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第6巻「願い石の戦い」

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58.軍隊

 フルートはキマイラに向かって炎の剣を振りました。

 怪物の背中のヤギは燃えつきようとしています。痛みに怒り狂ったライオンの頭がフルートを向きます。激しい炎が口から吹き出し、フルートが撃ち出した炎の弾と激突します。火のかけらが飛び散り、お互いの炎を打ち消しあってしまいます――。

 怪物の後ろでは蛇の頭が暴れ続けていました。逃げようとして倒れた敵兵に、仲間の兵士が駆け寄って助け起こそうとします。そこへ、蛇が毒の息を吐きかけました。兵士たちがたちまちもがき苦しみ始めます――。

 フルートは強く唇をかみました。もう一度炎の剣を振り上げ、渾身の力をこめて振り下ろします。ゴゴウッと激しい音を立てて、これまでで最大級の炎の弾が飛び出します。巨大な炎の塊は、ライオンが吹き出した炎を押し返し、その頭を火で包みました。金褐色のたてがみが燃え上がり、ライオンが絶叫します。

 キマイラが燃えながらフルートに向かって飛びかかってきました。一つだけ残った蛇の頭でフルートを見据えています。

 と、その頭を白い矢が貫きました。ゼンです。

 ポチがメールを背に乗せたまま急降下してきて、飛びかかってくるキマイラを下からすくい上げました。猛烈な風の勢いで地上にひっくり返してしまいます。そこへフルートが駆け寄り、また炎の剣をふるいました。今度は体に直接切りつけていきます。

 ボウッとキマイラの全身が火を吹きました。たちまち大きな炎が怪物を包み、音を立てて燃え上がります。ライオンと蛇の叫ぶ声が、同時に響き渡ります。

 

 その時、燃えるキマイラの陰から黒い兵士が飛び出してきました。剣を振り上げながら、まっしぐらにフルートへ向かってきます。

「金の石の勇者、覚悟!」

 炎の剣をふるったばかりのフルートは、体勢を立て直すことができません。ゼンとポチの次の行動も間に合いません。兵士が駆け寄りざま、剣の切っ先を少年の顔にたたき込もうとしました。

 すると、その剣を大きな剣が受け止めて、はじき返しました。ギィン、と耳障りな音が響きます。

 フルートの目の前に皇太子が剣を構えて立っていました。返す刀で兵士を倒します。間に合ったのです。

「殿下……」

 フルートは目を丸くしました。ひどく意外な想いと、やっぱり来てくれた、という安堵感が同時にわいてきます。

 渋い顔をしながら皇太子が言いました。

「まったく、きさまらは困ったヤツらだ。この状況からどうやって逃げる。万が一にも助かる道はないぞ」

 けれども、その窮地に自ら助けに駆けつけてきてくれたのは皇太子でした。

 空からポチに乗ったメールが叫んでいました。

「来るよ! 大群だ!」

 キマイラが倒れたのを見て、黒い騎馬兵たちが、いっせいに動き出していました。剣を構え直し、ときの声を上げて、フルートや皇太子目がけて押し寄せてこようとします。

 ゼンがフルートのわきに駆けつけながら、空に向かってどなりました。

「おまえらは逃げろ! ここから離れるんだ!」

「やなこった!」

 メールがどなり返しました。青い瞳には涙さえにじませています。

「あんたたちだけ残して逃げられるかい! ポチ、あの兵隊たちをなぎ倒してやろう! 一人もフルートたちに近づけるんじゃないよ!」

「ワン、でも、それじゃメールが」

 メールは武器も防具も、何一つ身につけていません。得意の花も使えません。敵の前に飛び出したら、直接攻撃されて、あっという間にやられてしまうに違いありません。

「いいから行きなってば! 早く!」

 メールがポチの風の体を思い切りつねりました。キャン! と風の犬が悲鳴を上げます。

 フルートは思わず奥歯をかみしめました。自分が仲間たちを絶体絶命の窮地に追い込んでしまったことを痛感します。

 目の前でキマイラが燃えていきます。もう鳴き声も上げません。そのしかばねの向こう側に、黒い波のように押し寄せてくる騎馬兵たちの姿が見えていました。

「走れ!」

 とフルートは叫びました。

「とにかく逃げろ! 死にものぐるいで逃げ切るんだ――!」

 

 その時、彼らの後ろで突然すさまじいときの声が上がりました。

 馬に乗った新しい軍勢が土煙と共に高原を駆け上がってきます。

 フルートたちは、ぎょっと立ちすくみました。はさまれたのです。もうどこへも逃げられません。

「くそっ」

 ゼンが弓矢を新たな敵に向けました。が、その数は山手から迫る黒い兵士たちより多いくらいです。いくら百発百中の矢でも防ぎきれるはずはありませんでした。

 フルートは炎の剣を握り直しました。炎の弾を撃ち出して、なんとか突破口を開こうと隙を狙います。

 すると、突然皇太子が叫びました。

「二人とも待て! あれは――ロムド軍だ!」

 馬の蹄を響かせながら、ジタン山脈のふもとへ駆け上がってくる新たな軍勢。その先頭を切って走る騎兵は、獅子に緑の樹と山を配した、ロムド王国の旗印を掲げていたのでした。

 

 ロムドの騎兵隊の後ろから、いっせいに何十本という矢が飛んできました。飛距離の長い大弓の矢です。姿を現した弓矢部隊は、ずらりと横一列に並び、ロムドの紋章を配した揃いの戦衣をまとっていました。矢を放ち終えると、すぐに新しい矢を構える後列の兵と入れ替わります。

 矢が雨のように敵軍の中に降りかかり、黒い兵士たちが何人も馬から落ちました。さらに遠くまで飛んだ矢は、そこで構えていた敵の弓矢部隊にまで届きます。たちまち、そちらからも矢が撃ち返され、戦場の上空は飛びかう矢でいっぱいになりました。

「ワン、危ない!」

 ポチが大あわてで地上に舞い下りてメールを下ろしました。フルート、ゼン、メール、皇太子、ポチの四人と一匹が、また一箇所に集まります。彼らはそのまま、近づいてくる援軍を声も出せずに見守ってしまいました。

 彼らは飛んでくる矢に備えて盾を構えながら、まっしぐらにこちらへ向かってきます。鎧は銀、盾には獅子と樹と山のロムドの紋章が描かれています。隊列の中にも何本も旗印が掲げられているのが見えます。ロムドの紋章ともまた違った模様です。それを見たとたん、皇太子がまた叫びました。

「第七辺境部隊――!? まさか!!」

 皇太子は幼い頃からロムド軍の辺境部隊を渡り歩いてきました。その中で見慣れた部隊の紋章が、旗印になびいていたのです。

 

 すると、一騎の戦士が部隊の中から飛び出してきました。銀の鎧の集団の中で、一人だけ黒い鎧兜に身を包んでいます。先頭でロムドの旗印を掲げる騎兵を追い越し、黒い兜の面おおいを押し上げて大声を上げます。

「フルート!! 殿下――!!」

 フルートたちは自分の目と耳を疑いました。彼らがよく知っている顔、よく知っている声です。

 黒い鎧兜姿で駆け寄ってくるのはゴーリスでした。ロムドの辺境部隊を率いて、こちらへ向かってきます。

 その時、立ちすくんでいる一行に、ゴーリスがまた叫びました。

「気をつけろ! 敵が来るぞ――!」

 フルートたちは我に返りました。

 ロムド軍が到着するより早く、敵の兵士たちがやってきたのです。燃えつきようとするキマイラの死体を跳び越えながら、次々と襲いかかってきます。

「ワン!」

 ポチが激しい風の音を立てて渦を巻きました。馬たちが強風にあおられて思わず立ち止まります。

 フルートは剣を構えながら仲間たちに叫びました。

「みんな、真ん中に寄って! 風から離れるんだ!」

 言いながら、風の渦を作っているポチに向かって、炎の剣をふるいました。飛び出した炎の弾が風に巻き込まれ、彼らの周りに炎の壁を作り出します。敵の馬がいななき、いっそう後ずさりしていきます――。

 

 そこへ、ゴーリスが駆けつけてきました。炎の壁の中に突進しようとしていた敵兵に駆け寄り、大剣で切りつけていきます。剣と剣がぶつかり合って音を立て、互いの馬が反動で後ろへ下がります。ゴーリスはまた馬を駆り、敵兵に切りつけていきました。敵兵が剣でそれを受け止め、たちまち激しい剣の打ち合いが始まります。

 押し寄せてくる敵兵と、かけつけるロムド軍の辺境部隊が、ときの声を上げながら高原でぶつかり合いました。黒い鎧と銀の鎧が走り寄り、そこここで剣が鳴り、馬がいななき、激しい戦いが始まります。あたりがもうもうとした土煙に包まれます。

 それは、フルートたちが初めて見る、軍隊同士の大戦闘の光景でした――。

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