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第7巻「黄泉の門の戦い」

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第17章 戦闘・2

66.勝負

 狭間の世界から現実の世界へフルートを送り返した後、金の石の精霊がふいにふらつきました。小さな体がよろめきます。

「危ねぇ!」

 ゼンがとっさにその腕をつかむと、精霊の少年は目を見張りました。

「何をするのさ」

 非難するような声です。ゼンは驚きました。

「何をって――だって、おまえが倒れそうになるからよ」

「平気だよ。ぼくは守りの精霊だ。守ってもらうのなんて、ぼくの役目じゃない」

 言いながらゼンの手を振り切ります。ゼンはむっとした顔になりました。

「全然かわいくねえヤツだな。せっかく親切で支えてやったのに――」

 金の石の精霊が無視するようにそっぽを向きました。けれども、その顔色は真っ青です。ゼンはすぐにまた心配そうに尋ねました。

「ホントに大丈夫かよ、おまえ……? ぶっ倒れるなよ」

「ちょっと疲れただけだよ。ポポロとフルートと――二人もここから送り返したから――」

 ふう、ともらした溜息は、確かにひどく疲れているように聞こえました。また体が大きく揺らぎます。ゼンはあわててそれを抱き支えました。

「無理すんなって。休めよ。魔石だって疲れたら寝るんだろう?」

「ぼくが眠りについたら、君は死ぬよ」

 と精霊は答えました。ちょっと意地の悪い言い方をしていますが、今度はゼンの手を振りほどこうとはしませんでした。――もうその元気も残っていなかったのです。

 ゼンは精霊を見つめ続けました。何がどうとはわからないのですが、早く休ませてやらなくては、と直感で思います。きっと、人を狭間の世界から現実に送り返すのには、ものすごいエネルギーを消費してしまうのでしょう。

 すると、そんなゼンの心配顔を見て、精霊が皮肉っぽく笑いました。

「屈辱だね。人を守るんじゃなくて、人から守られるだなんて。そんな顔されるなら、言うとおり休むよ。この姿を消してるだけでも楽になるからね。ただ、その分守りの力も落ちるから、気をつけるんだよ」

「おう。くだくだ言ってねえでガキは早く休め」

 とゼンが答えます。

「ぼくは三千歳を超えてるんだったら」

 言い返しながらも、金色の少年の姿は消えていきました。ゼンの胸の上で金の石のペンダントが揺れます。石が灰色に変わって眠りにつくことはありませんでしたが、ほんの少し、その金色がくすんで輝きが鈍ったように見えました。

「ったく、素直じゃねえ精霊だな」

 とゼンは思わず苦笑いしました。

 

 精霊が消えて、狭間の世界にはまたゼンがひとりきりになりました。相変わらず、石だらけの荒野には黒い黄泉の門がそびえています。音は何も聞こえてきません。恐ろしいほど静まりかえった世界です。

 ふん、とゼンは鼻を鳴らすと、わざと大きな声を出しました。

「さぁてと、これからどうするかな!?」

 腰に両手を当てて黄泉の門を見上げます。

「歩いてもまたどうせここに戻って来ちまうんだろうからな。だとしたら、歩き疲れるだけ無駄だよな。どのみち、フルートが魔女を倒すまではここから抜け出せねえんだし。となると、やることはひとつか」

 ゼンはいきなりその場に座りこみました。

「山で遭難したときと同じだ。やたら動き回るのは体力の無駄。動かねえで、じっとここで待つ――が正解だ!」

 いつも活発でおしゃべりなゼンですが、猟師は待ち伏せが仕事です。その気になれば、いつまでだって黙ってじっとしていることもできます。ゼンは黒い黄泉の門のど真ん前であぐらをかくと、腕を組んで目をつぶりました。まるで木か岩のように動かなくなってしまいます。

 

 すると、キィ、と門がかすかにまたきしみました。黒い格子戸がそろそろと開き、隙間から白い手が伸びてきます。大人の女の人の手です。ゼンに向かって、おいでおいでと手招きをします。

 ゼンは目を開け、横目でにらみながら答えました。

「誰が行くか。おととい来やがれ」

 すると、門の隙間から一筋髪もこぼれてきました。それは長い黒髪でした。

 ゼンがまた言いました。

「俺の母ちゃんだとでも言いたいのか? へっ、それこそありえねえだろ。俺の母ちゃんはポポロが見せてくれたとおりの人だったんだ。さっさと生き返れ、って叱ることはあっても、一緒に死者の国に来い、なんて誘うわけはねえんだよ」

 すると、腕が手招きをやめました。黒髪と一緒に音もなく門の間に引っ込んでいきます。門がぴたりと閉じました。

 ゼンはまた目をつぶりました。永劫にも思えるような時間を、ただじっと待ち続けます――。

 

 そのままどのくらいの時間が過ぎたでしょうか。

 物音のしない世界の中で、ふいに動くものの気配がしました。ゼンに向かって、いきなり何かが迫ってきます。

 ゼンは目を開け、反射的に飛びのきました。たった今までゼンが座っていた地面に鋭い刃が食い込みます。――大きな黒い斧でした。

 ゼンが身構えながら見上げると、目の前に怪物が立っていました。体は人間の男ですが、全身短い黒い毛におおわれ、頭には大きな雄牛の角が二本生えています。顔もなんだか牛にそっくりです。地面に食い込んだ斧を軽々と引き抜くと、にやりと笑います。

「よく避けたな。こうでなくてはつまらん」

「誰だ、てめえ!? いきなり何しやがる!?」

 とゼンはどなりました。右手がもうショートソードの柄を握っています。

 牛のような男が答えました。

「俺はタウル。貴様と勝負がしたくて、レィミに狭間の世界まで送り込んでもらったんだ」

「レィミってことは、あの魔女のおばさんかよ。おまえ、レィミ・ノワールの子分か」

 と、ゼンは改めてタウルという牛男を眺めました。本当に大柄な怪物です。身長は二メートル以上もあるし、短いズボンをはいただけの体は、隆々たる筋肉におおわれています。斧を持つ腕には、太い筋肉がロープの束のように浮き上がっています。

 この怪物が油断ならない相手なのは、さっきの一撃でわかりました。普通の人間には持ち上げることもできそうにない大きな斧を、小枝のように片手で軽々と振り下ろしてきたのです。相当の怪力に違いありません。

 

 すると、タウルが言いました。

「俺はレィミの子分などではないぞ」

 何故か不機嫌な声です。

「へぇ? じゃ何だよ。ボディガードかなんかか?」

 と聞き返すと、タウルはさらに憮然とした様子になりました。

「それも違う。――俺は、レィミの未来の夫だ」

 ゼンは、ぽかんとしてしまいました。頭の中で思い出した魔女の姿を、目の前の怪物に並べてしまいます。妖艶で狡猾な黒いドレスの美女と、力だけが取り柄そうな単純な顔をした牛男。どう考えても、まともな組み合わせの夫婦や恋人には思えません。思わずまた聞き返してしまいます。

「それ、本当かよ。なんかの間違いじゃねえのか?」

「間違いなものか。レィミは魔王だ。おまえらを殺して世界を手に入れたら、俺と結婚して俺のものになってくれる約束なんだ」

 あちゃぁ、とゼンは頭を抱えてしまいました。この牛男が魔女にだまされていることは、少年のゼンにさえ、はっきりとわかったのです。

「あのなぁ……えぇと、タウルだっけか……? 悪いことは言わねえからよ、今すぐ魔女と縁を切った方がいいぜ。おまえ、魔女に利用されてるぞ」

 けれども、タウルは、ふん、と鼻で笑っただけで、ゼンの言うことに取り合おうとしませんでした。黒い斧を振り上げて、吠えるように叫びます。

「さあ、勝負だ、坊主! 貴様は岩の柱を素手で砕いた! 俺と貴様とどっちが強いか、力比べだ!」

「なんで俺がそんなことしなくちゃならねえんだよ?」

 とゼンは顔をしかめましたが、そこへ斧が振り下ろされてきたので、あわてて大きく飛びのきました。

「やめろったら、牛野郎! 勝負する理由がねえって言ってんだよ!」

「おまえになくても、俺の方にはある! 俺は自分が誰よりも強いことを確かめたいんだ! 相手になれ、坊主! たたきのめして、切り刻んでやる!」

「迷惑だ! そんなことに無駄に体力を使えるか。俺が生き返ってからにしろ!」

「貴様は生き返らん! 俺がここで殺して黄泉の門にたたき込んでやるからな! それがレィミの望みだ!」

 はぁん、とゼンはつぶやきました。

「結局のとこ、やっぱりレィミ・ノワールの命令なんだな。そういうことなら話は別だ。黄泉の門なんか、くぐらされてたまるかよ」

 言いながら、すらりと腰から剣を抜きます。ショートソードですが、北の峰の洞窟のドワーフが鍛えた逸品です。

 タウルが吠えるような笑い声を上げました。

「そう来なくてはな! 行くぞ、ドワーフの坊主!」

「俺はゼンだ!」

 答えながらゼンは走り出し、振り下ろされてきた斧を剣でがっきと受け止めました――。

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