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第6巻「願い石の戦い」

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第18章 山脈の森

70.覚醒

 子どもたちと皇太子の一行は、ジタン山脈のふもとの森を馬で上っていました。

 人が足を踏み入れたことのない森は、いたるところに藪と茂みがはびこり、木々に蔓草が絡みついています。その中を馬で通れそうなところを探しながら、ゼンが行きます。ゼンの馬が通った跡を、フルート、ポポロと相乗りしているメール、しんがりに大柄な皇太子と、三頭の馬に乗った者たちが続きます。ポチはいつものようにフルートの鞍の前の籠に、ルルはメールとポポロの間にはさまれるようにしながら、ポポロの膝の上に乗っていました。

 やがて、行く手が藪と蔓に完全にふさがれて進めなくなりました。森の草や藪は霜や雪にあたって色あせていましたが、まだ完全に枯れ落ちてはいなかったのです。

 ゼンは手綱を引くと、フルートを振り返りました。

「よう、どうする? このまま先へ進めってんなら、刀で切り払って道を作るけどよ。そもそも、俺たちはどこへ行けばいいんだ? ただジタン山脈に行けって言われただけで、堅き石がどこにあるのか、俺たちは全然知らないんだぞ」

「でも、ユギルさんの占いはいつも必ず当たるよ」

 とフルートは答えました。

「ルルの時だってそうだったじゃないか。ただデセラール山に行けって言われただけだったけど、ちゃんとルルに出会えたもの」

「だが、あの時はルルの方でリーリス湖にいた俺たちを襲ってきたんだぞ。それで居場所がわかったんだ。さすがに堅き石は俺たちを襲いになんて来ないぞ」

 

 すると、それを一緒に聞いていた皇太子が、けげんそうに眉をひそめました。

「ちょっと待て、おまえたち……。今の話はどういう意味だ?」

 え、と少年たちは皇太子を振り返り、たちまち、しまった、という顔になりました。皇太子は、魔王になったルルが黒い風の犬の姿でリーリス湖を暴れ回り、船を襲ったことを知らなかったのです。そして、皇太子は、そんな少年たちの表情で真相を知りました。

「なに――! リーリス湖で船を襲って沈めようとした黒い風の犬というのは、そのルルのことだったのか!? では、ジーナの町を襲って三十人以上の住人に重軽傷を負わせた怪物というのも――!」

 ルルは馬の上でメールとポポロにはさまれながら体をすくませていました。忘れようとしても忘れられない過去の過ちです。ルルにはルルなりに、そんなふうになってしまった理由はありました。でも、魔王に心奪われて、たくさんの人々やフルートたちを襲い、殺そうとさえしたことは、事実として決して消えないのです。

 皇太子から責める目でにらまれて、ルルは何も言えなくなりました。消え入りそうなほど体を小さくすくませて、少女たちの間で震え出します。

 皇太子が厳しい顔で迫ってきました。

「あれは凶悪な闇を宿した風の犬だったと聞いているぞ。放置しておけば、エスタと同様、ロムドでも次々に人を殺して、国中を恐怖のどん底に陥れただろうと。――その闇の犬を、きさまらは仲間にしているのか!?」

 ルルは、びくりと体を震わせました。とうとうすすり泣きを始めます。そんなルルをポポロが抱きしめましたが、皇太子の剣幕があまりすごくて、ポポロ自身も怖くて何も言えません。ルルと一緒になって、今にも泣きそうになってしまいます。

 そんな少女たちをかばうように、メールが馬の向きを変えて皇太子に面と向かいました。

「待ちなって、オリバン。それはもう解決ずみなんだよ。ルルは今はもう闇を振り切ってあたいたちのところに戻ってきてるんだ。今さらなんだかんだ言われることじゃないさ」

 すると、さらにその前にフルートの馬が割って入ってきました。少女たちを背中に、皇太子を見上げてきっぱりと言います。

「殿下、ルルはぼくたちの仲間です。昔からずっと光の戦士の一人なんです。闇の手先なんかじゃありません」

 その落ち着き払った態度に、皇太子は、かっとなりました。闇の犬が同行していたということより、それにまったく動じないフルートの方が気に入らなくて、思わずどなりつけます。

「きさまは闇まで信じるというのか!? どこまで人が良ければ気がすむのだ! 人は殺したくない。闇も仲間だ。きさま、それでも本当に金の石の勇者なのか!? そんなことで世界が守れると思っているのか!?」

 とたんに、フルートは目を細めました。青い瞳の中を痛みに似た表情がよぎっていきます――。

 

 けれども、それは一瞬でした。少年はすぐにまた皇太子を見上げると、静かに答えました。

「どうすればいいのかは、ぼくにもわかりません。だけど、ぼくは自分にできる限りの力で世界を守っていこうと思っています」

 そして、フルートは震えている犬を振り向いて手を差し伸べました。

「こっちにおいで、ルル。ちょっと狭いかもしれないけど、ポチの籠に一緒に乗ってたほうがいいよ」

 ポポロが泣いている犬の少女を手渡してきました。フルートは優しくそれを抱きしめると、ポチが入っている籠の中にそっと下ろしました。ポチがすぐに顔を寄せて、ぺろぺろとルルの顔や体をなめ始めます。

 フルートはそれを見守り、皇太子に向かって黙って一礼すると、またゼンの馬のそばへ戻っていきました。本当に、淡々と見えるほどの落ちつきぶりです。

 思わず歯ぎしりをした皇太子に、メールがまた話しかけました。

「オリバン、フルートは間違いなく金の石の勇者だよ。あたいもうまく言えないんだけどね、金の石の勇者ってのは、あんたが言うようなものじゃないのさ。何か、もっと違うものなんだよ――」

 メールは、ふと口をつぐみました。闇の敵と壮絶な戦いを繰り広げ、傷を負って血まみれになったフルートの姿が浮かんできたのです。傷つき、死にそうになりながら、それでも皆を守ろうとフルートは必死で戦います。いつもそうです。いつも、いつでも、そうなのです。

 メールはなんとなくとまどうような気持ちになって、フルートの後ろ姿を眺めてしまいました。確かに、フルートは常識では考えられない勇者なのかもしれませんでした……。

 

「こら、ルル。いつも俺たちを偉そうに叱ってるくせに、自分が叱られたら泣くのかよ。みっともねえぞ」

 とゼンがルルに言っていました。涙が大嫌いなゼンです。悪口を言うことで、ルルを何とか泣きやませようとしています。

「うるさいわね。泣くくらいかまわないじゃないの!」

 とルルが言い返します。怒った拍子に、本当に涙が引っ込み始めました。茶色の毛を濡らした涙を、ポチがせっせとなめ取っています。

 そんな二人にルルを任せて、フルートはまた行く手を見ました。本当にこれから先どうしよう、と考えます。

 堅き石は、きっと地中にあるのです。山をいくら進んでいっても、それで出会えるというわけではないはずでした。堅き石はどこにあるのか。そして、それをどうやって手に入れるのか。二つの難問が横たわっていました。

 

 その時、ルルを眺めていたポポロが、急に息を飲みました。フルートを指さして叫びます。

「フルート、それ――!」

 フルートの鎧の胸あてから強い光がもれていました。澄んだ金色の光です。フルートも仲間たちも、驚いてそれを見ました。光はどんどん強くなってきます。

 フルートはあわてて首にかかった鎖をつかみました。鎧の胸当ての中からペンダントを引き出します。

 光っていたのは金の石でした。石が外に出てきたとたん、まばゆいほどの光が一同と森の木々を照らします。

 それを片手の上に受け止めて、フルートは呆然としました。

「金の石……?」

 手のひらの上で石が金色に輝いていました。

 彼らがシルの町を出発して、実に十五日目。金の石は唐突にその眠りから目覚めたのでした――。

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