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第7巻「黄泉の門の戦い」

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22.四大魔法使い

 中庭の北西を守る青い衣の魔法使いは、壮年の男でした。たくましい体つきの、見上げるような大男です。こぶだらけの太い杖を空の怪物に向け、気合いを込めただけで、数十匹の怪物を一瞬で木っ端微塵にしていきます。胸には、白い女神官のような神の象徴を下げていますが、彼女のような神聖さではなく、力強さ、荒々しさを感じさせます。青の魔法使いは、力と戦いを通じて神に仕える武僧なのです。

 オリバンが剣に手をかけて駆けつけてくると、青の武僧が笑い声を上げました。

「これは殿下。何をしにおいでになられました?」

 言いながら、また数十匹の怪物を一瞬で片付けます。

「ここは私一人で充分間に合っておりますぞ。殿下の手をわずらわせるほどのこともございません」

 オリバンもかなり大柄な青年ですが、さすがにこの武僧の前ではあまり大きくは見えません。剣を握るたくましい腕も、いつもほど頼もしそうには見えなくなっています。それでも、オリバンは言いました。

「この北西の守りが破られるとユギルが言っている。気をつけろ、青の魔法使い」

「それは痛み入ります」

 青い衣の魔法使いは大声で言って、また空に杖を振りました。一気に百匹近い怪物が見えない手になぎ払われます。それを皇太子に見せつけながら、大男は笑って振り返りました。

「いかがですな、殿下。これでもまだご心配でしょうかな?」

「しかし……」

 どんなにあり得ないことのように見えても、ユギルの占いが当たっていくことを、オリバンはよく知っています。剣の柄を握ったままあたりに警戒を続けます。青の魔法使いはたくましい肩をすくめると、また敵に向き直りました。光の結界に捨て身で取りつき、消滅しながら仲間のために結界に穴を開けようとしている怪物を、容赦もなく木っ端微塵にします。

 

 その時、突然頭上で鋭い音が響きました。ネコに似た怪物が鋭い爪で光の幕を切り裂き、裂け目から飛び込もうとしていました。すぐ下に立っていた青の魔法使いに飛びかかっていきます。

「む!?」

 青い衣の武僧は、とっさに杖を振り上げようとしましたが、間に合いません。オリバンも、はっと剣を抜きましたが、それも間に合いません。ネコの怪物がすさまじい声を上げながら襲いかかってきます。

 すると、いきなりネコが横へと吹き飛ばされていきました。光の弾の一撃を食らったのです。立木の幹にたたきつけられ、そのまま潰れて霧のように消滅していきます。

 青い衣の大男は、光の弾が飛んできたほうを見て笑顔になりました。葉を落とした立木の向こうの方に、小さな男が立っていました。大人ですが、子どもくらいの身長しかありません。赤い長衣のフードの下に、艶やかなほどの黒い肌と、ネコのように細い瞳の金の目が見えていました。

「かたじけない、赤」

 と青い魔法使いが頭を下げると、赤い衣の小男は何も言わずにうなずき、背を向けて向こうへ歩き出しました。細い小さな杖を持っています。それが赤の魔法使いでした。

 オリバンが思わずそれを見送っていると、青の魔法使いが言いました。

「彼は我々のことばが話せません。南大陸の出なので、ことばが違っているのです。ですが、我々魔法使い同士は彼と話すことができます。小さいし、まだ年若いが、非常に強力で頼りになる男です。こちらは私と彼が守っております。殿下はご心配なさらず、中央をお守りください」

 ロムド城を守る四大魔法使いは、非常に結束が堅いことで有名です。それぞれ外見はまったく違うし、持つ能力も違っていて、てんでばらばらなようなのですが、いざ強力な敵に立ち向かう時になると、見事なほど連携がとれた行動をするのです。

 今、闇の怪物たちは南東の方角から押し寄せていました。それにまず白い女神官が神の名の下に一撃を食らわせ、わきから忍び込もうとする狡猾な敵を、深緑の老魔法使いが正体を見破って倒し、後ろから攻めもうとする敵は青い武僧が力ずくで打ち倒し、さらにそれを、赤い衣を着た異大陸の小男が援護します。ここは、ロムド城よりずっと範囲の狭い、ゴーリスの別荘の中庭です。光の護具も強力に庭を包んでいます。どんなに敵の数が多くても、ロムド城の魔法使いたちにとっては、守るのに苦労するようなことはないのでした。さすがのオリバンも、青の魔法使いが言うとおり、この場を彼らに任せた方が良いだろうか、と考え始めました。

 

 ところが、その時、突然庭の隅に立てた護具がきしむように鳴り出しました。耳障りな音です。はっと、そちらを見ると、護具の先端の石に虫のようなものがびっしりへばりついていました。テントウムシくらいの小さな黒い虫ですが、一つ一つの背中に生きた人間の目があります。先にネコの怪物が開けた結界の隙間から、闇の虫が入りこみ、護具に取り憑いたのでした。まるで光がとぎれるように、護具の先端の石の光がまたたき、ふっと消えてしまいます。

 とたんに、彼らの頭上をおおっていた光の結界が、吸い込まれるように縮んでいきました。三箇所の護具はまだ生きていて、結界を張り続けています。けれども、オリバンや青の魔法使いがいる上からは光の幕が消えてしまったのです。

 あたりが急に暗くなり、さっきから続いていた風雨が一気に激しさを増しました。上空一面に広がっている黒雲から、わき出すように、次々と闇の怪物たちが下りてきます。結界のとぎれた北西の角から侵入しようと、いっせいに襲いかかってきます。

 残りの三つの隅から、三人の魔法使いたちがいっせいに声を上げました。

「神よ、これはいけない!」

「なんということじゃ!」

「アウルラ、タレ、ニ!」

 最後の声は異大陸の小男の叫びでした。途中まで自分の持ち場に戻りかけていたのを、すぐに引き返してきて、細い杖を振ります。とたんに光がほとばしり、オリバンと青い魔法使いにまともに襲いかかろうとしていた怪物の群れをなぎ払いました。

 オリバンは剣を構えながら魔法使いたちに叫びました。

「死守しろ! 奴らを中に入れてはならん!」

 自分が真っ先に飛び出し、空から舞い下りてきたコウモリのような怪物を一刀のもとに切り落とします。とたんに、リーン、と鈴を振るような音が響き渡り、怪物が霧散しました。淡い光が揺れます。オリバンの剣には聖なる魔法が組み込まれています。闇の怪物に切りつけると、涼やかな響きと共にそれを消滅させてしまうのでした。

 青と赤の二人の魔法使いも、すぐに杖をかざして戦い始めました。空から急降下してくる怪物たちが、たちまち木っ端微塵になり、光の弾になぎ払われていきます。

 

 けれども、空から襲いかかる怪物は、あまりにも多すぎました。防いでも倒しても、後から後から尽きることなくやってきます。まるで空の黒雲そのものが闇の怪物の集団でできていて、そこから無尽蔵に怪物が送り込まれてくるのではないかと思いたくなるほどです。

 青の魔法使いに、三匹のの怪物が同時に飛びかかってきました。巨大な虫のような怪物です。魔法でそれを払い飛ばした瞬間に、今度は狼のような怪物が飛びつき、魔法使いのたくましい肩に牙を立てます。

「アオ!」

 赤い衣の小男が叫んで、また光の魔法を繰り出しました。狼を一瞬で吹き飛ばします。ところが、小男自身に別の怪物が飛びつき、組み敷いてしまいました。翼のある一つ目の人のような怪物です。男を抑え込み、細い杖を取り上げて、遠くへ投げ飛ばしてしまいます。小男が打ち出した光の弾を、身をよじって軽くかわします。

 庭の南東と南西では、白と深緑の二人の魔法使いが悔しさに歯ぎしりをしていました。仲間たちが窮地に立たされているのはわかるのです。けれども、自分の持ち場を離れれば、今度はそこが怪物たちに破られます。助けに駆けつけることができないのでした。

「この!」

 とオリバンが赤の魔法使いを抑え込む怪物に切りかかりました。羽根と血が飛び散り、リリーンと涼やかな音が響き渡って、怪物が消滅します。小男は立ち上がりました。怪我はなさそうです。

 オリバンはさらに前に飛び出し、やってくる怪物を次々になぎ払っていきました。鈴のような音が響き、皇太子の前から怪物が次々に消え去っていきます。驚くほどの強さです。二人の魔法使いがそれに並んで立ち、魔法で怪物を防ぎます。

 

 その時、彼らの頭上を巨大な影が通り過ぎていきました。全長が二メートルあまりもある鳥です。その頭は人間の男の顔をしていて、高らかに笑い声を立てていました。人面鳥です。

「匂う、匂う。ドワーフはこっちだ」

 と人面鳥は言っていました。

 オリバンはとっさに人面鳥を追って切りつけました。ところが、鳥は剣の切っ先を避けて空に舞い上がりました。にやにやと笑い続けています。

 人面鳥の後を追うように、何匹もの怪物が庭に入りこんできました。空から庭の中に降り立ち、暗がりに紛れて、あっという間に奥へ走り込んでいきます。

「いかん!」

 とオリバンは叫びました。庭の中央の建物では、ゼンが死んだように眠り続けているのです。

「ゼン! ゴーラントス卿!」

 と思わず声を上げた時、まだ上空にいた人面鳥が攻撃態勢に入りました。一度高く舞い上がり、そこからオリバンに向かって飛びかかろうとします。オリバンは迎え撃つ体勢が整っていません。

 

 すると、ブゥンと突然音を立てて、護具の石がまた光り出しました。淡い光の柱を弓なりに空に投げ、他の三箇所からの光と結び合って、結界を広げます。聖なる光の幕に触れて、人面鳥が一瞬で消滅しました。悲鳴も残しません。

 また結界を張り始めた護具のわきに、小さな小さな人影がありました。激しい雨にたたかれながら護具を見上げています。

「まったく、人間が作った道具というのは出来が悪くていかんな。闇の虫に光を食われるようでは使い物にならんだろうが」

 ノームのピランでした。ぶつぶつと文句を言う鍛冶屋の長の手には、小さな工具が握られていました――。

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