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第6巻「願い石の戦い」

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100.召喚

 突然ロムド城に出現した怪物に、大広間の中は大混乱になりました。王の前に出るために、ほとんどの貴族たちは武器を置いてきています。彼らは悲鳴を上げ、我先に逃げるしかありませんでした。

 三つ頭の巨大な犬が年老いたキーレン伯爵へ頭を下げます。その真ん中の頭の上に、小さな人影が乗っていました。暗い灰色の衣を着た、影のような人物です。まぶかに下ろしたフードの影からキーレン伯爵へ言います。

「参上つかまつりました、殿」

 老人の声です。

 それは魔獣使いの里の長老でした。以前、キーレン伯爵から直々にフルート暗殺を請け負った人物です。

 伯爵は怒りと憎しみの表情を隠そうともせずに、大広間の真ん中で身構えているフルートを指さしました。

「金の石の勇者を殺せ! あれは殿下をたぶらかす卑しい者だ! ロムドの未来と栄光は守らねばならん!」

「仰せのままに、殿」

 魔獣使いの長老はごく低い声で答えると、両手をケルベロスの頭に当てました。

「行け!」

 魔犬は三つの頭を上げ、いっせいに激しく吠えたて始めました。フルートに飛びかかり、鋭い歯でかみちぎろうとします。

 とたんに、ゼンが前に飛び出してきました。フルートにかみつこうとしていたケルベロスの真ん中の頭を、がっちりとつかんで押さえます。

「食わせてたまるか! おととい来やがれ!」

 けれども、その両脇から他の二つの頭が同時にゼンに襲いかかりました。怪力の少年をかみ裂こうとします。

 その瞬間、二本の剣がひらめきました。ケルベロスの右の頭にフルートが、左の頭に皇太子が切りかかっていました。それぞれに鋭い刀傷を負わせます。

「皇太子殿下、お出になりますな」

 と魔犬の頭上から影のような老人が言いました。静かな声です。

「これは地獄の犬です。どれほど言い聞かせても、目の前に出てきたものは食らいつくしてしまいます。お怪我をなさらぬうち、お下がりください」

「そのことばはランジュールの時に聞き飽きたぞ」

 と皇太子は答えると、また激しく犬の頭に切りつけました。ばっと血しぶきが飛び、犬の片目がつぶれました――。

 

 フルートは右端のケルベロスの頭と戦いながら、同時に大広間の中を素早く見回していました。玉座の国王が驚いて立ち上がっています。その両脇にゴーリスや他の重臣たちが剣を抜いて駆けつけていくのが見えます。王は大丈夫です。

 ですが、大広間に満員になっていた貴族たちが大混乱に陥っていました。我先に逃げ出そうとするあまり、押し合い、突き飛ばし合っています。倒れた者に必死で逃げようとする者がつまづき、何十人もが将棋倒しになっていきます。

 フルートは思わず唇をかみ、声を上げました。

「メール!」

「なにさ、フルート!?」

 メールの声がすぐ後ろから聞こえました。この大広間には花がたくさん飾ってあります。花使いの姫は久しぶりに花に呼びかけ、それで巨大な花のドラゴンを作って、ケルベロスと戦わせようとしていたのでした。

 フルートは言いました。

「花でみんなを無事に逃がしてやるんだ! このままじゃ死者が出る!」

 メールは思いっきり口をへの字にしました。そんなのほっときなよ、と言いそうになりましたが、本当に大勢が限られた出口に殺到してパニックになっているのを見ると、すぐに溜息をつきました。

「しょうがないなぁ」

 と言いながら、大広間の天井に鳥の群れのように集まっていた花へ呼びかけます。

「お行き、花たち! みんなを運んでやりな!」

 ザーッと雨の降るような音を立てて花が動きました。大広間の出口に押し寄せる人々に飛びつき、蔓で絡みついて動きを封じると、一定の間隔で人々を出口の外へ送り出し始めます。どんなに人々が暴れても騒いでもだめです。身動きできないまま、荷物のように花に運ばれて整然と外に出るしかなくなります。

「こんな役目、つまんないよぉ」

 とぶつぶつ言いながらも、メールは花を操り続け、大広間から人々を逃がしていきました。

 

 ポチとルルは風の犬に変身してフルートたちのところへ飛んでいきました。それぞれに風の牙と風の刃でケルベロスに襲いかかっていきます。ところが、怪物を操り続ける老人に飛びかかったポチが、いきなりものすごい勢いで跳ね飛ばされました。老人が撃ち出した魔法の弾に直撃されたのです。

「ポチ!!」

 とフルートとルルが同時に声を上げました。ポチは子犬の姿に戻ってしまっていましたが、床の上で跳ね起きると、すぐにまた風の犬に変身しました。

「ワン、大丈夫です! 早く倒しましょう!」

「傷が治っていく! これは闇の怪物だぞ!」

 と皇太子がどなりました。ケルベロスの顔に浴びせた刀傷が、みるみるふさがって消えていくのを見つめます。どれほど切りつけても同じです。すぐにまた治っていってしまいます。

 フルートはまた唇をかみました。自分が今使っているのは銀のロングソードです。炎の剣で焼き尽くせば、闇の怪物も倒すことができますが、ここでそれを使うことはできません。城が火事になってしまいます。

 フルートに襲いかかってきたケルベロスの頭に、ルルが飛びかかりました。風の刃がひらめき、ばっと紅い血が飛びます。けれども、次の瞬間には、また傷が消えていきます。まるで効果がありません――。

 

 ゼンは一人でケルベロスの動きを抑え込みながら、窮地に陥っていました。足下が磨き上げられた石の床なので、足が滑って踏ん張ることができないのです。魔犬に押し切られそうになるのを必死でこらえ、怪物の頭にしがみついているところへ、魔獣使いの長老が手を向けてきました。魔法でゼンを攻撃しようとします。

 とたんに、大広間に少女の細い声が響きました。

「ローデンジョキメツトヒローデ!」

 魔法の呪文です。ポポロが青ざめた顔を上げ、両手を地獄の犬に向かって突き出していました。

 その細い指先から淡い星の光が散り、ケルベロスに向き合うように巨大な怪物が現れました。全身を赤い毛でおおわれ、赤いたてがみを持ったライオンです。その尾は節だらけで先に鋭い針を持ったサソリの尻尾になっていました。

 風の犬のポチが空を飛びながら驚きました。

「ワン。マンティコアだ!」

「ポポロ、どうしてこんな怪物を呼んだのよ!?」

 と風の犬のルルも空中から振り返ります。

 ポポロは緑の瞳をいっぱいに見開いたまま、口に両手を当てていました。呆然として答えます。

「あた……あたし、呼んでないわ……。一つ目巨人のサイクロップスを呼び出そうとしたのに……どうして……?」

 

 すると、突然青年の声が大広間に響き渡りました。

「はぁい、やっほぅ。待ってなくてもお待たせぇ! も一度出てきちゃったよぉ!」

 陽気なその声はフルートたちにはおなじみのものでした。ケルベロスと頭上の老人が驚いたように動きを止めます。フルートたちは思わず振り向いて、唖然としてしまいました。突然大広間に現れたマンティコアは、ランジュールの顔をしていたのです――。

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