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第7巻「黄泉の門の戦い」

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49.フルート

 ポポロはおろおろと立ちすくんでいました。

 悪夢の中でドワーフの若者がゼンをつかまえています。おまえはドワーフじゃない、どこの誰とも違うひとりぼっちの存在なんだ、と迫ります。

「さびしいよなぁ。悔しいよなぁ。おまえのせいじゃないのにな。みんな、勝手に種族を越えて結婚した、おまえの親父とおふくろのせいなのになぁ」

 若者の声が冷酷に響きます。何故かそれは、大人びてきた今のゼンの声に似ているような気がしました。その顔も、なんだかどこかゼンに似て見えます。まるで、ゼンが純粋なドワーフに生まれたら、そんな姿になったのじゃないかと思うような――。

 

 すると、ゼンが、ふいににやりと笑いました。ドワーフの若者を見ながら言い返します。

「ったく。やることに芸がねえぞ、ナイトメア。前に会ったときと同じことを言っているじゃねえか。もうちっと工夫をしろよな、工夫を」

 なに? とドワーフの若者が驚きました。ゼンは、その手を簡単にふりほどいて突き飛ばしました。軽く突いただけなのに、若者は大きくよろめきました。

「俺が純粋なドワーフじゃないだと? そんなのは承知の上だ。今さらそれを悩む気にもならねえよ。髪や目が黒かろうが、背が高かろうが、それでも、俺はドワーフだ。俺が自分でそう決めてんだ。誰にもつべこべ言わせねえよ」

 きっぱりと言い切ると、若者をその場に残してポポロの隣へ戻ってきます。

 若者がわめき立てます。

「タージ! 根無し草! 世界中どこを探したって、おまえの仲間なんか、ひとりもいやしないんだぞ!」

「仲間がいない?」

 ゼンは笑い返しました。

「どこ見てやがる、ナイトメア。こんなにたくさん仲間がいるじゃねえかよ――!」

 

 とたんに、ゼンやポポロのまわりに大勢の人たちの姿が現れました。二人がよく知っている人ばかりです。

 フルート、メール、ポチとルルの二匹の犬たち――ゴーリス、ジュリア、ユギル、ピラン、皇太子のオリバン、ロムド国王――渦王、天空王、泉の長老、白い石の丘のエルフの姿もあります――。

 人々はゼンたちを見ながら微笑み、次々とまた消えていきました。優しいぬくもりが漂います。そして、その中に、銀の鎧兜を着たフルートだけが残りました。今より少し幼い姿のフルートです。ここにいるゼンと、丁度同じくらいの年頃に見えました。

「人間が相手をだます、ずるい奴ばかりだなんて――! そんな人間ばかりじゃないです! 優しい人だって親切な人だって大勢います! もちろん、みんながみんなってわけじゃないけど……でも、ドワーフと友だちになれる人間だって、ちゃんといます!」

 フルートは幼い顔に必死の表情を浮かべて、そんなことを言っていました。誰かに向かって答えているような感じです。

 ゼンがポポロに言いました。

「初めて出会った時のあいつだよ。闇の卵を壊しに行くのに、仲間を捜してドワーフの洞窟にひとりきりで来たんだ。人間はずるいからドワーフは誰も協力しない、って親父が言ったんだけどな、そうしたら、あいつ、むきになってあんなことを言ったんだよ」

 なつかしむように、おもしろがるように、ゼンはフルートを眺めていました。

「驚いたっけなぁ。人間と言えば、本当にみんな洞窟に買い付けに来る連中みたいなんだと思っていたからな。まあ、実際そういう人間は多いんだが。でも――そんなヤツばっかりじゃなかったよな、確かに」

 

 すると、フルートが駆け出しました。目の前にはいつの間にか、暗い湖が広がっています。ドワーフの洞窟のさらに地下にある、地底湖です。

「ゼン、湖から離れていて!」

 とフルートは言って、左手にランプを持ちながら、湖の中に入っていきました。右手には炎の剣を握りしめています。

 すると、突然湖の中からしぶきを上げて、巨大な生き物が飛び出してきました。大きな虫です。狭間の世界で見かけたどの毒虫よりも巨大で、水中に半分以上体を沈めているのに、それでも見上げるような大きさがあります。鋭いくちばしでフルートの右足をくわえて逆さづりにします。

「フルート!!」

 と思わずポポロは叫びました。昔の出来事が見えているだけだとわかっていても、つい声が出てしまったのです。

「大丈夫だ」

 とゼンが言って、背中の弓矢を構えました。それは、いつの間にか木ではなく鋼の弓矢に変わっていました。鋭い音を立てて金属の矢が虫の体に突き刺さります。虫がフルートを放したとたん、フルートの剣が虫を貫きました。一瞬のうちに虫は燃え上がり、フルートもろとも炎の中に見えなくなっていきました――。

 

 「あれがグラージゾ。俺たちが最初に戦った敵だ」

 とゼンがポポロに言いました。湖の中で燃える虫を遠い目で眺めています。

「あいつは、あの頃から相変わらずさ。自分の危険のことなんか、これっぽっちも考えてねえ。頭の中は他のヤツを助けることでいっぱいだ。信じられないくらいお人好しで、いつだって自分に損なことばかり引き受けて――なのに、それでもいつでも笑ってるんだ――」

 ふっと、ゼンが真顔になりました。今より三、四歳幼い姿のゼンですが、今と変わらない表情を浮かべながら、燃えるグラージゾを見つめます。その唇が、つぶやくように動きました。

「そうだ……全部、あの時から始まったんだ。なにもかも全部、あいつが俺に持ってきてくれたんだ……」

 ポポロは意味がわからなくてゼンを見ました。ゼンは湖を見つめ続けています。

「人間なんて、下らないと思ってた。ずるくて卑怯で、ろくでもない種族だとばかり考えてた。だから、自分の中に流れる人間の血も嫌いだった。洞窟のヤツらに馬鹿にされるたびに、ものすごく悔しくてな……。純粋なドワーフじゃない自分が、嫌でたまらなかったんだ。でも、あいつは違ったんだよな。人間なのに、どうしようもないくらいお人好しで、いいヤツで……こんなヤツとなら友達になってもいいか、と思って旅を始めたら、いつのまにか、どんどん仲間が増えてった。ポチ、ルル、メール、オリバン……もちろん、おまえもだ、ポポロ。嫌な人間にも山ほど会ったけど、いい人間にもたくさん出会えたよな。そうして、気がついたら、いつの間にか俺は、自分が純粋なドワーフじゃないことなんか、どうでも良くなっていたんだ」

 

 燃えつきて炭になったグラージゾが、湖の中に崩れていきました。とたんに、ばしゃーんと大きな水しぶきが上がります。それがおさまった跡から立ち上がったのは、フルートでした。全身ずぶ濡れになりながら、それでも、にっこり笑います。いつものあの穏やかな笑顔が広がります。

「あいつは俺に仲間を連れてきてくれた――」

 とゼンは言い続けました。

「そして、今でもただ、俺たちのことだけを考えてくれてるんだ」

 ポポロも、夢の中に見えるフルートを見つめました。

「そうね……それがフルートだから……。いつだって、すごく優しくて、すごく強くて……そして、あたしたちみんなに笑っていてほしい、って願い続けてるのよ……」

 何故だか、鼻の奥がつんと痛くなって、涙があふれてきそうになりました。

「あいつの笑顔が見たいよな」

 とゼンは言いました。

「俺たちは、あいつの笑い顔を見たいよな――」

 うん、とポポロはうなずきました。もう涙ぐんでいます。

 ゼンは、黙って考え続けました。

 いつも、自分の想いは口にしようとしないフルートです。ただ穏やかにほほえみながら、静かに仲間たちの幸せだけを願っています。

 そんなフルートに笑顔を運ぶもの。それは――

 それは――

 

 宝石の瞳に涙を浮かべてフルートを見る少女を、ゼンは何も言わずに眺めました。

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