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第7巻「黄泉の門の戦い」

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2.一年間

 ハルマスの町の表通りを別荘に向かって歩きながら、ゴーリスがフルートに話し続けていました。

「ご両親は変わりないか?」

 フルートはうなずきました。

「うん、元気だよ。ゴーリスとジュリアさんによろしくって言ってた。ご出産おめでとうございます、って。赤ちゃんの顔を見せてもらいけれど、さすがにシルの町まで来てもらうのは無理かな、って言ってたよ」

 フルートとポチはフルートの両親と一緒に、ロムド国の西方にあるシルという町に住んでいます。荒野の中の本当に小さな町で、ゴーリスたちのような大貴族が足を運ぶような場所ではありません。とはいえ、ゴーリスは金の石の勇者が現れるのを待って、身分を隠して十年間もその町に住んでいたのですが。

 すると、ゴーリスは大真面目で答えました。

「行くつもりでいるぞ。赤ん坊がもう少し大きくなって、長旅しても大丈夫なようになったらな」

「ワン、本当ですか? お父さんもお母さんも大喜びしますよ」

 と彼らの足下でポチが尻尾を振りました。ゴーリスは大貴族ですが、それを鼻にかけない庶民的な人物で、フルートの家族にとっては大切な友人なのでした。

 ゴーリスは穏やかに笑い返すと、さらに言いました。

「夕方にはピラン殿もここに来ることになっているぞ。ずっとエスタの自分の仕事場に帰っていたんだが、先週からまたロムド城に来ているんだ」

「ピランさんが? 鎧の修理が終わったのかな」

 とフルートは期待で目を輝かせました。ピランというのはノームの老人で、隣のエスタ王国の国王に仕える鍛冶屋の長です。

 すると、ゼンが口をはさみました。

「直ったってよ、おまえの鎧兜も俺の防具も。こいつも長くかかったよなぁ。まるっきり一年だ」

 二人の少年たちはずっと金の鎧兜と青い胸当てを身につけて戦ってきました。どちらも魔法の防具なのですが、度重なる魔王との戦闘ですっかり傷ついて、防御力が下がってしまったので、防具を作ったピランに修理を依頼していたのです。前回の彼らの冒険は、その修理に必要な堅き石を探すための旅でした。

 フルートは、にっこりしました。

「本当に良かった。何とか間に合ったね」

「まったくだ。防具が直ってこないうちに魔王が復活してきたらどうしようと、ずっと心配だったぜ。ポポロも一年間、修行中だったし、剣や弓矢だけじゃ、どうしようもなかったからな」

「うん――」

 とフルートは自分の馬に目をやりました。馬は手綱を引かれて、おとなしくついてきています。その鞍の後ろに、荷袋と一緒に、厚手の布にくるんだ細長い包みがくくりつけてありました。中身は炎の剣とロングソードです。炎の剣は魔剣なので、切ったものを燃え上がらせ、炎の弾を撃ち出し、鞘を火のそばに置けば、いつまでも激しく燃やし続けることができます。ゼンも、今は身につけていませんが、魔法の弓矢を持っています。これはエルフの弓矢と呼ばれる武器で、狙ったものは決して外しません。矢筒も、中の矢が尽きることがないという優れものです。

 けれども、これだけの武器があっても、魔法の防具がなければ、彼らはとても戦うことができませんでした。金の石の勇者のフルートは特にそうです。それほどに、彼らが戦っている敵は手強いのでした――。

 

 彼らはの別荘の庭先までやってきました。ゴーリスはフルートの馬を召使いに預けると、自分は子どもたちを連れて中庭の小道に入って行きました。そのまま屋敷に向かって歩き続けながら、また話します。

「国王陛下とユギル殿からは、おまえたちによろしくとのことだ。時間があれば、ぜひ城に立ち寄るように、と言われていた。皇太子殿下は、明日、直々にこちらに来られるぞ」

「オリバンが!?」

 とフルートはまた目を輝かせました。自分の国の王子の名前を呼び捨てにしています。一年前、彼らと皇太子は魔石を探して共に旅をして、名前で呼び合うような友達になったのです。

 すると、ゼンがまた口をはさんできました。

「俺はこの一年間にオリバンとは三度も会ったぜ。ジタン山脈のことで、俺たちドワーフの洞窟を訪ねてきたからな。あいつ、ホントに面白い王子様だぜ。初めて洞窟に来たときなんか、腕相撲の試合をやらかしたからな」

「ドワーフと?」

 フルートは今度は目を丸くしました。ドワーフは小柄ですが非常に怪力な種族です。その人たちと腕相撲の試合などしても、勝てるはずはないと思うのですが……。

「もちろんオリバンが負けたぜ。盛大に負けた。でもな、あいつ、勝てっこないとわかってたくせに、『自分たちと力比べをできないような奴の話は聞けない』なんて大人たちから言われたら、本気になって勝負に臨んだんだぜ。――冗談なんだぞ。大人たちも、まさか本気で勝負してくるとは思ってなかったんだ。なのに、あいつはよぉ。ったく、くそ真面目っていうかなんていうか。俺が手を出さなかったら大事な右腕がへし折れてたと思うぞ」

 そんなふうに話しながらも、ゼンの顔は楽しそうです。堅物で生真面目な年上の友人を思い出して、笑っています。

「だけどな、ドワーフってのは、そういう馬鹿なくらい真っ正直なヤツに弱いんだよな。結局、洞窟の大人たちから気に入られちまってよ、今じゃ、あいつが来るたびに洞窟では大宴会だ。あいつも、大騒ぎするわけじゃないけど、ドワーフの間で平気で酒飲んで、当たり前に一緒にいるぜ」

「へぇ」

 フルートは大柄な皇太子の姿を思い浮かべました。無愛想でぶっきらぼうで頑固ですが、でも、本当は仲間想いの頼もしい人物です。未来の王としての優れた資質も持っていますが、少しも偉ぶるところがありません。きっと、そんなところが実直なドワーフたちから信頼されたのでしょう……。

 すると、ゴーリスが言いました。

「殿下とゼンの活躍で、ジタン山脈を北の峰のドワーフに委譲する件は、ほぼ本決まりだ。まだ公にはできんが、この冬が明けたら、いよいよジタン山脈への移民が始まるだろう」

 ロムド国の南西にあるジタン山脈には、魔金と呼ばれる貴重な鉱物の大鉱脈が眠っています。前回の冒険でそれを知ったオリバンは、父の国王たちと協議の上、それをゼンの故郷のドワーフたちに託することにしたのです。大量すぎる魔金をロムド国で独占すると、周囲の国々の警戒と嫉妬を招いて、大陸を巻き込む大戦争になりかねなかったからです。

 初めのうちこそ、うますぎる話を疑っていたドワーフたちですが、オリバンの人柄を知るうちにロムド国の申し出も信頼するようになり、とうとうジタンに移り住む決心をしました。ドワーフの洞窟開設以来の大事業です。

 

「今、洞窟ではじいちゃんたち長老が、ジタンに行く奴を募っているところだぜ。面白いよな。あそこにものすごい宝が待ってるとわかったら、後から後から行きたがる奴らが出てくるんだぜ。生まれてからこれまで一歩も北の峰の洞窟から外に出なかったような奴ばっかりなのによ。魔金を使ってすばらしい道具を作るんだ、ってえらく張りきってるぜ」

 ゼンがそんな話をすると、ポチが言いました。

「ワン、ゼンは行かないんですか? ジタン山脈に」

 たちまち少年は口をとがらせました。

「馬鹿言え。同じドワーフでも、俺は北の峰の猟師なんだ。自分の山は死んだって離れるかよ」

 ゼンは抗夫と鍛冶の民のドワーフには珍しい猟師の家系に生まれています。まだ十四歳ですが、もう一人前の猟師として山を駆け回っているのです。

「とはいえ、移住する奴らと一緒にジタンまでは行くかもしれねえけどな。道中を警備する役目は必要だからな」

「なんかすごいね……」

 とフルートは思わず言いました。ジタンへ至る荒野を、列になって進んでいくドワーフたちの姿が思い浮かびます。彼らは非常に頑丈で力強い民です。肩にはつるはしや鉱山で使う道具を担ぎ、大きな荷物を背負って黙々と歩み続けます。そんな彼らと共に、走り鳥に乗り、弓矢を背負ったドワーフの猟師たちが進んでいきます。獣を追うのに慣れた目で鋭くあたりを見張りながら、ジタン山脈に到着するまでのはるかな道のりをずっと守り続けます。その中には、まだ少年のゼンの姿もあるのです……。

 その様子をこの目で見てみたいな、とフルートは考えました。ゼンと一緒にドワーフを守る役目をしたいな、と。

 けれども、その優しい顔は、すぐに苦笑いのような表情を浮かべました。とても無理だ、と考えたのです。フルートにはきっと許されないことでした。

 

 その時、彼らの頭上で輝く太陽の前を、何かがきらりと横切りました。それを見上げたゴーリスが、急に空を指さします。

「ほら、見ろ」

 言われて見上げた少年たちの目に、空の彼方を飛ぶ生き物が映りました。鳥にも似ていますが、形が違います。白く光りながら、異国の竜のような長い姿を空にたなびかせています――。

 少年たちは、たちまち歓声を上げました。

「ルル!! ポポロ!!」

 すると、すぐに返事がありました。

「フルート! ゼン! ポチ――!」

 澄んだ少女の声です。その姿はまだ遠いのに、少年たちの耳にはっきり聞こえてきます。

 少年たちはまた歓声を上げ、空に向かって手を伸ばしたり、ワンワンと吠えたりしました。

 一面水色の空の中を、空飛ぶ竜がみるみる近づいてきます。その頭は犬の形、前足も犬のものです。風の犬になったルルでした。幻のようにかすむ白い姿を揺らめかせながら、まっすぐこちらへ向かってきます。その背中に乗る少女の姿も見えてきました。黒衣を風にはためかせ、赤いお下げ髪をなびかせています。

「ポポロ!」

 とフルートとゼンが両腕を広げる中、風の犬と少女が空から中庭に舞い下りてきました――。

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