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第7巻「黄泉の門の戦い」

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第21章 最終決戦・1

83.開戦

 ハルマスに夜明けが近づいていました。暗かった空が東から明るくなっていき、たなびく雲がねずみ色から銀色へ、そしてバラ色へと変わっていきます。空と山々の境界線が次第に赤金色に輝き出します。

「夜が明けます……」

 とユギルが言いました。つぶやくような声でしたが、その中に深く物思う響きを聞いて、ゴーリスがユギルを見ました。皇太子のオリバンも不思議そうに言います。

「ああ、夜明けだ。ユギルの占い通り、夜の間はもう敵は攻めてこなかったな。良かったではないか?」

「左様です。朝が来れば闇の敵の力は非常に弱まります。ポポロ様の魔法も、夜明けの光とともに復活します。我々にとっては非常にありがたいことです」

 とユギルは答えました。が、その声はますます重くなっていました。ゴーリスが静かにうなずきました。

「確かにな。夜明けは我々にとっては有利になる。それはつまり、魔王にとっては不利になると言うことだ。それがわかっていながら、何故魔王が夜明けまで待ったか、ということだな」

「魔王は何かを企んでいる、と言いたいのか?」

 とオリバンが聞き返しました。ユギルは色違いの目をじっと夜明けに向け続けていました。青と金の瞳は、朝の光よりももっと遠くのものを眺めていました。

「それ以外考えられません。あの魔女は、我々を全滅させることよりも、我々を苦しめて絶望に追い込むことの方を優先させています。絶対に何かを仕掛けるつもりでいるのです」

「魔王の意図を見破ることはできないのか? 赤の魔法使いの助けを借りれば、魔王が作る闇の奥も見通せるのだろう?」

 すると、ユギルは首を振りました。

「赤の魔法使い殿は、他の魔法使いの方々と庭を守っておられます。彼らが護具を強力に作動させているおかげで、この庭は魔女の目から隠されています。今、赤の魔法使い殿を持ち場から離すわけにはまいりません」

 さえぎるものが何もない中庭には、一面守りの花が揺れ、四隅にだけ、ほそほそと数本の立木が残っていました。そこにそれぞれ一つずつ光の護具が立てられ、明るくなっていく空に白い光の膜を張り続けています。護具のそばには四人の魔法使いが立ち、杖を手に護具を守り続けていました。深緑の魔法使いは鍛冶屋の長のピランと何やら話をしています。

 そんな中庭に朝の光が差してきました。金色がかった光が庭を照らすと、あらゆるものが色と形をはっきりさせていきます。守りの花が白く輝き出します。

 

 その時、ユギルは、ぎくりと空を見上げました。

 護具が張る光の膜の向こう側に、人の姿が浮かんでいました。波打つ長い黒髪に、優美に裾を引く黒いドレスを着た女です。中庭に立つ人々をながめ、にっこりと怪しく笑いかけてきます。

「おはよう、皆様。綺麗な夜明けじゃないこと? あなたたちが死んで行くのにふさわしい、素敵な朝よね」

「魔女!」

 とユギルは叫びました。レィミ・ノワールが光の膜越しに、まともに自分と目を合わせていることに愕然とします。護具に守られているのに、魔女には中の様子が見えているのです。

 深緑の魔法使いの隣で、ピランがきいきいとわめきました。

「貴様が魔王か! 護具が動いとるのに、わしらが見えとるんだな!? 何故じゃ!?」

 すると、魔女が声を上げてあざ笑いました。

「これっぽっちの光で、あたくしをあざむけると思っていたの? あたくしが本気になれば、この程度の障壁はなんでもないのよ。そら!」

 声と同時に魔女の手が動きます。とたんに、庭の四隅に立つ護具が吹き飛ばされ、四人の魔法使いが地面にたたきつけられました。一瞬の出来事でした。あっという間に庭を包んでいた光の膜が消えていきます。

「ななな、なんちゅうことを!!」

 とピランはが金切り声を上げました。怒りのあまり、顔が真っ赤になっています。そこへ魔女が手を向けました。

「危ない、ピラン殿!!」

 ユギルが思わず声を上げたのと、魔女の手のひらから黒い光の弾が飛び出したのが同時でした。魔弾と呼ばれる闇の攻撃魔法です。

 魔弾はノームの老人を直撃しました。ばっと白い煙が上がって老人の体を包みます。それが風にちぎれていった後には、もうピランの小さな姿はどこにも見あたりませんでした。ただ巻き添えを食らった花が黒こげになっています。

「鍛冶屋の長!!」

 とオリバンは叫び、歯ぎしりをしながら聖なる剣を引き抜きました。ゴーリスも即座に剣を抜きます。

 

 そこへ庭の真ん中の建物から次々に少女たちが姿を現しました。ポポロとルル、メール、その後からはジュリアも飛び出してきます。

 ゴーリスが叫びました。

「建物の中に入っていろ! ゼンを守れ!」

 女性たちは、はっとしました。庭の上空には黒いドレスの美女が浮かんでいます。初めてレィミ・ノワールを見た者たちも、それが魔女だと瞬時に悟ります。ジュリアが身をひるがえして、ゼンの眠る建物に駆け戻っていきました。

 二人の少女は建物の前で身構えました。ルルが音を立てて風の犬に変身します。

「あれがレィミ・ノワールかい。なるほど、色気だけはすごいね」

 とメールが言いました。まだ顔色は悪いのですが、夜明けまでしっかり眠ったので、だいぶ元気を取り戻しています。

 ポポロが青ざめながら答えました。

「闇の魔法を使う、夜の魔女よ。気をつけて。綺麗な人だけどとても恐ろしいの。魔力がものすごいわ」

「へえ。ポポロにそういわせるんじゃ、確かにすごそうじゃないか」

 と言いながらも、メールには恐れる様子はありませんでした。両手をさし上げて高く呼びかけます。

「さあ、お行き、花たち! いよいよ決戦だよ! 敵の親玉を倒しといで!」

 ザザザァァーッと土砂降りの雨のような音を立てながら、守りの花がいっせいに茎を離れました。庭の中は白い花でいっぱいになります。

 すると、空中の魔女が、ふふん、と鼻で笑いました。

「可愛いお姫様だこと。光の花程度で、このあたくしを止められると思っているだなんて」

 言いながら、まるで何かをなぎ払うように、片手を大きく横に振ります。

 とたんに、花が色を変えました。輝く白い色が、みるみるうちに茶色くしなびて、雪のように降り始めます。

 メールは真っ青になりました。今まであれほど自分たちやゼンを守ってきた花が、魔女には何もできずにあっという間に枯れていくのです。

「花たち! 花たち!!」

 手をさし上げながら必死で呼びかけますが、止めることはできませんでした。ものの三十秒とたたないうちに、守りの花は一つ残らず空中から落ち、庭中が枯れた花びらで埋め尽くされてしまいました。

 

 茫然とする人々に、魔王になった魔女はまた笑いかけました。

「まったく愚かな人間たちね。あたくしが手加減してあげていただけなのに、それであたくしに対抗しているつもりだったなんて。さあ、ここからはいよいよあたくしの本気を見せるわよ。あなたたちが抵抗もできずに死んでいく様子を、あの勇者の坊やに見せつけてあげるんだから」

 それを聞いて、ユギルが、はっとしました。

「勇者殿はシェンラン山脈にたどりついたのですね!? 大砂漠を越えられたのだ!」

「ええそう。今はあたくしの城の中よ、占い師さん」

 とレィミ・ノワールは答えました。その声が急に鼻にかかったような甘い響きを帯びます。

「本当にかわいそうよねぇ。死にものぐるいで、やっとあたくしのところまでたどりついたと思ったのに、あたくしがこうしてハルマスまで飛んでいってしまうのですもの。あの坊やはあたくしと一騎討ちするつもりでいたけれど、あたくしには、そんなものに応じる義理はないのよ。坊やは城からここの様子を眺めているわ。手も足も出ない場所で、あたくしがあなたたちを殺す様子をたっぷり見物させられるのよね」

 そして、魔女はくすくすと笑いました。空中に浮かんだまま、すうっとユギルのすぐ近くまで舞い下りてきます。

「どう、綺麗な占い師さん。あたくしのものにならないこと? そうしたら、あなたの命だけは助けてあげるわよ。あなたが守ろうとしている人々の最後を、一緒にたっぷり見せて上げるわ」

 ユギルはたちまち大きく飛びのいて叫びました。

「殿下!」

 即座にオリバンが飛び出してきて聖なる剣をふるいます。が、剣が切り裂いた瞬間、魔女の姿は消えて、また元の場所の空中に戻っていました。

「そう、これが答えなのね」

 と魔女は言いました。皮肉っぽい口調ですが、ユギルがこう反応することは予想していたようでした。

「それじゃあ、しかたないわ。ここにいる人たちには、一人残らず死んでもらいましょう。もちろん、ゼンにもね」

 魔女が高らかに笑いながら両手をさし上げます。闇の魔法の力が、急速にその指先に集まり始めます。建物の前の人々は、いっせいに身構えました――。

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