「勇者フルートの冒険」シリーズのタイトルロゴ

第6巻「願い石の戦い」

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61.救援

 地上に向かって全速力で飛びながら、ルルは背中の少女に尋ねました。

「ポポロ、あなた大丈夫? 塔を抜け出してくるのに魔法を使ったんでしょう? まだ魔法は使えるの?」

 彼女の魔法は非常に強力ですが、一日に二回しか使えないという制約があります。

 ポポロは正面から吹いてくる猛烈な風を避けるのにルルの背中にぴったり貼り付きながら答えました。

「うん。修行の塔の中は時間の進み方が全然違うの。塔の外とは別の時間の中にあるから、外では、あたしは今日はまだ魔法を使ってないことになるのよ――」

 吹きつける風に黒い衣の裾が今にもちぎれそうにはためき、赤いお下げ髪が狂ったように踊り回っています。どんな者でも思わず恐怖を感じるような速度でルルは飛んでいるのに、小柄な少女は悲鳴一つあげません。ただただ、必死で風の犬にしがみつき続けています。

 ルルは言いました。

「彼らの様子を私にも伝えて。ジタン山脈は目ざしているけど、正確な場所まではわからないから」

「うん」

 ポポロがまた答えて、心の中の魔法使いの目で仲間たちを探し始めました。遠い地上で戦っているフルートたちの様子を見ようとします。

 

 とたんに、ポポロは息を飲みました。

 ジタン山脈のふもとは、激しく戦う兵士たちでいっぱいになっていました。黒い鎧の兵士たちと、銀の鎧の兵士たち。銀色の兵士たちは盾にロムド王国の紋章をつけています。

 その中でひときわ激しく戦い合う二騎の戦士がいました。どちらも黒い鎧を身につけていますが、片方は兜の面おおいを押し上げていて、盾にはロムドの紋章があります。

「ゴーリス!」

 とルルが飛びながら言いました。ポポロの見ているものは、心を通じてルルにも見えています。

「ロムド軍が助けに来たのね? フルートたちは――!?」

 ポポロは急いでゴーリスの周囲へ目を移しました。仲間たちの姿を探し求めます。

 いぶし銀の鎧を着た大柄な若者の姿が、何故か真っ先に目に入ってきました。ポポロの知らない人物です。敵兵相手に剣をふるい、切り倒しています。ゴーリスにも負けないほど勇猛な戦いぶりでした。

 少し離れた場所では、メールが風の犬のポチに乗って戦っていました。空から急降下しては、黒い鎧を着た敵兵に剣をふるっています。ポチが舞い下りるたびに、敵兵が悲鳴を上げて倒れます。

 そこからさらに離れた場所から、ゼンがエルフの矢を撃っていました。メールやロムド兵たちを援護しています――。

「フルートは!?」

 とルルがまた尋ねました。

 ルルの頭の中は、あの時立ち聞きした天空王のことばでいっぱいになっていました。金の石の勇者が失われるかもしれない、という恐ろしい予言がぐるぐる渦巻きます。そんなはずないわ。フルートは強いのだもの、どんな敵にも殺されたりしないわ。そう否定したいのに、何故だか心がおびえてしまいます。

 

 その時、メールが突然ポチの背中から落ちました。敵の剣をかわしそこねたのです。地面に落ちて動けなくなった彼女へ、敵兵が駆け寄って切りつけようとします。

「メール!!」

 ポポロとルルが思わず同時に声を上げたとき、素早く金の鎧の少年が飛び込んできました。メールを狙った剣を剣で受け止めます。フルートでした。

 ポチがメールを助けに舞い下りていました。フルートは敵と剣の押し合いになっています。敵はフルートよりずっと大きな大人なのに、フルートはまったく負けていません。その小さな体に強い力が送られてきているのが、ポポロの魔法使いの目には、はっきり見えていました。金の石の魔力ではありません。石はこんな状況でも眠ったままです。石を取り囲んでいる透かし彫りの金のペンダントが、彼方から伝えられてくる力をフルートの体に流し込んでいるのです。

 それは遠い魔の森の木々と風と大地の力でした。ペンダントをフルートに与えた泉の長老の魔法です。フルートは戦士だけあって、見た目よりずっと強靱な体をしているのですが、そこへ自然がさらに力を貸しているのでした。

 敵がひるみました。自分が戦っているのが金の石の勇者だと気づいたのです。剣を引き、あわてて逃げだそうとします。それへ、フルートが剣を振り上げました。一刀のもとに切り捨てようとします――。

 が、何故だか、フルートは突然動きを止めました。剣を構えたまま、微動だにしなくなってしまいます。ポチとメールが驚いたようにそれを見ました。ポチが何かを言いかけます。

 その瞬間、逃げようとしていた敵が振り返りました。立ちすくんでしまったフルートに向かって、自分の剣を突き出します。鋭い刃がフルートの体に深々と突き刺さっていきます――。

 

「フルート!!!」

 ポポロとルルは悲鳴を上げました。

 ジタン山脈はもうすぐそこまで近づいていました。戦場は低い雪雲におおわれていて空からは見えません。ルルはためらうことなく雲の中に飛び込んでいきました。雪まじりの風の中を、うなりをあげながら飛んでいきます。

 ポポロは真っ青になりながら見つめ続けていました。敵の剣が引き抜かれたとたん、フルートが悲鳴を上げて血を吐きます。仲間たちが思わず叫ぶ中、その場に崩れるように座りこんでいきます。

 いぶし銀の鎧の青年が駆け寄って敵を倒します。ゼンとゴーリスが、フルートに駆け寄っていくのが見えます。

 フルートは脇腹の傷を押さえていました。蒼白になった顔の中、血にまみれた唇が何かをつぶやいたようでしたが、それは魔法使いのポポロの耳にも聞き取ることができませんでした。

「見えた!」

 ルルが叫びました。雲を突き抜け、降りしきる雪の向こうに、今ポポロが見ているのと同じ光景が現れたのです。ルルは超低空飛行に入りました。速度はまったく落とさずに彼らの手前まで来ると、自分の風の体を直接地面にこすりつけ、土と雪をえぐって速度を殺して急停止します。その背中からポポロが飛び下りました。勢い余って、つんのめって転びそうになります。

 ポポロは必死で立ち直り、全速力でフルートに駆け寄りました。雪の上に座りこんだフルートが、また大量の血を吐きました。崩れるように前のめりに地面に倒れ込んでいきます。

 ポポロはフルートに向かって無我夢中で手を伸ばしました。その腕に、ずっしりと重いものが寄りかかってきます。血を流し、力を失った体です。それをおおう金の鎧は、いたるところが傷だらけになっていました。

 ポポロは必死で抱きとめました。重い体を受け止め、支え、傷ついた鎧に腕を回して叫びます。

「フルート……! フルート、しっかりして……!」

 今にも大泣きしそうになりながら、ポポロは少年に呼びかけました。

 

 一同は声も出せずに立ちつくしていました。

 目の前に突然黒衣の少女が駆け込んできて、倒れるフルートを抱き支えたのです。泣きそうな声と顔で必死に名前を呼んでいます。

 我に返った皇太子が大剣を構えました。

「何者だ!?」

 とたんに、駆け寄っていたゼンが手を伸ばして止めました。

「ポポロだ。俺たちの仲間だよ――」

 そう言いながらも、どうしてここに彼女がいるのかわからなくて、混乱して見つめてしまいます。

 すると、犬の姿に戻ったルルが走ってきました。地面をえぐって着陸したせいで、茶色い長い毛並みが泥まみれになっています。悲鳴のように叫びます。

「ポポロ! フルートを助けるのよ! 魔法を使いなさい!!」

 その声にポポロも我に返りました。腕の中のフルートは息をしていません。胸を貫かれて血を吐き、呼吸ができなくなっているのです。鎧をまとった体が激しくけいれんを繰り返しています。

 ポポロは思わず目をつぶりました。大声で泣き出してしまいそうになるのを必死でこらえると、フルートの体を抱きしめて、声高く唱えます。

「エクスオーチノーイテシャイオーズキレターキヨリカヒオノウホーマ……!」

 とたんに黒い衣に包まれた腕の中から光があふれました。澄んだ緑の輝きです。ポポロが使う魔法の光の色でした。

 光がフルートの体を包み込みます。まばゆさの中に金の鎧をまとった少年の姿が見えなくなっていきます。

 その瞬間、皇太子は唐突に以前見た夢を思い出してしまいました。「新王の誕生、万歳」と人々に賞賛されながら、フルートが光に包まれていった場面です――。

 

 けれども、すぐに光は弱まり、またフルートが姿を現しました。ポポロに抱かれたまま、咳きこみ、また大量の血を吐きます。

「フルート!!」

 仲間たちが叫びました。ゼンが、メールとポチが、ルルが、真っ青になって駆けつけます。

 すると、フルートがゴホンゴホンと激しい咳を繰り返しました。それを抱き続けながら、ポポロが言いました。

「大丈夫よ。傷をふさいだわ……もう大丈夫よ……」

 咳をするたびに、フルートの肺と気管にたまった血液が外に吐き出されていきます。左の脇腹から流れる血も止まっています。やがて、フルートがひゅうっと音を立てて息を吸い込みました。やっと呼吸ができるようになったのです。

 涙ぐみながら、ポポロはフルートに話しかけました。

「まだ痛い……? 魔法の光で傷はふさがったと思うんだけど……」

 フルートは首を横に振りました。まだ声がよく出せません。かすれる声で、低く何かを言いました。

「え、なに、フルート?」

 ポポロは聞き返しました。フルートが、先よりも少しはっきりした声で繰り返しました。

「君の服……血で汚れちゃった……ごめんね……」

 仲間たちは、思わず絶句しました。

 ポポロは唇を震わせました。大丈夫なのよ、と答えようとします。これは魔法の服だから、汚れてもすぐにまたひとりでに綺麗になってしまうのよ……と。

 けれども、ポポロはそれを言うことができませんでした。フルートはまだ力なく少女に寄りかかったままでいます。傷はふさがっても、受けたダメージはあまりに大きくて、まだ身動きできずにいるのです。

 ポポロはフルートを抱く手に力をこめました。堅い鎧の手応えが腕と胸に伝わります。

 少女は少年を強く抱きしめると、声を上げて泣き出してしまいました――。

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