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第7巻「黄泉の門の戦い」

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40.予想外

 オアシスの外の砂漠で待つキャラバンへ、ダラハーンと二人の少年たちを乗せたラクダが戻ってきました。喜んで駆け寄る男たちの中へ、ダラハーンが降り立ちます。

「よかった、隊長! 無事でしたね!」

「あの怪物はどうなりました!?」

「全部退治されたよ……あいつにな」

 とダラハーンは、ラクダの上のフルートを指さして見せて、なんとも言えない表情をしました。男たちもいっせいに目を丸くします。少年が剣から炎の弾を撃ち出して怪物を倒す様子は見ていたのですが、一人であの怪物全部を倒したというのが信じられなかったのです。

 金の鎧兜の少年は背中のリュックサックを下ろし、取りだした水筒を弟に渡していました。白い髪の少年がおいしそうにそれを飲みます。まったくいつもと変わらない様子です。――変わらないこと自体が、普通ではありませんでした。こんな子どもたちが、あれだけの怪物に襲われた直後に平然としているのですから。

 ダラハーンが少年たちに尋ねました。

「おい、おまえら――。本当に何者なんだ? 絶対にただ者じゃないだろう」

 フルートはキャラバンの隊長を見ました。

「……金の石の勇者、って聞いたことがありますか?」

 と聞き返します。ダラハーンが首を横に振りました。ここはロムドからはるか東の砂漠です。金の石の勇者の噂も、さすがに、ここまでは流れてきていなかったのでした。

 すると、フルートは穏やかにほほえみ返しました。言いかけたことの代わりに、こう答えます。

「ぼくはそう呼ばれてるんです。ロムドの国で」

「金の――石の勇者?」

「はい」

 それきり、後はもう何も言いませんでした。

 

 すると、キャラバンの男たちが言い出しました。

「どうします、隊長。オアシスではラクダたちに水を充分飲ませられなかったですよ」

「次のオアシスまではかなりあります。怪物が退治されたのなら、戻って水を飲ませてやった方がいいんじゃ――」

 すると、フルートがあわてて口をはさみました。

「それはやめた方がいいです。あの町には百人以上の人が住んでいたんですよね? それを全部食べてしまったにしては、ガーゴイルの数が少なかったような気がするんです。もしかしたら、他にも怪物が潜んでいるのかもしれません」

「それに、あの町は血の匂いでいっぱいです」

 とポチも言いました。

「血の匂いは怪物を呼び寄せます。オアシスには絶対にもどらない方がいいですよ」

 それを聞いて、ダラハーンは腕組みをしました。苦笑いしながら仲間たちに言います。

「どうやら、ああいう敵については、俺たちよりこの坊やたちの方がよく知っているらしい。ここは言うとおりにした方が良さそうだ。このまま砂漠を越えて進むぞ。ラクダたちだって、いくらかは水を飲んだんだ。次のオアシスまでは、なんとか持つだろう」

 

 しかたがない、ではそうしよう、とキャラバンが砂漠に向かって歩き出そうとした時です。

 突然、少年たちが乗ったラクダが後脚立ちになりました。足下の砂から、何かが飛び出してきたのです。

「うわっ!」

 手綱を握っていなかったフルートが地面に転がり落ち、次の瞬間、そこから飛びのきました。地面から出てきたのは大きな手でした。フルートをつかまえようとしたのです。

 キャラバンはまた大騒ぎになりました。いっせいに男たちとラクダが下がります。その中央で、フルートが砂の上に低く身構え、大きな手と向き合っていました。魔法の鎧を着ているので、ラクダから落ちたくらいではなんでもありません。

 細かな砂を煙のように舞い上がらせながら、怪物が姿を現しました。大きな両腕が砂の中から突き出てきて、地面を強く押すと、全身が現れてきます。そこに頭はありません。肩から下しかない大男の体です。全身青光りのする黒い毛におおわれていて、腹の真ん中にぽっかりと大きな口が開いています。胸には大きな一つ目があって、砂から完全に抜け出すと、まぶたを開きました。大きな目玉がぎょろりとあたりを見回します。

「な、なんだこいつは――!?」

 とダラハーンが声を上げました。さすがのフルートたちも、こんな怪物を見るのは初めてです。それでも、フルートはすばやく背中から炎の剣を抜いて構えました。

 

 にたり、と怪物の腹の真ん中で口が笑いました。大きな一つ目は黄色い瞳をしています。じろじろと自分と向き合う少年を見て、突然人のことばを話しました。

「いたな――金の石の勇者。まだ腹一杯になっていないんだ。貴様と一緒に、他の者たちも全部食ってやろう」

 フルートはぴくりと身を震わせ、いっそう低く身構えました。怪物はフルートが金の石の勇者であることを知っています。承知の上で狙ってきているのです。

 ところが、フルートが飛び出して剣で切りつけていくと、怪物はことごとくそれをかわしました。鈍重そうな大男で、かわす身のこなしもそれほど素早いわけではないのですが、何故だかフルートの剣の先は、少しも敵に届きません。

 フルートは一度大きく飛び下がって離れると、改めて敵を観察しました。二メートル以上ある大きな怪物ですが、特に武器を持っている様子はありません。身を守る障壁を張っているわけでもなさそうです。剣さえ届けば、それで倒せそうな相手なのですが――。

 すると、首なしの大男が言いました。

「無駄だ無駄だ。剣で切ろうとしても、オレには届かない。全部見切れるからな」

 こいつ、目がいいんだろうか、とフルートは考えました。胸の上の大きな一つ目を一瞬でもつぶらせることができれば、なんとかできそうな気がします――。

 すると、怪物がまた言いました。

「オレの目がいいんだろうか、と考えているな? オレが目をつぶった隙を狙おうとしている。そうだろう?」

 フルートは、はっとしました。自分の考えていたことが見抜かれています。この怪物は――

「そう。オレは人の考えを読めるのよ。だからな、オレに勝とうとしても無理なんだよ。すべてこっちにはお見通しなんだからな」

 と怪物が笑いました。切りかかってきたフルートをあっという間につかまえ、勢いよく地面にたたきつけてしまいます。まるで小さな子どもを相手にしているような、あっけなさです。

 が、怪物はすぐに意外そうに一つ目を見張りました。

「そうか、それは魔法の鎧か。たたきつけられてもなんでもないわけか。そいつはちょっとやっかいだな」

 フルートは跳ね起きながら歯ぎしりしました。考えがすべて読まれてしまっています。どう攻撃しても見切ってかわされそうで、攻めあぐねてしまいます。

 

 そこへ、ポチの声が響きました。

「フルート――!」

 ラクダで駆け寄ってこようとしています。

「来るな、ポチ!」

 とフルートは叫び、次の瞬間、はっとしました。心の中で、思わずあることを考えてしまったのです。

 怪物が、たちまち、にやりと笑いました。

「そうか。あっちの子どもを殺されるのが、おまえにはなにより怖いのか。では、その通りにしてやろうな、金の石の勇者――」

「やめろ!!」

 とフルートは叫びました。我知らず、悲鳴のような声になっていました。

 怪物が、近づいてくるポチとラクダに向き直ります。フルートは必死で叫び続けました。

「逃げろ、ポチ! 来るな!」

 けれども、ラクダはポチを乗せたまま、まっすぐに走ってきます。少しもためらいません。そして、ポチは目の前に立ちふさがる怪物へ、ばっと手の中のものを投げつけました。――砂です。ポチは、目つぶしに砂を握りしめてきたのでした。

 ポチは怪物のわきを駆け抜け、フルートに駆け寄りながら言いました。

「早く、フルート! 早く乗ってください! 今のうち――」

 言いかけた少年を、伸びてきた太い腕がつかまえました。怪物が目を開けて、すぐ後ろに立っていました。驚くポチに、にやぁとまた笑って見せます。

「オレに目つぶしなど効くか。全部お見通しだ」

 少年をつかんだまま、高々とかざします。背中から乗り手がいなくなったラクダが、全速力で逃げていきます。

「ポチ!」

 とフルートは怪物に切りかかっていきました。けれども、やっぱりその切っ先はかわされます。

 怪物が笑いました。

「おお、怖がってる、おびえてる。いいな、こういう獲物を生きたまま食らうのは。恐怖と激痛に苦しみながら、オレの腹におさまっていくぞ」

 と震えるポチを見上げます。

「ポチ!!」

 フルートは必死で切りかかりました。やっぱり、怪物には届きません――

 

 ポチは無我夢中で身をよじりました。なんとか怪物の腕を振り切ろうとしますが、がっちりとつかまれていて逃げられません。――が、その動きが、一つの思いがけない出来事を引き起こしました。

 ポチは、さっきまで水を飲んでいたので、水筒を紐で肩から下げたままでいました。きちんと締めていなかった水筒の蓋が緩んで外れ、中からこぼれだした水が、怪物の上に降りかかったのです。

 とたんに、怪物がすさまじい悲鳴を上げました。まるで煮えたぎった油か強い酸でも浴びたように、水がかかったところを押さえます。――いえ、本当にそうでした。濡れた場所が、みるみるうちに焼けただれていきます。

「聖水! 聖水を持っていたのか、貴様! それをまったく悟らせないとは――よくも!」

 怒り任せにポチを地面にたたきつけようとしたとき、また水筒の水がこぼれかかりました。水が怪物の体を焼き、また悲鳴が上がります。ポチをつかむ手の力が緩みます。

 ポチはとっさに怪物を蹴りました。後ろ向きに砂の上に落ちながら叫びます。

「フルート! 怪物が目をつぶりましたよ!」

 水がそこにもかかって焼かれたのでしょう。怪物は両手で胸の一つ目を押さえていました。

 フルートは炎の剣を構えて駆け出しました。真っ正面から怪物に切りつけようとします。

 が、目を閉じていても、怪物はフルートの考えを読んでいました。飛び下がり、剣の先から身をかわそうとします。

 その時、ポチがいきなりフルートの前に足を突き出しました。まったく予想もしていなかったことです。怪物に突進していたフルートが、思わずつまづいてよろけます。

「うわっ!」

 転びかけた目の前に、怪物が立っていました。フルートは無我夢中で剣をふるいました。崩れていく体勢からの太刀筋です。怪物には読みとることができません――。

 剣が怪物を切り裂きました。傷口から、ぼうっと火が吹き出し、あっという間に怪物を炎で包んでしまいます。怪物はすさまじい悲鳴を上げながら、炎の中で燃えていきました。

 

 地面に倒れたままあえいでいるフルートへ、ポチが飛びつきました。

「フルート! フルート、大丈夫ですか!?」

「君こそ」

 とフルートは答え、白い髪の少年の姿のポチをあきれたように見つめました。

「ぼくをわざと転ばせたんだね。あいつに動きを読めなくするために」

「だって、あの怪物、考えが読める分、予想外のことには弱いみたいでしたから」

 と少年は笑い、さらに話し続けました。

「聞いたことがあったんですよ。サトリって名前の怪物のこと。東の最果てに棲んでる怪物らしいんですけどね。人の考えを読んで先回りすることができるから、退治するには、そいつの思いつかないような予想外のことをすればいいんだそうです。それを思い出したから、やってみたんですよ」

 そして、少年はまた、えへっと笑いました。その顔が、舌をちょっと出して笑うような表情をする犬のポチとだぶって、フルートは思わずまじまじと見つめてしまいました。どんな姿をしていても、目の前にいるのは確かにポチなんだ、と改めて思います。

 フルートは雪白の髪の少年を抱きしめました。

「ありがとう、ポチ。やっぱり、君はすごく頼りになるよ」

 え、と少年は目を丸くして、次の瞬間、本当に嬉しそうな表情になりました。フルートに抱きつき返すと、何度も何度も頭や白い髪をすり寄せます。まるで、はしゃいだ子犬がそうするように――。

 砂の上で燃えつきていく怪物、抱き合って喜び合う少年たち。キャラバンの男たちが、呆気にとられたようにそれを見つめ続けています。

 その頭上では、空が次第に夕焼けに染まり始めていました。西の地平線に近づいてきた太陽が、赤く大きく輝いています。ゼンが闇の毒に倒れてから二日目の夜が、訪れようとしているのでした――。

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