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第7巻「黄泉の門の戦い」

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4.王女

 世界の海のほぼ半分に当たる西の大海。メールは、そこを治める渦王の一人娘です。

 ですが、メールはとてもそんなふうには見えない少女でした。確かに顔立ちは美しくて、物腰もどこか気品の漂うところがあったのですが、とにかく気が強くておてんばで、戦いの場面になれば一流の戦士として戦うので、皆から「渦王の鬼姫」と呼ばれています。色とりどりの花畑のような袖なしのシャツに、ウロコ模様の半ズボン、編み上げのサンダルばきという、少年のような姿が鬼姫のトレードマークでした。どんなに周囲から言われても、絶対に女の子らしい格好などしようとしなかったメールなのですが……。

 仲間たちは、本当に呆気にとられながら、目の前の鬼姫を見つめてしまいました。ドレスを着ています。あのメールがドレスを着ているのです。

 ドレスは鮮やかな青い色をしていて、波のように豊かなひだがたっぷりと寄せてあり、ひだの上から裾の方に向かってだんだん色が淡くなって最後には真っ白い色に変わっていました。まるで海から押し寄せてくる波のようです。長く後ろに引いた裾は純白に輝いていて、海から砂浜に駆け上がり、泡立ちながら長く伸びる波の端のようでした。

 本当に綺麗なドレスです。そして――それを着たメールは、ドレス以上にとても美しく見えていました。

 

 「なんなんだよ、その格好は!?」と言ったきり、ことばを続けられなくなったゼンを、メールが見ました。にやりと笑い返したその顔は、ドレスを着ていても昔と少しも変わりません。

「あたいもさ、修行中なんだよ。王女修行」

「王女修行?」

 一同がいっせいに聞き返します。

「そう。あたいたち海の民はね、十四歳で大人の仲間入りなのさ。あたいも誕生日が来て十四になったから、今までと違って、父上と一緒に正式な場所に出なくちゃならないことがあるんだ。で、そういうときには、こんなふうにドレスを着なくちゃいけないんだけどさ――あたい、今までドレスなんか全然着てなかっただろ? あんまり様にならないもんだから、父上がかんしゃく起こしてさ、『これから起きている間はずっとドレスを着ていろ! 絶対に脱いではならん!』って言われちゃったんだよ」

 そんなことを言って肩をすくめるメールの腕は、肘のあたりまである長い白い手袋に包まれています。本当に上品で綺麗な姿なのですが、しぐさは確かに前とほとんど変わっていません。仲間たちは、今度は思わず笑い出してしまいました。

「ったく、渦王とおまえらしいぜ」

 とゼンが笑いながら言いました。どこかほっとしたような表情をしています。

 フルートも笑顔で話しかけました。

「そういえば、前にゴーリスの別荘に来たときにも、メールはドレスを着たよね。あの時も似合ってたけど、今回の方が数倍綺麗だね」

「冗談よしなよ、フルート。こんなの、窮屈だったらありゃしない」

 とメールがまた肩をすくめると、足下からルルがからかうように言いました。

「あら、なぁに、フルート? さっきポポロを誉めたときより、メールを誉める方がずいぶんと上手なんじゃない?」

「え? そ、そんなこと……」

 うろたえて思わずポポロの顔を見たフルートに、仲間たちがまた、どっと笑います。

 ゴーリスが子どもたちに呼びかけました。

「さあ、これで全員が揃ったな。屋敷に入れ。ジュリアが中で待ちかねているぞ」

 子どもたちはまた歓声を上げました。優美なドレス姿のメールも、やったぁ! と少年のような声を上げています。

 歩き出しながら、ルルがゴーリスに尋ねました。

「生まれてきた赤ちゃんは女の子だったんでしょう? 名前はなんてつけたの?」

「ミネアだ。ミーナと呼んでいる」

「まあ、かわいい名前!」

 とポポロが目を輝かせます。

 

 その時、メールが盛大にひっくり返りました。長いドレスの裾を踏んづけて転んでしまったのです。つんのめって文字通り小道を転がり、そのまま尻もちをついてしまいます。

 びっくりする仲間たちの前で、メールは叫びました。

「もうやだ、こんなドレス!! つまずくし、動きにくいし、邪魔くさいしさ!! いいよ、どうせ父上にはわからないんだ! こんなの、もう着てられるかい!!」

 言うなり、ぱっと立ち上がり、皆の目の前でいきなりドレスのボタンを外し始めたので、仲間たちは仰天しました。少年たちが思わずうろたえます。

「お、おい……」

「メ、メール、ちょっと……」

「なにさ」

 メールはぷりぷりしながらドレスの裾をばっとたくし上げると、勢いよく頭から脱ぎました。汚れることなどまったく頓着せずに、地面に投げ捨ててしまいます――。

 メールはドレスの下にも服を着ていました。体にぴったりした色とりどりの袖なしのシャツに、ウロコ模様の半ズボン――いつものあの服装です。

「ああ、せいせいした! やっぱりあたいはこの格好が一番いいなぁ」

 嬉しそうにそう言って、メールは大きく伸びをしました。すらりとしたその姿は、伸びやかな一本の若木のようです。

 

 ところが、それを見たとたん、仲間たちはいっそう驚いて声が出なくなってしまいました。少年たちが真っ赤になって目をそらします。

 メールは上背があって、とても細身です。それは今も変わらないのですが、体のあちこちがそれなりに肉付き良くなって、女性らしい曲線を描き始めていたのです。ふくらんできた胸、細くくびれたウエスト、丸みを帯びた腰からむっちりと続く太もも……なまじぴったりした服を着ているだけに、体の線がもろに見えてしまって、ドレス姿などよりよほど女性らしく見えます。ほのかな色気さえ漂っているのです。

「メール……あなた変わったわね」

 とルルが言うと、メールは目を丸くして、すぐに、ああ、と自分の体を見回しました。くびれた腰に手を当てて溜息をつきます。

「あたい、最近、太ってきちゃってさぁ。いくら体動かしても痩せないんだもん、まいっちゃった」

 謙遜でも照れ隠しでもなく、本気でそんなことを言うメールに、仲間たちはまたあきれたり笑ったりしてしまいました。

「メールったら。そういうのは太ったっては言わないのよ!」

 とルルが言い、ポポロが大真面目でうなずきます。

 フルートは驚いたようにメールを眺めていました。いくら痩せていても、女の子はちゃんと女性らしくなっていくんだな、と感心してしまいます。

 そして、ゼンは――

 ゼンはまだそっぽを向いたままでした。メールの方をまったく見ようとしません。憮然とした顔をしているのは、どんな表情をしたらいいのか、自分でわからなくなっていたからでした。赤い顔をしたまま、自分だけに聞こえる声で低くつぶやきます。

「馬鹿野郎、変わりすぎだぞ、おまえ……」

 

 本当に、一年の歳月はさまざまな変化と成長を子どもたちにもたらしていました。それを目の当たりにして、互いに驚きとまどう子どもたちを、ゴーリスが少し離れた場所から微笑して眺めていました。

 中庭を暖かい風が吹き抜けていきます。水色に晴れ渡った空の下、穏やかな午後が、ゆっくりと流れていました。

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