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第7巻「黄泉の門の戦い」

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55.呼ぶ声

 ハルマスのゴーリスの別荘の中庭で、人々は戦っていました。夜半になって、敵がまた続々と押し寄せてきたのです。南東の彼方にある闇の森から飛んでくる闇の怪物たちでした。翼で空を飛んでくるものだけでなく、今夜は地上を走ってきた足の速い怪物たちもいました。

 怪物たちの狙いは、闇の毒に倒れて死んだように眠っているゼンです。ゼンは魔法の金の石の力で、かろうじて命を取り留めています。ほんの少しでも石が体から離れれば、それでもう、ゼンは死んでしまうのです。魔王に命じられた怪物たちは、ゼンを揺すぶり死の国へ突き落とそうと、大群で押し寄せてきているのでした。

 中庭を明るい光の膜が包み込んでいました。魔法の護具が作り出す聖なる結界です。日中ピランが強化していたので、前の晩よりずっと明るく強く輝いています。光の膜に触れる闇の怪物を、片っ端から消滅させていきます。

「どうじゃ、見たか!!」

 ゼンが眠る建物の前に立って、ピランが歓声を上げていました。

「その光は、おまえらがどんなに束になってやってきても、絶対に破れんぞ!! わしが強化した道具の威力を思い知れぃ!!」

 ちっぽけな体のどこから出るのかと思うような大声でどなりながら、興奮してぴょんぴょん跳びはねています。

 そのかたわらには占い師のユギルが立っていました。今夜は嵐は吹き荒れていません。けれども、闇の敵の襲撃と同時に吹き出した風が、占い師の長い銀髪を乱していました。長い灰色の衣がはためきます。

 ユギルは占盤をのぞいてはいませんでした。激しい戦いの真っ最中に占盤を読んでいては間に合わないのです。青と金の色違いの瞳を空と庭に向け、一瞬先の動きを読みとって、味方の戦士たちに伝えます。

「空から侵入できないので、怪物たちが地下を潜って来ようとしております! お気をつけください! 青の魔法使い殿! 右です! 深緑の魔法使い殿、後ろに出ます――!」

「承知だ」

 と青い衣の魔法使いがたくましい腕で杖を振ります。たちまち地中で爆発が起き、砂と土が吹き上がります。地面の中を進もうとした怪物が破裂したのです。

 深緑色の衣の老人も杖を振りながら言っていました。

「愚か者め。正体を見せい、このカエルめが」

 地面から這い出した鋭い爪の怪物が、たちまち縮んで、ちっぽけな赤いカエルに変わりました。深緑の老人がにらみつけると、それだけでもう、ぐったりと動かなくなってしまいます。

 

 建物の近くにはゴーリスとオリバン、メールとルルがいました。ゴーリスとオリバンは聖なる剣を構え、メールは両手を高くかざし、ルルは風の犬に変身して空で渦巻いています。いつどこに敵が現れてもいいように、身構え続けています。

 そこへユギルの声が響きました。

「出ます! 殿下の左です!」

 魔法使いたちの防御をかいくぐった敵が、建物のすぐ近くの地中から姿を現しました。巨大なモグラのような怪物です。砂や土をはねのけながら立ち上がってきます。

 とたんに、ぼっと激しい光が燃え上がりました。地上で咲いていた守りの花が、怪物にいっせいに襲いかかったのです。聖なる花が、自分と一緒に闇の敵を焼き尽くしていきます。

 メールが手をかざしたまま言いました。

「守りの花は庭中にあるよ! 絶対に闇の怪物なんかに入りこませるもんかい!」

 けれども、怪物が掘り進んだ地下のトンネルをくぐって、敵がどんどん庭に這い出してきました。獣のような姿をしたもの、人のような姿をしたもの、長い爪や牙、翼を持ったもの、蛇や長虫のような姿をしたもの、そのどれとも似ていない、見るもおぞましい姿をしたもの――様々な形の怪物たちが、不気味な声を上げながら庭に出てきます。

 とたんにまた、守りの花が飛びかかっていきました。たちまち激しい光が燃え上がり、庭中が真昼のように照らされます。

 けれども、怪物は後から後からやってきました。守りの花にも間に合わないほどです。穴から飛び出してきた小さなドラゴンが、花を操るメール目がけて飛びかかってきました。毒を持った牙で、一瞬のうちに少女の命を奪おうとします。

 とたんに、空からルルが舞い下りました。鋭い風の刃になった体でドラゴンを真っ二つにしてしまいます。

「ありがと、ルル!」

 とメールは言いました。守りの花を操る手は少しも止めません。

「どういたしまして」

 とルルは答えると、今度はノームのピランに襲いかかろうとした怪物に急降下しました。風の牙でかみついて、遠くへ放り投げてしまいます。

 ピランは怒ってわめきました。

「なんちゅうことだ! 地下も守れなくては実際の役にたたんだろうが! えい、明日はそこも強化してやるぞ!!」

 その一方で、地下から這い出してきた怪物が、ゼンの建物を目ざして走り出していました。その前にゴーリスとオリバンが立ちふさがります。手にした剣で切りつけると、淡い光が散り、リーンと鈴を振るような音が響いて、闇の怪物たちが消滅していきました。聖なる剣の力です。

「花たち!」

 とメールは庭中に咲く守りの花に向かってまた叫びました。

「お願いだよ、力一杯戦っとくれ! 絶対に闇の怪物に負けるんじゃないよ!」

 その声に応えるように、たくさんの花が宙に舞い、白い聖なる竜のように長く大きく渦を巻きました。風の犬のルルと一緒に、空から闇の敵へと飛びかかっていきます。

 四人の魔法使いたちが、庭の四隅に立ち、光の護具を守りながら杖を振り上げています。護具を狙って現れる敵を片端から倒していきます――。

 

 その時、ふいにメールが立ちすくみました。一瞬、茫然とした顔になります。

 空で渦巻く守りの花が乱れました。ざあっと音を立てて崩れ、頭上一面に広がります。ルルが驚いてメールのところへ飛んできました。

「メール、どうしたの!?」

 花使いの姫は立ちすくんだまま、何故か両手で自分の耳を押さえていました。信じられないような顔をしています。

「メール! メールったら!」

 ルルは必死で呼びかけました。激しい戦闘は続いています。一瞬の油断がそのまま死に直結するのです。

 すると、メールがつぶやくように言いました。

「聞こえる……あいつが呼んでる……」

「え?」

 とルルは目を丸くしました。メールが何を言っているのかわかりません。

 すると、メールは背後の建物を鋭く振り返りました。

「あいつの――ゼンの声が聞こえるんだよ! 助けを呼んでる!」

 そう叫ぶなり建物に向かって全速力で駆け出し、中へ飛び込んでいきます。

 

 ゼンのベッドのかたわらにはジュリアがいました。緊張した顔で、外の戦いの気配に耳を澄ましています。

 ゼンの上には、胸にもたれかかるようにして、ポポロも折り重なって眠っていました。ナイトメアを追い払うために、ゼンの夢の中に下りているのです。ゼン同様、ここを敵に襲われたら、抵抗もできずに殺されてしまいます。ジュリアは、昨夜のように敵が部屋に現れたら即座に二人を守ろうと、身構えていたのでした。

 けれども、その時にはまだ、敵は建物の中までは入りこんでいませんでした。突然飛び込んできたメールに、ジュリアが驚いた顔になります。

 メールはゼンへ目を向けました。ゼンは静かに眠っているように見えます。血の気のない白い顔も、穏やかな表情も、前と少しも変わりません。けれども、彼女にはゼンの声が聞こえ続けていました。ゼンは必死で呼んでいるのです。メール! メール、助けに来い! と。

 メールは唇をかみました。自分にはポポロのように夢の中へ駆けつけることはできません。助けに行くことができないのです――。

 が、メールが困惑したのはほんの一瞬でした。次の瞬間、花使いの姫は毅然とした顔になると、両手を掲げて高く呼びかけました。

「花たち! 守りの花たち! 駆けつけて、ゼンの夢の中まで助けにいっとくれ――!!」

 ザザザァーーッと砂嵐のような音がわき上がり、開け放してあった建物の入口から大量の花が飛び込んできました。百合に似た白い守りの花です。庭から建物の中に、後から後から飛んできて、そのまま舞い下りてきます。メールの上にも、ジュリアの上にも、後を追ってきたルルの上にも、眠るゼンとポポロの上にも、雪のように降りかかってきます。

「なに……なんなの……?」

 ルルは思わず犬の姿に戻り、驚いてその光景を眺めていました。降りしきる花の中、メールはまるで天に祈るように、頭上の花へ高く腕をさし上げ続けています。

 とたんに、ゼンの上で花が光を放ち、燃えるように消え始めました――。

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