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第7巻「黄泉の門の戦い」

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77.光の護具

 無数の黒い影が中庭をおおう光の膜に取りついていました。闇の怪物たちです。聖なる光に焼き尽くされ、消滅させられながらも、次々と飛びつき、なんとか中に入りこもうと試みています。怪物は信じられないほどの数です。

「ものすごいな」

 とピランがそれを見上げながら言いました。強化した光の護具は、どれほど怪物が多くても破られることはありませんが、それでも油断のない目で見守っています。

「これだけの数の怪物が闇の森からやってきたとなると、途中の町や村はどうなったのだろう?」

 とオリバンが気がかりそうに言いました。闇の森は隣国エスタとの国境にあります。そこからハルマスまで、大きな町こそありませんが、小さな町や村はいくつもあったのです。

「ハルマスを嵐が襲うと言って人々を避難させたときに、闇の森からのルートに当たる場所にも、陛下から同じような避難命令を出していただきました。ただ、別荘地のハルマスと違って、そこは人々の生活の場です。自分の家や村を頑固に離れずにいて、怪物に襲われてしまった人はいたようです――」

 残念そうにユギルが言いました。彼は城一番、ロムド一番の優秀な占者です。けれども、その優れた占いも、人々が信じて従おうとしてくれなければ、人々を守りきることはできないのでした。

 

「あそこ!」

 とふいに彼らの後ろでポポロが声を上げました。光の天井の一箇所を指さしています。

 光の膜に大きな怪物が取りついていました。どうやら闇の怪物ではないようです。強い光に体を焼かれていますが、闇の怪物のように消滅することはなく、力任せに光をこじ開けて、中にもぐり込んでこようとします。

 たちまち風の犬のルルがそこへ飛びました。入りこんでくる敵を風の刃で切り裂きます。カエルのような怪物が真っ二つになって落ち、傷ついた光の膜がみるみる閉じていきます。

 ところが、穴が消える前に、そこからまた新しい敵が潜り込んできました。二、三匹の怪物が中庭に落ちてきます。全身真っ黒な闇の怪物でした。オリバンとゴーリスが即座にそこへ走り、聖なる剣で切りかかっていきます。リーンと鈴のような音が響き、淡い光が散って、闇の怪物たちが消えていきます。

 その様子を、光の障壁越しに他の怪物たちが見ていました。先の連中のやり方を真似て、まず闇に所属しない怪物が障壁に取りつき、穴を開けた場所から闇の怪物たちが潜り込み始めたのです。

 風の犬のルルが中庭の上空を飛び回り、オリバンとゴーリスも、庭に降ってきた敵を次々と倒していきます。四人の魔法使いたちも、庭の四隅から怪物たちを攻撃します。が、なんといっても敵の数が多すぎました。いくら切り伏せても倒しても、後から後から障壁に迫って入り込んできます。

 

 それを見ていたピランが、ふいにどなりました。

「今じゃ、魔法使いども! 護具の新しい力を使ってやれ!」

「承知!」

 と四人の魔法使いたちがいっせいに答え、魔法の杖を手放すと、即座にそばに立つ光の護具を握りました。

 とたんに、護具の先端の丸い石が光り出しました。白、赤、青、深緑……それぞれの魔法使いの名前の通りの色に輝き出します。中庭を包む光の膜全体がいっそう輝きを増し、その表面を、護具から四色の光が駆け上っていきます。障壁に取りついていた怪物たちが、すさまじい悲鳴を上げて転げ落ちます。

 光の膜はさらに輝きを増し、ハルマスの町全体を真昼のように照らしました。東に横たわるリーリス湖が、黒い湖面に光を映して、色とりどりの波を揺らしています。

 と、突然、四色の光が渦を巻きました。中庭を包む障壁の表面を蛇のように駆けめぐっていきます。取り囲む怪物たちが、いっそう大きく退きます。

 いよっほぉ! とピランが威勢の良い歓声を上げました。

「魔法使いの魔力を護具で直接増強できるようにしたんじゃ! 魔法使いどもが強力なほど、守りの力も強まるぞ!」

 

 その時、ユギルが言いました。

「新たな敵が到着します! 闇の森からの第二陣、第三陣です!」

 南東の方角に群がる怪物たちがいっせいにざわめき、あわてて左右へ逃げ出しました。その後から、先の怪物たちよりももっとたくさんの怪物たちが姿を現します。第一陣には空を飛ぶ怪物が多かったのですが、今度は地を走る、獣や人に似た姿のものが圧倒的に多く見られます。さらにその後からは、巨大な敵が現れました。ドラゴンや象に似た大形の怪物たちです。

「神よ、力を!」

「アウルラ、タレ!」

「敵に不足なし!」

「ほっほう、こいつは大物じゃ」

 四人の魔法使いたちが口々に言ったとたん、障壁の表を守る四色の光が、バチッと音を立ててはじけました。障壁を離れ、空へ、周囲へと稲妻のように伸びていきます。

 と、その先端がそれぞれに形を変えていきました。白い光は大きな白い翼を持った天使に、赤い光は光る目をした山猫に、青い光は巨大な熊に、深緑の光は鋭い目つきのワシに――。

「そぉれ、光の守護獣ども! 行け行け!!」

 ピランが興奮しながら、小さな体で跳び跳ね続けています。

 四つの色の光でできた天使や獣たちは、光の障壁のまわりを飛び回り、群がる敵をなぎ倒していきました。闇の怪物も、闇でない怪物も、守護獣が一瞬触れただけで、蒸発するように消えていってしまいます。

 巨大な闇の象はさすがにすぐには消えませんでしたが、深緑の光のワシににらみつけられると、突然小さく小さく縮んでいき、やがて一匹の豚に変わってしまいました。

「なんじゃ、全然種類が違うな」

 深緑の魔法使いがつぶやいたとたん、ぱぁん、と音を立てて豚がはじけ散りました。

 見上げるようなドラゴンには、青い光の熊が襲いかかっていきます。巨体同士で組み合い、力任せに戦い始めます。

 その間をすり抜けるように、小さな怪物たちがまた光の障壁に迫ってきました。なんとか守りの光をすり抜けて、中庭に入りこもうとします。そこに赤い光の山猫が軽い身のこなしで襲いかかり、次々にかみ殺していきます。

 

 その光景を見ながら、ユギルがピランに言いました。

「すばらしいですね。あんな短い時間で、ここまで護具を強化なさるとは。さすがは世界一の名工でいらっしゃる」

「なんのなんの」

 ノームの老人は得意そうに笑いました。

「わしにはな、道具どもの声が聞こえるんじゃ。ロムドの護具は人間が作ったものだけに欠陥だらけだが、国や人を守ろうとする気持ちだけは本物だったからな。わしは、そんな道具たちには特に肩入れしたくなるんじゃよ。強くなりがたる道具たちを鍛えてやるのは、実に気持ちがいいのぉ」

 と、まるで我が子を見るような目で、四人の魔法使いが握る護具を眺めます。

 

 その時、オリバンが光の障壁の外を指さしました。

「ユギル、あれは――!?」

 人のようなものが闇の中から現れ、ゆっくりとこちらへ歩いてくるところでした。ユギルは灰色のフード付きの長衣を着ていますが、その人物は黒い長衣を着て、フードをまぶかにかぶっています。小柄な老人の姿ですが、その全身からは得体の知れない雰囲気が漂っていました。障壁や守護獣たちが放つ強い光も、ものともせずに近づいてきます。

 すると、白の魔法使いが叫びました。

「黄泉の魔法使いです! この世のものではありません! 大昔、闇の森で倒れたた魔法使いが、森の中で闇にとらわれて悪霊となったのです! ご注意を! 死者の魔法を使ってまいります!」

 言いながら白い女神官は光の護具を握り直しました。白い光の天使が翼を羽ばたかせながら飛んできて、黄泉の魔法使いの前に舞い下ります。天使と老人とでは、巨人と小人ほどの大きさの違いがあります。

 ところが、老人が手をかざすと、そこから無数の黒いものが飛びだしてきました。いっせいに白い天使へ襲いかかっていきます。黒いものは、一つ一つが人のような姿をしていました。迷える魂、悪霊たちの群れです。天使に取りつき、動きを抑え込んだだけでなく、その後ろの光の障壁にも飛びついていきます。

 すると、それまで傷はついても破れることのなかった障壁が、急に不安定にちかちかとまたたき始めました。暗くなったり明るくなったりと光度をめまぐるしく変え、バチッ、バチッと火花を散らします。

「いかん!」

 とピランが叫びました。ユギルも声を上げます。

「あの黄泉の魔法使いは、大昔エスタ王に仕えた大魔道師のなれの果てです! 操る悪霊たちの力が並ではありません! 光の守りが破られます!」

 悪霊が取りついた光の膜のあちこちで、大きな火花が散ります。まるで油の切れたランプが燃えつきて消えていくように、光が明暗を繰り返し、やがて光が薄れていきます。

「消える――!」

 ゴーリスが叫んだとたん、あたりはふいに真っ暗になりました。中庭も空も、暗闇に包まれてしまいます。

 護具が力を失い、光の障壁が消えてしまったのでした――。

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