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第6巻「願い石の戦い」

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68.準備

 いよいよ出発の時間が近づいて来ました。

 子どもたちと皇太子は、ロムド軍の辺境部隊やゴーリスたちに別れを告げて、ジタン山脈に入っていくのです。

「我々はザカラス軍の捕虜を連れてディーラへ戻る」

 とゴーリスが子どもたちに言いました。

「一足先にディーラで待ってるからな。ちゃんと堅き石を見つけて戻ってくるんだぞ」

「これから国王陛下も大変ですね。ザカラスの企みがわかったわけだから」

 とフルートが大人のような口調で言いました。すでに金の鎧兜を身につけ、剣と盾を装備して、すっかり戦士のいでたちに戻っています。

 すると、灰色の衣のユギルが静かに答えました。

「それこそが、我々の目的でしたので。今までどうしても捕まえられなかった暗殺計画の動かぬ証拠です。この一件はもう、早鳥でディーラに知らせてございます。今頃陛下はザカラス相手に交渉を始めていらっしゃるでしょう」

 それを聞いてゼンは肩をすくめました。いい顔はしませんでしたが、口には何も出しませんでした。

 ピランが小さな体で偉そうに腕組みしながら言いました。

「ジタン山脈に入ったら、その目でしっかと確かめてこい、チビの勇者ども。堅き石はこの山の中で待っとる。ついでに、おまえらが仰天するようなものも、きっと見られるからな」

「仰天するようなもの? なにさ、それ?」

 とメールが聞き返しましたが、ピランはにやにやするだけで、それには答えません。

「ちょっとぉ、教えなよ、鍛冶屋の長!」

「ワン、何かあるんですか?」

「そんなにもったいぶられたら、気になるじゃないの!」

 メールと犬たちがノームの老人に迫ります。

 そのかたわらで、ゴーリスがフルートとゼン相手に話し続けていました。

「おまえたちの馬と荷物はそこだ。足りないものは補充しておいたが、確認して、他に必要なものがあれば言え」

 前日、ランジュールのキマイラに驚いて逃げていったフルートたちの馬を、辺境部隊の兵士たちが見つけて連れ戻してくれていたのです。フルートとゼンはうなずいて、さっそく荷物のチェックを始めました。鍛冶屋の長を問い詰めるのに失敗したメールも、しかたなくそこに加わってきます。ポポロがそれを手伝います。

 

 すでに荷物の確認を終えていた皇太子が、少し離れた場所に立っていました。腕組みをしたまま、ジタン山脈を見上げています。

 そこへユギルが近づいていきました。黙ったまま、皇太子と一緒に山を眺め、やがて話しかけます。

「殿下、山中へ入れば、道はおのずと堅き石まで続きます。案ずることなくお進みください」

 皇太子は黙ってうなずきました。まだ山を見続けています。

 すると、ユギルが静かに言いました。

「堅き石のそばには、おそらく願い石もございます。石の呼び声は、今もまだ聞こえていらっしゃいますか?」

 皇太子はぎくりとしたように占い師を振り返り、すぐに苦笑いの顔になりました。

「まったく、ユギルにはなんでもお見通しだな……。聞こえなくなった、と思うがな。いや、だが、よくわからん」

 それを聞いて、ユギルは続けました。

「かの石は強い願いの心に応えて姿を現します。ですが、殿下はお望みのものをすでにその手にお持ちになっているのです。石に願いをかなえてもらう必要はございません。殿下は、殿下自身のお力で王におなりください」

 皇太子はまた苦笑いをしました。

「昨日までなら、それもただの気休めに聞こえたのだがな、今日は少し違って聞こえるぞ。なんだか、本当にそうなりそうな気もしないではない」

「本当にそうなってまいります……。宮中から敵は排斥されます。これからは殿下も公の場に堂々と姿を出せるようになりますし、そうすれば、ますます殿下を慕う者は増えましょう。誰も王位継承者を疑わなくなります」

 皇太子は何も言いませんでした。少し不安そうに、それでも、どこかでそのことばを信じたがるように、微妙な表情をのぞかせます。皇太子が占い師の予言を確信するには、今なお時間が必要なのでした。

 

 馬のそばで子どもたちが賑やかに話し合っていました。どうやら、自分の馬を持たない魔法使いの少女を、誰の馬に乗せるかでもめているようです。

「俺の馬だ! 俺は山歩きに慣れているんだからな!」

 とゼンが大きな声を上げています。

「ゼンは先に立って道を見つける役だろう? ぼくの馬のほうがいいんじゃないか」

 と控えめながら、譲らないところを匂わせるフルートです。

「たくもう! あんたたちの馬に乗せたら、またもめるじゃないのさ! あたいの馬に決まってるよ! ねえ、ポポロ?」

 とメールがひときわ大きな声で少年たちを抑え込んでしまいます。少年たちがいっせいに抗議します。ワンワン、と犬たちが賑やかに口をはさみます……。

 

 それを振り返って見ていた皇太子が、また言いました。

「私は、あいつがいなくなればいいと思ったのだ」

 ユギルはちょっと驚いた顔をしました。皇太子が「あいつ」と呼んでいるのがフルートのことだと、すぐに気がつきます。

「それこそ、私にないものを持ち、私から王位を奪う者に思えた。あの時、私は本当に願い石の呼び声を聞いていたのだろうと思う……。いや、私自身が、願い石を呼んでいたのかもしれんな。あいつなど、私の目の前から消えてしまえばいいと、本気で願っていた」

「ですが、殿下はそうなさらなかった。勇者殿が襲われるたび、殿下が助けに駆けつける様子が占盤に現れておりました」

 とユギルが言います。

 皇太子は頭を振りました。

「見殺しにするのが私の主義に反していただけだ。あいつを良く思っていたわけではない。あいつも、そんな私の気持ちには気づいていたはずなのだが――」

 フルートを遠く眺める皇太子の目が細められました。不思議そうな表情が浮かびます。

「あいつは、私が辺境部隊から讃えられているとき、それを本気で喜んでいた。余計な想いも何もなく、ただ一緒になって喜んでいたのだ。――何故だ? 何故、あいつはあんなふうに寛大なのだろう? まだほんの子どもだというのに」

 ユギルは色違いの目を子どもたちに向けました。金の鎧兜を身につけた、小さな少年を眺めます。子どもたちはまだ他愛もない言い争いを続けています……。

「勇者殿が何故あんなふうなのかという理由は、わたくしにもわかりません。占盤では読みとれないことですので」

 とユギルは答え、釈然としない顔をしている皇太子に向かって続けました。

「ですが、人はいつも過去の出来事に今を左右されているものです。勇者殿には勇者殿なりに、あんなふうにおなりになる理由があったのかもしれません」

「あの歳でか? ちょっと考えられんな。まあ、生まれつきそんなふうに恵まれている奴がいる、というだけのことなのだろうが」

 と言って、皇太子は思わず舌打ちしそうになりました。なんとなく、やっぱりおもしろくない想いはつきまといます。自分が皇太子として認められているとわかってきても、自分を越えるほどの資質を感じさせるフルートには、どうしても嫉妬を覚えずにはいられませんでした。

 すると、ユギルが静かに言いました。

「自分ではないものを目ざしなさいますな、殿下。殿下は殿下らしくあればよろしいのです。そうすれば、おのずと人心はついてまいります。――殿下に願い石は必要ございません。わたくしは殿下を信じております」

 銀髪の頭が深く下げられます。

 皇太子はあいまいにうなずきました。顔を上げて自分を見つめてきた占い師の目を、まともに見返すことはできませんでした……。

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