「ア……アリアン……!?」
ポチは少女の両手をつかみました。自分の首から引きはがそうとするのに、アリアンは少女とは思えない力で締め上げてきます。ポチはたちまち息が詰まってきました。
「や……やめてください、アリアン……やめて……」
必死で言いますが、アリアンは手を放しません。表情一つ変えずに、ぐいぐいとポチの首を絞め続けます。
「ポチ! アリアン!」
フルートはあわてて二人に駆け寄ろうとしましたが、とたんにグーリーに攻撃されました。二人に近づくことができません。
すると、通路にまた魔女の笑い声が響き渡りました。
「素敵な眺めね、勇者たち。お友だちの手にかかって殺されそうになるのは、どういう気持ち? さあ、急ぎなさい。ぐずぐずしていると本当に殺されるわよ。闇のお友だちを倒さなくちゃね」
フルートとポチは、はっとしました。魔女はフルートたちを殺そうとしているのではないのです。フルートたちに、アリアンとグーリーを殺させようとしているのです。
魔女がまた言いました。
「わかっていてよ、金の石の勇者。あなたにはお友だちを殺すことなんかできないのよね。でも、殺さなくちゃいけないわ。だって、そうしなかったら、あなたの大事な弟のポチが殺されてしまうもの――。お友だちを助けるか、弟の命を守るか。優しい勇者には断腸の決断よね」
ほほほ、と笑い声が響き渡ります。
フルートは歯ぎしりをしました。魔女はフルートが何を大切にしているかを知っています。知った上で、それを壊して苦しめようとしているのです。
「アリアン! グーリー!」
フルートは叫び続けました。けれども、やっぱり二人は正気に返りません。魔王の命じるままに、フルートとポチを襲い続けます……。
アリアンの細い指がポチの首に食い込んできました。容赦のない力です。その少女の顔は本当に人形のように無表情でした。額の真ん中で角が冷たく光って見えます。
ポチは、ぐうっと咽の奥で声を上げました。苦しくて脂汗が流れていきます。その顔は土気色に変わっていました。
「ポチ――!」
フルートが叫び続けます。優しい勇者は友人を殺すことなどできません。ポチを呼ぶ声は悲鳴のようでした。
ポチは死にものぐるいでアリアンの手を外そうとしました。もがき、暴れ、振りほどこうとします。今にも止まってしまいそうな息で、うめき声を上げます。
「やめて……やめて……! 苦しい、アリアン……!」
少年の幼い顔を涙が伝っていきました。
とたんに、アリアンは雷に撃たれたように首から手を放しました。真っ青になって飛びのきます。
ポチは崩れるようにその場にうずくまりました。床に手をつき、激しく咳きこみ、こみ上げてくる吐き気をこらえます。涙が後から後からあふれてきて止まりません。全身は冷や汗と脂汗でびっしょり濡れています。
すると、アリアンが震えながらつぶやきました。
「ロキ……」
ポチに駆け寄ろうとしていたフルートは、目を見張りました。グーリーもそれを聞きつけたようでした。驚いたように動きを止めます。
そこにうずくまって泣きながら咳きこんでいるのは、ロキではありません。ポチです。髪や目の色も顔立ちも、まったくロキには似ていません。けれども、今のポチは、北の大地で消えていったロキと同じくらいの背格好になっていました。ロキとポチはもともと同い年だったのです。アリアンには、自分が絞め殺そうとしたポチが、弟のロキのように見えてしまったのでした。
アリアンはしゃがみ込みました。両手で顔をおおって、死んだ弟の名を呼び続けます。
「ロキ……! ロキ……!!」
そのまま、少女は声を上げて泣き出してしまいました。
グーリーがアリアンに近寄っていきました。大きなワシの頭を、そっとすり寄せます。その目はいつもの優しい光を浮かべていました。正気に返ったのです。アリアンはグーリーの首を抱きしめて、さらに泣き続けました。
フルートはポチに駆け寄って背中をさすってやり、ポチと一緒にアリアンとグーリーを見つめました。内側に同じ光の心を持っている、闇の友人たちです……。
すると、またしても魔女の声が聞こえてきました。
「なにをしているの、おまえたち!? 泣いていないで勇者どもを殺しなさい!」
怒りに充ちた声でした。
アリアンは首を振りながら叫び返しました。
「できない……! できないわ! フルートたちはロキの大切なお友だちだもの! 殺したりしたら、ロキが泣いて悲しむもの……!」
少女はグリフィンの背中に上がりました。フルートたちに言います。
「ごめんなさい、私たちはもうこれ以上一緒に行けないわ。魔王に近づくほど、魔王に支配されてしまうから。離れるわね――ごめんなさい!」
頬の上をとめどなく涙が流れていきます。
フルートはうなずき返しました。ほほえみさえ浮かべて答えます。
「ここまで連れてきてくれて本当にありがとう。あとはぼくたちだけで進めるから大丈夫だよ。アリアンたちは安全な場所に避難していて」
「魔王を倒したら、また会いましょうね」
とポチも言いました。まだ苦しそうな顔はしていますが、やっぱりほほえんでみせています。
アリアンは泣き笑いの顔になると、グーリーにしがみつきました。ワシとライオンの体を持つ怪物が、通路でくるりと向きを変えて入口の扉へ突進していきます。大きな翼を通路いっぱいに広げて羽ばたかせると、どっと風が起こり、扉を押し開けました。そこから外へ飛び出していきます――。
同じ風が通路を逆に吹き、フルートとポチをあおりました。グリフィンの翼が起こす風は猛烈です。ポチがはおったオリバンのマントが、風をはらんで激しくはためき、ポチを引き倒しそうになりました。フルートがあわててそれを抱き支えます。
すると、通路のさらに奥で急に騒ぎが起こりました。怪物の声、そして、たくさんのものが大あわてに動き回る音です。フルートは、はっとしました。奥に敵が潜んでいたのです。
騒ぎに混じって、聞き覚えのある声が言っていました。
「静かに! 静かにしろ! 勇者に気づかれるじゃないか、カーア!」
闇がらすです。待ち伏せているのはフルートの願い石を狙う怪物たちでした。やはり、先回りしていたのです。
グーリーの起こした風が通路の奥へ遠ざかっていきました。怪物たちがまだ右往左往している気配が伝わってきます。フルートはすばやく炎の剣を抜きました。
「行くよ、ポチ。あいつらはグーリーの風に驚いてる。突破するなら、今だ」
ポチもすぐにうなずきました。それへフルートは自分のロングソードを投げ渡しました。驚くポチに言います。
「君の剣だ」
ポチはロングソードを見つめました。刃が銀色に光っています。小さな少年が持つには少し重すぎる剣ですが、それでもポチはにっこりしました。両手でしっかりと柄を握りしめます。
「さあ、行くぞ! ついてこい!」
フルートはそう言うと、ポチと一緒に通路の奥へと駆け出しました――。