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第6巻「願い石の戦い」

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76.激怒

 皇太子の大剣がフルート目がけて振り下ろされてきました。

 フルートはとっさに手にしていた炎の剣でそれを受け止めました。ガキン、と堅い音が響き、剣を跳ね返します。 皇太子は怒りに歪んだ顔で何度も剣を打ち下ろしてきました。まったく手加減がありません。力を込めて振り下ろされてくる剣は強く重く、受け止めるフルートの手がしびれてくるようでした。

 フルートは叫びました。

「や――やめてください、殿下! 何をなさるんですか!?」

 すると、皇太子は歯ぎしりをし、いっそう顔を怒りに染めながらどなりました。

「何故、きさまなのだ――!? きさまはすでに金の石を手に入れているではないか! それなのに何故、この上、願い石まで手に入れるのだ――!?」

 大剣がフルートの顔目がけて振り下ろされてきます。フルートはとっさにまた炎の剣で防ぎました。

「ね、願い石……?」

 フルートには、皇太子が何を言っているのかさっぱりわかりませんでした。

 すると、次の瞬間、皇太子の剣がフルートの剣に絡みつき、勢いよくフルートの剣をはじき飛ばしてしまいました。炎の剣が岩屋の中を飛び、黒い床に落ちてさらに向こうへ飛んでいきます。カラカラカラ……と堅い音が岩屋の中に響き渡ります。

 子どもたちは、はっとしました。――ゼンやメールたちは、突然始まった皇太子とフルートの戦いに、驚いて思わず立ちすくんでしまっていたのです。ゼンがエルフの弓矢を皇太子に向けようとします。

 すると、フルートがどなりました。

「やめろ、ゼン!」

 強く制して、背中からもう一本の剣を抜こうとします。魔力を持たないロングソードです。

 けれども、その隙を皇太子は逃しませんでした。また強烈な一撃を顔目がけて振り下ろしてきます。フルートは洞窟に盾を持ってきていません。とっさに自分の右腕でそれを防ぎました。魔法の鎧が皇太子の剣を受け止め、はじき返します。

 

「つぅ……」

 フルートは思わず顔をしかめて右腕を押さえました。

 金の鎧は魔法の力がだいぶ失われています。攻撃を防ぐことはできたものの、打ち下ろされてきた剣の衝撃をまともに内側へ伝えてしまったのです。フルートの右腕に痛みが走ってしびれました。一瞬ですが、腕が動かせなくなります。

 そこへまた皇太子が剣を振り下ろしました。フルートは防げません。とっさにわきへ飛びのこうとします。

 が、その瞬間、フルートは気がつきました。

 自分のすぐ後ろまでポポロが駆け寄っていました。泣きながら目を見開き、立ちすくんでしまっています。自分が飛びのいたら、皇太子の剣はまともにポポロに届いてしまうのです。

 フルートは踏みとどまりました。飛びのく代わりに、逆に皇太子を見据え、腕を広げます。自分の後ろにポポロをかばいます。

 皇太子の剣が、兜からのぞくフルートの顔を切り裂きました。片目から頬にかけて深い大きな傷が走り、鮮血がほとばしります。

 子どもたちは悲鳴を上げました。ポポロが鋭く叫びます。

「フルート!!」

 とたんに、皇太子は我に返りました。剣を振り下ろした格好のままフルートを見つめます。

 その目の前で、みるみるうちにフルートの傷が治っていきました。血が止まり、傷に肉が盛り上がり、その上を皮膚がおおっていきます。金の石が癒しているのです。切り裂かれた目も頬も、あっという間にまた元に戻って、ただ、頬から顎へ流れしたたる血と、歯を食いしばって苦痛に耐える表情だけが残ります……。

 

 皇太子の手から剣が滑り落ちました。音を立てて床の上に落ちます。

 目の前で少女をかばい続ける少年を呆然と見つめ、やがて、激しく身震いを始めます。うめくような声がもれました。

「何故だ……何故なのだ……」

 皇太子は大柄な体を折り曲げ、震え続ける自分の体を抱くようにして、その場に座りこんでしまいました。顔を伏せ、その頭を激しく振ります。

「きさまはもう、それほどのものを持っているではないか……。それなのに何故、願い石まで手に入れるのだ? 何故きさまは……私から何もかも奪っていくのだ……?」

 低くうめく声は、何故だか泣き叫ぶ声のように子どもたちに聞こえました。けれども、子どもたちには本当に意味がまったくわかりません。皇太子が何故これほど怒り、悲しんでいるのか。何度も口にする願い石というものが、何のことなのか――。

 フルートは身を起こしました。顔に残る血をぬぐうのもわすれて、皇太子に近づいていきます。

「殿下、本当にどうされたのですか……? 願い石ってのは、いったい――」

 

 その時、ふいにフルートは目の前が真っ白になりました。

 何も見えなくなり、何も聞こえなくなり、意識がとぎれます。

 フルートは、突然その場にばったりと倒れました。

「フルート!?」

 子どもたちは驚いて叫びました。が、次の瞬間、それは恐怖の悲鳴に変わりました。

 どこからともなくわき起こってきた光が、倒れたフルートを包んだのです。したたる血のように赤い光です。その光の中で、フルートの体が次第に見えなくなっていきます。

「いやぁぁ……!!」

 ポポロが泣きながら悲鳴を上げました。彼女の魔法使いの目には、フルートの全身が赤い光の中に溶けていくのがはっきり見えたのです。

「フルート!!」

 ゼンが血相を変えて飛んできました。薄くなっていく親友に飛びついて抱き止めようとします。けれども、その腕の中でフルートの体はさらに薄くなり、赤い光とともに揺らいで、淡く消えていきました。

 後には何もありません。からっぽのゼンの腕だけが残ります。

 

 子どもたちは呆然としました。皇太子も座りこんだまま驚きで目を見張っていました。

 フルートの姿はもうどこにも見あたりません。

 

 ポチは、あたりを見回しました。なんだか悪い夢を見ているような気がして、頭の中がぼんやりしてしまいます。何もかも、本当には起きていないことのような気がします。

 鼻を上げてかいでみても、やっぱりフルートの匂いは感じられません。

 ポチは、不思議そうな顔になると、そっと呼びかけました。

「ワン、フルート……?」

 けれども、それに応える優しい声は、どこからも聞こえてきませんでした――。

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