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第7巻「黄泉の門の戦い」

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第23章 最終決戦・3

91.対決

 魔女は必死で移動を繰り返していました。

 降りそそいでくる流星のような緑の光の中、デビルドラゴンは耐えきれなくて彼女から離れていきました。彼女は今、人間の体に戻ってしまっています。魔王の時のように絶大な魔力で一気に何千キロもの距離を飛ぶことは、もうできなかったのです。

 それでも、デビルドラゴンが残した闇の力はまだ彼女の中に残っていました。それを使ってジャンプを繰り返し、自分の城に戻っていきます。シェンラン山脈は遠く、ようやくたどりついた頃には、もうデビルドラゴンの力もほとんど使い果たしてしまっていました。

 レィミ・ノワールは肩で息をしながら自分の部屋へ急ぎました。悔しさに歯ぎしりをします。

「冗談じゃないわ……これで終わらせるものですか! もう一度デビルドラゴンを呼び寄せて魔王になってやる。今度こそ、光の魔法を使う間もなくたたきのめしてやるわ!」

 血のような赤から本来の紫色に戻った瞳を怒りで燃やしながら、自分の部屋の扉を開けます。

 そして――魔女は立ちすくみました。

 

 部屋の中にいつの間にか人が増えていました。フルートとポチ、牛男のタウルだけでなく、もう二人の少年と痩せた長身の青年がいます。巨大な化け蜘蛛までいます。新たな人と蜘蛛は、半ば透き通った幻のような姿をしていました。

「ゼン! それに――おまえたちは――」

 驚く魔女に、ゼンがにやりと笑い返しました。

「よう、おかえり、魔女のおばさん。留守中に邪魔してたぜ。黄泉の門の前からの直行便だぞ。こっちは金の石の精霊とランジュールだ」

「それと、大蜘蛛の幽霊のアーラちゃんねぇ」

 とランジュールがご丁寧に付け足します。

 蜘蛛はたくさんの悪霊を糸でぐるぐる巻きにして食事をしていました。部屋の中を飛び回っている悪霊は一匹もいません。魔女はまた歯ぎしりをしました。自分が準備していった舞台を、ゼンたちが駆けつけて打ち壊したのだと知ったのです。腹立ち紛れにどなりつけてしまいます。

「タウル! タウル、あんたはいったい何を――!」

 ところが牛男は魔女の叱責など聞いていませんでした。顔を喜びに輝かせながら迫ってきました。

「レィミ! 俺をもう一度霊の体にしろ! 今度こそ、あの坊主と決着をつけてやる!」

 と魂だけの姿のゼンを指さします。

 レィミ・ノワールは呆気にとられました。この男は本当に戦うことにしか興味がないのです。自分たちが今、どういう状況にあるのか、まるでわかっていません。

 けれども、魔女はすぐににんまりしました。それならそれでやりようがある、と気がついたのです。

「いいわ、タウル。あんたの望み通りにしてあげる。あのドワーフのガキを確実に殺しなさい」

 魔女の指先から黒い光が散りました。とたんに、牛男の巨体が地響きを立てて仰向けに倒れます。部屋にいた他の者たちは驚きました。

「おい、いったい……?」

 と言いかけたゼンのすぐ頭上を、いきなり斧の刃が通り過ぎていきました。とっさに頭を下げると、隣のランジュールもあわてて飛びのきます。

「ひゃっ! あ、危ないなぁ! やめてよ、今度は本当に切れちゃうじゃないかぁ!」

 彼らの目の前にもう一人のタウルが立っていました。大きな斧を構えて、ゼンに、にやりと笑いかけてきます。その体はゼンたちと同じように半分透き通っていました。

「さあ、これでおまえと同じだぞ!」

 とタウルは吠えるように言いました。

「俺と勝負しろ、ドワーフの坊主!」

 ゼンはあきれ返りました。

「ほんっとに馬鹿だな、おまえ。魔女にいいように利用されてるのがわかんねえんだもんな」

 けれども、タウルはまったく耳を貸しません。ゼンに向かってまた斧を振り上げます。隣のランジュールが大あわてで離れていきます。

 ゼンはゆっくりと身を沈めました。タウルを見上げながら身構えていきます。

 タウルが斧を振り下ろしてきました。ゼンは低い位置から一歩前に踏み出しました。大人のように太い腕を差し上げ、がっきと斧の根元をつかみます。牛男の渾身の一撃が、ぴたりと止まります。

 うおりゃぁ! とゼンは声を上げ、牛男を地面にたたきつけました。自分の倍もあるような大男を斧ごと投げ飛ばしたのです。けれども、タウルも霊の体です。すぐにまた立ち上がって斧を振り上げます。

 それを見ながらゼンは言いました。

「まあ、そこまで徹底して馬鹿だと、ある意味立派かもしんねえけどな。来い、でかぶつ。望み通り、決着をつけてやらぁ!」

 タウルが嬉しそうにまた吠えました。斧を振りかざして襲いかかってきます。ゼンはそれに向かって飛び出していきました――。

 

 フルートは黒いテーブルから離れて魔女に向かって歩いていました。

「ゼンから闇の毒を消せ、レィミ・ノワール」

 と言います。静かな声ですが、その青い瞳は刺すように鋭いまなざしをしていました。右手はもう背中の剣の柄を握っています。

 魔女は、うふん、と笑いました。少しも恐れる様子がありません。

「デビルドラゴンが去って、あたくしが気弱になってるとでも思った? あたくしはもともと強力な魔女よ。デビルドラゴンがいなくても、あたくし自身の魔法であんたを打ちのめすくらい、簡単なことなのよ」

「闇の毒を消せ」

 とフルートは繰り返しました。背中の剣を半分引き抜きます。

「い、や、よ」

 とレィミ・ノワールは答えると、手の中に魔法で剣を作り出しました。フルートが振り下ろしてきた剣の一撃を受け止めます。チャリーン、と刃と刃がぶつかり合う音が部屋に響きました。

「ゼンを助けたいなら、あたくしを殺すことね。そうすれば闇の毒は消えるわよ」

 あざ笑うように言う魔女に、フルートは表情を変えずに答えました。

「そうさせてもらう。ぼくはゼンを絶対に助けるんだ――」

 と銀の剣を魔女に向け直します。

 すると、その様子を眺めていたランジュールが、ひとりごとのように言いました。

「とか強そうなこと言ってるけど、持ってるのが普通の剣じゃないかぁ。炎の剣じゃなくてさ。相変わらずだなぁ、勇者くんは」

 あきれたように肩をすくめます。フルートが人を殺すのを嫌っていることを、彼はよく知っているのでした。

 

 黒と金と宝石に飾られた部屋の中で、二つの戦いが始まっていました。斧を持ったタウルとショートソードを抜いたゼン、それぞれに剣を構えたレィミ・ノワールとフルートです。斧とショートソードが、剣と剣が、激しくぶつかり合い、音を響かせます。

 テーブルのそばでポチと金の石の精霊が戦いを見つめていました。精霊が表情も変えずに言います。

「意外だね。あの魔女、剣も使えるよ。けっこうな腕前だ」

 ポチは青ざめてフルートを見ていました。精霊の言うとおり、魔女が繰り出す剣は驚くほど強力です。一方のフルートは、口ではなんと言っていても、やっぱり人間相手では戦いにくそうにしています。剣にいつもの鋭さがありません。次第に防戦一方になっていきます。

「フルート!」

 とポチは思わず声を上げました。ポチは少年の姿です。どんなに助けに駆けつけたくても、彼には手も足も出せないのです。悔しくて悔しくて、涙が出そうになります――。

 

 レィミ・ノワールが剣をふるいながら言いました。

「知っていてよ、勇者の坊や! あなたは怪物は殺せても、人間を殺すことはできないのよね。デビルドラゴンが去って、あたくしは今、ただの人間よ。あなたに本当にあたくしが殺せて?」

 本来の紫色に戻った瞳があざ笑っています。形のよい唇は、魔王でなくなっても血のように赤いままです。

 鋭く切り込んできた魔女の剣を返しながら、フルートは答えました。

「殺せる! 絶対におまえを倒す!」

 言ってすぐに唇をかんでしまいます。痛々しいほどつらそうな表情が外に出ていました。

 魔女は声をたてて笑いました。

「本当に優しい坊やね。無駄な抵抗はやめて、おとなしく殺されてちょうだい。あたくしを傷つけたしりてはダメよ」

 魔女の剣がまた突き出されてきました。ためらうこともなくフルートの顔を狙ってきす。剣が間に合わなくて、フルートはとっさに顔をそむけました。鋭い切っ先が金の兜に跳ね返されます。

 そのとたん、魔女がよろめきました。バランスを崩したのです。一瞬、魔女の上体ががら空きになります。フルートはそこへ剣を突き刺そうとしました。

 が、次の瞬間、銀の剣の切っ先が止まりました。フルートはためらってしまったのです。そのとたん、魔女がフルートの腹を剣の柄で殴り飛ばしました。フルートが倒れます。

 魔女はフルートの苦手と弱点をすべて承知していました。人が殺せない優しい勇者。その弱みにつけ込むために、魔女はあえて剣で勝負を挑んでいるのでした――。

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