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第7巻「黄泉の門の戦い」

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第4章 救出

13.闇の毒

 夜の中庭の東屋で、子どもたちは立ちすくんでいました。

 ゼンが死んだような顔色で倒れています。フルートが半狂乱でそれにすがっています。とてもあり得ない場面のようなのに、それは現実に彼らの目の前に繰り広げられているのです。

 フルートは必死で金の石をゼンに押し当てていました。癒しと守りの魔石です。命さえあれば、どんな怪我でも病気でも、たちどころに治す力を持っています。ところが、ゼンはぐったりと横たわったまま、少しも目を覚ましませんでした。顔色もまったく変わりません。

「ど……どういうことよ! いったい何があったの!?」

 とルルが叫ぶように尋ねました。ポチも言います。

「ワン、金の石が目覚めてたんですね!? いつから!?」

 ポチはずっとフルートと一緒にいたのに、金の石が目を覚ましていたことに、少しも気づかずにいたのです。

 けれども、フルートは答えるどころではありません。いつもは穏やかに落ちついていて、少しもあわてることのない彼が、叫ぶように友人の名を呼びながら必死で揺すぶり続けています。その顔色はゼンに劣らないないほど青ざめていました。

「ゼン!! ゼン!! 目を覚ませったら、ゼン――!!!」

 やはり、ゼンは正気に返りません。実はもう息絶えていて、金の石の魔力でもどうしようもなくなっているのではないか、と疑いたくなるような様子です。

 

 すると、立ちつくしてそれを見ていたメールが、ふいに笑うような顔になりました。

「やだな、ゼンったら……。ふざけてるんだろ? みんな心配してるじゃないか。これ以上やったら、しゃれにならなくなっちゃうよ。もう起きなったら」

 震えてくる声を必死で抑えて、いつものように明るく呼びかけます。けれども、やっぱりゼンは目覚めません。

 メールの顔が歪みました。怒りの表情になって、いきなりゼンを引き起こそうとします。

「ちょっと! いいかげんにしなって言ってるんだよ!? 冗談きつじゃないのさ! そんな死んだ真似なんて――」

「だめ、メール!!」

 ポポロが突然鋭く叫びました。メールがぎょっと手を止めます。それを必死で抑えながら、魔法使いの少女は言い続けました。

「動かしちゃだめ! ゼンの体の中に毒が流し込まれてるわ! 体の中でどんどん毒性が強まる毒よ。金の石の力が何とかそれを食い止めてるの。ちょっとでも石が離れたら、ゼンは死ぬわ!」

 子どもたちはまた愕然としました。フルートがゼンの体を抱くようにつかみ、改めて強く金の石を押し当てます。メールが茫然とそれを見つめます。

 ルルがポポロに言いました。

「それって、闇の毒じゃない! どうしてこんなところに闇の毒があるのよ!? どこからそんなものがゼンの体に――!?」

 フルートがいっそう青ざめました。震える唇でつぶやきます。

「闇の毒……」

 

 そこへようやく屋敷からゴーリスが駆けつけてきました。腰には大剣を下げています。素早く東屋の下の状況を見渡すと、倒れているゼンにかがみ込んで触れます。

「死んではいないな――。何があった、フルート? そこにいるワジはどうした?」

 ゼンのかたわらには、まがまがしい色をした毒虫が、いくつにもちぎれて落ちています。

 取り乱していたフルートにも、師匠の声は届いたようでした。震える声で答えます。

「草むらから突然ワジが現れたんだ……。ゼンに襲いかかってきて……。ゼンはワジを引きちぎってやっつけたんだけど、その後、倒れたまま動かなくなっちゃって……いくら金の石を押し当てても、全然正気に返らないんだ……」

 すると、ポポロがその隣にひざまずいて、ゼンをのぞき込みながら言いました。

「ゼンには闇の毒が流し込まれているのよ。普通の毒じゃないわ。時間がたつにつれてどんどん強まって、やがて死に至らせる毒なの。金の石はゼンを癒しているのよ。だけど、毒が自分から強くなっていくから、いくら癒しても治せないでいるのよ」

「では、この後、ゼンはどうなる?」

 とゴーリスが尋ねました。厳しい顔つきです。

 ポポロは首を振りました。

「わからないわ……。今は、毒と癒しの力がちょうどつり合って、なんとかゼンの命を取り留めてるけど……この後、時間がたったらどうなっていくのか、あたしには――」

 そこまで言ったとき、ふいに、少女の瞳に涙があふれました。泣くまいと懸命にがんばっていたのですが、とうとうこらえきれなくなったのです。ポポロは顔をおおうと、声を上げて泣き出してしまいました。

 他の子どもたちも青ざめていました。いつも元気でたくましい少年が、死人のように横たわって動かない様子を、声もなく見つめてしまいます。

 すると、ゼンのわきに茫然と座りこんでいたメールがつぶやきました。

「ちょっとゼン、あんたいったい何なのさ……。あたいにあんなことしといて、今度はこれ? ホントに、あんたってば、とことん自分勝手なんだから」

 青い瞳にまた怒りがひらめきました。華奢な両手が拳に握られます。それをゼンの胸にたたきつけようとして、やっとのことでメールは思いとどまりました。代わりに自分の両膝を殴ります。

「馬鹿――馬鹿ゼン! ばか……!」

 青い瞳から涙がこぼれ落ちました。メールは膝の上で拳を握りしめたまま、むせび泣き始めました。

 

 屋敷からノームのピランとジュリアも駆けつけてきました。倒れているゼンを見て顔色を変えます。

「あなた、何が……」

 と尋ねる妻に、ゴーリスは厳しい声で答えました。

「闇の敵が襲ってきた。ゼンが死にかけている」

 ピランはフルートが金の石をゼンに押し当てているのを見ていました。

「聖守護石にも癒せんのか。これは大事だな」

 フルートは茫然と親友を見つめたままです。二人の少女がそのかたわらで声を上げて泣いています。二匹の犬たちも、ただおろおろするばかりです。全員が、どうしていいのかわからないでいます。

 

 すると、夜の中、遠くから馬が近づいてくる気配がしました。蹄の音が表通りを全速力で駆けてきて、生け垣を跳び越え、ゴーリスの別荘の中庭に駆け込んできます。東屋までまっすぐにやってきたのは二頭の馬でした。鞍の上の人物が声を上げます。

「ゴーラントス卿! フルート!」

「ゼン殿!」

 それはロムド国の皇太子のオリバンと、国王付きの占者ユギルでした。

 オリバンは愛用のいぶし銀の鎧兜を着込み、黒いマントをはおっています。非常にたくましい体つきの大柄な青年です。ユギルはそれより年かさの痩せた青年で、黒っぽいズボン姿に灰色のマントをはおっています。馬を走らせてきたので、長い銀髪が風に乱れ、月の光を浴びてきらめいています。雰囲気はそれぞれに違いますが、二人とも非常に整った顔立ちをしていて、まるで夜の庭に突然現れた神話の王とお伴のエルフのようでした。

 一同が驚いていると、二人の青年が馬を飛び下りて駆け寄ってきました。占者のユギルが倒れているゼンにかがみ込み、悔しそうにつぶやきます。

「間に合いませんでしたか……」

「殿下。ユギル殿も。どうしてここに」

 とゴーリスが尋ねました。皇太子もユギルも王都ディーラのロムド城にいるはずの人物でした。皇太子のオリバンは、明日、フルートたちに会うために、ここへやってくることになっていたのです。

 すると、オリバンが答えました。

「ユギルの占盤に凶兆が現れたのだ。闇の手が伸びてきて、ゼンを捉えようとしていた。とても知らせが間に合わないと思ったので、こうしてユギルと全速力で馬を走らせてきたのだが――」

 大柄な青年もゼンを見て悔しそうに歯ぎしりをしました。

 ユギルが言いました。

「闇は突然ゼン殿に魔手を伸ばしてきたのです。ずいぶん長い間、準備をして狙い定めていたのでしょう。一瞬なのに、信じられないほどの正確さでした。とある場所に闇が濃くなっていたのは感じていたのですが、まさか、ゼン殿を狙っていたとは思ってもおりませんでした――」

 申し訳ありません、と占者の青年が詫びました。青年の瞳は、右目が青、左目が金の色違いをしています。その目で、じっと口惜しそうにゼンを見つめ続けています。

 

「ワン――と、とにかく、ゼンから金の石が離れないようにしなくちゃ」

 とポチがやっと我に返って、フルートに言いました。金の石がなくなったら、たちまち全身に毒が回ってゼンは死んでしまうのです。フルートも、はっとしました。慎重な手つきでペンダントの鎖を伸ばしてゼンの首にかけると、先端の金の石をゼンの服の胸元にすべり込ませます。そうすれば、ちょっとくらいのことでは石は離れないだろうと考えたのです。

 その様子を見守りながら、ユギルがまた言いました。

「ゼン殿の中に闇の毒虫がおります……ゼン殿の命の炎を食らいつくそうとしています。金の石がそれを守っていますが、厳しい戦いのようです……」

 占い師のユギルの目には、真実が象徴の姿になって映るのです。たちまちルルが悲鳴を上げ、少女たちの泣き声が高くなります。

 すると、フルートがゼンを見つめたまま口を開きました。

「ぼくのせいだ……」

 と、うめくように言います。

「わかっていたのに……魔王が復活して狙っているのは、わかっていたのに、ぼくはまた……!」

 人々は驚いてフルートを見ました。少女たちも、思わず泣き顔を上げて少年を見てしまいます。

「フルート、今、なんて――」

「魔王がまた復活してたのかい!?」

 少女たちにそんなつもりはなかったのですが、つい、ことばが責めるような響きになってしまいます。

 フルートは青ざめた唇を震わせました。

「ぼくはいつもこうだ――。いつも魔王に先手を打たれて――いつも、君たちを――」

 どん、とフルートは拳を東屋の床にたたきつけました。拳が石畳に傷ついて血がにじみます。それでもかまわず、フルートは何度も拳をたたきつけました。

 ポチとルルがあわてて言いました。

「ワンワン! やめてください、フルート!」

「そうよ、フルート! あなたのせいじゃないわ――!」

 それでも、フルートは床をたたくのをやめません。

 すると、ふいにゴーリスがその腕をつかまえました。ぐい、とフルートを引き起こして言います。

「やめろ。大事な右手を壊すつもりか?」

 フルートはまた唇を震わせました。その顔が大きく歪みます。少年は黒衣の師匠にすがりつくと、声を上げて泣き出してしまいました――。

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