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第6巻「願い石の戦い」

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75.赤光

 「堅き石?」

 子どもたちは思わず目を丸くして、ゼンが持っている黒い石を眺めました。フルートが手を伸ばしてそれを受け取り、ポポロを振り向きます。

「間違いないかな?」

 うん、とポポロはうなずきました。

「あたしが地面の中に見たのはその石よ。堅き石だと思うわ」

 石はフルートの手の中で黒く輝き続けています。子どもたちはなんとなく、ことばもなくそれを見つめてしまいました。やがて口を開いたのはメールでした。

「なんか、やけにあっけなく見つかっちゃったね……」

 それは全員の実感でした。ジタン山脈にたどりつくまで、さんざん苦労してきたので、あまりすんなり目的のものが見つかって、なんだか肩すかしを食らったような気がしたのです。

 

 けれども、すぐにフルートはにっこりしました。

「これでピランさんに鎧を修理してもらえるよ。よかった」

 つられて、仲間たちも笑顔になります。そうです。そのためにこそ、彼らはここまではるばる旅をしてきたのでした。

「どれ、俺が本物かどうか確かめてやる」

 とゼンがフルートからまた石を取り上げて宙に放り上げました。落ちてきたところへ、二つの拳を両側からたたきつけます。堅い水晶玉さえ砕くゼンの拳でしたが、黒い石はびくともしません。逆にゼンが悲鳴を上げました。

「ってぇーー……っ!!!」

「無茶ですよ、ゼン。本物の堅き石なら、ダイヤモンドよりはるかに堅いんだから。拳の方が壊れちゃいますよ」

 とポチがあきれます。

 ゼンは赤くなった両手の甲に息を吹きかけながら、足下に転がった石をまた拾い上げました。

「ま、とにかくこれは本物みたいだな。これで目的達成だ。やったな」

 フルートはまた、にっこり笑ってうなずきました。

 結局、堅き石はゼンが腰の荷袋にしまいました。他のメンバーは荷袋やリュックサックを馬につけたままだったので、石を入れる場所がなかったのです。石が袋に収まったのを見届けて、やっとポポロはフルートから手を離しました。犬たちは尻尾を振っています。メールでさえ、地下に入ってから初めて笑顔になっていました。ほっとした空気が流れます――。

 

 皇太子は、岩の柱が砕け散った跡に立っていました。あたりに飛び散る大小のかけらを眺め回します。けれども、それは白い石の塊ばかりで、それ以外のものは何も見あたりませんでした。岩の柱は、中にたった一つ、堅き石を閉じこめていただけなのです。

「ふん」

 と皇太子は思わず鼻を鳴らしました。堅き石のそばに、あの石はなかったのです。いえ、本当はあるのかもしれません。けれども、願い石は目に見えず、人が手に取ることもできない石です。結局自分には見つけることができなかった、ということなのでしょう。

 当てがはずれたような想いと同時に、何故だか自分がひどくほっとしていることに、皇太子は気がつきました。なんだか、長い夢からようやく覚めていくような気がします。重く暗く苦しかった夢です。

 すると、ふいに耳の底に声が響いてきました。

「殿下に願い石は必要ございません。わたくしは殿下を信じております――」

 長い銀髪に色違いの瞳の面影が思い浮かびます。

 皇太子は足下に目を向けたまま、黙ってそっとほほえみました。

 

 その時、突然またフルートの胸で金の石が光り出しました。脈打つように強く弱く、金の光をあたりに放ちます。

「なんだ……!?」

 フルートも他の子どもたちも驚きました。闇の敵が現れたのかと一瞬身構えます。

 が、フルートはまた気がつきました。金の石は鈴を振るような音を鳴らしていません。やっぱり金の石の勇者を呼んでいるわけではないのです。

 すると、突然、皇太子も声を上げました。

「なんだ――これは!?」

 皇太子の足下に散らばる岩のかけらの中に、赤くまたたく光がいきなり現れたのです。目を凝らしても何が光っているのかわかりません。何もないように見える空間で、血のように赤い光が強く弱く輝いています。そのまたたきは、脈打つような金の石の光とまったく同じ周期でした。

 一同は驚いて金の石と赤い光を見比べました。フルートが思わずつぶやきます。

「金の石と呼び合ってる……?」

「何かあるわ、あそこに!」

 とポポロが叫びました。魔法使いの目にさえ、赤い光の元には何も見えません。けれども、そこには確かに「何か」が存在するのです。

 ふいに、ポポロはどうしようもなく不安になりました。鏡だらけの岩屋の空気は冷たく澄み切っていて、悪しきものの気配はまったく感じられません。それなのに、ポポロは怖くて怖くて、全身が震え出すのを止めることができませんでした。緑の瞳から涙がこぼれ出します。

「願い石だ!」

 と皇太子が突然どなりました。けれども、フルートたちには皇太子が何と言ったのか、すぐにはわかりませんでした。子どもたちが驚いている目の前で、いぶし銀の鎧の青年が光に手を伸ばしました。広げた右手で、したたる血のように赤い光の脈動をつかもうとします――。

 

 と、いきなり赤い光が強まりました。爆発するようにわきあがり、激しく広がります。皇太子は光に押し戻され、そのまま石の床にたたきつけられました。

「殿下!」

 フルートはとっさに動き出しました。皇太子に駆け寄ります。

「フルート、だめ!!」

 ポポロは泣き叫びました。自分でも何を言っているのかわかりません。ただ、フルートをそちらへ行かせてはいけないのだと、それだけの想いでいっぱいになっています。身動きできないほどの恐怖に襲われながらも、ポポロは必死で手を伸ばし、フルートを引き止めようとしました。

「来るな!」

 と皇太子が床から顔を上げてどなりました。謎の光はまだその前で輝き続けています。赤く照らされた皇太子の顔は、まるで血に染まった鬼神のように見えました。

「来るな! きさまは来るな――!」

 けれども、フルートは立ち止まりませんでした。炎の剣を抜くと、皇太子の前に飛び込み、皇太子を打ち倒した妖しい光に魔法の剣をふるいます――。

 

 剣は光をすり抜けました。何の手応えもありません。

 フルートの胸の上で、金の石がまた脈打ちました。強く、弱く、また強く輝きます。

 すると、赤い光がそれに応えました。強く、弱く、また強く――。

 

 「なんだ……?」

 ゼンやメールや犬たちは立ちすくんでいました。目の前で何が起こっているのか、さっぱりわかりません。呼び合うように輝く金と赤の二つの光を、ただ呆然と眺めてしまいます。

 フルートはいぶかしい顔になりました。確かに赤い光は金の石に呼応しています。何もないよう見える光の元に目を凝らし、確かめるように手を伸ばします。

「だめぇ、フルート!!」

 ポポロは泣きながら走りました。フルートの腕に飛びついて止めようとします。

 けれども、それより早く、フルートの背後から突然皇太子が襲いかかりました。

「それにさわるな! それは――私のものだ!!」

 吠えるように言って、小さなフルートの体につかみかかります。驚いて振り向いたフルートは、その拍子に大きくよろめきました。皇太子に押されたようになり、仰向けに倒れかかって、とっさに手をつきます。その手の先に、赤い光がありました。

 光は一瞬強く輝くと、あっという間に消えていきました。石の床の上についたフルートの手の中に、見えなくなっていってしまいます。

 

 赤い光は消えました。

 金の石も輝きを収め、また、静かな金色に輝くだけに戻ります。

 誰も、声も出せませんでした。ただ立ちすくみ、驚いてフルートを見つめていました。フルートも、信じられないように自分の左手を見ていました。赤い光がそこに吸い込まれていったのを、はっきりその目で見たのです。

「フルート……」

 とポポロが震えながら呼びかけました。目をいっぱいに見張って、真っ青な顔をしています。

「大丈夫……? なんともない……?」

 フルートはとまどってポポロを見ました。別に何ということもありません。本当に、どこもなんでもありません。

 

 すると、うなるような声が言いました。

「何故だ……?」

 皇太子でした。

 血の気が失せた顔に暗い灰色の瞳を燃やして、貫くほどの激しさでフルートをにらみつけてきます。その土気色の唇は、わなわなと震え出していました。

「何故、きさまが……きさまが、願い石を手に入れるのだ……!?」

「殿下!」

 フルートは思わず跳ね起きて身構えました。

 ロムドの皇太子は、怒りと憎しみに顔を歪めながら、フルートに向かって剣を振り上げていたのでした――。

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