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第7巻「黄泉の門の戦い」

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81.勇者

 フルートとポチは敵が群がる通路の中を、ひたすら剣をふるって走り続けました。

 シェンラン山脈の山頂にそびえる黒い城。その通路の奥で、数十匹の怪物たちが待ち伏せていました。フルートの中にある願い石を狙って砂漠で襲いかかってきたのと同じ連中です。その中でも空を素早く飛び、地を速く走れるものたちが、いち早く先回りをして、魔王の城までやってきていたのです。

 怪物たちの先導をしていたのは闇がらすでした。今は真っ黒い鳥の姿ではばたき、うるさく叫び続けています。

「やれやれ、カーア! 勇者はそこだぞ! 何をぼさっとしてるんだ、早くつかまえろ! カカーア!」

 けれども金の石の勇者をつかまえるのは、闇がらすが言うほどたやすいことではありませんでした。勇者の少年は、怪物たちが突風にあおられてあわてたところへ切り込んできたのです。全身に鎧を着込んでいるのに、信じられないほど身が軽く、右へ左へ、上へ下へと手当たり次第に切りつけてきます。しかも、握っている剣は魔剣です。ひとかすりしただけで傷口が火を吹き、体が燃え上がります。通路の中は、たちまち怪物が燃える煙と嫌な匂いでいっぱいになりました。

 

 その火と煙の中をかいくぐって、フルートとポチは先へ先へと走りました。ぐずぐずしたら、それでもう、つかまって殺されてしまいます。一瞬も立ち止まらずに走り、駆け抜けざまに敵に切りつけていきます。ポチでさえ、ロングソードを必死で両手に構え、前に突き出して走り続けました。行く手の怪物が、鋭い切っ先をかわそうと、あわてて飛びのきます――。

 彼らにつきまとうように、闇がらすが近くでわめき続けていました。

「そら行け! 食い殺せ! 勇者はここだ! 願い石はここにあるぞ! カァァー!」

 フルートは鋭くカラスを振り向き、いきなり炎の剣をふるいました。とたんに切っ先から炎の弾が飛び出し、黒いくちばしの先をかすめて岩壁ではじけました。かろうじて炎をかわしたカラスは、あわてて離れていきました。

 

 フルートとポチは間もなく敵の中を抜けようとしていました。大半の怪物は後ろに回り、通路を追いかけてきています。フルートは走る速度を少し落として、ポチに並びました。抑えた声でささやきます。

「このまま一気に駆け抜けて先に行くんだ。絶対に立ち止まらないで」

 ポチは目を見張りましたが、すぐにうなずき返しました。

「わかりました」

 ロングソードを握り直し、フルートと並んで走り続けます。フルートが敵を切り払った間を駆け抜けて、敵のいない通路に飛び出します。

 すると、フルートが立ち止まりました。追ってくる敵を振り返ります。かなりの数を切り倒してきたのですが、それでもまだ数十匹が先を争うように迫ってきます。

 フルートは怪物たちに向かって声を上げました。

「一番最初にぼくのところに来るのは誰だ!? ぼくを食えるのは一匹だけだよ! ぼくの中の願い石を手に入れるのは、いったい誰さ!?」

 と笑うように呼びかけます。

 とたんに、怪物たちは顔つきを変えました。今までフルート目がけてまっしぐらに追いかけていたのに、一緒に追いかけている他の怪物たちを横目で振り返ります。彼らは仲間ではありませんでした。一つの願い石を狙って奪い合うライバルなのです。

 フルートは挑発するように言い続けました。

「残念だね、後ろの人たち! 君たちにはぼくを食べることはできないよ! もうすぐ先頭がぼくのところに来る。願い石は先着一名様だからね!」

 怪物たちはさらに顔色を変えました。

 もとより闇のものの中でも考えが単純な連中です。そばを走るライバルより自分が先に出ようと、足を速め、飛ぶ速度を上げ、さらに自分の前にいる奴の体をつかまえます。先へ急ごうとする怪物、それをつかまえて力任せに引き戻す後続の怪物。通路の中は、たちまち大混乱になりました。行かせるものか、邪魔だ放せ、と怪物同士でののしり合う声が響きます。

 やがて、怪物たちはフルートを前にして、完全に止まってしまいました。フルートに襲いかかろうとするのですが、そのたびに他の怪物につかみかかられ、もみ合いになるのです。かみつき、ひっかき、しまいにはまた殺し合いが始まります。悲鳴、叫び、うなり声や怒鳴り声……通路の中はものすごい騒ぎです。

 

 すると、フルートが炎の剣を握り直しました。団子状になってもみ合っている怪物たちに向かって、すうっと剣を振り上げていきます。

 先頭にいた怪物がそれに気づいて叫びました。

「よ、よせ! 放せ! これは罠だぞ! あいつが――金の石の勇者が――!」

 けれども、怪物は最後まで言い切ることができませんでした。ゴゴウッと大きな音を立てて、剣が炎の弾を撃ち出したからです。フルートの気合いに比例した、特大の炎でした。たちまち怪物たちが火に包まれます。

 怪物たちの絶叫を聞きながら、フルートはまた剣を振りました。また特大の炎の弾が飛んでいき、さらに大きな怪物たちの悲鳴が上がります。炎の中で焼けていく断末魔の声です。そこへ、とどめの炎をもう一発――。

 通路の中は火の海でした。怪物たちの影が小鬼のように炎の中で跳ね回っています。踊り狂いながら火の中で崩れて、消えていきます……。

 フルートは剣を下ろしました。少女のように優しい顔を大きく歪めます。まるで自分自身が焼かれているかのように――。

 けれども、フルートは、ぎゅっと唇をかむと、燃え続ける炎に背を向けました。絶叫はまだ続いています。フルートは剣を強く握り直すと、通路の奥へ向かってまた駆け出しました。

 

 先の通路ではポチが待っていました。フルートの無事な姿を見ると、ほっとした顔になります。

「急ごう」

 とフルートは立ち止まることなく先へ走り続けました。ポチもそれに続きます。まもなく、ふたりは見上げるように高い天井の大広間に出ました。石の円柱が何本も並び、壁は黒曜石と金で飾られています。床は磨き上げられた大理石です。

 大広間を越えた先に、さらに奥へ続く通路の入口が見えていました。そこまでは二十メートル以上離れています。そして、入口とフルートたちの間をさえぎるように、怪物がいました。大広間の端から端までありそうな巨大なトカゲです。入ってきたフルートたちを見ると、巨体に似合わない素早い動きで、すすっと向き直ってきます。

 すると、太い男の声が話しかけてきました。

「ここまで来たか、金の石の勇者。あの闇の連中を出し抜いてくるとは、たいしたものだな」

 大トカゲの足下に、たくましい体つきの男が立っていました。半裸の体には黒い短い毛が生え、頭部は牛によく似ています。頭の両脇には、大きな雄牛の角まであります。

 

 フルートは黙って背後にポチをかばいました。目の前にいる大トカゲと牛男が並外れて強いことは、一目見ただけでわかったのです。炎の弾を撃ち出そうと、剣を握り直します。

 とたんに、トカゲの首の回り赤く輝くものがひらめきました。えりまきのように首を取り巻きます。その真ん中で、トカゲが大きく口を開けます。

 フルートは、とっさにポチを大きく突き飛ばしました。次の瞬間、激しい炎が吹きつけられてきます。大トカゲが口から火を吹いたのです。フルートが撃ち出す炎の弾にも負けないほどの勢いです。

「フルート!」

 とポチが叫びました。火が消えた後から、フルートが姿を現します。魔法の鎧を着ているので火傷ひとつ負っていませんが、驚きは隠せずにいました。目の前にいるのは火の大トカゲ、サラマンドラなのだと気がついたからです。

 牛のような男が笑いました。

「このサラマンドラは城のガーディアンだ。城に侵入してきた奴は、一人残らず焼き殺すぞ。おまえの自慢の火の剣も、こいつには役に立たない。観念して灰になれ、小僧ども!」

「そうはいかないさ。ぼくは魔王に用があるんだからな。ゼンを助けるんだ」

 とフルートが答えます。すると、牛男が、ふんと鼻で笑いました。

「ゼンか。あの小僧もだいぶ抵抗していたが、そろそろ限界のはずだぞ。魂のままであれほど暴れて無事でいられるわけがない。今頃は力尽きて、黄泉の門に飲み込まれているはずだ」

 レィミ・ノワールは景色を映すグラスで、ずっとフルートたちの様子を追い続けていました。ゼンとタウルが黄泉の門の前で戦った直後までは見ていましたが、その後、ゼンが蜘蛛に乗って脱出を試み、力尽きて死にかけたところをメールの献身で助けられた場面は見ていなかったのです。当然タウルもそれは知りません。

「嘘だ!」

 とフルートは叫びました。

「ゼンが死ぬわけがない! まだ時間はあるはずだ!」

「俺は黄泉の門の前であいつと戦っている。惜しいところで引き分けたがな。あの時、あいつは力を失ってふらふらでいた。今頃はもう、完全に力尽きているはずだぞ」

 フルートは、ぎりっと歯ぎしりをしました。剣を握り直し、いきなりそれをふるいます。大きな炎が飛び出して、大トカゲの頭に激突します。

 けれども、トカゲは無事でした。火を自在に操るサラマンドラです。炎でダメージを受けるようなことはないのでした。

 大きくトカゲから離れながら、タウルがあざ笑いました。

「無駄だといっている! サラマンドラに火の攻撃など効くものか。かえって元気づけるだけだぞ!」

 けれども、フルートはまた剣を振りました。炎がサラマンドラに激突します。サラマンドラが炎を吹き返してきました。今度はフルートの体が火に包まれます。どちらも、火に燃えるようなことはありません。あまりに高熱の炎に、大広間の装飾に使っていた金属が溶け出します。

 

 ポチは大広間の入口まで後ずさり、震えながら戦いを見守りました。本当に、火の怪物相手にフルートの魔剣は効きません。それなのに、フルートは炎の剣を振るのをやめようとしないのです。

「魔法の鎧……」

 とポチは祈るようにつぶやきました。ノームの鍛冶屋の長が強化してくれた鎧の力を信じるしかありませんでした。

 またサラマンドラの首のまわりで、炎が稲妻のようにひらめきました。次の瞬間、口から猛烈な炎が吹き出してきます。

 けれども、フルートはやっぱり無事でした。金の鎧は完全に炎の熱を防いでいます。フルートは、炎の中で剣を握り直しました。次にサラマンドラが火を吹く瞬間を狙います。

 サラマンドラの首のまわりで、また炎がひらめきました。口が開き、奥で炎が燃え上がります。

 それを見たとたん、フルートは駆け出しました。吹きつけられてくる炎の中を走り抜け、トカゲのすぐ目の前までやってくると、気合いもろとも剣で前脚に切りつけます。

 火トカゲは、炎の剣で切られても燃え上がることはありません。代わりに、前脚に大きな傷が走り、そこから血が吹き出しました。サラマンドラの血は輝く炎のような色です。トカゲの絶叫が響きます。

 フルートは剣を握ったまま笑うような顔をしました。

「火の力が相殺されたって、炎の剣は名刀なんだ。切れ味は鋭いんだよ」

 フルートはひとつの事実に気がついていました。サラマンドラは鋭い牙の並ぶ口があるのに、それで攻撃してこようとしないのです。あくまでも炎でフルートを焼き尽くそうとします。火の攻撃があまりに強力なので、それ以外の戦い方をしたことがないのに違いありませんでした。

 傷つけられ、怒り狂ったサラマンドラが、また火を吐こうとしました。今までで最高の温度、最大の規模の炎をフルートへ吹きつけようとします。

 すると、フルートがまた走り出しました。火を吹く瞬間、サラマンドラは動きが止まります。地上すれすれまで下げてきたトカゲの頭に飛び乗り、その顔の上を駆け上がっていきます。

 サラマンドラは驚きました。頭を振って勇者の少年を払い落とそうとします。ところが、それより早くフルートはサラマンドラの右目に駆け寄り、そこへ炎の剣を振り下ろしました。続けて左目にも。絶叫が響き渡り、サラマンドラは狂ったように暴れ始めました。両目を潰された痛みに、頭を振り、尻尾を打ち鳴らし、周囲の壁へ体を打ちつけます。

 

 フルートはサラマンドラから振り落とされ、床にたたきつけられました。が、魔法の鎧はあらゆる衝撃を緩和してくれます。すぐに跳ね起きると、入口に立つポチに呼びかけました。

「今のうちだ! 行くぞ!」

 ポチがすぐに走ってきました。二人で暴れ回るサラマンドラの脇を駆け抜け、大広間の向こうに見える通路へ飛び込もうとします。

 すると、その行く手を牛の顔の大男がふさぎました。手に大きな斧を持っています。

「おまえもなかなか強いな、勇者の小僧」

 とタウルは言いました。その顔は、何故か楽しげに笑っているように見えました。

「俺は強い奴が大好きだ。俺と勝負しろ。その丈夫な鎧ごと、たたき伏せてやるぞ」

 言い終わる前にもう斧が振り下ろされてきました。フルートはとっさにそれを剣で受け、あわてて横へ流しました。ものすごい力で、とても受け止めることなどできなかったのです。大きく横へ飛びながら叫びます。

「ポチ、離れろ!」

 幸い、牛男はフルートだけを狙っていました。立ちすくんでいた小さな少年には目もくれず、飛びのいたフルートの方を追って斧を振り下ろします。また飛びのいてそれをさけると、斧が床に食い込んで大理石を粉々にしました。

 フルートは思わず冷や汗をかきました。この牛男は本当にすさまじい怪力です。そして、大きな体に似合わず動きが素早いのです。離れて剣から炎の弾を撃ち出したいと思うのに、間合いを取る隙がありません。飛びのいても飛びのいても、それを追って攻撃してきます。

「フルート、後ろ!」

 とポチが叫ぶ声が聞こえました。すぐ後ろで、何かが動く気配がします。とっさに頭を下げると、その頭上を太く長いものが、ぶん、とうなりをあげて通り過ぎていきました。サラマンドラの尾です。痛みに暴れ狂っているトカゲが、闇雲に尾を振り回したのでした。

 フルートが身をかがめて避けたので、尾は牛男を直撃しました。大きな体が吹っ飛び、床にたたきつけられます。通常の人間なら即死するような勢いでしたが、さすがに牛男は丈夫でした。ちょっとうめいただけで、また立ち上がってこようとします。その瞬間、牛男の守りががら空きになりました。

 フルートは、それへ炎の剣を振り上げました。目の前に倒れている牛男は、人間にとてもよく似て見えます。人間に似たものを殺すことに、心がすさまじい抵抗を示します。剣を握る手の中がたちまち冷たく汗ばみ始めます。

 けれども、フルートは剣を引きませんでした。優しい顔を今にも泣き出しそうに歪めながらも、剣を高く振りかざし、気合いを込めてそれを振り下ろそうとします――。

 

 その時、すぐ近くで、ドォン、ベキベキ、と大きな音が上がりました。暴れ回るサラマンドラが、大広間の柱に激突したのです。太さ二メートルもある石の円柱が折れ、ゆっくりと倒れかかってきます。その下には、フルートと牛男のタウルがいました。

「フルート!!」

 ポチは思わず悲鳴を上げました。倒れていった円柱の下に、二人の姿が消えてしまったからです。ドドーン、とすさまじい音と共に地響きが起こり、もうもうと砂埃が巻き上がります。砂埃がおさまっても、フルートも牛男も姿を現しません。

「フルート!」

 ポチがまた泣き声を上げると、その腕が後ろから引っ張られました。

「こっちだよ」

 いつの間に柱の下から抜け出してきたのか、フルートが立っていました。魔法の鎧のおかげで、どこにも怪我はありません。思わず泣き出しそうになったポチに、フルートは言いました。

「ぐずぐずしている暇はない。魔王のところへ行くぞ」

 大広間ではサラマンドラがまだ暴れ回っていました。次々と円柱を撃ち倒しています。広間の中は轟音と砂埃でいっぱいでした。その中から牛男が立ち上がってくる気配はありません。

 フルートは、またぎゅっと唇をかむと、ポチの手を強く引きました。

「さあ、行くよ――!」

 ゼンを助けるため。仲間たちを助けるため。人々を助けるため。

 敵の身さえ思わず案じてしまう優しい勇者は、深い心の痛みをこらえながら、剣を握り直して、また走り出しました。

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