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第7巻「黄泉の門の戦い」

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24.赤い触手

 闇の怪物は一匹残らず石になり、砕けて砂になりました。草も木も何もかも石になって砕けた中庭は、大量の砂におおわれて、まるで砂漠のようです。その中にポポロが立ちつくして、庭をめちゃくちゃにしてしまった、と泣きじゃくっていました。襲ってくる闇の敵を自分が残らず退治してしまったことを、ちゃんとわかっているのだろうか、と思いたくなるほど、申し訳なさそうな様子です。

 雨はまだ降っていましたが、風は止もうとしていました。上から降るようになった雨が、一面の砂を濡らしていきます。

 すると、ゴーリスがポポロに近づいて言いました。

「気にするな。庭などいつでもまた作り直せる。作り直せない命の方が、庭より大事に決まっている」

 いつもぶっきらぼうな言い方をするゴーリスですが、その奥には優しく暖かい想いがあります。ポポロはようやく泣きやんでうなずきました。その頭をゴーリスがなでます。

 そこへ、ユギルも近づいてきました。

「お見事です。怪物たちはもう、ほとんど残っておりません。後はもう城の魔法使いたちでも――」

 言いかけて、ユギルは、はっとしました。鋭い声を上げます。

「危ない、ポポロ様!」

 砂におおわれた地面から触手のようなものが突然伸びてきて、ポポロの足首に絡みつこうとしたのです。とっさにゴーリスがポポロを抱き寄せ、聖なる剣で触手を突き刺します。

 すると、悲鳴のようなすさまじい声が上がって、地面から次々に触手が突き出てきました。何十本という数です。ゆらゆらと揺れながら、降りしきる夜の雨の中に腕を伸ばしてきます。

 オリバンが剣を構えて飛び出し、ユギルに絡みつこうとしていた触手を真っ二つにしました。リーンと音が響き渡って、触手が消えます。

「なんだ――これは!?」

 次の触手に駆け寄って切りつけながら、オリバンがどなりました。剣をふるいますが、それより早く触手は地面に潜って、姿を消してしまいました。

「これも闇の怪物です。地面の中にもぐって、そこから攻撃しているのです。地中にいたので、ポポロ様の魔法を逃れたのでしょう」

 とユギルが言います。ポポロも叫びました。

「動いてる! ――ゼンの建物に向かってるわ!」

 触手が次々に引っ込み、同時に、地中から地鳴りのような音が響いてきます。音は確かに、ゼンがいる小屋の方向へ移動していました。

 とたんに、小屋の中から悲鳴が上がりました。女性の声です。

「ジュリア!!」

 とゴーリスは顔色を変えて駆け出しました――。

 

 狭い建物の中に十本あまりの太い触手がうごめいていました。ぬらぬらと光るような赤い触手です。建物の石の床を突き通し、ベンチをひっくり返し、中央に据えられたベッドに絡みついていました。ベッドの上にはゼンが横たわっています。触手はそれをつかまえ、ベッドから引きずり下ろそうとしているのでした。

 ジュリアがゼンを抱いて、触手からゼンを守っていました。

 ゼンは身につけた金の石のおかげで、ぎりぎりのところで命をつなぎ止めています。ほんの少しでも金の石が体から離れたら、その瞬間に体内の毒が強まり、ゼンを死に追いやってしまうのです。それを知っているジュリアは、片腕でゼンの体を抱きしめ、自分の体で金の石がゼンから離れないように抑え込んでいたのでした。

 赤い触手が、ジュリアをゼンから引きはがそうと絡みついてきます。首を絞められてジュリアがまた悲鳴を上げます。髪飾りがはじけて飛び、長い豊かな髪がばさりとほどけて流れます。それでも、ジュリアはゼンを放そうとしません。必死で守り続けます。

 そこへ扉を開けてゴーリスが飛び込んできました。中の様子を一目見ると、駆け寄りざま、妻の首に絡みつく触手を断ち切ります。淡い光がわき起こり、触手が溶けるように消えていきます――。

「大丈夫か!?」

 とゴーリスがどなりました。次々襲いかかってくる触手に剣をふるいます。

「大丈夫です。あなたこそ気をつけて」

 とジュリアは気丈に答えましたが、ベッド全体が突然激しく揺れだしたので、また悲鳴を上げました。触手がベッドそのものをひっくり返そうとしていました。ゼンをその上から放り出そうというのです。

 ジュリアはとっさにベッドの上によじ上ると、ゼンの上に体を投げ出してベッドの縁をつかみました。ゼンが落ちないようにと、必死で押さえ続けます。

 オリバンが小屋に飛び込んできました。狭い建物の中です。ゴーリスと背中合わせに立つと、ベッドの脚に絡みつく触手に剣をふるいました。涼やかな音と共に触手が霧散します。

 

 すると、入口のところに立っていたユギルが、顔色を変えて叫びました。

「怪物が建物に絡みつきます! 建物を潰されます!」

 地中から新たに現れた触手が、長く伸びて小屋の外壁を這い出しました。まるで建物に絡みつくツタのように、長く長く伸びて、屋根まで達してしまいます。そのまま建物全体を抱え込み、締めつけ始めます。

 その光景に、外に立っていたポポロが悲鳴を上げました。彼女は一日に二回しか魔法が使えません。今日の魔法は使い切ってしまったので、もうどうすることもできないのでした。

「これはいかん!」

 と四人の魔法使いたちがそれぞれの場所から駆けつけようとしました。魔法で触手を払おうとします。ところが、その目の前にも赤い触手が現れて、魔法使いたちに襲いかかりました。たちまち戦いが始まり、魔法使いを足止めしてしまいます。

 東屋を改築した小さな建物は、触手の中に包み込まれていました。周囲に立てた板壁が、みしみしときしみ、ついに、ベキン、とひびの入ったらしい音を立てます。

 ポポロは思わず耳をふさぎ、目を閉じました。どうしていいのかわかりません。どうすることもできません。泣きながら叫んでしまいます。

「誰か――誰か来て! 誰か助けて――!!」

 

 とたんに、遠い空から返事がありました。

「今行くよ! 待ってな、ポポロ!」

 ポポロは、はっと顔を上げました。ぴんと張り詰めた弦のような少女の声――メールです!

 雨が降りしきる夜空を、こちらに向かってものすごい勢いで飛んでくるものがありました。純白の竜です。大きな翼を広げ、長い首を伸ばしてまっしぐらにやってきます。その背中には、メールと犬の姿のルルが乗っていました。

 建物の入口からユギルも飛び出してきました。信じられないように、空を見上げて言います。

「あれは……花ですね。それも……」

 建物の上空に竜がやってきました。ばさり、ばさりと羽音が響き、翼が起こした風が地上まで吹きつけてきます。その中に強い花の香りが混じっています。

 メールは、建物に赤い触手が絡みついているのを見ると、かっと顔を赤くしました。鋭く指さすと、一声命じます。

「お行き!」

 とたんに、白い竜の体がほぐれ、細いものがいくつもそこから飛び出していきました。まるで蛇のように体をくねらせながら地上に落ち、赤い触手に絡みついていきます。それは花でした。長い緑の茎の先に、百合のような白い花が咲いています。

 白い花に絡みつかれたとたん、触手はぼっと強い光を放って燃え上がり、黒こげになって崩れました。

 

 竜の背中からルルが飛び下りてきました。かがみ込んだポポロに駆け寄り、飛びついてその顔をなめます。

「もう大丈夫よ! メールが援軍を連れてきたの! 闇の敵にはすごく効くわよ!」

 空からメールも得意そうに手を振り返してきました。彼女が乗っている竜は、白い百合のような花が集まってできた花竜でした。ユギルが驚いたようにそれを見上げ続けていました。

「守りの花ですか……デセラール山に咲いている。それをこんなにたくさん……」

 花竜を作っている花は、何千本、何万本とありました。そこから次々に花が離れて落ち、地上でうごめく触手に飛びかかっていきます。花の茎と触手が絡み合い、次の瞬間には光を放って、共に燃えつきていきます。

「守りの花は聖なる花よ。人を守るために、身を捨てて闇の敵と戦ってくれるの。とても強いわよ。経験者の私が言うんだもの、間違いないわ」

 とルルがポポロに話していました。ちょっと苦笑いまじりの声です。ルルは闇の声の戦いで魔王になりかけたとき、守りの花に撃退されたことがあったのです。

 

 地上のいたるところで、守りの花が次々と触手を消し去っていました。ゼンの小屋に絡みついた触手も、黒く焦げて、崩れ落ちていきます。もう地上には触手はほとんど残っていません。

 けれども、人々が思わずほっとしかけた時、またユギルとポポロが声を上げました。

「敵が正体を現します!」

「地上に出てくるわ! ――すごく大きい!」

 砂だらけの庭の真ん中に、地中から突然大きな生き物が這い出してきました。長く赤い体がぐんと高く伸び上がります。その体の両脇から、何百という赤い触手が夜空に向かってうごめきます。それは巨大な虫でした。ムカデによく似た姿をしています。

「げ、これが本体だったわけ!?」

 白い花竜の背中でメールが驚きました。その声が聞こえたように、大ムカデが触手をいっせいにメールへ伸ばしてきます。

「メール、危ない!!」

 とポポロとルルは思わず叫びました。

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