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第7巻「黄泉の門の戦い」

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23.魔法

 「ピラン殿!」

 とオリバンは声を上げました。思わず歓声になっていました。

 すると、ノームの鍛冶屋の長が難しい顔をしました。

「まだ油断はできんぞ、王子。こいつはどうも不安定で――」

 言っているそばから護具の放つ光が弱まり、またたきながら消えてしまいました。光の結界がちぎれて、また頭上から消滅してしまいます。ノームはわめきました。

「えい、しっかりせい! おまえも天下のロムド城を守る道具なら、根性を見せんか! 根性を!」

 叱りつけている相手は地面に突き立てられた護具です。飛びつくようにして、あちこちに工具を使い始めます。

 そこへ怪物が襲いかかってきました。死者の姿の鬼です。腐りかかった腕でピランに取りつき、鋭い牙でかみつこうとします。

「ピラン殿!」

 オリバンが素早く飛び込んで、剣で防ぎます。ノームは必死で護具の修理を続けますが、光の結界はなかなか元に戻りません。その間にも、ますます怪物たちは庭に入りこんできます。とても魔法使いたちだけでは防ぎきれません。

 

 すると、吹きすさびあたりを打ちつける風雨の中に、声が響き始めました。

「ローデローデリナミカローデ――」

 細く澄んだ声です。風や雨の音にも紛れることなく、はっきりと聞こえてきます。驚いてそちらを見たオリバンの目に、小柄な少女の姿が飛び込んできました。いつの間にやってきたのか、ポポロが中庭のはずれに立って、迫ってくる怪物たちに真っ正面から向き合っていました。強風に黒衣が音を立ててはためき、赤いお下げ髪が狂ったように踊り回っています。降りしきる雨に全身ずぶ濡れになっています。

 最後にオリバンが見たとき、ポポロは大きな瞳に涙をため、今にも泣き出しそうな様子でやっと立っていました。本当に、おとなしくて頼りなさそうな少女で、戦うことなどとても無理だろうと思えました。力強い人たちに守られながら、安全な場所で戦いが終わるのを待っているような、そんな少女に見えたのです。

 今もポポロはとてもか弱そうに見えていました。華奢な姿も、おとなしげな顔も少しも変わりはありません。けれども、少女はもう泣いていませんでした。戦いの最前線に立ち、迫り来る怪物の大群をまっすぐに見ながら、両手を高くさし上げて唱え続けているのです。

「ローデローデリナミカローデ――テリダクニチタノモキシーア――」

 宝石のような大きな瞳が緑色に燃え上がっていました。小柄な全身が淡い緑の光を帯び、それが強まり、かざした手の指先に集まっていきます。

 とたんに、上空に渦巻く暗雲の中で、ぱっぱっと白いものがひらめきました。稲妻です。雲のいたるところで放電が起こり、バリバリッと空気を引き裂く音が響き渡ります。

「よぉし!!」

 と突然ピランが大声を上げました。ブゥン、と音を立てて、また護具が動き出したのです。光の幕が再び広がり、中庭にいる人々を包みます。ただ、中庭のはずれに立つポポロだけが、結界の外にいました。緑に燃える目で怪物たちを見据えながら、呪文を完成させます。

「ヨリナミカテウオキテ!」

 

 無数の稲妻が、天から地上へ降りそそいできました。何百、何千という数の大小の光の柱です。空に地上に群がる闇の怪物を直撃します。轟音が響き渡り、怪物の体が木っ端微塵になり、燃え上がり、消滅していきます。

 同じ雷はハルマスの町のあちこちにも落ちました。家が壊れ、大木が倒れ、火の手が上がります。

 すると、ドォン、と音を立てて、目の前のゴーリスの別荘にも稲妻が落ちました。屋根の真ん中を直撃し、白い蒸気と煙を上げたと思うと、屋根にできた穴から炎が吹き出します。

 両手をさし上げて魔法の稲妻を呼んだポポロが、顔色を変えて口を押さえました。

「やだ……また巻き込んじゃったわ」

 泣きそうな顔と声でつぶやきます。

 ポポロの魔法は強力でコントロールが悪いのが特徴です。闇の怪物だけを狙ったつもりだったのに、そのまわりにある家や木々にも同時に稲妻が下ったのでした。

 

 オリバンと魔法使いたちは、呆気にとられてその光景を眺めていました。あれほどたくさんいた闇の怪物たちが、空から下った稲妻に一瞬で撃たれ、跡形もなく消え去ったのです。消滅を免れたものも、全身を落雷の炎に包まれ、燃えつきようとしています。町のあちこちからは火の手が上がり、降りしきる雨の中、風にあおられて炎を吹き上げています。ゴーリスの別荘も燃え始めています。

「おお、いかん」

 青の魔法使いが我に返って杖をゴーリスの屋敷に向けました。赤の魔法使いもそれに習います。とたんに、屋敷から火は消え、ただ、白い蒸気と煙が壊れた屋根から立ち上るようになりました。

 オリバンはそっと結界の外に出て、立ちつくしている少女をのぞき込みました。ポポロは口をおおったまま、大粒の涙を流していました。あれほどの敵を一瞬で倒しても、それを得意がっている様子はありません。落雷に巻き込まれて燃えている町を眺めて、ただ、おろおろと立ちすくんでしまっています。オリバンは何も言えなくなりました――。

 すると、青の魔法使いが声をかけてきました。

「そうですか。あなた様が天空の国から来た魔法使いの勇者であられましたか」

 見上げるように大きな魔法使いが、小さな少女に向かって最大限の敬語を使っています。赤い衣の小男も、ポポロへ丁寧に頭を下げました。泣き顔で振り向いたポポロへ、笑ってうなずいて見せます。

「後は我々にお任せを、勇者殿。町の火は我々が消し止めます。すでにたくさんの怪物たちが結界の中に入りこんでおります。勇者殿と殿下は早くお行きください」

 オリバンとポポロは我に返りました。そうです。先に結界に潜り込んだ怪物たちは、ゼンの小屋へ向かっていったのです。

 オリバンはすぐさま剣を握り直して呼びかけました。

「来い、ポポロ!」

 焦るあまりどなるような口調になったので、一瞬、少女がまた泣き出すのではないかと心配しましたが、少女はすぐに返事をしました。

「はいっ」

 また泣き顔から毅然とした表情に戻っています。降りしきる雨の中、オリバンより先に庭の中央へ向かって駆け出します。小さな後ろ姿には、ためらう様子一つありません。

「なるほどな……。こいつらは本当に、揃いも揃って勇者というわけだ」

 とオリバンはつぶやくと、少女の後を追って自分も駆け出しました。

 

 ゼンが眠る小屋の前では激しい戦いが繰り広げられていました。数十匹の怪物たちを相手に、黒い鎧兜姿のゴーリスが戦っているのです。ゴーリスが握っているのも聖なる魔法を組み込んだ剣です。怪物に命中するたびに光を放ち、怪物を消滅させていきます。

 ユギルは椅子から立ち上がり、小屋の扉の前に立ちながら、色違いの瞳で戦いを見ていました。鋭く声をかけていきます。

「ゴーラントス卿、右です! 今度は左――! 上から二匹参ります!」

 襲ってくる敵の動きを、予知の目で一瞬早く読みとってゴーリスに知らせていきます。ゴーリスが即座にそれに反応して剣をふるい、次々と怪物を倒していきます。

 嵐はますます激しくなっていました。風が吹きすさび、横殴りの雨が戦う者たちにたたきつけてきます。激しい風の中、占い師の長い銀髪が生き物のように踊り狂っています。

 と、そこへオリバンとポポロが駆けつけてきました。

「ゴーラントス卿! ユギル!」

 声を上げながらオリバンが戦いに飛び込み、ゴーリスと一緒に怪物と戦い始めます。ポポロはユギルの隣へ駆けつけました。全速力で走ってきたので息が切れ、胸を押さえてあえぐだけで、しばらくは声も出せません。

 それへ、ユギルが話しかけました。

「よくおやりになりました、ポポロ様。ポポロ様の魔法のおかげで、敵の怪物の九割方が消滅しました。残りの大部分はこの場所に集まっております。奴らの狙いはゼン殿の命を絶つことです。金の石を取り上げるつもりなのでしょう。奴らを建物に入れるわけにはまいりません」

 ポポロはまだあえいでいましたが、ユギルに向かって、はっきりうなずき返しました。必死になって息を整えながら言います。

「お願い……できるだけ建物に近づいていてください……。あたしの魔法、修行してきてから強くなっちゃって……またコントロールが効きにくくなってるんです……。巻き込まれちゃうから……」

 ユギルはうなずいて、戦っているゴーリスとオリバンに呼びかけました。

「ゴーラントス卿、殿下! お下がりを! ポポロ様が出られます!」

 二人の戦士はそれぞれに敵を切り倒すと、顔を見合わせ、すぐさまユギルの元へ駆け戻っていきました。それと入れ違いに、小さな少女が前へ駆け出していきます。まだ数十匹の怪物が群がる前に、一人で立ちます。

 

「えへへ、女の子だよぉ?」

「ちゃんと上等な獲物もいたんじゃねえか。柔らかそうで、うまそうだなぁ」

 ことばの話せる怪物たちが口々に言いました。よだれを垂らして少女を見ています。仲間たちより先に自分が獲物を手に入れようと、互いに牽制しながら、じりっと前に出てきます。

 ポポロは青ざめた顔のまま、怪物たちに両手をつきつけました。声高く唱え始めます。

「ロケダクロエキリナトシーイ――ヨキテノテベス!」

 とたんに、少女の指先から星のような光が散り、怪物たちの動きがいっせいに止まりました。みるみるうちに、その姿が白っぽい色に変わります。体が石になったのです。

 と、それが次々と破裂し始めました。自分から爆発して砕け、細かい砂になって、あたり一面に飛び散ります。一匹残らず砕けていきます。

 そして――同時に、中庭の木々や草も、同じように白い石に変わりました。怪物たちと同様に次々に砕けて砂になっていきます。あっという間に、中庭は一面の砂野原になってしまいました。ただ、ゼンの小屋とそのまわりだけは、石に変わることもなく元の姿を保っています。ユギルもゴーリスもオリバンも、その中にいます。

 一面砂漠のようになった庭を、ゴーリスは目を丸くして眺めていました。

「すさまじいな」

 と思わずつぶやきます。怪物はおろか、本当に草木一本残っていません。まるで伝説の怪物バジリスクが通っていた跡のようです。ただ、庭の四隅の、光の護具がある場所だけは、以前と同じように緑の植物におおわれていました。四人の魔法使いが杖を掲げて、その場所を守っています――。

 すると、魔法使いの少女がゴーリスを振り向きました。少女は半泣きになっていました。

「ごめんなさい、ごめんなさい……お庭がめちゃくちゃ……ごめんなさい」

 ポポロはそう言って、顔をおおいました。

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