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第7巻「黄泉の門の戦い」

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第12章 夢の中・1

46.乱暴者

 ナイトメアに向かって歩くゼンの姿が、小さな子どもに変わっていました。四つか五つくらいの年頃に見えます。エルフの弓矢も剣も盾も消えて、身を守るものが何もなくなったのに、それでも恐れる様子もなく進んでいきます。

 すると、人の乗った黒馬のようなナイトメアが急にかすみ始め、代わりにまったく別の光景が浮かび上がりました。

 

 そこは岩で囲まれた空間でした。まわりは岩壁、足下は平らに切り出された岩の床、頭上高い場所にある天井も岩でできています。それがどこなのか、ゼンには一目でわかりました。自分の故郷、北の峰の地下にある、ドワーフの洞窟の中です。主通路から別れた袋小路の奥でした。

 そこに一人のドワーフの少年が立っていました。ゼンよりもずっと年上で体が大きく、力も強そうに見えます。腕組みをして小さなゼンを見下ろしています。

「なんだよ、ブラグ。なんの用だ」

 とゼンは言いました。本当のゼンは声変わりも始まってしゃがれた太い声になっていますが、この姿のゼンは、まだ高い子どもの声をしています。それでも、年上の相手と気後れもせずに対等に話す様子は、今とまったく変わりませんでした。

 ブラグと呼ばれた少年がゼンをにらみつけてきました。

「相変わらず生意気なヤツだな。ちょっとぐらい力が強いからって、いい気になるなよ」

「へえ。力のないヤツの負けおしみかい?」

 とゼンが笑います。即座に減らず口を返せるあたりも、今と同じです。少年がたちまち真っ赤になりました。

「てめぇ、本当に生意気だぞ! ガキのくせに!」

 けれども、ゼンは涼しい顔です。幼い顔にふてぶてしい表情を浮かべて答えます。

「おまえだってガキじゃないか。ガキの言うことなんか聞く耳もたせないぜ。おとといに来い」

 なんとなく、どこかで聞き覚えたことばをそのまま言っているような、それもあまり正確ではないような、怪しいことばづかいをしながら、ゼンが答えます。それでも相手を怒らせるのには充分だったようで、ブラグはますます赤い顔でにらんできました。

「どうやら一度思い知らせなくちゃわかんねえようだな、ゼン。どこを殴られたい?」

「へぇぇ。俺をなぐれると思ってんのか? そっちこそ、どこをなぐってほしいんだよ」

 幼くても、ゼンはまったく言い負けません。ああ言えばこう言うという感じで切り返します。

 少年は本当に拳を握りました。

「できそこないのくせに威張ってんじゃねえよ、タージめ!

 おまえの死んだおふくろは人間だろうが! おまえはドワーフじゃなくて人間なんだよ! ここはドワーフの洞窟だ! とっととここから出ていけ、タージ!」

 タージというのはドワーフのことばで、人間の血を引くドワーフを侮蔑する呼び名です。とたんに、ふてぶてしく笑っていたゼンの顔が豹変(ひょうへん)しました。まだ幼い目をぎらりと光らせて、相手をにらみ返します。

「うるせえ! 俺はドワーフだぞ! おまえにあべこべ言われることじゃない! 黙れ、でくのぼう!」

 本当は、あべこべではなく、つべこべの間違いですが、とにかくゼンは激しく言い返しました。その様子に、ブラグがからかうような口調に変わります。

「なんだよ。本当のことじゃねえか。おまえのおふくろは、あのろくでもない人間だ。だから、おまえもろくでもない人間なんだよ。人間は人間のところへ帰れ! 屑でろくでなしのタージめ!」

「俺はドワーフだ!!」

 ゼンが力をこめてどなり返します。怒りのあまり、声が低くなってきていました。少年がますます調子に乗ります。

「へへぇ、おまえ、自分がドワーフだと思ってんのか! そんな黒い髪で? そんな黒い目で? 黒すけ、黒ヤロウ、おまえは人間なんだよ。俺たちドワーフの中にいるんじゃねえや!」

 とたんに、ゼンが動きました。大きく踏みこみ、勢いよく拳を突き出します。まだ、本当に幼い姿のゼンなのに、拳を食らった少年の体が大きく吹っ飛び、奥の岩壁に激突しました。

 顔中を真っ赤にしたゼンは、床に倒れた少年に飛びかかり、馬乗りになってさらに殴り続けました。

「この野郎! この野郎! もう一度言ってみやがれ! 殺してやる――!!」

 逆上して殴り続けるゼンの拳の下で、年上の少年は悲鳴を上げていました。情けないほど甲高い叫び声です。

 

 その光景を見ていたポポロは、真っ青になりました。幼くても、ゼンの力が強いのはわかります。少年の顔から血が吹き出し、骨が砕ける音が響きます。見る間に少年の顔の形が変わっていきます。

 少年は悲鳴を上げ続け、口から血の泡を吐きました。それでもゼンは殴るのをやめません。

 ポポロは泣きながら悲鳴を上げました。

「やめて、ゼン! もうやめて――!!」

 

 すると、急に目の前の光景が消えました。ゼンも殴られている少年も見えなくなっていってしまいます。

 ポポロが思わず息を飲むと、別の光景が浮かんできました。今度は岩の中の洞窟ではありません。濃い緑の木々や下生えにおおわれた山の中です。藪をかき分けるようにしながら、ドワーフの男と小さなゼンが進んでいました。

 ドワーフの男は背の低いがっしりした体格をしていて、茶色い髪にもじゃもじゃの茶色いひげ、毛皮の袖なしの胴衣を着込んで弓矢を背負っています。それについていく幼いゼンは長袖に長ズボンという格好で、武器は何も身につけていません。

「どこまで行くんだよ、父ちゃん?」

 とゼンが後ろから男に呼びかけました。さっきから何度も尋ねているのに、父親は返事もせずにどんどん先へ歩き続けるのです。いつの間にか、彼らは北の峰の奥深い場所まで入りこんでいました。

「なあ! 父ちゃんったら!」

 とゼンはうるさく呼び続けますが、やっぱり父親は何も言いません。ただ黙々と進むだけです。

 やがて、深い藪の中まで来ると、何かを見つけたようにゼンの父親は立ち止まりました。そこでやっと息子を振り返ります。

「ここから家まで、自分一人で帰ってこい、ゼン」

 ゼンはびっくりしました。

「えぇ、ここから!? そんなの無理だよ、父ちゃん! 俺、帰り道がわかんないぞ!」

「ドワーフは生まれつき方向感覚がいいんだ」

 とゼンの父親はいいました。低い、うなるような声です。

「おまえも自分がドワーフだと言うんなら、自力で家に帰ってこい。いいな」

 それだけを言い残すと、父親は藪の中に、あっという間に姿を消してしまいました。あとには、ぽつんとゼンだけが残されます。

 

 ゼンは憮然とした顔で自分の背丈より高い藪を見回しました。

「自力で帰ってこいって言われてもよぉ……道がないじゃないか。どうやって帰ればいいんだよ」

 ゼンはこれまでにも何度も山に来ていたのですが、こんな奥深い場所まで来たのは初めてだったのです。山を下る道がまるでわかりません。周囲を緑の葉がおおいつくして、視界をさえぎっています。離れていった父親の気配は、もうどこからも伝わってきませんでした。

「えぇと……こっちか?」

 とゼンは、とにかく下りに感じられる方へ歩き出しました。人っ子一人いない山奥でしたが、不思議とゼンは怖いとは思いませんでした。藪をかき分けながら、前へ進んでいきます。

 すると、急に藪の中の道に出ました。低い木や草を押し分け踏みしめた、自然の細道です。ずっと藪の下の方へ続いています。

 ははぁん、とゼンはつぶやきました。

「父ちゃん、この道を下りてったんだな。ってことは、これはドワーフの洞窟につながってる道なんだ。よし、ここを行けばいいんだな」

 まるで大人のようにすばらしい推理をしたつもりになって、ゼンはにこにこしました。さっそく自然のわけ道をたどって山を下り始めます。

 ――もし、そこを行くのが今のゼンであれば、その道の両脇の藪に、短い黒い獣の毛がひっかかっていることに気がついたでしょう。藪の中にそそり立つ木の幹に、鋭い爪でえぐったような傷痕が残っているのも見つけたはずです。

 けれども、この時のゼンはまだ猟師ではありませんでした。しかも、初めてやってきた山奥です。なんの不思議も感じずに、ただ細道を歩き続けていました。

 すると、間もなく、道の行く手で藪がざわめきました。誰かが前の方を歩いているのです。ゼンは歓声を上げました。

「父ちゃん!」

 追いつけたのだと思って、小走りになってそちらへ走ります。ゼンは小さい体をしているので、細道も楽に通り抜けていくことができます。

 藪を歩く人の気配が近づいてきました。ゼンは一気に駆け寄り、声を上げました。

「父ちゃん――!!」

 

 けれども、それはゼンの父親ではありませんでした。真っ黒い毛におおわれた獣の背中が、すぐ目の前にあります。

 ゼンは立ちすくみました。驚きのあまり、とっさにどうしていいのかわからなくなります。

 一方の獣も、突然叫んで現れたゼンに仰天していました。ゼンを振り返ると、すさまじい声で吠えながら、いきなり後脚で立ち上がりました。真っ黒な獣の体が壁のようにゼンの前にそそり立ちます――。

 それは熊でした。それも、全長が三メートル近くもある大熊です。立ちすくんでいるゼンに向かって、突然襲いかかってきました。

 

 思わず悲鳴を上げたのは、ゼンではなく、見守るポポロの方でした。怪物のように大きな熊が、幼くて小さいゼンに飛びかかっていきます――。

 

 すると、それとは別の場所に、話し合う二人の男の姿が浮かび上がってきました。ゼンの父親と、それによく似た面差しの、もっと年上のドワーフです。ポポロは知りませんでしたが、ゼンの祖父のグランツでした。

 グランツが責めるような口調でゼンの父親に言っていました。

「どういうつもりだ、ビョール! ゼンを黒主(くろぬし)の獣道に置いてきただと!? 何を考えている!?」

 すると、ゼンの父親はそっけなく答えました。

「親父が口出しすることじゃない。ゼンは俺の息子だ」

「わしの孫でもあるぞ!」

 とグランツは言い返し、息子の襟首をつかむようにして迫りました。

「どう言うつもりなんだ、と聞いているんだ! おまえはゼンを殺す気なのか!?」

「死ねば上等だ」

 とゼンの父親は答えました。愕然とするグランツに向かって話し続けます。

「あいつの母親は人間だ。親父も承知のとおり、人間の血を引いたドワーフは、力が極端に強くなるか弱くなるかのどっちかだ。あいつは俺たちと同様に、力が強くなる方で出た。しかも、俺たちより人間の血が濃い分だけ、力も俺たちより強くなってきている。これからますます強くなっていくだろう。遅かれ早かれ、俺たちでは抑えきれなくなるのは目に見えているんだ。……ゼンは喧嘩でブラグを殺しかけた。めちゃめちゃになった顔を治すのに、魔法の医療具を使っても、一年はかかるという話だ。今回は命を取り留めたからいい。だが、あいつは本当に、とんでもない乱暴者だ。このままでは、いずれ絶対に洞窟の奴らを殺してしまうだろう。そして、それを取り押さえようとした奴が、また何十人と死ぬ羽目になる。そんなことはさせられん……。そんなことが起こるくらいなら、あいつは今のうちに、黒主に食われて死んだ方がましなんだ」

 ゼンの父親は声を荒げることさえありませんでした。冷ややかなほど淡々とそう言うと、口をつぐんでしまいます。

「ビョール……」

 とグランツは言ったきり、そのまま絶句してしまいました。

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