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第7巻「黄泉の門の戦い」

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第20章 シェンラン山脈

79.魔王の配下

 「あれがシェンラン山脈よ」

 空を飛ぶグリフィンの背中から、アリアンが行く手を指さしました。黒々と広がる夜の中に、青白い山がいくつも連なっていました。夜の中でも山脈が見えるのは、頭上で月が明るく輝いているからです。

 十一月も末、標高の高いシェンラン山脈はすでにふもとまで雪におおわれています。グリフィンの上にいる子どもたちに吹きつけてくる風は、身を切るような冷たさでした。

「敵がいない」

 とフルートが月の光の中を見透かして言いました。シェンラン山脈の手前で待ちかまえているのに違いないと思っていたのですが……。

 すると、アリアンが手鏡をのぞきながら言いました。

「山の周辺に敵の怪物は見あたらないわ……。魔王がいるのは、一番高い山の頂上よ。でも、私にもそれ以上は見えないの。魔王の力が強すぎるから」

「ま、待ち伏せてるのかな」

 とポチが歯を鳴らしながら言いました。オリバンのマントを体に絡めていましたが、それでも寒さに震えていたのです。

 フルートは答えました。

「たぶんね。でも、それでも行かなくちゃ。魔王を倒さなかったら、ゼンは助からないんだから」

 ゼンが闇の毒に倒れてから、すでに丸三日がたっていました。ユギルが予言したタイムリミットまで、あと一日足らずしかありません。しかも、フルートは胸騒ぎがしてしかたがないのでした。砂漠で闇の怪物の大群に襲撃された時に感じた不吉な予感はもう消えていましたが、それでも、急がなくては、早くしなくては、と気持ちが焦るのです。

「ハルマスの様子は見える?」

 とアリアンに尋ねると、闇の少女は首を振りました。

「まぶしすぎて見えないわ……。たぶん、聖なる力で守られているのだと思うの。だから、闇の民の私には見通すことができないんだわ」

「じゃ、そっちはとりあえず無事だということか」

 とフルートは安心しました。いくら魔王を倒してゼンを黄泉の門の前から呼び戻しても、体の方をやられてしまっては生き返れないと、フルートも承知していたのです。

 

 ギエェン、とグリフィンが鳴きました。

「山脈が近づいてきたけれど、どこに降りようか、ってグーリーが聞いてますよ」

 とポチが通訳します。

 フルートは行く手に目を向け直しました。

「魔王はぼくたちが来るのを知ってる。一番早いルートで行こう。アリアン、魔王のところへ行く入口はわかる?」

「ええ。山頂にお城があるの。でも……」

 アリアンは口ごもりました。頂上の他の場所は見えないのに城だけが見えていると言うことは、それこそ罠に間違いないのです。

 フルートは、にっこりしました。

「他に入口は見つからないんだろう? どうせ隠れて行ったって無駄なんだから、真っ正面から行くのが正解なんだよ。――グーリー、山脈で一番高い山の頂上へ直行! 魔王の城に突入するんだ!」

 ギェェェ、とまたグーリーが鳴きました。ポチが肩をすくめて通訳します。

「フルートを乗せるのは、相変わらず寿命が縮むって。おとなしそうに見えるのに、どうしてそんなに命知らずなんだ、って言ってますよ」

 え、とフルートは目を丸くすると、すぐに、ごめん、と謝りました。

 それを見てポチは笑い出しました。やっぱり、フルートは相変わらずです……。

 

 雪に真っ白におおわれた山頂に黒い城がそびえていました。土台を築き、その上に建てた城ではありません。山の頂の岩そのものを削り出して作った城です。

 垂直に切り立った城壁に両開きの扉がありました。金と色とりどりの宝石で飾られた扉で、月の光の中で鮮やかに輝いています。

 その扉の前でグーリーは止まりました。空中ではばたきを繰り返します。扉の前には人が立てる場所などなかったのです。

 フルートはグーリーの背中から身を乗り出すと、緊張した顔で言いました。

「いい、開けるよ?」

 両開きの扉に手を当てて、力一杯押し開けます。

 

 開けたとたん、城の中からいっせいに敵が飛び出してくるだろうと思って構えていたのに、扉の内側には誰もいませんでした。

 縦横五メートルあまりの間口の四角い通路が、城の奥へと続いています。通路の壁がぼんやり光っているので見通しは効きますが、緩やかな下り坂になっているので、あまり先までは見えません。通路の中はしんと静まりかえっています。

 グーリーが用心しながら通路の端に舞い下りました。フルート、ポチ、アリアンの順番で通路に降り立ちます。

「本当に敵がいませんね」

 とポチが言いました。用心する口調になっています。

 フルートは炎の剣を背中から抜くと、先頭に立って歩き出しました。

「進むよ。魔王を見つけなくちゃ」

 すると、出しぬけに通路の中に女の笑い声が響き渡りました。

「ようこそ、いらっしゃい、金の石の勇者さん! あたくしのお城へようこそ!」

 姿は見えませんが、間違いなくレィミ・ノワールの声です。子どもたちとグリフィンはいっせいに身構えました。フルートが叫びます。

「どこだ!? どこにいる!?」

「あなたたちが歩いているその通路の、一番奥よ。ちょっと長い道のりだけど、そんなに遠いわけじゃないわ。早くここまでいらっしゃい。歓迎してあげるわよ。――無事にここまでたどり着けたら、だけれどね」

 ほくそ笑むように魔女の声が言います。

 フルートはさらに身構えました。炎の剣を握りしめ、どこから敵が現れるのかと通路を見回します。

 すると、魔女の声がまた言いました。

「あなたたちと戦う敵は、もう姿を現しているわよ。ほら、見えていないの? あなたたちのすぐ後ろにいるじゃないの」

 フルートたちはあわてて振り向きました。通路にはやっぱり敵の姿は見あたりません。しんがりのグーリーの後ろで、城の扉はいつの間にか閉じていました。通路にいるのは、フルートとポチ、そしてアリアンとグーリーだけです……。

 魔女が甲高い笑い声を上げました。

「お馬鹿さんね、金の石の勇者! 闇のものを仲間にして乗り込むだなんて! 闇のものは魔王の配下。あたくしの命令には絶対服従なのよ。――さあ、アリアン、グーリー、勇者の一行をお殺し!」

 

 フルートとポチは驚きました。

 アリアンは真っ青になって立ちすくんでいます。と、その後ろでグーリーが頭を振り立てました。ギェェェ……! と通路中に響き渡る鳴き声を上げます。

 アリアンが振り向いて叫びました。

「だめ! だめよ、グーリー!」

 黒いグリフィンはすでに正気をなくした目をしていました。少女の制止を振り切って少年たちに襲いかかっていきます。とっさに飛びのいたフルートとポチの間で、くちばしが床を突き刺し、岩が砕けて飛び散りました。

「グーリー、やめて!!」

 とアリアンはグリフィンに飛びついて止めようとしました。とたんにグーリーが黒い翼で少女を跳ね飛ばします。アリアンは通路の壁にたたきつけられました。

「やめろ、グーリー!」

 とフルートがグリフィンの前に飛び出しました。ポチは倒れたアリアンに駆け寄ります。

「アリアン、アリアン、しっかり……!」

 フルートはグーリーに向き合いました。炎の剣を素早くロングソードに持ち替えています。炎の魔力を持たない普通の剣です。

 そこへまた、グーリーがくちばしを突き出してきました。フルートは剣で払いのけ、自分自身は横へ飛びました。たった今までフルートが立っていた場所を、グーリーの前脚がひっかきます。鋭いワシの爪が石の床に傷をつけます。

「グーリー! 目を覚ませ! 魔王の命令なんか聞くんじゃない!」

 フルートは必死で叫び続けました。その脳裏に一年あまりも前の場面がよみがえってきます。雪と氷に閉ざされた北の大地の思い出です。

 闇の民の姿に変わったロキは、オオカミ魔王の命令でフルートを殺そうとしました。深く裂けたクレバスのそばでフルートはロキと争ったのです。こんなふうに、目を覚ませ、と叫びながら。本当は素直で淋しがり屋だった小さなロキでした。彼が言っていたことばまでが鮮やかに思い出されてきます。

「無理なんだったら、兄ちゃん。闇は闇に従うものなんだよ。そういうふうにできてるんだ……」

 そんなわけがあるか! とフルートは心で叫びました。闇だから闇に従わなくちゃいけないだなんて、そんなことあるわけがない!

 フルートはグーリーの攻撃をかわしながら呼びかけ続けました。

「グーリー、ぼくだ! しっかりしろ、グーリー!!」

 けれども、黒いグリフィンは攻撃をやめようとしません……。

 

 ポチは壁際に倒れたアリアンを懸命に抱き起こしていました。

「アリアン! アリアン、大丈夫ですか……!?」

 すると、少女が目を開けました。人形のように美しく整った顔の中、血の色の瞳がポチを見ます。

 と、その両手が伸びてきました。少年の姿のポチの首にするりと巻きついて、力がこもります。

 アリアンは、ポチの首を絞め始めたのでした――。

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