「金の石が目覚めた……」
フルートは驚きのあまり、呆然としてしまいました。手のひらの上で、ペンダントの石は灰色から金色に変わり、澄んだ光であたり一面を照らしています。驚くほどの光の量です。
ゼンが顔色を変えました。
「石が目覚めたってことは、また闇が世界を襲ってくるってことか? 魔王がまた復活したのかよ!?」
「闇が近くに迫ってるんじゃないのかい? 用心しなよ、みんな!」
とメールも鋭い目を周囲に配ります。自分を助けてくれる花を探しましたが、初冬のたたずまいの森には、一輪の花も咲いていませんでした。
「さては、やはりきさまか!」
と皇太子がいきなり剣を抜いてルルに切りつけようとしたので、ポチが籠から伸び上がって、後ろにルルをかばいました。
「ワン、やめてください! 違います!!」
フルートも、石を見つめながら言いました。
「うん、違う……闇の敵じゃないよ。石はぼくを呼んでない」
信じられないような顔をしています。
金の石は、闇が世界に襲いかかろうとしたときに、眠りから目覚めて、灰色の石ころから金に輝く石に変わります。その時に、強く弱く光りながら、ガラスの鈴を鳴らすような音で勇者を呼ぶのです。
今、金に変わった石は、鈴のような音を出していませんでした。光も脈打ちません。ただまばゆく金に光っているだけです。
メールの後ろからポポロが身を乗り出して言いました。
「何かを教えたがっているみたい……なんだか、そんな気がするわ……」
すると、とたんに石がいっそう強く光りました。その輝きが、みるみるうちに一箇所に集中していって、一筋の強烈な光の束になります。薄暗い森の中を貫いて、彼らの行く手をまっすぐに照らします。
子どもたちと皇太子はまた驚いて、光の方向を眺めました。光は絡み合った蔓の間を抜けて、さらに先を照らしていますが、藪にさえぎられて子どもたちには見通すことができませんでした。
フルートは魔法使いの少女を振り向きました。
「ポポロ、光を追って!」
「う、うん」
少女は魔法使いの目で光の行く手を見透かしました。藪も絡み合った蔓草も濃い茂みも、すべて意識の中で越えて、光が照らす場所を見つめます。
「ただ、山肌を照らしてるだけよ……何もないところ。枯れ草が生えてるわ」
「何もないところ?」
とフルートは考え込み、さらに言いました。
「もっと深くまで追える? 光が照らしている先の、地面の中まで」
ポポロは驚いた顔になりましたが、フルートが真剣な表情をしているので、とまどいながらもうなずきました。
「わかった、やってみるわ……」
と、さらに見つめる目に念を込めます。
魔法使いの目は、その気になれば、どこまででも遠く見通すことができます。暗い地面の中を、視線だけがあてもなく深く潜っていきます。
と、ポポロがまた驚いた顔になりました。目を凝らし、じっと見つめるような表情になります。
「何かがあるわ……石……金の石に応えて光ってる」
「堅き石?」
とフルートはまた尋ねました。そんな予感がしていたのです。
「うん、そうだと思う……黒い石よ。とても堅そうに見えるわ。岩の中に閉じこめられて、地面の中にあるの」
すると、すーっと金の石の光が吸い込まれるように消えていきました。強い輝きが薄れて、行く手を照らすのをやめます。石の色は金のままで、灰色になることはありませんでした。
「本当に目を覚ましたんだね」
とメールが驚いたように言いました。あれほど長い間、フルートが危険な目にあっても反応しなかった石が、今、こうして金色に戻っています。
「ちぇ、もっと早く目覚めろよな。おかげで余計な心配しちまっただろうが」
とゼンがおもわずぼやきます。けれども、彼らがどう思おうと、何を言おうと、石は決して人には従いません。誰も石を自分の思い通りにすることはできないのです。
フルートは、金の石を見つめてほほえみました。何とも言えない頼もしさを手のひらに感じます。これで大丈夫、これから何かが起きてみんなが怪我をしても、ちゃんと助けられる。そんなふうに考えます。――自分がまた死にそうになっても安心だ、とは考えないのが、フルートでした。
「しかし、どうするのだ?」
と皇太子が不機嫌な声で尋ねてきました。
「堅き石が見つかったのはいいが、地中では我々には手に入れようがないぞ。抗夫を連れてこなくてはならないだろう」
「ポポロ、石はどの辺にあるんだよ?」
とゼンが尋ねました。彼は北の峰の猟師ですが、もともとは抗夫と鍛冶の民のドワーフです。
「とても深い場所よ……千メートル以上もあるわ」
「だとすると、ドワーフでも数ヶ月がかりの仕事になるな。北の峰から呼んでこないとならないし、洞窟のヤツらがここまで来るかと言うと、うーん……」
ゼンは思わずうなりました。北の峰の洞窟に住むドワーフたちは、外の世界に出ることを嫌います。北の山脈の地下で鉱物を掘り出し、それを加工して人間相手に商売を営んでいますが、自分たちは決して洞窟の外に出ようとはしないのです。山中を自由に駆け回って猟をするゼンたち猟師は、北の峰でも特別な存在のドワーフなのでした。
フルートは、ちょっと考え込みました。その胸の上では、目覚めた金の石が穏やかに輝き続けています。やがて、また魔法使いの少女を振り向きます。
「ポポロ、君、継続の魔法が使えるようになったんだったよね? どのくらいの時間、継続するんだっけ?」
ポポロの魔法は非常に強力ですが、一日二回しか使えない上に、時間が短くて、一度の魔法はせいぜい数分間しか持ちません。けれども、しばらく前に継続の魔法と呼ばれるものを覚えたおかげで、魔法にその継続の魔法を組み合わせて、長時間効果を保つことができるようになっていたのでした。
「あたしの魔法は夜明けの光とともに新しく復活するの……。だから、継続の魔法も、次の夜明けまでは続くわ」
それを聞いて仲間たちは空を見ました。森の木立の隙間から見える太陽は、まだ東の空にあります。
「これなら大丈夫か」
とフルートはつぶやくと、ポポロに向かってはっきりと言いました。
「継続の魔法を使って、通路を作るんだ。堅き石まで道を通してくれ」
仲間たちは思わず驚きました。ポポロも目を見張っています。
皇太子が声を上げました。
「いくらなんでも、それは無理だろう! 山の地下千メートルもの場所に通路を切り開くなど、そんな大がかりな魔法が――!」
すると、ポポロがうなずきました。
「うん、わかったわ。やってみる」
また驚いて目を大きくした皇太子に、メールがくすくす笑いながら言いました。
「まあ見てなってば、オリバン。あの子はちっちゃいけどさ、本当にすごい魔法使いなんだからね」
ポポロは馬から下りると、まだ馬に乗ったままの仲間たちを振り返って、申し訳なさそうに言いました。
「下がっててね、みんな……。また巻き込んじゃうかもしれないから」
言われたとおり、フルートたちは何メートルも後ろに下がり、魔法使いの少女からしっかり距離を取りました。皇太子も半信半疑の顔をしながら、同じように馬を下がらせます。
ポポロは片手を高く上げました。華奢な白い腕が黒い袖からあらわになり、細い指先に淡い緑の光が集まり始めます。呪文が声高く唱えられます。
「ケラーヒヨロウツセオトオラーレワデマシイキターカ!」
呪文の完成と共に、指先が鋭く行く手に振り下ろされます。
すると、指先からほとばしった緑の光が、いきなり森の中を貫いていきました。ドン、ドン、と激しい音が上がり、爆発するように森の木々が吹き飛んでいきます。驚いた鳥たちが、いっせいに森の梢から飛び立ちます。
緑の光はさらに先へ飛び、地面に激突して、そこでまた激しい爆発を起こしました。岩のかけらが飛び散り、土煙が上がり、山全体がとどろくように震え、光の奔流が地面の中に突き刺さっていきます――。
「しかしまぁ、派手だよな」
とゼンが思わずつぶやきました。ポポロは見た目は本当に小さくておとなしい少女です。それなのに、その魔法は、歴戦の魔法戦士も足元にも及ばないほど強力な破壊力を持つのです。
森が、とメールがつぶやいて、唇をかみました。森をこよなく愛する姫は、ポポロの魔法で森が破壊されたのに心痛めたのでした。
「明日になったら、また魔法で元に戻しなよ、ポポロ」
とつぶやきます……。
一行の目の前に道ができました。
混み合った森の木々や茂みはなぎ払われ、足下の地面は土がえぐれて岩がむき出しになり、まるで削られたように平らになっています。
土煙が落ちつくと、道を三十メートルほど進んだ先の斜面に、ぽっかりと大きな穴があいているのが見えました。高さが二メートルあまりもある、大きな洞窟の入口です。それへ向かってポポロはまた手を差し伸べ、短く唱えました。
「ヨーセクゾイーケ!」
継続の魔法をかけたのです。星のような光が通路へ飛んで、淡く輝きながら消えていきます。すると、通路の中から少女の声が響き始めました。
「ケラーヒヨロウツセオトオラーレワデマシイキターカ……ケラーヒヨロウツセオトオラーレワデマシイキターカ……」
呪文の声だけが延々と繰り返され始めます。少女は仲間たちを振り返って、にっこりしました。
「これでいいわ。中に入っても大丈夫よ。明日の夜明けまで、通路は消えなくなったから」
皇太子は、これ以上できないというほど大きく目を見開いて、声も出せずにいました。けれども、他の仲間たちは、当然のような表情をしています。
フルートが馬の上からポポロに話しかけました。
「ありがとう。さすがだね」
ほほえみながら手を差し伸べ、自分の馬の上へポポロを引っ張り上げます。自分の前にポポロを乗せたのです。
「あ、この野郎!」
ぬけがけをされて、ゼンが思わず歯ぎしりをしましたが、フルートは知らん顔で皆に呼びかけました。
「それじゃ行こう」
森に斜めに差し込んでくる朝の光の中、通路は彼らの目の前で、地中に向かって入口を開いています。フルートたちは、ためらうことなくそちらへ向かって進んでいきました――。