延々と続く砂漠を、キャラバンは進んでいました。
荷物を山のように積んだ数十頭のラクダと、それを連れて歩く十数人の男たちを、太陽が容赦なく照らします。砂が焼け、砂漠は猛烈な暑さです。噴き出した汗も瞬時に乾いてしまいます。
その中に混じって、フルートとポチも一緒に前進していました。フルートは自分の足で歩いていますが、少年の姿のポチは、まだ完全に元気にはなっていなかったので、隊長のダラハーンのラクダに乗せてもらっています。ダラハーンがラクダの手綱を引いているので、フルートはそれに並んで歩いていました。
フルートの金の鎧兜が日の光を返して輝くのを見て、ダラハーンが笑いました。
「本当に、信じられん格好をしているな。砂漠でそんなものを着ていたら、普通あっという間に倒れるぞ。平気なのか?」
「この鎧は特別なんです」
とフルートは答えました。鍛冶屋の長のピランが修理してくれたおかげで、鎧兜は本当に外界の暑さを完全に防いでいました。焼けつくほど暑くなっているのは景色や人々の様子でわかるのですが、フルート自身は穏やかな春の気候の中を歩いているように、少しも暑さを感じません。あえぎながら歩いている人々に申し訳ないくらいでした。
ダラハーンはさらにフルートの格好をじろじろと眺めていました。背中の大きな剣を見て、また笑います。
「本当に、おまえらはいったい何者なんだ? このあたりの人間でないことはわかるんだが、どこから来た。その剣は本物なのか?」
フルートは小柄で優しい顔をしています。どんなに勇ましい装備をしていても、まるで少女が仮装しているように見えてしまうのです。こんなふうに人から聞かれるのにも、もう慣れっこでした。
「本物です。ぼくたちはロムドの国から来ました」
「ロムド? 確か、エスタ国のさらに西にある国じゃなかったか? ずいぶん遠いじゃないか」
「はい」
フルートはうなずき、それ以上余計なことは言いませんでした。自分たちが金の石の勇者の一行であることも、それ故、魔王から仲間が殺されそうになって、それを助けるためにシェンラン山脈に向かっていることも、キャラバンの隊長には一言も話しません。話しても、とても理解してもらえないだろうと思ったのです。
ふぅん、とダラハーンはつぶやき、やがて、行く手へ目をやって口調を変えました。
「この先にはオアシスの町がある。あと一時間も歩けば見えてくるだろう。今夜はそこに泊まるからな」
えっ、と声を上げたのは、ラクダに乗っていたポチでした。あわてたように言います。
「泊まっちゃうんですか? 今日はもうこれ以上進まないの――!?」
「ラクダたちに水を飲ませなくちゃならんし、食料の補給もしなくちゃならん。それに、少し商売もしたいからな」
フルートとポチは思わず顔を見合わせました。急ぐ旅路です。一分一秒だって無駄にはしたくないのに……。
その様子を見て、ダラハーンが言いました。
「またそういう顔をする。ずいぶん焦っているじゃないか。おまえらが行きたいのはシェンラン山脈だったな? いったい、いつまでに着きたいんだ」
「明後日の夜が来る前に」
とフルートは答えました。大真面目でしたが、ダラハーンは、はっ、と笑い声を上げると、ラクダの前へ行ってしまいました。フルートが冗談を言ったのだと思ったのです。彼らが越えている砂漠は広大で、渡りきるだけで四週間もかかるのです――。
「フルート……」
ラクダの上からポチが泣き声を上げました。その顔も、今にも泣き出してしまいそうです。
フルートは首を横に振って見せました。半ばひとりごとのように、強く言います。
「あきらめるな。あきらめたら、こっちの負けだ――」
やがて、ダラハーンが言ったとおり、行く手に緑の木々に囲まれた町が見えてきました。砂漠の中に湧く水のまわりにできたオアシスです。乾ききった砂の景色の中に見える緑は、旅する者たちの目には、宝石よりも美しく見えました。
近づくにつれて、オアシスで揺れる木々や町の家並みがはっきりしてきました。木々はフルートたちが見たことのない形をしています。建物は、赤っぽいレンガを積み上げて作られていました。建物の間には緑の畑も広がっています。砂漠の真ん中に、こんな緑の町があること自体が信じられなくて、フルートとポチは目を丸くしてしまいました。
キャラバンはオアシスに到着すると、真っ先に町外れの水場に向かいました。直径二メートルほどの泉から真水が湧きだしていて、木で作った樋(とい)を使って浅い堀に水を流しています。ラクダたちが近寄って、嬉しそうに水を飲み始めます。男たちもすぐにラクダの背から水筒を下ろして、水をくみ始めました。水筒は革製で抱えるほどの大きさをしています。それをいくつも水でいっぱいにしていきます。
フルートたちが思わずきょろきょろしていると、同じようにあたりを見回していたダラハーンが、いぶかしげに首をひねりました。
「妙だな。どうしてこんなに人がいないんだ? いやに静かじゃないか」
確かに、水場にもそこから見える町中にも、人の姿は見あたりません。フルートは尋ねました。
「ここにはたくさんの人が住んでいるんですか?」
「百人以上が暮らしている。かなり大きなオアシスだからな。――おい、ちょっと見てこい」
とキャラバンの男の一人に命じます。男はすぐに町中へ走っていきましたが、じきにあわてた声が響いてきました。
「た、隊長! 妙ですよ! 町に人が誰もいません!」
「誰も?」
とダラハーンはさらにいぶかしい顔つきになりました。キャラバンの男たちが、驚いたように町へ走っていきます。
ダラハーンは泉に目を向けながら、考えるように言いました。
「水がなくなったんなら、人が町を捨てるのもわかる。だが、水があるのに人がいなくなったってのは、いったい――?」
すると、町中で男たちが大声でわめき出しました。
「血だ!」
「家の中が血だらけだぞ!」
「本当に誰もいない! 何があったんだ!?」
ダラハーンとフルートたちは、ぎょっとして、すぐに町の中へと走っていきました。
レンガ造りの家に囲まれた町の通りは乾ききって、風が運んできた砂でおおわれていました。家の間に広がる畑で、緑の植物が揺れています。その奥には手押し式の井戸も見えます。
家の中は土の床で、外と同じように白っぽく乾いていましたが、そこに赤黒いしみが広がっていました。レンガの壁にも血しぶきが飛んでいます。まだ紅い色が鮮やかなところを見ると、あまり時間がたっていないようです。
血に染まった家は、一軒や二軒ではありませんでした。そして、本当に、どこにも住人の姿が見あたりません。血の匂いを漂わせながら、町は静まりかえっていました。
フルートとポチは思わず顔を見合わせました。こんな状況の村を、昔見たことがあります。フルートは声を上げました。
「今すぐここを離れましょう! 怪物が町を襲ったんですよ!」
「怪物だと?」
とダラハーンは信じられないように振り返りました。
「いや、確かに砂漠には怪物がいるぞ。砂漠を渡っていて、そいつらに襲われることはあるが、奴らは水が嫌いだからオアシスを襲うなんて話は……まして、町一つが全滅するなんてことは聞いたことがない。盗賊団が襲ってきたんだろうか」
「じゃ、死体がどこにもないのはどうしてですか!? 血だって、ただ切られただけにしては多すぎるじゃないですか!」
とポチも叫びました。嫌な予感がひしひしとするのに、人間の体では鼻も耳も効きません。そのじれったさが、いっそうポチをいらだたせます。
「まだそのへんに怪物がいるかもしれませんよ! 早くここから逃げないと――!」
「アタリ」
と近くの家から声が聞こえました。金属がきしむような、耳障りな声です。
ぎくりと振り向いた人々の目に、四角い家の屋根の上に留まった怪物が映りました。真っ黒くて、コウモリのような翼があります。その姿は、人にも獣にも似て見えます。
「待ってたぜぇ。オマエらみんな、骨まで食ってやる」
と笑うように言います。
「ガーゴイルだ!」
とフルートは叫びました。とたんに、男たちもあちこちの屋根を指さして声を上げました。
「あそこにもいる!」
「あそこにも!」
獣のような顔と爪を持ち、コウモリの翼を生やした怪物が、彼らを取り囲んでいました。全部で十数匹います。鋭い牙の生えた口を開け、きしむような甲高い笑い声を上げます。
「エモノだ」
「エモノだ」
「エモノが来た」
怪物たちがいっせいに屋根から飛び立つのを見て、フルートは背中から剣を引き抜き、人々の前に飛び出して叫びました。
「活路を開きます! 逃げてください――!」