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第7巻「黄泉の門の戦い」

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7.会食

 修理が終わってきた防具を一通り確認した後は、夕食になりました。

 ゴーリス夫妻の別荘には、フルート、ゼン、メール、ポポロ、ポチとルルの、四人と二匹の子どもたちと、ノームの鍛冶屋の長のピランが集まっています。久しぶりの再会を祝って、ゴーリスは宴会の席を準備してくれましたが、それも、集まったメンバーに合わせて、肩肘の張らない立食形式になっていました。広間の真ん中の大きなテーブルに、食べ物や飲み物がずらりと並んでいて、自由に取って食べられるようになっています。背が低くて、そのままではテーブルに届かないピランや犬たちのためには、ちゃんと踏み台まで準備してあります。

 誰もが自分の皿にてんでに好きなものを取り分けると、立ったり、床の上に座りこんだりして食べ始めました。大人たちでさえそうで、ゴーリスなどは絨毯の上に直接皿やグラスを置いてあぐらをかき、目の前に座っているピランと一緒に酒をくみ交わしています。ジュリアは、暖炉に近い場所にミーナのゆりかごを置いて、それを時々ゆすりながら、やっぱり絨毯の上に座りこんで、ゆったりと食事をしています。子どもたちは、そんな大人たちのそばに行ったり、自分たちで集まったり、ひっきりなしに場所を変えながら、盛んに食べたり飲んだりしていました。とても貴族の屋敷の食事風景とは思えない眺めでしたが、その場にいる誰ひとりとして、そんなことはまったく気にせずに楽しい時間を過ごしていました。

 

 子どもたちは本当によく食べ、そして、よくしゃべりました。最初、成長した互いの姿にとまどった気持ちも、今ではもうすっかり消えて、以前と同じように屈託なく話し合っています。その中でも特に楽しそうなのはフルートでした。いつもは物静かで、めったに話し声も聞こえないようなのに、この夜は明るく澄んだ笑い声を何度も広間に響かせています。それにつられるように、仲間の子どもたちの声も楽しそうになり、広間の中は相当賑やかになっていました。

 そんな子どもたちの様子を、ゴーリスが、いつからか、じっと見つめていました。だいぶできあがったらしいピランが、赤い顔で話しかけます。

「子どもらは実に楽しそうじゃないか。あいつらの一年は、わしらの一年よりずっと長い。さぞかし今日を待ちわびていたんだろうなぁ」

 ああ、とゴーリスは返事をしました。何故だか、考え込むような低い声でした。

「確かにみんな楽しそうだ。だが、フルートのは、はしゃぎすぎだ。なんとなく、さっきから気になっていたんだが――どうも、無理に楽しそうにしているように見えるな」

 ピランは目を丸くしました。

「師匠の勘かね? だが、またなんで?」

「わからん。元々、あいつはめったに本音を外に出さない奴だからな……。何かあるんだろうとは思うが」

 そう言ってゴーリスは弟子を見つめ続けました。フルートは笑っています。仲間たちの間を渡り歩きながら、ゼンの肩をたたき、メールと冗談を言い合い、かがみ込んでは犬たちにしきりに話しかけます。

 そういえば、さっきからあいつはポポロにはほとんど話しかけていないな、とゴーリスは気がつきました。ポポロの方でもそれに気がついているようで、しょげるように、遠慮がちにフルートを遠目に眺めています。フルートに話しかけてもらいたい、という様子はありありと見えるのに、それでもフルートはポポロには声をかけようとしないのです。

 急に大人びてしまったポポロに、やっぱりまだ、とまどっているんだろうか、とゴーリスは考えました。それで、どう話しかけていいのかわからなくなって、照れ隠しに大はしゃぎしてみせているのだろうか、と。

 少女のような顔をした少年は、満面の笑顔でいます。あまりに明るすぎる笑顔で、それ以外の表情がまったく読めません。

「また何か起こっているんでなければいいがな。なにしろ、あいつらは金の石の勇者の一行だ」

 なめるように酒を飲みながら、ピランが言いました。その鋭い予測に、ゴーリスは思わずノームの老人を眺め、やがて、黙ってうなずきました。ゴーリスが心配しているのも、そのことなのでした――。

 

 ゼンがおかわりをするのにテーブルへ行くと、ちょうど同じく食べ物を取りに来たメールと一緒になりました。ゼンが皿の上に料理を山のように載せていくのを見て、メールが眉をひそめます。

「ちょっと、一度に食べられる分ずつにしなよ。料理は逃げないんだからさ」

「これが俺の一度に食べる量だぜ。ちまちま分けてたんじゃ、しょっちゅう取りに来るようになってめんどくせえからな」

 とゼンが答えます。すでに一杯になっている皿の上に、どうやってクランベリーのパイも載せようかと苦心しています。

「で、それ、何回目のおかわりなのさ」

「さあな、覚えてねえよ。たぶん、十数回目か、二十回目くらいかな」

「あっきれた」

 メールは肩をすくめました。

 その細い腕が、まだ肘まである白い手袋をはめたままなのを見て、ゼンが言いました。

「おまえ、いつまでそんなのやってるんだよ。食うのに邪魔じゃねえのか?」

「あ……ああ、それもそうだね。外した方がいいか」

 どうしてだか、焦ったような顔をしながらメールはそんな返事をして、おもむろに手袋を脱ぎ始めました。細く華奢な腕があらわになっていきます。花を操り思いのままのものを作り上げる腕は、手袋などはめていなくても、白くて優美です――。

 その時、ちょうどやっぱりテーブルに来ていたルルが、メールを見上げて、突然声を上げました。

「まあ、メール! どうしたのよ、その指輪!?」

 あまりに意外そうな声に、部屋にいた全員が振り向きました。指輪? といっせいにメールの手に注目します。

 メールは白い手に小さな指輪をはめていました。驚くほど鮮やかな青い色をした指輪です。海のように青い宝石を削って作ったもので、とても綺麗ですが、指輪自体は、とりわけどこがどう変わっているようにも見えません。

 すると、ルルが言い続けました。

「どうしてそんなところに――!? 左手の薬指だなんて、まるで婚約指輪みたいじゃないの!」

 全員が、はっとしました。確かに、メールは左の薬指に青い指輪をはめていたのです。今まで、彼女がそんな場所に指輪をしているのは見たことがありません。

 すると、メールはばつの悪そうな顔になって指輪をはめた自分の左手を右手で握り、ほんのちょっとためらってから、一同を見返しました。妙にきっぱりした口調で、こう言います。

「婚約指輪みたいなんじゃないよ。ほんとに婚約指輪なのさ」

 

 全員は、目を見張ったまま何も言えなくなりました。ただただメールの左手に光る指輪を見つめてしまいます。

 すると、ふいに、ガチャン、と激しい音がしました。ゼンが自分の皿をテーブルにたたきつけたのです。山と積み上げた食べ物がテーブルに向かって雪崩を起こします。

「婚約って――誰がだ?」

 とゼンは尋ねました。激しい音とは裏腹に、やっと聞こえるくらいの、ごく低い声でした。メールは、あきれたようにまた肩をすくめました。

「やだね。あたいが他人の婚約指輪なんかしてるわけないじゃないのさ。これはあたいの。あたい、結婚するんだよ」

 一同はますますことばを失いました。左の薬指の指輪は、婚約指輪か結婚指輪以外にありえません。それなのに、メールが言ったことはあまりにも予想外で、誰もが自分の耳を疑ってしまったのでした。

 ようやくのことで、ルルがまた口を開きました。

「結婚って……メール、あなたまだ十四歳じゃないの。それで結婚だなんて……」

「昼間話しただろ。あたいたち海の民はさ、十四歳で大人の仲間入りなんだよ。もう結婚もできるし、子どもだって産めるんだ。十四になったとたんに結婚するヤツって、けっこう多いんだよ。婚約は十三歳からできるんだけど、あたいは今まで婚約者がいなかったからね、島では馬鹿にされてたくらいなんだ」

「だからって――でも――」

 言いかけて、それ以上ことばにならなくて、ルルはついゼンに目を向けてしまいました。他の者たちも思わずゼンを見てしまっています。ゼンの顔色は真っ青でした。

「結婚って、誰とだよ?」

 とゼンがまたメールに尋ねました。相変わらず、ごくごく低い声です。フルートはそっと警戒する顔になって親友を見守りました。ゼンがこういう言い方をするときには、どなるよりももっと激しく腹を立てているのだと知っていたからです。いつ爆発してもおかしくありません。

 それに気がついているのかいないのか、メールは妙にあっけらかんとした口調で答えました。

「あんたたちの知らない人さ。アルバって言うんだ。海王の息子だよ」

「海王の――!?」

 子どもたちは思わずまた驚きました。海王は、メールの父である渦王の双子の兄で、世界の海の東半分を治める王です。その息子との結婚となると、いきなり話が現実味を帯び始めます。何しろ、メールは西の大海の王の娘なのですから……。

 メールはまた肩をすくめて言いました。

「これでもあたいは王位継承者だからね。父上が死んだ後は、あたいが西の大海の女王になるんだ。でも、もともと海はひとつながりだからね。父上たちが双子だったから、今は西と東に二分割されてるけど、あたいとアルバが結婚すれば、海はまた一つに戻れるのさ」

 メールの声は明るく乾いていました。涙も悲しさも何もかも、遠くどこかへ置き忘れてきてしまったかのように……。

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