「おい、なんだこりゃあ!?」
突然、先頭を行くゼンが声を上げました。松明で行く手を照らします。
一行が地下の通路を下り始めてから、一時間あまりがたっていました。通路の壁は、いつの間にか魔金の鉱脈を抜け、また白っぽい灰色の岩盤に変わっています。その通路の行く手に、大きな白い扉が立っていたのです。扉の表面が、松明の明かりを受けて虹色に光ります。
「ちょっとぉ。ここまで来てこれはなしだよ!」
ずっとゼンの肩に乗ったままだったメールが悲鳴を上げました。彼女は行き止まりが何より嫌いです。扉に行く手をさえぎられて、閉じこめられてしまったような気分になったのです。
ゼンは扉の前に立ちました。虹色に光る扉に触れ、あきれた顔をします。
「すごいな、オパールの扉かよ。おい、ポポロ。なんでこんなもんをここに作ったんだ?」
「あたし――あたし、知らないわ」
と魔法使いの少女は首を振りました。
「あたしが作ったんじゃないの。最初からここにあったんだと思うわ」
「あった、って」
フルートは驚きました。ここは地下二千メートル近い場所です。ポポロが魔法で通路を作るまでは、岩盤の中だったのです。
皇太子が扉の前に立って見上げました。扉はちょうど通路と同じ高さがあって、オパールの一枚岩を削って作られていました。ところが、不思議なことに、扉にはどこにも取っ手がありません。皇太子は試しに扉に触れて押してみましたが、扉はびくともしませんでした。
「ワン、魔法の扉でしょうか? 人が近づくと姿を現す、とか」
と扉の匂いをかぎながらポチが言いました。扉は冷たい石の匂いがするだけで、特に怪しい気配はありません。
「そういう扉は天空の国にいくつもあるけど、これとは違うわよ。もっと魔法の匂いがするものだわ」
とルルが答えます。
一同は白い岩の扉の前で立ちつくしてしまいました。皇太子に代わってゼンが扉を押してみましたが、やっぱりまったく動きません。その様子に、メールがまた悲鳴を上げました。
「やだよ! ほんとにやだよ! これでいきなり天井が崩れてきたりしたら、あたいたち――」
「ばぁか、よく見ろ。天井はひびひとつ入ってねえだろうが」
とゼンが笑い飛ばし、そっと、鋭い目を扉に向けました。ゼンの怪力でもびくともしない扉というのは普通ではありません。魔法の扉に違いないとは思うのですが……。
すると、フルートの腕に、突然後ろからポポロがしがみついてきました。メールに負けないくらい青ざめた顔で言います。
「戻りましょう、フルート……。なんだか、ものすごく嫌な予感がするの。この扉、あたしの魔法使いの目でも見通せないのよ。奥に何があるのか見えないわ。この先に行っちゃいけない気がするの……」
言いながら、ぎゅっといっそう強くフルートの腕にしがみつきます。それを見て、メールもゼンの頭にしがみついてしまいました。
「もうやだ、本当に!」
と泣き声を上げます。
けれども、皇太子は扉を見上げたまま、強い口調で言いました。
「だが、我々は進まなくてはならないぞ。この向こうに堅き石があるわけだからな」
フルートもうなずきました。
「最初ポポロはこの先に堅き石を見たんだろう? だったら、やっぱり進まなくちゃ」
「フルート……」
ポポロは涙ぐんでいました。引き止めようと懸命に腕をつかむのに、その手の中からフルートがすり抜けていってしまうような、心もとない感じがします。
フルートは白い扉を見上げました。オパールの一枚板には自然のひびが無数に入っていて、光がその中で屈折して虹色に輝いています。とても綺麗ですが、やはり、どこを探しても、扉を開けるための取っ手のようなものは見あたりません。
フルートはそっと手を上げて、扉に触れてみました。ポポロが小さな悲鳴を上げて、いっそう強くフルートの腕にしがみつきます。けれども、力をこめて押してみても、扉はやっぱり少しも動きません。
さて、どうしようかな、とフルートは考えました。これはきっと魔法の扉です。突き破ろうとしても、ゼンの怪力でも壊せない気がします。どこかに扉を開けるためのスイッチでもないだろうか、と周囲を見回します――。
その時です。
突然フルートの胸元からまた強い光があふれました。外に出してあったペンダントの真ん中から澄んだ光がほとばしり、オパールの扉を照らします。金の光が扉の中で屈折して、鮮やかな虹色の炎を石の中で燃え上がらせます。
とたんに、石の扉が音もなく開き始めました。ゆっくりと向こう側へ動いていきます。一同は息を飲んでそれを見守りました。まるでエスタ城にあった天空の国への扉のようです……。
扉は、完全に開ききったとたん、煙のように消え失せました。
行く手にまたぽっかりと口を開けた通路の先に、明るい空間が見えていました。真昼のような明るさです。
フルートたちは思わず顔を見合わせました。やがて、皇太子、メールを肩に担いだゼン、フルートとポポロ、二匹の犬たちの順番で、扉があった場所を通り抜けて先に進んでみます。
とたんに、彼らはまた驚いて息を飲みました。誰もが、声も出せずに周囲を見回してしまいます。
そこは地底にできた巨大な空間でした。天井まで数十メートル、奥行きもそれと同じくらいの広さがあります。壁も床も天井も岩でできています。床は磨き上げられたような黒い大理石、壁は虹色に光るオパール、天井は遠くてよく確かめられませんが、やはりオパールでできているようでした。
そして、オパールの壁の上は鏡でいっぱいでした。何万枚もの大きな鏡が、壁一面にはめ込まれています。それも、一列ではなく、天井に向かって何列にも渡って、びっしりと岩の壁をおおっているのです。部屋にはどこからか光が差していましたが、それを無数の鏡が反射して、部屋中を明るく照らしていました。
「鏡だらけだ……」
とメールがつぶやきました。さすがの彼女も、この光景には、地下の怖さを一瞬忘れてしまっていました。
フルートは、そっと空間の中へ進み出てみました。ポポロはまだ腕にしがみついています。それへフルートは尋ねました。
「何か危険な感じはする?」
ポポロは首を振りました。何も感じません。数え切れないほどの鏡で埋め尽くされた岩屋は奇妙ですが、悪意や闇の気配はまったくありませんでした。
ポチは岩壁に近づいて鏡を見上げました。鏡はどれも人の背丈よりも大きく、少しの曇りもなく岩屋の中の景色を映し出しています。とまどう子どもたちと皇太子の姿が、何万という鏡の中にあります。
上の方の鏡の前には、岩を削りだして作った回廊が巡らされていました。少し先の方には、回廊に上がるための岩の階段も見えています。
「誰かが作った部屋なのね。でも、なんでこんなに鏡が多いのかしら?」
とルルが不思議そうな顔をしましたが、ポチにもその理由はわかりませんでした。
すると、皇太子が火を消した松明を放り出し、足早に岩屋の中を歩き出しました。焦ったように周囲を見回して言います。
「石は――堅き石はどこにあるのだ!?」
子どもたちも、はっとしました。魔法で作った通路は、この謎の岩屋で終わっていました。その先に道は続いていません。ということは、ここに求める堅き石があるということなのですが、それらしいものがどこにも見あたりませんでした。ただ、黒い床と無数の鏡が、出所のしれない光に輝いているだけです。
フルートはまたポポロを見ました。
「堅き石を探して」
ポポロはためらいながらうなずきました。魔法使いの目をこらし、やがて、部屋の中央を指さしました。
「あそこ……。あの中に隠されてるわ」
何もない床の真ん中に、まるで彫刻を飾るように、一本の岩の柱がそそり立っていました。白い岩はねじれていて、なんだか、地中からせり上がってきた大蛇が、そのまま固まって岩になってしまったように見えました。
一行は岩の柱に駆け寄りました。フルートが今度はゼンを振り向きます。
「頼む、ゼン」
「おう」
ゼンは肩からとんとメールを床の上に下ろすと――この岩屋は広かったので、彼女にも何とか我慢することができました――そそり立つ岩の柱に向かって、気合いもろとも拳を突き出しました。
「はぁっ!」
拳が触れた瞬間、岩の柱は粉々に砕けて散りました。大小の破片が床中に飛び散り、柱の形そのままにわき起こった石の粉が、煙のように崩れ流れていきます。
すると、その足下に黒いものが転がり落ちました。大人の拳ほどの大きさの石です。鋼の塊のようにも、黒いガラスの塊のようにも見えます。
無造作にそれを拾い上げると、ゼンは、にやりと仲間たちに笑って見せました。
「そら、堅き石だ。こいつがそうなんだろう?」
そう言って広げた手のひらの上で、石は硬質の光を放っていました――。