「勇者フルートの冒険」シリーズのタイトルロゴ

第7巻「黄泉の門の戦い」

前のページ

第1章 再会

1.表通り

 屋敷の庭先で、少年が腕組みしながら表通りを見ていました。背はあまり高くありませんが、肩幅のあるがっしりした体つきで、腕など大人と同じくらいの太さがあります。短い髪は黒に近い焦茶色、瞳は明るい茶色です。口をとがらせながら、何かを待ち続ける顔をしています。

 秋も終わりの季節でした。水色の画布のような空の上に、筆で掃いたような筋雲が流れています。太陽がその真ん中でまぶしいほどに照っていますが、日差しはもう強くないので暑いということはありません。

 庭先の芝生の上にはテーブルと椅子が置かれていて、その奥にたくさんの木々と生け垣のある中庭が広がっていました。花はもうあまり咲いていませんが、生け垣の色あせた葉陰には小さな赤い実が光り、葉を落とした立木の梢を、日差しに暖められた風が揺らしていきます。穏やかな小春日和の午後でした。

 けれども、少年はそんなのどかな景色には目もくれず、組んだ腕を指先でいらいらとたたき、片足を踏み鳴らしていました。低い生け垣の向こうの表通りをずっと見つめ続けています。

 通りをたくさんの馬車が行きかい、人も大勢通り過ぎていきます。美しく着飾り、召使いを従えた男女の姿がいたるところに目立ちます。けれども、少年が待つ人物は、いっこうに現れません。

 ついに少年は声を上げました。

「遅いっ!」

 くるりと振り返ると、後ろに立っていた中年の男に食ってかかります。

「ホントにあいつらは来るのかよ、ゴーリス!? 全然姿が見えないぞ!」

 ゴーリスと呼ばれた男は、たくましい体つきをしていて、上から下まで黒ずくめの服を着ていました。半白髪になった頭も元は黒髪です。腰に剣は下げていませんが、その鋭いまなざしは剣士独特のものでした。

「あわてるな、ゼン。ユギル殿が占ったんだからな。間もなく全員ここに到着するだろう」

「でもよぉ」

 ゼンはますます口をとがらせました。低くしゃがれたその声に、ゴーリスは、そっと笑いました。前に会った時より一段と広くなった少年の肩と背中を眺めます――。

 

 ここはロムド国の王都ディーラから、南へ馬で一日ほどの場所にあるハルマスの町です。リーリス湖という大きな湖に面した町は、ディーラから近く眺めも良いことから、王都の貴族たちの別荘が建ち並ぶ保養地になっています。

 今、少年と剣士が立っているのは、そのハルマスにあるゴーリスの別荘の庭先でした。ゴーリスはロムド国王に仕える大貴族なのです。とはいえ、ゴーリス自身は飾り気のまったくない人物で、貴族というより剣士という方が圧倒的にふさわしく見えました。

 ゼンがまたいらいらと足を踏み鳴らし始めました。口の中で何やら文句を言っています。この少年はかなり気が短い方なのです。

 すると、石畳の通りを向こうの方から馬が歩いてきました。往来の激しい通りです。馬も珍しくはありませんが、その上で金色の輝きが踊っていました。乗り手の髪が日に照らされて光っているのです。それへ目をこらしたゼンが、突然声を上げました。

「来た! やっと来やがったぞ、あの馬鹿!」

 そのまま低い生け垣を跳び越えると、表通りを駆け出しながら大声で呼びかけます。

「フルート!! おい、フルート!!」

 向こうでも駆けてくる少年に気がつきました。たちまち歓声が返ってきて、馬が走り出します。蹄の音に、ワンワンと元気な犬の声が混じります。

「ゼン!!」

 と駆け寄る馬の鞍から乗り手が身を乗り出しました。まるで少女のように優しい顔立ちをした、鮮やかな青い瞳の少年です。少し癖のある金髪を風にくしゃくしゃに吹き乱しています。その鞍の前に取り付けられた籠の中からは、白い子犬が伸び上がってさかんに吠えていました。

「フルート! この馬鹿野郎、二日も待たせやがって! 遅いぞ!」

 とゼンがどなりました。口は悪いのですが、とびきりの笑顔です。金髪の少年がそれに負けないほどの笑顔を返します。

「これでも全速力だよ! ゼンは走り鳥で来たんだろう? 馬がかなうわけないじゃないか!」

 ゼンの目の前で馬を停め、ひらりとその背中から降りてきます。

 

 とたんに、ゼンが目を見張り、金髪の少年に飛びつきました。

「あぁ、この野郎! いきなりでかくなりやがったな! 何センチ伸びたんだよ!?」

「この一年で六センチちょっとかな。でも、ゼンこそ大きくなったんじゃないかい?」

「俺はそこまで伸びてねえよ……。おい、ポチ、俺とフルートと、今ではどっちが背が高い?」

 ゼンに聞かれたのは馬上の籠に乗った子犬です。

 子犬は耳をぴんと立て、大きな黒い瞳を輝かせながら、二人の少年を見比べました。

「ワン、どう見てもフルートの方が大きいですねぇ。たっぷり二センチ以上違うな」

 と少年の声で答えます。この犬は天空の国のもの言う犬の血を引いていて、人のことばで話すことができるのです。

 ゼンは悔しさに顔を真っ赤にしました。いきなり拳を振り回してきたので、金髪の少年が素早く頭を下げます。

「とっと……。危ないなぁ。ゼンはドワーフじゃないか。そんなに大きくなる必要ないんだったら」

「うるせえや! 一年前まで俺とまったく同じ背丈だったヤツが、急に偉そうなこと言うんじゃねえ!」

「偉そうになんてしてないったら。ぼくは人間だぞ。身長くらい大きくなったっていいじゃないか。他じゃ全然かなわないんだからさ」

「うるせえって言ってるだろう! それでも悔しいもんは悔しいんだよ! ちきしょう、見てろ! この次こそ絶対おまえを――」

「無理だよ。ぼくだって背が伸びる時期に入ったんだからさ」

「俺だってまだ伸び盛りだ!!」

 

 すると、騒々しく口論する少年たちの頭を、大きな二つの手がいきなり押さえつけました。黒衣の剣士が二人をにらみつけながら言います。

「馬鹿もん、通りで騒ぐな。じゃれるんなら屋敷の中でにしろ」

 低く迫力のある声です。たちまち少年たちがおとなしくなると、剣士はさらにだめ押しのように言いました。

「それに、何センチ伸びようが、どっちがどれほど大きかろうが、おまえたちは二人ともまだまだチビだ。そういうのをドングリの背比べと言うんだ、覚えておけ」

「えぇ!?」

「ひでぇや、ゴーリス!」

 少年たちは同時に抗議の声を上げました。剣士は厳しい顔つきのままですが、目が笑っています。見かけほど怖い人物ではないのです。

 金髪の少年が剣士に向き直りました。それまでのはしゃいだ様子がいっぺんに改まり、懐かしがる表情だけが浮かんできます。

「ゴーリス」

 少年が腕を伸ばして抱きつくと、剣士もたくましい腕で少年を胸の中に抱きしめました。

「よく来た、フルート。元気そうだな」

 少年はうなずきました。次に、剣士から離れて茶色の少年を振り返ります。ゼンは満面の笑顔でいました。

「へへ、やっと会えたよな。本当に一年ぶりだ」

 金髪の少年の上でも大きな笑顔がはじけました。二人の少年は駆け寄ると、がっしりと抱き合い、声を上げて笑い出しました。

「ゼン! ほんとに会いたかったよ!」

「俺もだ。一年は長かったぜ!」

 すると、馬の上の籠から、ワンワンワン、と子犬が身を乗り出して吠えました。

「ポチ」

「生意気犬め! おまえも元気そうだな!」

 二人の少年が子犬を抱き下ろし、そのまま一緒に抱きしめます。少年たちの腕の中で、子犬は嬉しそうに尻尾を振りました。

 

 そんな子どもたちの様子を、ゴーリスは微笑を浮かべて眺めていました。

 ハルマスに馬でやってきた金髪の少年が、フルートです。闇の敵から世界中を救ってきた英雄で、人々からは金の石の勇者と呼ばれています。再会を喜んでいるゼンやポチも、金の石の勇者の仲間です。

 けれども、どんなにひいき目に見ても、彼らはそんなすごい者たちにはとても見えませんでした。フルートは小柄な上に、ほっそりした体つきで、まるで少女のように優しい顔立ちをしています。ゼンも、肩幅はありますが、とても小柄です。もっとも、彼は人間の血を引いたドワーフなので、ドワーフの一族の中では群を抜いて大きいのですが。ポチも、人のことばを話さずにいれば、ただの白い子犬にしか見えません。

 彼らが最後に旅に出た願い石の戦いから、ちょうど一年が過ぎていました。その間、世界や人々を襲う闇の事件は起こらず、彼らはそれぞれ自分の故郷で、普通の少年や子犬として過ごしていたのでした。

 ゴーリスが子どもたちに話しかけました。

「さあ、いつまでも通りに突っ立ってたら本当に邪魔になる。屋敷に入れ」

 フルートはまたゴーリスを見上げました。彼はフルートが金の石に選ばれて勇者になった時に、戦い方を教えてくれた剣の師匠です。フルートたちの頼もしい理解者でもありました。

「ごめんね、ゴーリス。別荘にみんなを集まらせてもらいたい、なんて頼んじゃって。でも、みんなで生まれた赤ちゃんのお祝いがしたかったし、ポポロも三日前に修行が終わったところだから、ちょうどいいと思って――」

 フルートは見た目そのままに優しい少年です。そんなふうに話しながらも、相手に気づかって謝るような口調になっています。ゴーリスは、そんな弟子の金髪をくしゃくしゃにしました。

「ガキが変な遠慮なぞするな。おまえらがみんな子どものお祝いに集まってくれるというんで、ジュリアも喜んでいるぞ。屋敷の中で待ちかねているんだ」

 フルートはまた笑顔になりました。ジュリアはゴーリスの奥さんで、半年あまり前に女の子を出産したのです。決して年若い夫婦ではありませんが、結婚したのは一年半前のことで、これが初めての子どもなのでした。

「かわいいぜぇ。ジュリアさんにそっくりだ。父親に似なくてホント良かったよな」

 仲間たちより先に赤ん坊の顔を見ていたゼンが、にやにやしながらそんなことを言います。父親のゴーリスをからかっているのです。ところが、黒ずくめの剣士は大真面目な顔でうなずきました。

「まったくだ。なにしろ女の子だ。俺に似たら大変なところだった」

「ゴーリスったら」

 フルートとポチは思わず吹き出すと、同じく笑い出したゼンや憮然となったゴーリスと一緒に、通りを歩き出しました――。

素材提供素材サイト「スターダスト」へのリンク