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第7巻「黄泉の門の戦い」

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第15章 占者と魔王

58.居場所

 ゴーリスの別荘の中庭を、朝日が照らしていました。夜中襲いかかってきた闇の怪物たちは、日の出と共にどこかへ逃げ去り、ハルマスはまた静けさに包まれていました。中庭では、白い守りの花が風に揺れています。

 庭の真ん中の建物の前に、ユギル、ゴーリス、オリバン、ピランの四人が集まっていました。ユギルは占盤を置いたテーブルの前に座り、他の者たちがそれを囲むようにして立っています。男たちは、戦闘が終わった後、短い休憩を取っただけで、もう次の戦いに備えて作戦会議を始めたのでした。

「奥方や嬢ちゃんたちはどうしたね?」

 とピランがゴーリスに尋ねていました。ゴーリスは鎧兜を脱いで、いつもの黒ずくめの服装に戻っていましたが、そう聞かれて別荘とすぐ後ろの建物を示して見せました。

「まだ寝ている。一晩中激しい戦いだったからな」

「ポポロ様は、特にお疲れです」

 とユギルが口をはさみました。

「ゼン殿の夢の中からは無事にお帰りになりましたが、人の夢の中に下りていくと言うことは、ポポロ様ほどの魔力でも、非常に大変なことのようです。今は誰よりも深くお休みになっています」

「日中は闇の敵も来ないのだ。ゆっくり休ませておいてやろう。ポポロの話では、狭間の世界のゼンのそばには金の石の精霊もいるらしいし、少しは安心できるな」

 とオリバンが言いました。

 

 すると、ユギルはテーブルの占盤に目を向け、他の者には意味のわからない模様が刻まれた石の板を指で示しました。

「現在、我々は三つの場所に別れております……。まず、闇の毒に倒れて眠るゼン殿と、それを守る我々がいる、このハルマスの中庭です。城の四人の魔法使いたちも共に戦っています。ここには、夜ごと、南東の闇の森から怪物たちが押し寄せてきて、ゼン殿を直接殺そうとしています。怪物たちに命じているのは、魔王のレィミ・ノワールです。今夜も、絶対にまた襲ってくることでしょう」

 ユギルの細い指が、つ、と黒い占盤の上をなぞるように動きました。

「もう一箇所は、ゼン殿の魂がいる狭間の世界です。ここは、この世と死者の国の間に横たわる場所です。ナイトメアは追い払いましたが、魔王がさらなる敵を送り込んでくる、と占盤は告げております。ゼン殿と金の石の精霊の戦いはまだまだ続くのでしょう。ただ、占盤はこの世でない場所を映すことはできません。実際に狭間の世界でゼン殿や石の精霊が何をなさっているかは、見通すことはできないのです」

「あの元気なドワーフの坊主のことだ。どんな敵が来ても、そう簡単に負けはせんだろう」

 とピランが言います。すると、ユギルは微妙な笑顔を漂わせました。

「左様ですね……。ですが、ゼン殿の体力にも限りはございます。眠り続けているゼン殿は、一切飲み食いができないのですから。さらに、ゼン殿の体内では、増え続ける闇の毒と金の石の力とが戦い続けているので、それにも体力は消耗していきます。ゼン殿の体力が尽きれば、ゼン殿の魂は黄泉の門に飲み込まれてしまいます。最初にも申し上げたとおり、その前に、闇の毒を送り込んできた魔王を倒さねばならないのです。期限は明日の夜中――あと一日半です」

 思わず男たちは沈黙しました。非常に厳しい現状を、改めて痛感してしまいます。

 

 やがてゴーリスが口を開きました。

「それで、魔王を倒しに向かったあいつはどうしている?」

 あいつ、とはもちろんフルートのことです。

 とたんに、ユギルは表情を変えました。迷うように占盤を眺め、真剣な目をゴーリスへ向けました。

「それが……現在どこにいるのか、読み取れなくなっているのです。勇者殿とポチ殿が東へ向かっていく途中までは見えていました。ところが、クアロー国を越えるあたりから彼らの姿を濃い闇が包んでしまって、その中で何が起きているのか、まったく見えなくなってしまったのです。魔王のしわざに違いありません」

 ゴーリスは眉をひそめました。

「シェンラン山脈も闇の中なのか?」

「左様です。勇者殿がシェンラン山脈に向かって出発した直後から、山の様子も見通せなくなりました。勇者殿たちがシェンラン山脈にたどりついたのかどうか、それさえ知ることができません」

 ゴーリスはうなりました。やはり、魔王はフルートを誘い出すために自分の居場所を明らかにしていたのです。露骨な罠でした。

 オリバンが心配顔で身を乗り出してきました。

「フルートとポチがどうしているのか、ほんの少しもわからないのか?」

「残念ながら、闇があまりに深すぎます。どんなに念をこらしても、見通すことができないのです」

 銀髪の占者の声は重く響きました。

 一同は思わずまた黙り込んでしまいました。東へ向かっているフルートとポチの上にも、なんだかとんでもない危険が迫っているように感じられます……。

 

 すると、そこへ守りの花畑を抜けて近づいてくる者たちがありました。二人の魔法使いです。一人は白い長衣を着た中年の女神官、もう一人は、赤い衣を着た小柄な異大陸の男でした。

 女神官が一同に頭を下げました。

「光の戦士を守るために戦う者たちの上に、神の守護あれ」

 と、まずあいさつ代わりに一同のために祈ってから続けます。

「会議中申し訳ありません。ですが、ここにいる赤が、皆様のお役に立てるかもしれない、と言い出しておりますので」

 明るい朝の光の中、赤の魔法使いは衣のフードを脱いでいました。南大陸から来たという男は、ピランほどではありませんが、非常に小柄で、つやつやと輝くような黒い肌をしていました。大きな目は金色の猫の瞳にそっくりで、髪は黒く短く縮れています。明らかに中央大陸の人間とは異なる容姿をしていました。

「ズ、ミヤ、オガ、ヨ、ウ」

 と男が言いました。南大陸のことばは、他の者たちにはわかりません。

 すると白い女神官がまた言いました。

「彼は異大陸の魔法使いです。我々と同じ光の魔法も使えますが、そもそもは、まったく違う魔法体系の術の持ち主です。先ほどからの皆様方のお話は、我々にも聞こえておりました。彼の魔法ならば、闇の中も見通すことができるかもしれません。彼にやらせてみてはいかがでしょう」

 一同は驚いて、思わず赤い衣の小男を見ました。黒い肌の男が、金の眼を光らせながら、にやりと笑います。まるで、本物の黒猫が笑ったようでした。

 ゴーリスは即座にそれへ頭を下げました。

「ご助力感謝する、赤の魔法使い殿。よろしく頼む――」

 

 

 「ふぅん、あれが南大陸の占いのやり方なんだ」

 建物の前に立って庭を眺めながら、メールが言いました。その隣にはくすんだ銀色の鎧を着たオリバンが立ち、足下にはルルがいます。赤の魔法使いが術を使うのに守りの花をどかしてほしいと言い出したので、メールが起こされ、それと一緒にルルも起きだしてきたのでした。

 守りの花がなくなった庭の一角は、白い砂におおわれていました。水や得体の知れない代物が入った器をいくつも並べた真ん中に、赤い衣の小男があぐらをかいて座り、丸い大きな太鼓を膝に抱え込んでいます。試すように太鼓をなでながら、何かぶつぶつと言い続けていますが、なんと言っているのか、メールたちには理解できません。

 それを眺めながらオリバンが言いました。

「彼がその気になれば、狭間の世界まで見えることもあるらしい。とはいえ、ゼンの様子はポポロが見てきたばかりだからな。今回彼に探ってもらうのは、フルートたちの居場所だ」

「ゼンなら大丈夫さ」

 とメールは肩をすくめて言いました。

「あいつのことだもん。狭間の世界でも闇の敵相手に大暴れしてるに決まってる。金の石の精霊もいるしね。心配ないさ」

 すると、ルルが笑うような顔になりました。

「あら、なぁに、メール。急に元気になったんじゃないの? ゼンから、必ず戻るから、って伝言されたのが、よっぽど嬉しかったのねぇ」

 とからかうように言います。メールはたちまち真っ赤になりました。

「そ、そんなことあるかい! 変なこと言うんじゃないよ、ルル!」

「あらぁ、そんなに変なことかしら? ゼンはメールに、泣くな、って伝えてきたんでしょう? 意外と優しいとこあるわよねぇ」

「ルル! こらぁ!」

 メールはますます赤くなると、両手を振り上げてルルを追いかけました。犬の少女が笑いながら逃げ回ります。本当に、すっかり元気な様子に戻ったメールでした。

 そんな少女たちを見て、オリバンは太い腕を組みました。ふん、と鼻を鳴らします。ゼンの伝言に照れながら喜ぶメールの姿がなんとなく妬けて、憮然とした表情になってしまっていることに、皇太子自身は気がついていませんでした。

 

 他の大人たちは、白砂の上の赤の魔法使いを遠巻きにしていました。女神官だけが、すぐそばにいます。青と深緑の二人の魔法使いは、庭の隅に立って警戒を続けながら、やはり仲間の様子に注目していました。

 赤の魔法使いの声が止まります。

 と、男は膝に抱えた太鼓を鳴らし始めました。たたくのではなく、表面をなぞるような手つきです。すると、うなるような低い音が響き始めました。哀愁を帯びた音色です。

 太鼓に合わせて、赤の魔法使いは歌い出しました。なんと言っているのか、やっぱり他の者たちにはわかりません。歌声は太鼓の音に絡みつき、高く低く、うねりになって、庭中に流れ出していきました――。

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