夕方近くになって、ゴーリスが言っていたとおり、エスタ国の鍛冶屋の長がやってきました。馬車が別荘の前で停まるなり、その中から勢いよく飛び下りてきます。わずか六十センチほどの身長しかないノームの老人なのですが、不思議な緑色の服を金属のように光らせ、引きずるほど長い灰色のひげをなびかせながら階段を駆け上がり、玄関の扉が開くと、取り次ぎを無視して中に飛び込んできました。
「チビども! チビの勇者ども! 魔法の鎧が直ったぞ! とっとと出迎えに来んか!!」
小さな体のどこからそんな声が出るのだろう、と思うほどの大音声で呼びかけます。たちまち、二階に続く階段から子どもたちが駆け下りてきました。
「ピランさん!」
とフルートはノームの老人へ駆け寄って、丁寧に頭を下げました。
「お久しぶりです。このたびは本当にお世話になりました」
「おうおう、金の石の勇者は相変わらず礼儀正しいな。元気だったか?」
「おかげさまで」
ノームの老人と人間の少年が挨拶を交わしていると、ゼンがフルートを押しのけて前に出ました。
「えい、まどろっこしいことやってんじゃねぇ。ピランじいちゃん、直ったのはフルートの鎧だけか? 俺の胸当てや盾はどうなったんだよ!?」
「むろん、直っとる。新しい魔法も組み込んであるぞ。フルートの鎧と兜も強化ずみだ。見てたまげるなよ、チビども!」
ピランは百歳をゆうに超えているのですが、とてもそうは見えない元気な老人です。小さな体でからからと笑って、玄関の外へ呼びかけました。
「よぉし、防具を運び込め!」
すると、開きっぱなしの扉から、新たに数人のノームが入ってきました。ピランよりもっと歳の若い男たちで、それぞれに金に輝く鎧や兜、青い胸当てなどを運んできます。フルートとゼンは歓声を上げました。自分たちの防具です。
「まずは着てみろ。話はそれからじゃ」
とピランが言いました。
そこへ、やっと屋敷の奥からゴーリスが出てきました。ピランとフルートたちのやりとりがあまり早すぎて、間に合わなかったのです。
「エスタ王国の鍛冶屋の長殿。ご尽力に感謝する」
と頭を下げます。ぶっきらぼうなほどの謝辞でしたが、ピランは満足そうにうなずき返しました。
「こっちこそ、久しぶりに非常に面白い仕事をさせてもらったぞ。なにしろ、あの堅き石をわしの鎧に組み込むことができたんだからな。おかげで、文字通り最強の鎧じゃ。いやぁ、実に気分がいいわい」
笑いながら長いあごひげをしごき、ホールの少年たちを目を細めて眺めました。フルートもゼンも、頬を紅潮させながら自分の防具を身につけています。みるみるうちに、フルートの小柄な体は金色に、ゼンのたくましい上半身は青い色におおわれていきます。二人の少女と二匹の犬が、すぐ近くでそれを見守っていました。
すると、ポポロが声を上げました。
「まあ……綺麗!」
目を輝かせてフルートの金の鎧を眺めています。
フルートの鎧は、最初は輝く銀色をしていました。それをピランが魔金で強化したので金色に変わり、いかにも金の石の勇者にふさわしい防具になったのですが、今回、ピランが修理して持ってきた鎧は、そこにさらに黒い小さな石がちりばめられていました。まるで星座のように、石と石の間を輝く黒い線が結び、鎧の上に不思議な模様を浮かび上がらせています。
「ワン、堅き石ですね」
とポチがしげしげとそれを見上げながら言うと、ピランが答えました。
「一つの堅き石を十二に分けたんじゃ。それを鎧にはめ込んだから、石の力が鎧全体をおおっとる。これで、外部からの物理攻撃を防ぐ力は格段に向上したぞ」
「堅き石を分けた」
ポチは驚いて目を丸くしました。
「どうやったんですか? 堅き石はダイヤモンドよりはるかに堅くて、何にも壊されないって聞いてましたけど」
すると、ピランはまた、からからと笑いました。
「それは企業秘密じゃよ。ノームの技だ。ノームはな、他のどの種族より石と親しい間柄なんじゃ。そう、ドワーフよりもな」
「悪かったな」
とドワーフの少年が、むっとしたように答えましたが、ノームの鍛冶屋はそれを無視して続けました。
「フルートの鎧に組み込んであった大地の魔法は、完全に解けてしまっとったから、もう一度新たに組み込んだぞ。魔法もより強力なものに替えておいたから、前より衝撃に強くなっとる。火の魔法と風の魔法も強化しておいた。暑さ寒さはまた完璧に防ぐようになったし、風の攻撃も跳ね返せる。それから、留め具を全部交換しておいたから、以前のように簡単に外れることもないはずだ」
それを聞いて、フルートは、ほっとしました。鎧の防御力が下がっていたのも気になっていたのですが、兜や左の籠手の留め具が甘くなって、ちょっとした弾みですぐ外れるようになっていたので、困っていたのです。
すると、ピランが急に謎をかけるようなことを言ってきました。
「実は、鎧にはもうひとつ重大な問題があったんだが――それが何かわかるか、金の石の勇者?」
フルートは、なんとなくはっとして、ノームの老人を見ました。この一年、ずっとフルートの心にひっかかっていた心配事があったのです。一瞬ためらってから、思い切って口に出します。
「この鎧は、着る者に合わせていくらでも小さく縮むことはできるけれど、ある一定以上の大きさにはなれないと聞きました。先にこれを着ていたオリバンは、十四の歳にはもう体が大きくなりすぎて、鎧を着られなくなったそうです。ぼくは今、十四歳です。来月の末には十五になります。ぼくはオリバンよりも体が小さいから、まだ大丈夫みたいだけれど……ぼくは、いくつになるまでこの鎧を着ていることができるでしょうか?」
ふむ、と鍛冶屋の長はうなりました。
「ちゃんと、この鎧の最大の問題を見極めとったか。さすがに頭が良いな、金の石の勇者は」
「ねえさあ、長は鎧を修理したんだろ? その時に材料を足して、鎧を大きくしたりとか――できなかったのかい?」
とメールが尋ねました。とてももっともな期待でした。
けれども、ピランは首を振りました。
「無茶なことを言うでないわい。この鎧にはな、もともと、数十種類の魔石と、千を超える種類の金属が使ってあるんじゃ。世界に二つと無い貴重な材料もずいぶん使っとる。それだけのものを追加でもう一度揃えると言うのは、とても無理な相談だぞ」
それを聞いて、子どもたちはがっかりしました。やっぱり鎧を大きくするというのは不可能なことだったのです。
ところが、老人が急に、にやっと笑いました。
「鎧自体を大きくすることはできんがな――鎧のパーツのつなぎ目の部分を強化しておいてやったぞ。鎧のつなぎ目も、目に見えない魔法の力で守られているのは知っとるだろう? それを前より強めておいたんじゃ。堅き石のおかげだがな。それによって、結果的に、鎧は前より広い範囲を守れるようになった。まあ、それでもいつかは窮屈になって着られなくなってしまうだろうが、それまでの時間を少しは延ばすことができたぞ」
「具体的に、いつまで着られますか? ――ぼくが何歳くらいになるまで?」
とフルートは重ねて尋ねました。いつか必ず来るデビルドラゴンとの対決。その時にフルートが魔法の鎧を着られるかどうかが、勝敗を左右するのです。
「何歳までとは、わしには言えんな」
とノームは答えました。
「見たところ、おまえさんも成長期に入ってきたようだしな。おまえさんがこの後、どんなスピードでどのくらい大きくなるのかは、誰にも予想がつかんだろう。たぶん、ロムド城一の占者のユギル殿にもな。おまえさんたちの将来については何故だか占えないのだと、よく言っとった。……まあ、ごく標準的な人間の男の身長くらいまで伸びるとして、そこまではこの鎧は着られん、とだけ言っておこう」
フルートは身につけた金の鎧に触れました。
「つまり、ぼくはこれを大人になるまでは着られない、ってことなんですね」
と考え込んでしまいます。真剣な表情でした。
すると、突然隣のゼンがフルートの頭を小突きました。まだ兜をかぶっていなかった、むき出しの頭です。驚くフルートにゼンが言いました。
「別に何も悩む必要なんかねえだろうが。おまえがその鎧を着られるうちにデビルドラゴンを倒す! ただそれだけのことなんだよ」
陽気なほどの声できっぱりと言い切ります。
ただそれだけのことって……とフルートは言いかけて、すぐにそれをやめました。親友が自分に何を言いたいのかわかったのです。ゼンはフルートの目をじっと見つめていました。その明るい茶色の瞳は、強く頼もしい光を浮かべています。俺たちが一緒にいるぜ、どんなに困難でも、力を合わせてデビルドラゴンを倒そうぜ――と伝えているのでした。
フルートは目を伏せて微笑しました。小さくうなずき返して見せます。
「うん、ゼン……そうだね……」
ゼンはにやりとそれに笑い返すと、ノームの鍛冶屋に目を移しました。陽気な声のままで尋ねます。
「じいちゃん、俺の胸当てもすごく綺麗になったけどよ――こっちにはどんな力が加わったんだ? どのへんがどう強化されたんだよ?」
ゼンの胸当ては青い色をしています。水のサファイヤと呼ばれる石を溶かしてメッキしてあるからです。小さな丸い盾も同様です。フルートの鎧と一緒にピランに預けたとき、胸当ても盾も連戦ですっかり傷だらけになっていたのですが、その傷がすべて消え、しかも、今までなかったような銀の線模様が新たに入っていました。
ピランがあごひげをしごきながら説明を始めました。
「そいつは、そもそもはわしの作品ではない。おまえのいる北の峰のドワーフが作った胸当てだからな。ノームとドワーフは、同じ鍛冶の民だが、持っている技術は違っとる。さっき、わしらノームは石の技に優れていると言ったが、ドワーフの方は金属の技に秀でている。しかも、力のある民だから、良質の材料を求めて地中深くまで掘り進んでいくことができるし、金属を鍛えるのも得意だ。認めるのは悔しいが、剣や槍などといった武器に関してはドワーフの方が技術は上だし、魔法を持たない普通の防具で考えれば、やっぱりドワーフが作るものの方が丈夫だな……。だから、わしは極力、元の胸当てには手を加えんようにしとるんだよ。そいつは、そのままで相当な逸品だからな。その代わり、表面に様々な加工をして、防御力を上げとる。水のサファイヤには敵の攻撃を逸らしやすい力があるし、身につけていれば水の中でも決して溺れなくなるのは知っての通りだ。今回はそこにいくつか魔法を組み込んで、さらに防御力を上げておいた。水の魔法も組み込んでおいたから、今までより火に強くなっとるぞ。ただ、フルートの鎧ほど完璧ではないから、過信は禁物だがな。その他にも、一つ二つ魔法が入っとるが――まあ、これはお楽しみだ。そのうち自然とわかってくるじゃろう」
「なんだよ、それ」
と言いながらも、ゼンは改めて嬉しそうに自分の防具を見回していました。小さな盾は腰のベルトの左側に下げてあります。手にとって戦うこともできますが、そうして下げておくと弓を使う時に体の前面に回ってきて、ゼンの身を正面の敵から守ってくれるのです。
修理がすんだ防具は、ゼンの体の上で青く光っていました。新たに加わった銀の線模様が、青に映えて綺麗です。
すると、ピランがさらに言いました。
「その模様はな、フルートの鎧の模様と同様、ひとりでに浮かび上がってきたもんじゃ。おまえたちの防具は、おまえたちを守りたいと強く願っとるからな。それが目に見える形で現れてきたんだ。ゼンは銀の勇者と呼ばれているそうだが、いかにもそれにふさわしい様子になったとは思わんか?」
ゼンの胸当ての上の銀色は、胸当ての浮き彫りを取り囲んで、くっきりと浮かび上がらせていました。それは空から獲物を狙う鷹の図案でした。
「ありがとうございます、ピランさん」
「ありがとう、じいちゃん」
フルートとゼンは、口々に鍛冶屋の長に礼を言うと、深く頭を下げました――。