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第7巻「黄泉の門の戦い」

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第16章 襲撃

62.砂漠の民

 「まただ! 怪物だぞ!」

 砂漠を行くキャラバンの中から叫び声が上がりました。ラクダを連れた男たちが行く手を指さしています。太陽はまだ東の空にあるというのに、砂漠は猛烈な暑さになっています。じりじりと日に照らされて乾ききった砂の中を、大きなネズミのような怪物が三匹、こちらに向かって走ってきます。子牛ほどの大きさで、全身鏡のような銀色のウロコでおおわれています。

 フルートはすぐさま炎の剣を抜くと叫びました。

「みんな、よけてください!」

 男たちがラクダを引いて、大あわてで左右へ散ります。

 真ん中に立ち続けるフルートへ、銀のウロコネズミが突進してきました。と、先頭の一匹が炎の弾に撃たれて燃え上がります。その火を横目に、他の二匹は走り続けます。目の前に立つ金の鎧の少年に飛びかかっていきます。

「やっ!」

 フルートはまた剣をふるいました。二匹目のネズミが切り裂かれ、次の瞬間には火を吹いて燃え上がります。砂漠の熱気がいっそう暑さを増します。

 その時、隊長のダラハーンと、雪のように白い髪の少年が同時に声を上げました。

「フルート!」

「フルート、危ない!」

 三匹目のウロコネズミがフルートの小柄な体を押し倒したのです。長い牙でフルートの胸にかみつきます。

 けれども、悲鳴を上げたのはネズミの方でした。岩をもかみ砕く鋭い歯でしたが、金の鎧に突き立てたとたん、逆に歯の方が折れてしまったのです。キィキィ鳴き叫びながら飛びのきます。

 フルートが跳ね起きざまに剣を振り下ろしました。ネズミが炎に包まれて燃え上がります――。

 

 少年の姿のポチが駆け寄りました。

「フルート、大丈夫ですか?」

「ピランさんが強化した鎧だもの、何でもないよ」

 とフルートが笑顔で答えます。鎧の胸にはかすり傷ひとつついていません。そこへ、隊長のダラハーンもやってきました。

「本当に大した奴だな、おまえは。その歳でその腕前とは。信じられないぞ」

 他の男たちも近寄ってきて口々にフルートを誉めましたが、その一方で不安そうな顔をしている者も少なからずありました。

「隊長、今回はやけに怪物に出くわすみたいじゃないですか? 今日はこれでもう四度目ですよ」

「しかも、見たこともないような怪物ばかりです。どういうことなんでしょうね?」

「さてな」

 とダラハーンは言って、二人の子どもたちに目を向けました。子どもたちは、黙ったまま意味ありげに顔を見合わせていたのです。小さな少年が問いかけるように見上げ、金の鎧の少年が眉をひそめて首をかしげます――。

 

 やがてキャラバンは砂漠の真ん中で休憩を取りました。しゃがみ込んだラクダが作る日陰に身を寄せ、水を飲み、食料を口にします。フルートとポチも、ダラハーンのラクダの後ろに座りこんで、ひと休みしていました。

 すると、そこへダラハーンがやってきました。少年たちと並んで座りながら、話しかけてきます。

「さっき、隊の連中も言っていたが、今回はやけに怪物が出てくるんだ。しかも、これまで砂漠で見かけたこともないような、奇妙な奴らばかりだ。昨日のオアシスといい、今回は本当に物騒なことばかりが続く。これはどういうことだろうな――」

 と少年たちを、じっと見つめます。彼らがその答えを知っているはずだと確信している顔つきです。少年たちはとまどって目を伏せました。

 少しの間ためらってから、フルートが口を開きました。

「ぼくたちは、友達の命を救うためにシェンラン山脈を目ざしているんです……」

 目は伏せたままで話し続けます。

「友達を殺そうとしている敵は、人ではありません。たぶん……ぼくたちをたどりつかせまいとして、怪物を送り込んできているんじゃないかと思います」

「フルート」

 とポチが焦ったように言って、思わずダラハーンの顔を見ました。怪物が少年たちを追ってきていると知って、怒り出すのではないかと考えたのです。

 ダラハーンが難しい顔で聞き返してきました。

「その敵というのは?」

 フルートはさらにためらい、思い切って答えました。

「魔王と呼ばれている魔女です。友達は、魔女が送り込んできた毒虫に刺されて死にかけています。助けるには、シェンラン山脈まで行くしかないんです」

「明後日までに――いや、明日までに、か」

 とダラハーンが言います。フルートは黙ってうなずきました。

 

 少しの間、沈黙になりました。ダラハーンは難しい顔のまま考え込んでいます。ポチは、はらはらしながらそれを見守りました。きっと、そんな危険な奴は連れていけない、すぐにキャラバンから立ち去れ、と言われてしまうのに違いありません……。

 けれども、ダラハーンが次に言ったのは、全然違うことばでした。

「どうしたって、明日までに砂漠を越えるのは無理だぞ。シェンラン山脈までは遠い。それでも行くのか?」

「行きます」

 とフルートは答えました。低い声ですが、きっぱりした口調です。

「あきらめてしまったら、友達は絶対に助かりません。どんなに不可能に見えても、一歩でも二歩でも先に進んだら、ひょっとしたら何か新しい道が見つかるかもしれないんです。それが例えどんなにあり得ないようなことに思えても、絶対に、あきらめたくないんです――」

 また沈黙になりました。

 太陽はじりじりと照り続けています。細かい砂を巻き上げて、風が砂漠を吹き渡ります。

 風が行き過ぎると、ダラハーンがまた口を開きました。こんなことを話し出します。

「砂漠っていうのは、見ての通り非常に過酷な場所だ。昼は灼熱、夜は極寒。ここを越えていくのは並大抵のことじゃない。あんまりつらくて、疲れ果てて、歩きやめたくなることだってある。あてにしていたオアシスが干上がっていて、水を補給できなくて日干しになりかかることだってある。だがな――」

 キャラバンの若い隊長は、地平線まで広がる砂の大地を眺めながら話し続けていました。その口調は、意外なほど穏やかでした。

「あきらめて立ち止まってしまったら、もうそれでそいつは終わりなんだ。砂漠の中じゃ、まず助けなんか現れない。おまえたちみたいに命拾いする奴らはまれだ。だから、どんなに苦しくても、不可能に見えても、それこそ一歩でも二歩でも先に進むのが正解なんだ。砂漠にだって雨が降ることはある。ひょっとしたら、雨上がりの湧き水に出会えるかもしれんし、力尽きる前に小さなオアシスにたどりつけるかもしれん。進むことをやめなければ、生きのびられるかもしれないんだ。だがな、本当にあきらめてしまったら、そこに待つのは死神だけだ」

 ダラハーンは二人の少年たちを見ました。静かに笑うようなまなざしでした。

「行けるところまで行ってみればいい。俺たちがおまえたちを連れて行ってやれるのは途中までだと思うがな――。アジの女神は気まぐれだ。ひょっとしたら、おまえらにほほえんでくれるかもしれないぞ」

「アジの女神?」

 とフルートは聞き返しました。

「俺たちが信仰する砂漠の神さ。えらく不美人で、厳しくて残酷で恐ろしくて――そして気まぐれに優しいんだよ」

「なんだか、砂漠そのものみたいな神様ですね」

 とフルートが言うと、ダラハーンは笑ってその頭をぐいと押しました。

「わかってるじゃないか。よその奴らには砂漠は死の世界に見えるんだろうが、俺たちにとっては生きるための大事な場所だ。あきらめない奴には、ひょっとしたら女神がほほえむかもしれない。だからな、俺たちも決してあきらめないで越えていくんだよ。この広大な砂漠をな」

 そして、青年は焼けた大地を示しました。砂の丘と谷が連なる中、空は水色に晴れ渡っています。

 

 さて、とダラハーンは声に出して立ち上がりました。

「そろそろ出発するぞ。次のオアシスまでは遠いから、少しでも距離をかせがなくちゃならないんだ」

 少年たちに向かって、もう一緒に来るなとも、キャラバンから立ち去れとも言いません。

 フルートは深々と頭を下げました。

「ありがとうございます、ダラハーン」

 改まって礼を言われて、若い隊長は照れたように笑いました。

「どうせ怪物が現れたって、おまえが片っ端からやっつけるんだ。とことん行ってアジの女神の気まぐれを手に入れてみろ。同じ女同士、魔女には女神のほほえみが効果あるかもしれないぞ」

 冗談めかした言い方の陰に優しさを感じて、少年たちも思わず笑顔になりました。

 過酷に広がる砂漠。けれども、そこに生きているのは、互いに受け入れ助け合うことを知っている、暖かい心の人々なのでした。

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