「お、おい?」
今までとまどいながらキャラバンにくっついてきていた少年が、突然剣を抜いて飛び出していったので、ダラハーンは呆気にとられました。
「活路を開きます! 逃げてください!」
と叫ぶ声は勇ましげですが、見るからに華奢な体つきの小柄な少年です。構えた剣が細い腕に不釣り合いに大きく見えます。
けれども、少年はためらうことなく一同の前に出ると、剣を高く振りかざしました。それに向かって、家々の屋根からいっせいに怪物が舞い下りてきます。
「いかん!」
と大人たちは顔色を変えました。刀を帯びていた男たちがいっせいに武器を構えます。
けれども、少年がまた叫びました。
「いいから走って! ――逃げるんだ!」
今までの優しげな口調とはうって変わった強い声です。駆け寄ってくる大人たちの目の前で、大きな剣を振り下ろします。
すると、その切っ先から激しい炎の塊が飛び出しました。襲いかかってくるガーゴイルの群れにまともに激突し、炎のかけらを散らします。たちまち数匹の怪物が炎に包まれ、悲鳴を上げて落ちてきました。
「おい……!?」
と目を見張るダラハーンたちに、金の鎧の少年はまた叫びました。三度目です。
「逃げろ! 今のうちだ!」
すると、大人たちより先に、雪のように白い髪の少年が飛び出して大声を上げました。
「早くラクダたちのところへ行かないと! ラクダが怪物に襲われますよ!」
キャラバンにとってラクダは命と同じくらい大切な存在です。たちまち全員がはっとなって、いっせいに走り出しました。怪物の群れの間に炎が切り開いた道をくぐって、水場のラクダたちの方へ向かいます。そこへまたガーゴイルが襲いかかってきます。
「せいっ!」
金の鎧の少年がまた剣をふるいました。炎の弾が飛び出し、今まさに男たちに飛びかかろうとしていた怪物を、空中で火だるまにします。燃えながら落ちてきた怪物を、男たちは必死でよけて、走り続けます。白い髪の少年も彼らと一緒に走っていきます。
「ギ、キ……金の鎧。オマエが勇者だな」
とガーゴイルが空中から言いました。逃げる男たちの後は追わず、いっせいにフルートに向かってきます。その数はまだ十匹あまりいます。
「フルート!」
と刀を手に引き返してきた青年がいました。キャラバンの隊長です。フルートは叫び返しました。
「来ないで、ダラハーン! ぼくは――!」
ぼくは大丈夫だから、とフルートは言おうとしたのですが、それより先にガーゴイルが襲いかかってきました。フルートの小柄な体に飛びつきます。
「この!」
とダラハーンが駆け寄りざま切りつけて、あっと驚きました。怪物の体は石のように硬くて、刀が跳ね返されたのです。刃こぼれがしています。
すると、フルートが言いました。
「こいつらは石像に化けるような怪物です! 普通の刀じゃ歯が立たないんですよ!」
言いながら大きな剣で怪物に切りつけます。すると、怪物の羽根がちぎれ、切り口から、ぼっと炎が吹き出しました。あっという間に怪物が火に包まれて落ちてきます。
けれども、怪物たちは次々と襲いかかってきました。中にはフルートではなく、ダラハーンの方を狙うものもいます。フルートはそれに向かって剣を振りました。また炎の弾が飛び出して、ガーゴイルを火だるまにします。
ダラハーンのすぐ隣にフルートは立ちました。
「動かないでいて。また逃げ道を開きますから!」
そう言いながら剣を構えているのは、優しげな顔をした少年ではありませんでした。小柄でも、数々の戦いをくぐり抜けてきた百戦錬磨の戦士です。ダラハーンは、信じられない思いで少年を見つめました――。
水場に戻った男たちは、ラクダを無理やり引き立ててオアシスから逃げだそうとしました。まだ充分に水を飲んでいなかったラクダたちが抗議の声を上げるのを、しゃにむに水場から引き離します。
すると、男の一人が気がついて叫びました。
「隊長は!? どこだ!?」
男たちはいっせいにまわりを見回しました。ダラハーンはどこにもいません。フルートの姿もありません。
「ちきしょう! 怪物に襲われてるんだ!」
と刀を手に、助けに引き返そうとします。
すると、雪のように白い髪の少年が声を上げました。
「待って! ぼくが行きます!」
行くって――と男たちは目を見張りました。年端もいかない小さな子どもです。ついさっきまで、暑さにやられてへばっていたのです。
けれども、少年はためらうことなく一頭のラクダに駆け寄りました。短く、はっきりと言います。
「君のご主人を助けに行くよ。ぼくを乗せて」
それはさっきまでポチを乗せてくれていた、ダラハーンのラクダでした。そのことばがわかったように、ラクダが前足を地面についてかがみます。ポチはその背中によじ上り、驚いている男たちに言いました。
「皆さんはラクダたちをオアシスの外へ連れていってください! 大丈夫、ちゃんと隊長さんは連れ出しますから!」
ラクダが立ち上がりました。少年が必死の顔で手綱を握ります。
「行って!」
とたんに、ラクダは疾走を始めました。土煙を上げて町中へ向かいます。男たちは呆気にとられてそれを見送りました――。
怪物たちはフルートとダラハーンの頭上を飛び回っていました。炎の魔剣を警戒して安易には近づきませんが、その代わり、離れていくこともありません。隙を見て襲いかかってこようとします。
フルートは剣を握ったまま、脱出のチャンスが訪れるのを待っていました。その瞬間を見逃すまいと、全神経を研ぎすまして待ち続けます。空から太陽がじりじりと照りつけてきます。
すると、町並みの向こうから蹄の音が響いてきました。一頭のラクダが通りに飛び出して、土煙を上げながらこちらへ疾走してきます。怪物たちが驚いたように振り返ります。
「今だ!」
フルートは空の怪物へ炎を撃ちだして怪物を落としました。それをきっかけに、いっせいに怪物たちが動き出しました。剣を持つフルートに向かって飛びかかってきます。
「剣で切れるのは一匹だけダ!」
「ミンナで抑え込め!」
怪物たちが、ギイギイときしむような声でわめきながらフルートにつかみかかり、取り囲んでしまいます。真っ黒な怪物たちの中に、フルートの金の鎧兜が見えなくなります。
「フルート!!」
とダラハーンは叫びました。助け出したくとも、彼の刀では怪物に歯が立ちません。
そこへラクダが駆け寄ってきました。背中のポチが叫びます。
「隊長さん! 乗ってください!」
ダラハーンは、少年がラクダを走らせてきたことに驚くのも忘れて叫び返しました。
「フルートが! 怪物に襲われている!」
すると、白い髪の少年はちらりとそちらへ目を向けて言いました。
「大丈夫です――。フルートは強いから」
え? と思わずダラハーンが聞き返した瞬間です。
フルートに群がっていた怪物たちが、突然炎に包まれました。ごうっと音を立てて燃え上がり、巨大な火柱に変わります。怪物たちの悲鳴がいっせいに上がります。
ダラハーンは仰天して叫び声を上げました。燃える怪物の中心に、フルートは捉えられているのです。思わず駆けつけようとします。
すると、その腕を小さな手がつかみました。いつの間にかラクダから下りてきたポチが、ダラハーンを引き止めていました。
「大丈夫ですったら。ほら――」
怪物たちが音を立てて燃えながら次々に地上に落ちていました。そこでさらに炎を上げて勢いよく燃えます。もだえ苦しむ黒い怪物が、やがて動かなくなって炭になっていきます。
その炎の中から少年が出てきました。大きな黒い剣を握り、金の鎧兜に火の色を映しています。
少年はポチとダラハーンを見ると、にこりと笑いました。
「これで全部片付いたよ。怪我はなかった?」
ポチはそれにほほえみ返しました。
「大丈夫ですよ。フルートこそ平気ですか?」
「うん。ピランさんは鎧を完璧に修理してくれたみたいだ。炎ももう、なんでもないよ」
怪物の大群を全滅させたのに、少年たちは平然と話し続けていました。落ちついた顔、落ちついた声です。
ダラハーンは、本当に何も言えなくなって、ただただ少年たちを見つめてしまいました――。