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第7巻「黄泉の門の戦い」

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11.金の石

 聖守護石、というのが魔法の金の石の本来の名前でした。大昔はもっと大きな石だったのですが、二千年前、初代の金の石の勇者が願い石の誘惑に敗れた時に、砕けて今のように小さな姿になってしまったのです。普段は眠りについていて、普通の石ころのような灰色をしていますが、世界を脅かす闇の敵が迫ってくると目覚めて金色に変わり、強く弱く光りながら勇者を呼びます。

 今、月に照らされる東屋の下で、聖守護石は金色になっていました。鈴のような音は聞こえません。穏やかな金に輝くだけで、強く弱くまたたくこともありません。けれども、確かに守りの石は目覚めていたのでした。

 

 やっぱりな、とゼンはつぶやきました。少しもあわてた様子のない友人を見上げながら尋ねます。

「金の石の精霊が出てくるわけだよな。いつから目覚めてたんだよ?」

「半年くらい前かな……。金の石の精霊は、それまでは夢の中にしか出てこなかったんだけど、こんなふうに石が目覚めると、実体になって出てこられるらしいんだ。また魔王が復活した、って教えてくれたよ」

「やっぱりか」

 とゼンはまた言って、溜息をつきました。

 実体を持たないデビルドラゴンがこの世の生き物に取り憑くと、その生き物は魔王に変わります。取り憑かれるのが人とは限りません。獣でも怪物でも、深い闇の心を持っていると、そこにつけ込まれてしまうのです。魔王を倒しても、デビルドラゴンは宿主を離れるだけです。また新しい宿主を見つけて、それを魔王に変えるのです。

「ったく、きりがねえよな。で、今度の魔王の正体は何なんだよ? 誰が魔王に変えられたんだ?」

「それは金の石にもわからないって。ただ、魔王が復活して、この世界を狙い始めたことだけは感じるんだって言ってた」

 落ちついた口調で話し続けるフルートに、ゼンはまた大きな溜息をつきました。

「で――」

 と、じろりと友人を見上げます。

「どうして、すぐに俺たちを呼ばなかったんだよ。半年もの間、何やってたんだ?」

「新しい魔王が動き出さなかったんだよ」

 とフルートは答えて、意外そうな顔になるゼンにうなずきました。

「もちろん、何かが起き始めたら、すぐにみんなを呼ぼうと思っていたんだ。泉の長老や天空王に頼んでね。でも、どこからも何の事件も聞こえてこなかったんだ。ずっと、金の石と一緒に用心していたんだけど、とうとう今日まで何も起きなかったんだよ」

「で、ポポロが修行を終えて、鎧も修理がすんで、俺たちがこうして勢揃いするまで、新魔王は待ってくれていたわけか。――むちゃくちゃ怪しいじゃねえかよ! なんで昼間のうちにそれを言わねえんだ、この馬鹿!!」

 たった今まで落ち込んでしょげていたのが嘘のように、ゼンがどなります。

 フルートは苦笑しながらそれを押しとどめました。

「わかってるったら……。でもさ、ぼくたちが集まろうとすると、いつだって邪魔されるじゃないか。たまには心おきなく楽しみたかったんだよ。せっかくみんながまた勢揃いして、ミーナにも会えるって時だったのに」

 ゼンは最大級の溜息をつきました。一年たとうが何年たとうが、フルートはやっぱり相変わらずです。心配事も気がかりも、何もかも自分の胸一つにおさめて、仲間たちには心配かけまいとするのです。

 

 ゼンはベンチから立ち上がりました。苦い顔で言います。

「しゃあねぇな、わかったよ」

 そのまま東屋から出て行こうとするので、フルートは尋ねました。

「どこへ行くの?」

「メールに謝るんだよ。で、魔王のことを教えてくらぁ」

 苦い顔のままゼンが答えます。フルートがためらいました。

「でも、メールは……」

「ああ、もう一緒には戦えないって言うかもしれねえ。だけどな、これをあいつに内緒にしておいてみろ。あいつ、絶対に怒り狂うぞ。それだけは間違いねえ」

 それはフルートにも想像がつきました。が――

「大丈夫なの、ゼン?」

 と思わず尋ねてしまいます。ゼンがメールに思いがけないことをして怒らせたのは、つい今し方のことです。ゼンは苦笑いして肩をすくめ返しました。

「わかんねぇ。もう一生口聞いてもらえねえかもな――」

 ゼンの胸の中を深い痛みが走り抜けていきました。

 ずっと、自分でもよくわからなかった自分の気持ちでした。先の旅でオリバンがメールに親しくしたのが、どうしてあれほど悔しかったのか。メールがフルートと仲良く連れ立っているだけで、どうしてあんなに焦る気持ちになったのか。やっと、自分でもそのわけがわかったのに、その時にはもう遅かったのです。自分の鈍さ加減に自分で腹が立ちます。

 そして、それがわかってもなお、やっぱり自分は二人の少女の間で気持ちが揺れ続けているのです。メールに向かって、おまえが好きだったんだ、と言い切ることができません……。

 ゼンはまた苦笑いをしました。

「でもよ、それでもやっぱり、謝らなくちゃいけねえよなぁ――」

 溜息を吐くように、夜空につぶやきます。

 フルートはそんな友人を小首をかしげて眺め、やがて、穏やかに言いました。

「がんばれよ」

「ああ。あいつにひっぱたかれることくらいは覚悟してるぜ」

 苦笑いのまま肩をすくめ、ゼンは屋敷に向かって歩き出しました。低い階段を下りて、中庭の小道に入ろうとします。

 

 すると、フルートがまた声をかけてきました。

「ゼン」

「なんだ?」

 とゼンが振り返ると、それをまっすぐに見て、フルートがほほえみました。

「ううん――なんでもない」

「なんだよ、変なヤツだな」

 ゼンはけげんな顔をしましたが、フルートが何も言わないので、また前に向き直りました。小道に踏み出そうとします。

 フルートは、ほほえんだまま、それを見つめていました。

 

 と、ゼンが急に立ち止まりました。足下の草むらをじっと見つめます。

「ゼン?」

 フルートが不思議に思って声をかけても返事がありません。思わず歩み寄ろうとすると、ゼンが突然どなりました。

「動くな、フルート! そのままじっとしてろ!」

 寒さに枯れかかった草むらの間に、何か細長いものが見えていました。蛇のように鎌首をもたげていますが、蛇よりもっと細く長い姿をしています。月の光と草の影の中、まだらに照らされながら、赤と黒と黄の毒々しい模様が伸び縮みしています。フルートは、はっとしました。

「ワジ――!」

 と思わず叫んでしまいます。ゼンが住む北の峰で昔見かけたことのある毒虫でした。一刺しされただけで絶命するほど強力な毒を持っているのです。

 ゼンが、じりじりと後ずさり始めました。

「くそ……なんでこんなところにワジがいるんだよ……?」

 つぶやきながら、後ろ向きに東屋に戻っていきます。目は毒虫から離しません。

 フルートは思わず真っ青になっていました。自分もゼンも、夕食の席からまっすぐ中庭に出てきたので、武器を何も身につけていません。修理から戻ってきた防具も、部屋に置いたままです。何か武器や防具になるものはないかと必死であたりを探しますが、吹きさらしの東屋には、彼らの身を守れるものは何も見あたりませんでした。

 

 草むらの中で、ぐうん、とワジが体を縮めました。攻撃の先触れです。その細く小さな頭が、見極めるように二人の少年を見比べ、一人に狙いを定めました。

 ゼンがどなりました。

「フルート、逃げろ!!」

 自分自身も背を向けて、全速力で走り出します。

 毒虫の体が、まるでバネをほどくように、勢いよく飛び出してきました。信じられないほどの距離を越えて、逃げる少年の足下に絡みつき、そのふくらはぎへ毒を持つ針を突き立てます。少年は叫び声を上げると、その場に崩れるように倒れました――。

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