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第6巻「願い石の戦い」

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99.宣言

 大広間の真ん中に二人の人物が連れてこられると、居並ぶ者たちの動揺はさらに大きくなりました。灰色の口ひげの初老の男と、それよりもっと年配の灰白の髪の男です。二人とも立派な身なりをしていますが、後ろ手に縛られ、警備兵に連れられていました。

「伯父上……!」

 と皇太子が玉座の隣の席から声を上げると、とたんに灰色の口ひげの男が顔を上げ、大きく顔を歪めました。王の義理の兄に当たる公爵です。整った顔に悔しさがありありと浮かんでいました。

 国王が言いました。

「メンデオ公爵と、キーレン伯爵だ。金の石の勇者の暗殺を企てた者は、この他にも、もう二人いたが、首謀格だったスロウズ伯爵にはすでに処罰が確定しているし、ザカラスと共謀していたシーラ子爵は別扱いになる。ここにいる二人の者の処遇をどうするかが問題なのだ」

 

 すると、公爵が胸を張って声を上げました。

「この縄を解かれよ、陛下! このような侮辱的な扱いには耐えられぬ! 我々は逃げも隠れもせん。我々を放されよ!」

 ロムド王は、ちらとかたわらのユギルを見ました。銀髪の占い師がうなずき返すのを見てから、警備兵に縄を解くように命じます。ことばの通り、二人の貴族は自由になっても大広間から逃げ出すようなことはせず、人々の視線の真ん中に立って、ただ憎々しげな目をフルートたちに向けました。

「こいつら、よくもフルートを……!!」

 とゼンが顔を真っ赤にして飛び出していきそうになりました。何度も執拗にフルートの命を狙ってきた張本人たちです。八つ裂きにしても気持ちがおさまりませんでした。

 けれども、即座にそれをフルートが抑えました。

「落ちつけ、ゼン。陛下たちの御前だよ」

「おまえなぁ!!」

 ゼンがますます怒った顔になってフルートにつかみかかっていきました。二人の貴族を指さしながらどなります。

「こいつらなんだぞ! 食事に毒を入れたり、刺客を差し向けたり、怪物を送り込んできたり――全部こいつらのしわざだったんだぞ!?」

 大広間に詰めかけた貴族たちは、激しくざわめいていました。まさか、この場に勇者を暗殺しようとした本人たちが引き出されてくるとは思ってもいなかったのです。謁見の場は、あっという間に裁判の場に移り変わろうとしていました。

 

 すると、メンデオ公爵がまた声を上げました。ゼンを抑えているフルートに指を突きつけ、玉座に王たちに向かって言います。

「だまされなさいますな、陛下、殿下! この者は殿下の受け継ぐべき場所を奪おうとしているのです! 正義の勇者などと言う名前に惑わされてはなりませんぞ! この少年は卑怯な簒奪者です!」

「なんだとぉ!?」

 ゼンが爆発して公爵に飛びかかっていきそうになりましたが、公爵は少しもためらうことなく、皇太子に向かってきっぱりと言いました。

「殿下。この者をこのままにしておいてはなりません。彼を放置しておけば、必ず殿下にとっての脅威になっていきます。今のうちに処分しなくてはならないのです」

「この――!!」

 ゼンがフルートを振り切りそうになったので、メールも飛びついて、懸命にそれをなだめました。

 すると、皇太子が口を開きました。

「伯父上、それは誤解だ。彼はそのような者ではない」

 と落ちついた声で言います。メンデオ公爵も、隣のキーレン伯爵も、意外なことばを聞いたように目を見張りました。

 皇太子は穏やかな表情のまま続けました。

「私も初めは噂を信じて、そのように彼を思っていた。だが、共に旅をしてわかった。彼はそのような者ではない。彼は王座など少しも求めていないのだ。――彼は金の石の勇者だ。彼が背負っている使命は、常人には耐えられないほど大きくて重い。彼を、我々の理屈の中に置いて考えてはならないのだ」

 言いながら皇太子の表情が真剣になっていきました。思いやる、深いまなざしをフルートに向けます。

「金の石の勇者というのはつらいものだな、フルート」

 と話しかけます。

 フルートはちょっと目を見張り、すぐに、静かに答えました。

「それがぼくの役目ですから」

 ほほえむような表情を浮かべる顔は、まるで少女のような優しさです。

 皇太子はうなずき、改めて目の前の公爵たちに向かって言いました。

「彼とその仲間たちは、私の大切な友人だ。その彼らを侮辱するようなことばは、たとえ伯父上であっても控えていただきたい」

 メールを振り切ろうとしていたゼンが、意外そうに皇太子を見ました。彼が自分たちを「友人」と呼んだのは初めてのことです。すると、目が合った皇太子が、にやっと笑ってきました。

「そうだろう? それとも、おまえたちとは『仲間』だ、と言った方が良いのか?」

「どっちでもいいさ、オリバン」

 とメールがくすくす笑いながら答えました。居合わせた貴族たちは、皇太子が子どもたちと対等に話し、オリバンと名前で呼ばれたことに仰天します――。

 

「ゆ、友人――仲間――?」

 目を白黒させてことばを失っている公爵を無視して、皇太子が一段高い場所から下りてきました。子どもたちの前に来て言います。

「私には皇太子としての役目がある。だから、おまえたちが闇の敵を倒しに行く旅には同行できないだろう。残念だがな。だが、私はどこにいても、おまえたちの仲間であり続けるつもりだ。私に力が貸せる場面があれば、いつでも喜んで力を貸そう。もし、私にも闇と戦うことが許されるなら、いつでもすぐに参戦するぞ。だから――」

 皇太子は深い灰色の瞳を、じっとフルートに向けました。

「自分だけが犠牲になろうとするな。皆が闇と戦っているのだ。金の石の精霊が言っていたように、きっと他にも道はある。それを見つけよう」

 子どもたちは皇太子を見上げました。大柄な青年は優しいまなざしをしています――。

「殿下」

 とつぶやいたきり、フルートは声が出なくなりました。胸がいっぱいになります。

 すると、皇太子がまた、にやりと笑いました。

「オリバン、だ。私はおまえたちを名前で呼んでいる。おまえたちも、私を名前で呼んでかまわない」

 ほ、とゼンが言って、にやっと笑い返しました。

「俺やポチたちが名前で呼んでもかまわないわけか? オリバン」

 と、わざといたずらっぽく名前を強調して尋ねます。皇太子は笑い出しました。

「むろんだ、ゼン。おまえたちは友達だからな。これからずっと、いつでもどこでもおまえたちは私をそう呼んでかまわないぞ」

 子どもたちはびっくりしました。皇太子が声を上げて笑っていたからです。初めて見る表情、初めて聞く笑い声です。皇太子の楽しそうな笑い顔をぽかんと見つめ……やがて、全員が笑顔になりました。

 フルートが言いました。

「殿下、ぼくは――」

「オリバンだ」

 とすかさず皇太子が訂正します。フルートは思わず顔を赤らめました。

「ぼくは――あなたと出会えて良かったと思ってます――オリバン」

 少し言いにくそうに、名前で呼びます。皇太子はにっこりしました。

「私もだ、フルート。おまえたちと知り合えて、本当に良かったと思っているぞ」

 まるで兄が弟の頭をなでるように、大きな手でフルートの金髪の頭をくしゃくしゃにしてしまいます。他の子どもたちは笑顔でそれを見守りました。

 

 大広間に詰めかけた貴族たちは、すっかり驚きうろたえていました。

 王座を巡って対立しているはずの皇太子と金の石の勇者が、一同の前で友達宣言をして、仲良く笑い合っています。その笑顔はとても親しげで、見かけ倒しの友好などではないことが、はっきりと伝わってきます。皇太子派の貴族も、金の石の勇者派の貴族も、声も出せずにその光景を見つめます。

 すると、国王が静かに口を開きました。一同に向かって話し出します。

「皆の間で王位継承権を巡る噂が飛びかっていたのは承知しておる。わしが金の石の勇者を後継者に選ぶのではないかと考える者があったことも知っている。だが、この国には皇太子がいる。我が息子オリバンは、わしの意志を継ぎ、この国をさらなる平和と繁栄に導く次の王だ。オリバン以外の王位継承者は、この国には存在しない。今後それを疑えば、その者は決して許されぬぞ」

 堂々とした宣言でした。次の国王は皇太子であることを一同に告げ、さらに、ここまでの王位継承者を巡るいざこざは不問にすることも言っています。居合わせた貴族たちは、いっせいに頭を下げました。まるで海の波がうねっていくように、次々と王に向かってひざまずき、身をかがめていきます。メンデオ公爵までが、ついに国王へ深く頭を下げました。

「父上」

 と皇太子は玉座を見上げました。それに向かってロムド王はうなずいて見せました。

「よくぞ耐えて乗り越えた、オリバンよ。そうであってこそ、我が息子だ。これからは城にとどまり、わしのかたわらで国政を学ぶが良い」

 王は笑顔でした。皇太子は一瞬胸が詰まり、泣き笑いするように目を細めると、すぐにその顔を伏せて深く頭を下げました。

「仰せの通りにいたします、父上」

 その皇太子のまわりで、フルートたちはいっそう笑顔になりました。壇上ではユギルたちがほほえみを浮かべていました――。

 

 その時、うめくような声がわき起こりました。年老いた男の声です。

「誰も彼もが、いいように丸め込まれおって……」

 メンデオ公爵のわきに、うなだれるように立っていたキーレン伯爵でした。灰白の頭がぶるぶると震えています。一同は、はっと伯爵を見ました。ただならない響きがその声にありました――。

 

 伯爵が顔を上げました。にらみつけた相手は、こともあろうに、玉座の国王その人でした。

「どれほど言っても、陛下はおわかりになられぬ! 陛下のやり方は、四百年の歴史を持つロムド王国を、根幹から揺るがすものだ! 下々の者と馴れ合うことがどれほど危険な結果を生むか、おわかりになっておられぬ! 身分卑しい者たちを特別に扱うことは、彼らを増長させ、やがては彼らに国を乗っ取られる結果になるのだ! それをオリバン殿下にまで踏襲させるとは……! ロムドの危機をこれ以上黙って見過ごすことはできん! 殿下を誘惑する悪の根を絶たせていただく――!」

 来い! とキーレン伯爵が声を上げました。とたんに、大広間の中央に何かが姿を現し始めます。

 フルートたちは瞬時に反応しました。飛びのき、武器を構えます。皇太子が腰の大剣を抜きながらどなりました。

「下がれ、皆の者! 怪物だ!!」

 それは大広間に姿を現しました。全身黒っぽい毛でおおわれた、巨大な犬です。五メートルもある体には、獰猛に牙をむく三つの頭がありました。

「ケルベロスだ――!!」

 とフルートたちは叫びました。

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