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第6巻「願い石の戦い」

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72.洞窟

 一行はポポロが魔法で作った洞窟の入口に立ちました。中をのぞき込むと、岩をくり抜いた通路が坂になりながら地下へ続いているのが見えます。

「これじゃ馬は使えねえな。ここに残していくしかないぞ」

 とゼンが言いました。嬉しそうな声です。ポポロを自分の馬の後ろに乗せているフルートを見て、ざまあみろ、という表情をします。

 フルートは口をへの字にしましたが、通路が急な上に暗いのを見て、ゼンの言うとおりにするしかないとあきらめました。先に馬から飛び下りると、ポポロに手を貸します。

「ねえ、ポポロ。この通路はどのくらいの距離があるのかな?」

「二キロくらいよ……ここはかなり急だけど、奥に行くともう少しなだらかになるの。でも、ずっと下り道ね」

 と魔法使いの少女が答えます。それを支えてフルートが手を貸している様子を、ゼンが密かににらんでいましたが、少女はまったく気がつきませんでした。

 ゼンは自分の馬から飛び下りると、不機嫌そのものの声で言いました。

「ポチ、馬たちにここで待ってろって伝えろ。逃げるんじゃねえぞ、ってな」

「やぁね、八つ当たり」

 とルルがこっそり言います。ポチは苦笑いをしました。ホントにゼンったらしょうがないなぁ、と心の中でつぶやきます……。

 

 一同は全員馬から下りました。ポチが、ワンワン、と犬のことばで馬たちに話しかけ、この場から離れないで待っているようにと伝えます。

 その間に少年たちと皇太子は松明を作りました。適当な木の枝に布を巻き付け、油をふりかけて火をつけます。ゼンが洞窟の入口に松明をかざし、火が勢いよく燃えているのを見て言いました。

「よし。中の空気は大丈夫そうだ」

 地中の洞窟からは、有毒なガスや人を窒息させる空気が吹き上げてくることがあります。ゼン自身はドワーフで、灯りなしでも通路が見えるのですが、空気の安全確認のために松明を持ったのでした。

「行くぞ」

 と全員に向かって呼びかけます。地下はドワーフの独壇場です。フルートも皇太子も、ゼンが先頭に立つことには何の異論もありませんでした。

 ゼンに続いて、ポポロ、フルート、二匹の犬たち、皇太子が洞窟に足を踏み入れます。少年たちと皇太子が持った松明が、洞窟の岩壁を照らします。

 が、もう一人の仲間がついてきませんでした。メールです。

「どうした?」

 としんがりの皇太子が不思議そうに振り返りました。長身の少女が洞窟の入口で真っ青になっているのを見て驚きます。

 ゼンとフルートも振り返って、たちまち駆け戻ってきました。

「しまった。おまえ、そうだったな」

「大丈夫かい、メール?」

 と口々に少女に話しかけます。けれども、メールは返事ができませんでした。真っ青な顔のまま、その場に立ちすくんで、全身を震わせています――。

 

「どうしたというのだ?」

 と皇太子が洞窟の中からけげんそうに尋ねてきました。ゼンは肩をすくめました。

「こいつは狭くて暗いところが苦手なんだよ。――いつも広い海や森で暮らしてるからな」

「大丈夫? 行けそうかい?」

 とフルートが心配そうに尋ねましたが、メールは黙って首を振りました。声が出なかったのです。

 メールは本当に地下の通路が苦手でした。ルルを助けにデセラール山の地下迷宮に踏みこんでからは、なおさら苦手になっていました。あのとき、迷宮は崩れ落ちて、メールたちはもう少しで生き埋めになるところでした。今度の通路はポポロが魔法で作ったものだから明日の朝まで絶対大丈夫、と言われても、やっぱり今度も崩れてきそうで、怖くてどうしても足を踏み入れることができないのでした。

 ポポロとルルが意外そうな顔で洞窟から出てきました。いつも気丈なメールにこんな弱点があることを、今まで知らなかったのです。

「しょうがねえなぁ。それじゃ、ここで馬と一緒に待ってろよ」

 とゼンが言いましたが、とたんにメールがまた激しく頭を振りました。一人ここに残されるのも、どうしても嫌なのです。嫌なのですが……やっぱりどうしても地下は怖くて、全身がこわばってしまって動けません。メールは身震いしながら、とうとう悔し涙を流し始めました――。

 

「ったく」

 ゼンが渋い顔をしました。ゼンはとにかく涙が大嫌いです。いきなりメールのそばに近寄ると、かがみ込んでその両足を抱えました。あっという間にメールの細い体を持ち上げます。

 メールは思わず悲鳴を上げ、仰向けに倒れそうになって、あわててゼンの頭にしがみつきました。その拍子に、ゼンの広い肩に腰を下ろす格好になります。

「よぉし、そのままつかまってろよ」

 そう言うなり、ゼンはさっさと洞窟の中に入っていきました。右手でメールの両足首を押さえているだけで、軽々と歩いていきます。その左手には松明を握りしめていました。

「ちょ、ちょっと! ゼンったら――!」

 メールが悲鳴を上げました。自分たちを取り囲む岩の壁と天井を恐怖の顔で見回します。

「やだったら! 下ろしとくれよ!」

「うるせえ。洞窟の中は声が響くんだから、わめくな」

 とゼンが乱暴に答えます。

「怖くて歩けねえ。でも、置いていかれるのは嫌だってんなら、こうするしかねえだろうが。ぐだぐだ言ってねえで、しっかりつかまってろ」

「嫌だったら、ゼン! 戻っとくれよぉ!」

 メールは泣き声になりました。岩壁に囲まれた通路は、どこまでも地下深く続いていて、光の届かない先は真っ暗闇です。そこまで行くと、吸い込まれるように落ち込んで、もう二度と地上に戻ってこられないような気がします。けれども、ゼンはメールをつかんだまま、どんどん先へ進んでいきます。

 メールはまたわめきました。

「崩れてくるよ! みんな閉じこめられちゃうよ! やだもう! 地下なんか大嫌いだよぉ――!!」

 半狂乱です。

 ゼンはいっそう渋い顔になりました。

「あのなぁ、仮にも俺はドワーフだぞ。いくら猟師やってたって、地下の民には違いねえんだ。この通路は絶対崩れねえよ。見りゃわかる。心配するな」

「そんなこと言ってて、デセラール山の地下では生き埋めになりかけたじゃないのさ! 信じられるもんか! 引き返してよぉ!」

「じゃ、外で待ってるか?」

「それも絶対やだッ!!」

「おまえなぁ――!」

 

 他の者たちは、メールを担いだゼンの後を追いながら、ただおろおろとその様子を見守っていました。二人のやりとりがあまり激しすぎて、フルートや皇太子でさえ口をはさむことができません。

 すると、ゼンが急にメールの足を抱く手に力をこめて言いました。

「いいから一緒に来い。ここが崩れてきたら、また抱いて逃げてやらぁ。そんならいいだろう」

 たちまちメールは真っ赤になりました。デセラール山の地下で、それこそメールはゼンに抱きかかえられてて、崩れ落ちる迷宮の中から脱出したのです。思わずうろたえて、声が出なくなります。

 メールがおとなしくなったので、ゼンは、にやりとしました。

「よぉし。そのままつかまってろよ。行くぞ」

 松明を掲げ直して、また地下へ向かって進み始めます。

 岩の壁と天井は、どこまでも延々と続いています。改めてそっとそれを見回したメールは、とうとうゼンの頭に顔を伏せてしまいました。

「やだもう! ……絶対に置いてかないでよ。置いてったりしたら承知しないからね!」

 と半べその声で言います。とても普段のメールからは想像できない声です。ゼンは、またにやりと笑いました。

「おう、まかせとけ」

 

 そんな二人の様子を見ながら、ルルがあきれたようにポチに言っていました。

「なぁに。この二人ったら、いつの間にこんなふうになってたわけ?」

「まだまだですけどね」

 とポチは笑いながら答えました。そう、まだまだです。なにしろ、ゼンはまだ自分の気持ちに完全には気がついていないのですから……。

 

 ゼンとメールの後ろを、ポポロがついて歩いていました。黙ったまま、二人との間に距離を開けて、しょんぼりと歩き続けています。

 二人はいつ見てもお似合いです。いつも喧嘩ばかりしているようですが、なんでも遠慮なく言い合っていて、息もぴったり合っています。そして、お互い、口に出さないところで相手を思いやっているのです。とても、自分が入り込める隙はありません……。

 そんなことはずっと前からわかっていたのに、それでも、目の前の二人の姿を見ると、なんだか胸が詰まるような気がしてきて、ポポロは涙ぐみました。小さな自分が、いっそうちっぽけになってしまったような気がします。

 すると、その目の前に急に人が割り込んできました。フルートです。松明を掲げたまま、ポポロを追い抜いたのでした。金の鎧を着てマントをはおった姿は小柄ですが、ポポロよりは上背も肩幅もあります。その体で、先を行くゼンとメールの姿をさえぎってしまいます。

 ポポロは目を丸くしました。フルートは何も言いません。ポポロを振り向くこともありません。でも、ポポロはなんとなく、フルートがわざとそこに来たような気がしたのでした。自分の背中でゼンたちの姿を隠してしまうために――。

 小さな小さな想いの変化を伴いながら、子どもたちは地下へ進み続けました。それが目に見えるほどはっきりしてくるまでには、まだもう少し時間が必要なようでした。

 

 そして、もう一人。子どもたちから少し遅れて歩きながら、皇太子もじっと物思いにふけっていました。

 その暗い灰色の瞳は、下りの通路を眺めます。その果てに待つのは堅き石です。そして、堅き石のそばには、人が手にしてはならないという、願い石も共にあるのかもしれません。

 通路の行く手は闇に沈んでいて、皇太子がいくら目をこらしても、何も見透かすことはできませんでした――。

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