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第7巻「黄泉の門の戦い」

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12.叫び声

 「どうしてこんなことになっちゃうわけ!? 絶対におかしいじゃないのよ!」

 ゴーリスの別荘の客間で、犬のルルが声を上げていました。同じ部屋の中にいるのはポポロとポチです。二人ともベッドの上に座ったまま、とまどった顔をしています。それへルルが言い続けます。

「メールがなに考えてるかなんて見え見えなのに、どうして、フルートはそれにおめでとうなんて言っちゃうのよ!? 何で止めてあげないわけ!?」

 彼らはメールが本当はゼンを好きなことも、ゼンがそんなメールを好きになっていることもわかっています。フルートがその事実を知っていることだって承知しています。本当ならば、親友のためにメールを引き止めるべき立場のフルートが、あっさりメールの結婚を認めて祝ったことが、どうしても納得できないのでした。

「メール、本当にアルバって人が好きなのかしら……」

 ポポロが考え込むように言いました。なんだか複雑な表情をしています。ルルは横目でそれをにらむと、即座に言いました。

「馬鹿ね、本気のはずないでしょ! 婚約してるのは本当でも、本当に結婚したいわけじゃないのよ! そんなので結婚式挙げたって、幸せになれるわけないのに。ホントにメールったら、馬鹿なんだから!」

 ルルは、まるで自分のことのように怒っています。

 ポチがポポロの隣から口を開きました。

「でも、メールは本気で結婚するつもりでいますよ。それは、はっきり伝わってきたから――」

「だから、どうしてそれをフルートが止めないの、って言ってるのよ! メールが考えていることも、ゼンがどんな気持ちでいるのかも、嫌ってくらいわかるわよ! わかんないのはフルートなの! いったい何考えてるのよ、もう!」

 怒りん坊の犬の少女にどなられて、ポチは思わず耳を伏せました。少しためらってから、また言います。

「ワン。フルートが考えてることは、ぼくにもよくわからないんですよ……。最近、ますますわからなくなってきちゃった」

 それを聞いて、ルルとポポロは意外そうな顔になりました。ポチは人の感情を匂いでかぎ分けることができます。それなのに、フルートの考えがわからない、というのが不思議に思えました。ポチはいつも、フルートの一番近くにいるのに。

 すると、ポチが続けました。

「もともとフルートの考えてることって、すごく読みとりにくかったんですよ……。フルートは自分の思ってることを外に出さないから。そうすると、匂いがほとんどしなくなっちゃうんです。ロキの時もそうだったんだ。ロキは自分の正体を深く隠していて、全然表に出さなかったから、ぼくは匂いで見破れなかったんです。ゼンやメールみたいにストレートに感情出してくれる人なら、すぐにわかるんですけどね……」

 そして、ポチは、はぁ、と人間のような溜息をつきました。

「最近、フルートったら、わざとぼくを試すんですよ。いきなり怒っているような匂いとか驚いているような匂いとかが伝わってくるから、びっくりして振り向くと、フルートが、にやっと笑うんです。『わかったかい?』って。わざと感情を作ってぶつけて、ぼくをからかってるんです。だけど、そんなことしているうちに、フルートが本当は何を考えているのか、どんどんわからなくなってきちゃって……。今じゃ、フルートが何を考えてるのか、何を感じてるのか、全然わかりません。ぼくに心配させないようにそうしてるのは、わかるんだけど」

 そう言って、子犬はしょんぼりと耳と尻尾を下げました。

 ルルも思わず溜息をつきました。

「困ったフルートねぇ……相変わらずだわ」

 

 すると、そこへ外からメールが戻ってきました。毛織りのマントを体に絡めるようにして、ものも言わずに部屋に入ってきます。子どもたちは思わずそれを見ました。なんだか様子が変です。

「どうしたのよ、メール?」

 とルルが尋ねると、怒ったような声が返ってきました。

「別に」

 そのまま友人たちに背を向けて、自分のベッドに座りこみ、カーテンの下がった窓をにらみつけます。ルルとポポロとポチは、思わず顔を見合わせました。外で何かあったらしいのはわかったのですが、なんと話しかけていいのかわかりません。

 実はメールはずいぶん長い時間、屋敷のすぐそばの茂みの中に隠れていたのです。ゼンから思いがけない告白をされて、心の中は大嵐でした。気持ちが落ちつき、涙が止まるまで、誰にも見つからない場所で、じっとうずくまっていたのです。ようやく涙が乾いても、ちょっとでもゼンのことを思い出すと、また新しい涙がこみ上げてきそうで、仲間たちの方を見ることができませんでした。

 ポチは、くんと鼻を鳴らしてメールを見つめました。背中を向けている少女からは、意外なくらい強く、ゼンの匂いが伝わってきます。外でゼンと会っていたんだ、とポチは気がついて、何と話しかけたらいいのか、ますますわからなくなってしまいました。

 

 その時、ふいにポポロがベッドの上で顔を上げました。何もない空中を見ながら声を上げます。

「フルート!?」

 ただならない声でした。仲間たちがいっせいに、はっとします。メールも驚いて振り向きました。

 ポポロはあたりを見回しました。その目は部屋の中を越えて、ずっと遠くを見るようなまなざしになっています。魔法使いの目を使っているのだと気がついて、ルルが鋭く尋ねました。

「どうしたの、ポポロ!? フルートに何かあったの!?」

 ポポロは青ざめながら言いました。

「よくわからないの……突然フルートの叫び声が聞こえたの。すごい声だったわ……」

 たちまち仲間たちは緊張しました。ポチがベッドの上で跳ね上がります。

「ワン、フルートはどこです!?」

 ポポロは遠いまなざしであちこちを眺め、やがて、一箇所を見て言いました。

「いたわ――中庭の東屋!」

 あっという間に子どもたちは駆け出しました。扉を押し開け、廊下に飛び出していきます。その物音に、ゴーリスが驚いたように自分の部屋から出てきました。ピランも顔をのぞかせます。

「聞こえる――フルートが叫び続けてるわ――!」

 ポポロが走りながらまた言いました。両手を押し当てた顔は真っ青です。

「どうした!?」

 とゴーリスが尋ねましたが、子どもたちはそれに答えるどころではありません。シュン、と音を立てて二匹の犬たちが風の犬に変身しました。

「乗って、ポポロ!」

「メールはぼくに!」

 二人の少女は風の犬に飛び乗ると、そのまままっしぐらに屋敷の廊下を飛び始めました。あっという間に行く手に玄関が迫ってきます。分厚い木の扉が固く閉じています。

 ポポロが黒い衣の袖から手を突きだして叫びました。

「ケラーヒ!!」

 とたんに、バン、と重い扉がはじけて開きました。同時に、家中のドアというドア、窓という窓がいっせいに開きます。バン、バン、ドスン、ガシャン、と激しい音が家中でわき起こります。ポポロは扉を開ける魔法を使ったのですが、魔法が強力すぎて、屋敷中の扉や窓を同時に開けてしまったのです。物音に驚いて目を覚ましたらしいミーナの泣き声が聞こえてきます――。

 

 扉の開いた玄関から、二匹の風の犬は外へ飛び出しました。少女たちを乗せたまま、猛スピードで中庭の東屋へ向かいます。

 半月の光に照らされた東屋の下に二人の少年の姿が見えてきました。一人がもう一人にかがみ込んで必死で呼びかけています。甲高いその声は、まるで悲鳴か叫び声のようです。

「ゼン! ゼン!! ゼン――!!!」

 犬たちは東屋の下に飛び込みました。少女たちが背中から飛び下ります。

「フルート!?」

「どうしたのさ、いったい――」

 言いかけて、少女たちも息を飲みました。

 東屋の石の床の上にゼンが倒れていました。そばに赤と黒と黄の毒々しい色をした蛇のような虫が、いくつにもちぎれて落ちています。倒れたまま動かないゼンに、フルートがすがりつき、狂ったように呼び続けていました。

「ワン、ワジだ!」

 ポチが子犬の姿に戻るなり言いました。物知りの子犬です。北の峰の恐ろしい毒虫のことは知っていました。

「ゼン――!?」

 とメールが悲鳴を上げました。さし込む月の光の中、ドワーフの少年は目を閉じて、死人のように青ざめていたのです。

 

「ゼン!! ゼン!!」

 フルートが必死で友人を揺すぶっていました。その手には金の石のペンダントが握られています。いつもの落ちつきぶりが嘘のように取り乱してしまっています。

 ポポロがとっさに飛びついてフルートを抑えました。

「フルート、落ちついて……! 大丈夫、ゼンは死んでいないわ!」

 そう、死人のような顔色をしていても、ゼンはまだ息をしていました。体にもぬくもりがあります。

 けれども、フルートは半狂乱で首を振りました。

「死んでない! 死んでないんだよ! なのに――金の石を使っても、ゼンが全然目を覚まさないんだよ!!!」

 吹く風もない静かな夜。降りそそぐ半月の光の中。叫ぶ少年の声は、まるで悲鳴のように夜の中に響き渡りました――。

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