の姿の者たちだけでなく、生者のはずのフルートやポチまでが引き倒されました。

 金の石の精霊が叫びました。

「気をつけろ! 死者の国からの風は強烈だから、生きている人間だって巻き込まれたら連れ去られて、死者の国から戻れなくなるんだ! 何かにつかまって!」

 風は吹き続けていました。音を立てながら部屋中を吹き荒れ、家具や物を吹き倒し、黄泉の門に向かって吹き込んでいきます。その風に、部屋中にいる全員が、ずるずると門に向かって押し流され始めました――。

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