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第6巻「願い石の戦い」

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第19章 堅き石

73.財宝

 子どもたちと皇太子は洞窟を地下に向かって下り続けました。

 呪文を唱える少女の声が、低い音楽のように延々と繰り返されています。通路を開く魔法のことばです。それを継続の魔法が明日の朝まで持続させて、通路が消えないようにしているのです。

 うなりのように響き続ける自分の声に、ポポロが申し訳なさそうな顔になりました。

「うるさいわね、呪文……ごめんなさい」

 この少女は計り知れないほど強力な魔力を持っているのに、自分に自信というものがまるでありません。地下二千メートル近い場所までこうして通路を開いたのに、それを誇るどころか、とてもまずい魔法をかけてしまったようにうなだれてしまっています。

 すると、目の前を行くフルートが振り返りました。

「これはぼくたちを守ってくれてる声だよ。呪文が聞こえている限り、通路は絶対安全なんだからね」

 とにっこり笑って見せます。優しく細められた青い瞳に、ポポロは思わず、どきりとしました。いつでも、誰にでもとても優しいフルートです。自分だけ特別優しくしてもらっているわけではないのに、なんだか急に胸の鼓動が早くなってきてしまいます――。

 

 その時、ポチが、あれっと声を上げました。かたわらの岩壁を見上げます。

「ワン、灯りを壁に近づけてみてください。何か光ってますよ」

 そう言われて、フルートは松明を岩壁に近づけました。皇太子もすぐに反対側の壁を照らします。とたんに、両側の壁がキラキラッと金に輝きました。

「え……?」

 フルートと皇太子は思わず目を丸くしました。ずっと灰色の岩の塊だった壁が、いつの間にか金色に変わっていました。まるで眠りから目覚めた金の石のように、光を浴びて、きらめきを放っています。

 一瞬遅れてそれを見たゼンが大声を上げました。

「おい、これ、魔金だぞ! しかもこんなにたくさん! 嘘だろう!?」

「魔金?」

 フルートたちは驚いて、改めて周囲を松明で照らしてみました。

 魔法でくり抜かれた岩盤の通路は、後ろも前も、ずっと金に光っていました。足下も天井もそうです。ゼンはメールを肩に乗せたまま、小走りで先へ行ってみました。どこまで行っても、金色の壁は終わりません。延々と続いています。

「これ……全部魔金かよ。信じらんねぇ。こんな巨大な魔金の鉱脈、俺たちの北の峰にだってねえぞ!」

 魔金というのは、ごく少量しか算出されない貴重な鉱物です。見た目は金にそっくりですが、ダイヤモンドよりも堅く、武器や防具の材料として珍重されるのです。フルートの魔法の鎧も、表面は魔金でメッキされていました。

 

 すると、真剣な顔でそれを眺めていた皇太子が、ふいに、わかったぞ、と声を上げました。

「ザカラスの狙いはこれだったのだ! このジタン山脈には巨大な魔金の鉱脈が眠っている。それを知ったザカラスは、これを手に入れるためにロムドを乗っ取ろうとしたのだ!」

 子どもたちはまた驚いて、金に輝く通路と皇太子を交互に眺めました。ワン、とポチが口を開きます。

「確かに、これだけの魔金があったら、ものすごい財源になりますよね。自分の国の兵士たちに最強の軍備を持たせることだってできる……。ポポロ、この鉱脈って、どのくらいの大きさですか?」

 ポポロはちょっと遠い目になりましたが、すぐに頭を振って言いました。

「わからないわ。あんまり広範囲過ぎて……。この通路にそったところだけでも、千メートルくらい続いているわ。ずっと」

「文字通り、大鉱脈だな」

 と皇太子は言いました。

「これほどの魔金が一度に産出されるとなると、国家間の勢力が変わるぞ。こんなものが我が国の中にあったとは――何故、今まで誰も気がつかなかったのだ」

「気がついていたのかもしれませんよ」

 とふいにフルートが言いました。考えるような顔をしています。

「でも、それを表沙汰にすると、ザカラスだけでなく、魔金を狙った他の国からも攻め込まれるから、陛下たちは秘密になさっていたのかもしれません。……だから、殿下がザカラスから狙われているとわかっていても、知らんふりで、密かに殿下のお命を守っていたんじゃないでしょうか。公にすると、この魔金のことまで明らかにしなくちゃならなくなるから」

 相変わらず、非常に洞察力のあるフルートでした。

 皇太子は口を一文字に結びました。苦い顔で言います。

「確かに、これは争乱の種だぞ……。これがジタンにあるとわかれば、周辺の国はこぞってこれを狙ってくる。一国ではロムドに対抗できないと思えば、何カ国もで連合軍を作って攻め込んでくるだろう。……ザカラスは他の国に協力を求めていなかった。自分の国だけで魔金を一人占めしようとしたのだな。そうだ、だから、ザカラスは最初、幼かった私を人質にしようとしたのだ。私と交換に、このジタン山脈を手に入れようとしたのだろう。ところがそれがかなわなかったので、私を暗殺してメーレーンを女王に据え、ロムドを乗っ取ろうと考えたのだ――」

 ここまでのさまざまなザカラスの動きが、一気にその理由を明らかにしていました。

 その時、フルートはふと、以前ゴーリスから聞いた話を思い出しました。

「ザカラスは国王陛下まで暗殺しようとしています。ザカラスを訪問中だった陛下を。それを、ユギルさんが占いで見抜いて止めたんだそうです」

「父上まで?」

 皇太子は驚いた顔になり、いっそう厳しい顔つきになりました。

「父上がザカラスを訪れたのは、十三年前のザカラス戦終了の時だ。和平を結び、その証しとして義母上と結婚するときに、婚礼の挨拶の儀のためにザカラス王を訪ねている。陰でそんな企みがされていたのか……」

 と歯ぎしりをします。

 

「ったく」

 とゼンは声を上げました。うんざりした口調です。

「人間ってヤツは、ほんとにどうしようもねえよな。他人のものまで自分のものにしたがりやがるんだから。他人が裕福になるのが、よっぽど嫌なんだな。自分より幸せなヤツがいるのが我慢できねえんだろう。……俺たちドワーフは鍛冶の民だから、これだけの魔金を見せられたら、そりゃ感激するぜ。洞窟の鍛冶屋たちだったら、これを使って、あれもこれも作りたいと考えるだろう。でもな、それが他人の所有する魔金だってんなら、俺たちは手は出さないぜ。山にあるものは、みんなその山に住むヤツらのものだ。大地の女神がそいつらに与えたものだからな」

 皇太子は渋い顔になりました。

「だから、人間とドワーフを一緒にするなと言っているだろう。人間にそれができるわけがないのだ」

「でも、フルートはできるぞ。こいつは、これだけの魔金を見せられたって、自分のものにしようなんて、これっぽっちも考えてないからな」

 とたんに皇太子は、これ以上できないと言うほど顔をしかめました。

「こいつを引き合いに出すな! それこそ、普通の人間がこいつのようでいられるわけがないだろう!」

 苦い思いが胸一杯に広がります。自分には到達できない高みにいるライバルを妬んでしまう気持ちです。

「まあ、それはそうか」

 とあっさりとゼンが認めたので、今度はフルートが顔をしかめました。

「どういう意味さ、それ。人を人間じゃないみたいに言うなよ」

「だって、おまえは本当に人間じゃないだろ。間違って人間界に生まれてきたエルフか何かじゃないのか? でなきゃ、古代神族の血を引いてるとか」

「そんなわけあるか! ぼくは普通の人間だったら!」

「はぁん? 信じらんねえな。背中を見せてみろよ。天使の羽根がはえてんじゃないのか?」

 もちろん、ゼンが言っているのは冗談です。フルートがむきになって怒るので、面白がってからかっているだけです。けれども、本当にそうなのかもしれない、と皇太子は一瞬心の中で考えてしまいました。それくらい、このフルートという少年は人間離れして見えます。見た目がではなく、心のありようが――。

 

 すると、ポチがワン、と吠えました。

「それで、この魔金をどうするんですか、殿下?」

 皇太子は我に返ると、改めて、金の岩壁を眺めました。魔金の鉱脈は見渡す限り続いています。

「とりあえず、今はこのままだ。我々にはどうすることもできないし、我々が今探しているのは堅き石なのだからな。魔金のことは、城に戻ってから父上たちと協議する」

 慎重に話し合わねば、と皇太子は考えました。これだけの財宝は、本当に大陸の国際情勢を変えてしまいます。せっかく本格的な和平を結んだ隣国エスタとも、また紛争の泥沼に陥ってしまうかもしれません。自分の国に宝があった、と手放しで喜ぶわけにはいかないのです。

 そして、そんなことを考えている皇太子の顔は、賢王と呼ばれる父親と驚くほどよく似た表情をしていました。ふん、とゼンが小さく笑い、フルートも黙ってほほえみました。ここにいるのは確かに未来のロムド王なのだと、少年たちは感じたのです。

 けれども、皇太子はそんなことには少しも気がつきませんでした。自分自身のことにも、そんな自分を見守る少年たちのまなざしにも、まったく。

 地下へ向かう通路は、まだ長く深く続いていました。

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