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第6巻「願い石の戦い」

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エピローグ 東屋(あずまや)

 「で、あの伯爵たちはどうなったんだよ?」

 とゼンが大人たちに尋ねました。

 そこはロムド城の中庭の東屋でした。城の大広間でフルートたちが国王と謁見し、ケルベロスと戦闘を繰り広げた翌日です。四角い屋根を広げる東屋の下に、フルート、ゼン、メール、ポポロ、ポチとルルの四人と二匹の子どもたちと、皇太子、そして、ユギル、ピラン、ゴーリスの三人の大人たちが集まっていました。フルートやゼンは防具を脱ぎ、武器も外して私服姿です。

 ゴーリスがゼンに答えました。

「メンデオ公爵は屋敷に蟄居、つまり、自宅謹慎だ。爵位を降格されて罰金を科せられることになっているが、まあ、直接おまえたちの暗殺に関わったわけではないし、どちらかというと、他の連中に旗頭に担ぎ出されたというのが正しいから、厳罰を受けることにはならんな」

 すると、皇太子が口をはさんできました。

「伯父上は私を想う一心だったのだ。伯父上は亡くなった母上をとてもかわいがっていた。その子どもの私のことも、心配でならなかったのだ」

 ふん、とゼンが鼻を鳴らしました。ったく、人間ってヤツはしょうがねえな、と言いたいのが表情からわかります。

 ゴーリスが続けました。

「キーレン伯爵の方は爵位剥奪だ。財産もすべて没収されて、平民と同じ身分になった。自分の領地からも追放だ」

「それって、あの伯爵には死刑にされるよりきついんじゃないの?」

 とメールが言いました。ロムド王国の四百年の歴史が、身分が、と目の色を変えて力説していた人物です。爵位を奪われて貴族でなくなるということ自体が、とてつもない罰だっただろうと想像できます。

「かもしれんな。だが、キーレン卿も昨日のあの事件で、少し考えが変わったらしいぞ。あやうくケルベロスに食われそうになったところを、おまえらに助けられて命拾いしたんだ。爵位よりなにより生きているほうが大切、とわかったのかもしれん。奥方の故郷に身を寄せるのに、今朝ほど旅立ったが、えらくおとなしく出発していったぞ」

「あったりまえだ、馬鹿馬鹿しい。命より大事なものがあるかよ」

 とドワーフの少年が顔をしかめます。ゴーリスは声を上げて笑いました。

「そのとおりだな。大貴族だ、なんだと言っていたって、元をたどれば、ロムド建国当時の国王と一緒に戦場で大暴れしていたごろつきどもが先祖だというだけのことだ。別に威張るような血筋じゃない」

 自分自身が大貴族のくせに貴族が大嫌いなゴーリスらしい言いようでした。

 

 すると、長い銀髪の占い師が、急に溜息をつきました。

「しかし、今度という今度は、わたくしもつくづく思い知りました。勇者殿たちに関する占いは、決まって一番危険で激しい形で実現するのです……。王宮で二つの派に別れて対立している貴族たちを収めるには、全員の目の前で殿下と勇者様たちを引き合わせてみせればよい、と占いには出ておりました。その場にキーレン伯爵とメンデオ公爵も引き出すように、と占盤は告げていたのですが、まさか、あんな怪物たちが飛び出してくる騒ぎになるとは、本当に想像もしておりませんでした。勇者殿たちが戦ってくださらなければ、死者が出るところでした。……勇者殿に関する占いは、いつもそうです。いつだって、必ず非常に危険な場面を通じて実現するのです。わたくしは、これからはもう、決して油断いたしません。勇者殿のことを占う時には、必ず最悪の事態に備えることにいたします」

 いつも穏やかなユギルには珍しく、憤然とした様子でそんなことを言います。

「すみません……」

 とフルートが申し訳なさそうな顔になると、ピランがかたわらから笑い出しました。

「おまえさんのせいじゃないぞ、金の石の勇者。ユギル殿は自分が未熟者なのが恥ずかしい、と言っとるだけだ。ま、せいぜい精進するんだな」

 ユギルは黙って頭を下げました。苦笑いを浮かべる表情は、ピラン殿にはかないません、と言っているようでした。

 

 城の中庭を風が吹いていきました。ジタン山脈では冬の気配が強く感じられていましたが、王都ディーラはまだ晩秋のたたずまいです。中庭には梢に色づいた葉を残している木々も多く、生け垣では最後のバラが美しく咲いています。間もなくディーラにも初霜がおります。そうすれば、最後の落ち葉と花が散り、王都は冬に移り変わっていくのです。

 ワン、とポチが口を開きました。

「そう言えば、あのジタン山脈の魔金はどうすることになったんですか? ザカラスは相変わらず知らんぷりをしているんですか?」

 それに答えたのは皇太子でした。

「そうだ。ザカラス王は、私を暗殺しようとした責任を、自分の息子になすりつけようとしている。自分の知らないところで勝手にロムド征服を企んで、皇太子を殺そうとしたんだ、と言ってな。それで言い逃れて、ほとぼりがさめたころに、またジタン山脈を狙うつもりでいるのだろう」

 やれやれ、と子どもたちはまた肩をすくめました。本当に、人間のやりよう、大人たちのやりようというものには、溜息をつくしかありません。

 すると、皇太子が、にやりと笑いました。

「とはいえ、私たちももう、そんな舌先三寸の弁解を信じてやるつもりはない。父上は徹底的にザカラスの責任を追及するつもりでおられるからな。ユギルの占いによれば、いずれザカラス王は今回の責任をとって、王座を退くことになるそうだ」

 それならばよほど安心、と子どもたちはほっとしました。

 

 すると、ユギルが少し難しい顔になって言いました。

「問題はジタン山脈の方です……。山脈に張ってあった結界が消えてしまいました。皆様方の話では、あの結界は時の翁という人物が張っていたそうですが、願い石がなくなって、その方が山を立ち去られたのでしょう。おかげで、少し力のある占者ならば、誰でもあそこに魔金が隠されていることを見いだせるようになってしまいました。今はまだ、ザカラスも誰もその事実に気がついてはおりませんが、ジタン山脈の魔金が世に明らかになるのは、時間の問題なのです」

「だが――」

 と皇太子がその話を引き継ぎました。

「もともと、魔金は人間に加工できる資源ではない。ダイヤモンドより堅い石を道具に作り変える技術など、我々人間は持っていないからな。それができるのは鍛冶の民と呼ばれる種族の人々だけだ。いくら貴重な鉱物であっても、それが加工できないのでは話にならない。それならば、信用のできる種族にあの魔金を山ごと託す方が良い、という結論に、我々は達したのだ」

 そう言って皇太子が意味ありげに、じっとゼンを見つめたので、ドワーフの少年は目を丸くしました。視線の意味がわからなかったのです。隣にいたフルートの方が先に気がつきました。

「それって、つまり……ゼンたち、北の峰のドワーフたちに、ジタン山脈の魔金を管理してもらいたい、って意味ですか?」

「なに!?」

 ゼンも仰天しました。

「って……あの魔金を全部、俺たちにくれるって言うのか!? あんなに大量の魔金を、山ごと!? ――嘘だろ!」

「むろん、ただで、とは言わん」

 と、にやにやしながら皇太子が言いました。ゼンの反応を楽しんでいます。

「あの山から出る魔金やそれを加工したものを売った代金の四割は、我がロムド国に収めてもらいたい。我が国の王室が魔金を使った道具を必要としたときにも、割引価格にすること。ただ、それと引き替えに、ジタン山脈の自治権と山の鉱物の採掘権は、すべておまえたち北の峰のドワーフに譲り渡そう。……どうだ? 悪い条件ではないと思うが」

 ゼンはあきれた顔で話を聞いていましたが、やがて腕組みすると、大人のように難しい顔をしました。

「俺は猟師をやってるから詳しくはわかんねえけどよ、売り上げの四割を収めろってのは高すぎる、って大人たちが言うような気がするぜ。せめて三割にしろ、って言うだろ」

「むろん、そこは交渉次第だ」

 と皇太子が答えます。面白がるような顔の中に、冷静に計算する表情をのぞかせます。

「ロムドがあれだけの魔金を国のものにするのは、周囲の警戒を招いてしまって得策ではない。中央大陸の国々の力関係を崩すからな。だからといって、あのままジタン山脈を放っておけば、欲に駆られた連中が山に群がってきて、収拾がつかなくなるだろう。ドワーフは実直で信用ができる民だ。北の峰のドワーフが人間嫌いなのは承知しているが、それだけに、他の国と手を結んでロムドを裏切るような真似もしないだろう。ジタンを任せるには、これほど適切な人々はいないのだ」

 皇太子に力をこめて自分の種族を誉められて、ゼンは複雑な表情になりました。

「そりゃ、ドワーフは裏切らないぜ……信用しようと思った相手ならばな。洞窟の連中は鉱山と鍛冶屋の仕事に命かけてるようなヤツばかりだから、あの魔金を見せられたら驚喜するだろうってのもわかる。でも……連中は、生まれてこの方洞窟から一歩も出たことがないような奴らばかりなんだぞ。そう持ちかけたって、ジタン山脈まで行く気になるかどうかわかんねえぞ」

 

「いや、行くじゃろう」

 とピランが突然口をはさんできました。

「ドワーフもノームも、同じ鍛冶の民だ。そこに貴重な鉱物が待っているとわかれば、万難を排してでも行って、仕事に取りかかるぞ。我々はそういう種族だ」

 それを聞いて、ゼンはますます困惑した顔になりました。

「そうかもしんねえけど……俺にはよくわかんねえよ。俺は子どもだぜ。そういう話は難しすぎらあ」

「ゼンに北の峰のドワーフたちを説得しろと言っているわけではない」

 と皇太子が笑いながら言いました。

「正式な交渉は私がする。私が交渉団の代表に命じられたからな。ただ、私が信用できる人間だといういことを、ドワーフたちに話しておいてほしいのだ。私が話をしに行ったときに、門前払いされないようにな」

 はぁん、とゼンはうなずきました。急に元気な顔になって、にやっと笑い返します。

「そういうことなら任せろ。みんなに言ってやらぁ。ロムドの皇太子のオリバンは、堅き石に負けないぐらいの堅物で、いつも『馬鹿者!』とどなりながら仲間を助けに駆けつけてくるようなヤツだから、信用していいぞ、ってな」

「こら、ゼン! なんだその言いようは――!」

 皇太子がゼンに食ってかかり、ゼンがそれに言い返します。賑やかに言い合いをしながら、二人とも晴れ晴れとした笑顔をしています。

 それを笑って眺めていたフルートが、ふとノームの鍛冶屋の長を見ました。

「いいんですか? 本当はノームのピランさんたちの方が、ジタン山脈の魔金をもらいたいんじゃないんですか?」

 ノームの老人は目を丸くしました。

「こりゃまた、言うときには言うのう、金の石の勇者は……。わしらはエスタ王に仕えるノームの一族だからな、ロムドの山をもらったりしたら後々面倒でかなわんよ。それに、魔金の鉱脈はエスタにもある。そこから採れる分で、とりあえず材料としては間に合っとる。わしとしては、堅き石でわしの鎧を改良できれば、それで充分満足だよ」

 これまたいかにも鍛冶の名工らしいことばでした。

 

 会話がとぎれました。

 風がまた中庭を渡り、東屋の中を吹き抜けていきます。

 ずっと黙っていたルルがポポロを見上げました。

「さ、そろそろ帰らなくちゃね」

 一同は、はっとしました。もの言う犬の少女と、黒衣の魔法使いの少女を見つめます。

「ポポロ……」

 とフルートは言いました。彼女がまた天空の国に戻っていくことはわかっていたのに、それでも胸が詰まるような想いがして、ことばが続かなくなります。

 それを緑の宝石の瞳で見返しながら、ポポロは言いました。

「修行をやり直さなくちゃいけないのよ。途中で飛び出してきちゃったから……。もう一度最初からなの。それに……やり直しの時には、今度は終わるまでに一年かかっちゃうのよ」

 フルートは、さらにことばが出なくなりました。彼女は自分を助けるために修行を放り出して駆けつけてきたのです。すまない気持ちでいっぱいになります。

 すると、ポポロがにっこりしました。明るい笑顔が広がります。

「そんな顔しないで、フルート。あたしが修行してるのは、フルートたちの力になるためなんだもの。肝心のフルートがいなくなったら、修行する意味がないでしょう? ……大丈夫よ。今度こそあたし、ちゃんと最後まで修行をやりとげるから」

「今度はもう、何があっても絶対に呼ばないよ」

 とフルートは言い、急に心配そうな顔になったポポロに笑って見せました。

「だって、また修行を放り出したら、次は倍の二年間かかるようになっちゃうんじゃないかい? そんなに長い間会えないなんて、絶対に我慢できないからね」

 たちまちポポロは真っ赤になりました。優しく自分を見つめるフルートを、どぎまぎしながら見つめ返します――。

 

「くそっ、フルートのヤツ! 最近妙に積極的だぞ!」

 少し離れたところからそんな二人の様子を見ながら、ゼンが小声でわめいていました。隣にいたメールが、あきれたように肩をすくめます。

「妬くんじゃないよ、みっともないったら。あんたも次にポポロに言ってあげりゃいいじゃないのさ。いつまでも待ってるからな、とでも何とでも」

 う、と思わずゼンはことばに詰まりました。急に赤くなって、メールの顔を盗み見ます。メールはフルートとポポロを眺めています。

「馬鹿野郎。言えるかよ、そんなこと……」

 ゼンは、メールにも聞こえないくらいの声でつぶやきました。ずっと待ってるからな。なんだか、そのことばは別の人物に言ってやりたい気もしました――。

 

 ポポロは風の犬に変身したルルに乗って天空の国へ帰っていきました。幻の異国の竜のような姿と、ひるがえる黒い衣が、青空の彼方に遠ざかって見えなくなっていきます。

 あーあ、とふいにメールが声を上げました。

「あたいも戻んなくちゃなぁ。島を離れてもう一カ月以上だもんね。いいかげん城に帰らないと、父上にどなられちゃうよ」

「俺もだな。って、俺はみんなにジタン山脈の話もしなくちゃなんねえのか。じいちゃんに相談だな」

 ゼンの祖父のグランツは、北の峰を治める長老の一人なのです。

「フルートとポチもだな。ご両親がシルの町でさぞ待ちわびてるだろう」

 とゴーリスが言い、フルートとポチはうなずきました。優しいお父さんとお母さんの顔を思い出して、すぐにも飛んで帰りたくなります。

 すると、ユギルが皇太子に言いました。

「ザカラスのこと、ジタン山脈のこと、国内の貴族たちのこと――まだまだ片付けなくてはならないことが山積みです。殿下はお忙しくなられますね」

「それはユギルの予言か?」

 と皇太子が笑って聞き返します。城に戻ってから、皇太子には本当に笑顔が増えました。ユギルは長い銀髪を揺らしてうなずき返しました。

「はい、これは確実な占いでございます。殿下は皇太子として、それはお忙しくなられることでしょう」

「そんなことは占うまでもない。わしにだって予言できるぞ」

 とピランが混ぜっ返します。明るい笑い声が上がります。

 

 そこへ中庭の小道の向こうから一人の女性がやってきました。豊かな栗色の髪を結い上げ、落ちついた色合いのドレスで身を包んでいます。ゴーリスの奥方のジュリアでした。

 フルートたちが旅立つ前は、王位継承の騒動に巻き込まれて、城の一室にひっそりと隠れているしかなかった彼女も、今ではもう安心して外を歩くことができます。東屋に集まる一同を見つけて、ふっくらとした笑顔を広げます。

「皆様、ここにいらっしゃいましたか。お茶の準備ができましたわ。どうぞ私たちの部屋においでください」

 そのジュリアのお腹は、以前よりもふくらみが目立っています。赤ん坊も順調に育っているのです。

「おお、そんな時間か。皆様方も、殿下も、よろしかったらどうぞ」

 とゴーリスが呼びかけ、人々は東屋を出ました。あら、ポポロとルルは? とジュリアが不思議がり、メールがそれに答える声が遠ざかっていきます。

 

 一人最後まで東屋に残ったフルートは、ポポロが飛び去った空を眺め続けていました。晴れ渡った青空には、もうどこにも少女の姿は見当たりません。ふっとフルートは小さく溜息をつきました。

 本当は帰したくなかったのです。まだまだずっと一緒にいたかったのです――。

 優しい顔に、薄い苦笑いが浮かびました。

 

 すると、ふいに胸の奥底から声が聞こえてきました。

「それが、そなたの願いか?」

 燃える炎を思わせる激しい姿の女性が、心の底から、じっとフルートを見つめているような気がしました。

 フルートは目を見張り、すぐに穏やかな笑顔に変わりました。少女の飛び去った空を眺めながら、静かに答えます。

「違うよ。……待っていれば、必ずまた会えるもの」

 中庭と東屋を、また風が吹き抜けていきました。梢を離れた枯れ葉を巻き込んで、遠く吹き過ぎていきます。

 長い冬と、その後に巡ってくる春を彼方に眺めながら、秋は終わろうとしていました。

The End

(2007年3月21日初稿/2020年3月19日最終修正)

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