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第7巻「黄泉の門の戦い」

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14.大人たち

 夜の中に、少年の嗚咽が響きます。

 ゴーリスにすがって泣き続けるフルートを見ながら、オリバンがユギルに言いました。

「ゼンを死なせるわけにはいかん。どうすれば彼を救える?」

 ゼンは東屋の床に死んだように横たわったままです。そのかたわらにはメールとポポロの二人の少女が泣き顔で座り込み、ポチとルルの二匹の犬が、おろおろした様子で立ちつくしています。本当に、これがあの金の石の勇者の一行かと疑いたくなるような、茫然自失の有り様です。彼らにとってゼンがどれほど大切な存在だったのかがわかります。

 ユギルは青と金の色違いの目を倒れた少年にじっとそそいで答えました。

「ゼン殿をこの場所から動かしてはなりません。屋敷の中に運び込もうとしただけで、振動で金の石が体から離れる恐れがあります。そうすれば、体内の闇の毒虫がゼン殿の命を食らいつくしてしまいます。――この場所に急いで壁を立て、ゼン殿をお守りいたしましょう。ゴーラントス卿、今すぐそのための職人を呼び集めることはできますか?」

 すると、ゴーリスが答えるより先に、妻のジュリアが答えました。

「ハルマスには腕の良い大工のギルドがありますわ。頼めば、二十四時間いつでも駆けつけてくれます。彼らに、すぐにここに壁を立てさせましょう」

 優美で優しげな姿からは意外に思えるほど、きっぱりした口調でそう言うと、すぐさまドレスをひるがえして屋敷へ走っていきます。

 ユギルはさらにゴーリスに言いました。

「わたくしはゼン殿をお救いする方法を占います。お屋敷の一室をお貸しください」

「私は何をすればよい、ユギル?」

 とオリバンが尋ねます。

「殿下はこの場にお残りください。闇の敵がまだ勇者様方を狙っているかもしれません。警戒をお願いいたします」

 

 それを聞いたとたん、泣いていたフルートが顔を上げました。闇の敵がまだ仲間を狙っているかもしれない、ということばに、さっと身の内が冷たくなって、一気に正気に返ります。

 そんなフルートの肩をつかんで、ゴーリスが言いました。

「そうだ、フルート。おまえがしっかりしなかったら、誰もおまえの仲間たちを支えられん。ゼンも救えない。リーダーはおまえだ。いいな。つらくても、しっかり立っていろ」

 フルートはまだ真っ青な顔をしていましたが、師匠のことばにうなずくと、ぐい、と涙をぬぐいました。ゼンとそのまわりに集まっている仲間たちを見つめて、血がにじむほど強く唇をかみしめます――。

 ゴーリスはユギルと連れだって足早に屋敷へ戻っていきました。後には、子どもたちとオリバン、そしてピランが残ります。

 

 風が吹き始めました。冷たい風です。座りこんでいたメールが、自分のマントを外してゼンの体の上にかけ、また声もなく涙を流し始めます。ポポロはさっきからずっと泣き通しです。二匹の犬たちもただただゼンを見つめ続けています。誰もことばもありません。

 唇をかみしめながら、フルートは身を震わせていました。北の大地の戦いの時にも、魔王の復活を黙っていたばかりに少女たちをさらわれたのに、また同じ失敗をしてしまった自分に激しい怒りを覚えます。情けなさに目の縁が熱くなり、また涙がこぼれてきそうになります。

 死なせない、とフルートは身震いしながら考えました。絶対に、ゼンは死なせない。死なせるもんか――と焼けつくほどの想いで考えます。

 すると、突然、ぼうっとフルートの全身が光りました。夜の暗さの中で、幻のような光がフルートの体を包み込みます。ごく淡い、赤い色の光です。そばにいる仲間たちは、ゼンを見たままで少しも気がつきません――。

 

 その時、ノームの鍛冶屋の長が声をかけてきました。

「焦るな焦るな、金の石の勇者。今、ユギル殿が占いに行ったわい。その結果が出るまで待たんか。ユギル殿はロムド一、いや、天下一の占い師だ。必ず方法を見つけてくれるに違いないぞ」

 フルートは我に返ったような顔になると、ピランを見ました。その後ろには大柄なオリバンも立っています。少年は青い顔のまま、黙ってうなずき返しました。

 そこへ子犬が駆け寄ってきて、足下に体をすり寄せました。フルートはポチを腕にかかえて抱きしめました。少年の体はもう、赤い光を放ってはいませんでした。

 

 オリバンが太い腕を組みました。ノームのピランにだけ聞こえる声で話しかけます。

「鍛冶屋の長殿もあれが見えたのだな?」

 低い真剣な声でした。

 ピランは口をへの字にして皇太子を見上げました。

「見えんでどうする。わしはノームじゃぞ……。あれは願い石の光だ。フルートの中で眠っていた石が一瞬目覚めたんじゃ。フルートはもう少しで願い石にゼンを助けてほしいと願うところだったな」

 オリバンはうなずきました。先の旅で、オリバンはフルートたちと共に願い石と出会いました。結局、魔石はフルートを自分の持ち主に選んだのですが、その石の恐ろしさは、オリバンも嫌と言うほど思い知らされたのです。

 オリバンは低い声で言い続けました。

「願い石は非常に怖い石だ。どんな願い事でも叶える代わりに、その人間から大切なものを奪っていく。そうすると、その人間の人生は破滅するのだ」

「それが願い石というもんだ」

 とピランが答えました。

「目には見えず形もないくせに、人が持つには重すぎる……。フルートは今、無意識で願い石の力を使おうとしとった。自分でも気がついてはおらんだろう。実に危険だな。人の命を救うことを願うと、願い石は大抵、引き替えに願ったヤツの命を奪うんだ。ゼンを願い石で助けようとしたら、それこそ、とんでもないことになるわい」

 それを聞いて、オリバンはさらに考え込みました。

「今度の闇の敵は非常に巧妙な奴だ……。魔王が復活したようだ、とはユギルも見抜いていたのだが、非常に遠い場所だったので、まさかこのロムドの、しかも、フルートたちを狙っているとは我々も思わなかった。シェンラン山脈の山頂にじっと潜んで動かないので、ユギルもその狙いをつかみかねていたのだ。もしも、魔王が願い石のことまで考えに入れて仕掛けてきたのだとしたら、これは本当に容易ではない」

「おおいにあり得るな。現に、フルートは金の石と引き離されようとしとる」

 とピランは答えて、二人の少年たちを見ました。守りの金の石は今、ゼンの首にかけられていて、フルートの手元から離れているのです。

 

「金の石を離せばゼンは死ぬ」

 とオリバンは言いました。うなるほどの重い声でした。

「それを救おうと願い石に願えば、今度はフルートが死ぬ。願い石に命救われた者は、人が変わって恐ろしい殺人鬼になると聞いた。ゼンがフルートを殺すようになるのかもしれない。そんなことはさせられん」

「まったく巧妙な敵だな。勇者たちのどこをどう攻撃すれば効果的か、しっかり見抜いとる」

 とピランは言いましたが、歯ぎしりをしている皇太子を見て、声の調子を変えました。言い聞かせるように話しかけます。

「だから、おまえさんも焦るんじゃない、王子。焦っても、頭に血が上っているから、ろくなことが思いつかんぞ。おまえさんの占い師が今、本気で占っとるんだ。その結果を待たんかい」

 とたんにオリバンも我に返った顔になりました。あきれたような口ぶりでも、ノームのことばには経験に裏打ちされた重みがあります。オリバンは、しぶしぶうなずきました。

「そうだな……。今は待つしかないか」

 すると、老人は、やれやれ、という顔で頭を振りました。

「ユギル殿も、ゴーラントス卿も奥方も、皆、何とかしようと力を尽くしてくれとるというのにのう。こういう時くらいは、もう少し大人を頼りにするもんだぞ。まったく困ったガキどもだ」

 百歳を超える老人から見れば、彼らは皆まだまだ子どもということなのですが、自分の腰ほどもない小さなノームからガキ扱いされて、大柄な青年は何とも言えない顔つきになりました。

 風が吹き始めた中庭で、ミミズクが鳴いていました。半月は次第に西へ傾き始めています。静かな夜がふけていきます。夜明けまではまだ遠い、暗い夜でした――。

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