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第6巻「願い石の戦い」

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57.混戦

 立ちすくんでいるフルート。その目の前に黒い鎧兜の騎馬兵たちが迫ってきます。先頭の兵士がまたどなりました。

「もらったぞ、金の石の勇者!」

 声と共に剣が振り上げられ、駆け寄る馬の上から白い刃が振り下ろされてきます。フルートは盾を構えました。ガキッと激しい音がして剣が跳ね返されます。が、勢いに負けてフルートの小柄な体がよろめきました。危なく転びかけて、とっさに地面に手をつきます。

 そこへ、先の兵士が馬を返してきました。

「今度こそとどめだ!」

 とまた剣を振り上げます。

 フルートはとっさに自分の剣を両手で握りました。崩れた体制のまま、地面に片膝をつき、相手が打ちつけるように振り下ろしてくる剣を剣で受け止めます。

 フルートが握っているのが炎の剣なのを見て、ランジュールがまたあきれたように言いました。

「どうして炎を撃ち出さないのさぁ、金の石の勇者。せっかく魔法の剣を持ってるのに」

 フルートは歯を食いしばりました。何も答えません。高い位置から何度も振り下ろされてくる剣に、ただひたすら耐えています。

 すると、ひょおっと鋭い音を立てて一本の矢が飛んできました。フルートに切りかかる兵士の鎧の隙間をついて、右肩を貫きます。兵士が悲鳴を上げて馬から落ちます。

 矢を放ったのはゼンでした。立ち止まり、弓弦の震える弓に、もう次の矢をつがえています。フルートに迫っていた次の兵士を、また馬から射落とします。

 地面にしゃがみ込んでいたフルートへ皇太子が駆けつけてきました。

「まったく、この馬鹿者が!!」

 といつものようにどなり、襲いかかってきた騎馬兵の馬に切りつけていきます。馬がいななき、後脚立ちになって背中の兵士を振り落とします――。

 

 けれども、兵士たちは後から後から彼ら目がけて押し寄せてきました。男たちの声がみぞれ混じりの風の中に響きます。

「皇太子だ!」

「ロムドの皇太子だぞ!」

「討ち取れ――!」

 皇太子が複数を相手に戦い始めました。次々と襲ってくる敵に剣を振り回し、激しく切り結びます。

 フルートは唇をかみました。皇太子を死なせるわけにはいきません。飛び起きて、皇太子の背中を狙ってきた刀を跳ね返し、自分から兵士たちに切りかかっていきます。が、小柄なフルートの刃先は兵士たちに届きません。

「炎の弾を撃ち出しなったら」

 とランジュールがまた言いました。いらついた声です。それでもフルートは剣の魔力を使おうとはしません。

 

 そこへゼンが飛び込んできました。エルフの弓を背中に戻し、左腕に青い小さな盾をつけています。フルートに切りつけようとした兵士の剣を盾で跳ね返すと、そのふところに飛び込んで、男に右の拳をたたき込みます。とたんに男は何メートルも吹き飛ばされて倒れました。鎧が壊れてはずれます。

「下がれ、フルート」

 とゼンが言いました。何故だか低い声です。

「おまえには無理だ。俺がやる」

 言いながらゼンが腰から自分のショートソードを抜いたので、フルートは、はっとしました。ゼンが何を「やる」と言っているのか気がついたのです。激戦の最中、一瞬二人が見つめ合います。

 ゼンが、ちょっと肩をすくめて見せました。笑うように目を細めると、次の瞬間、真顔に戻って倒れた兵士に飛びかかっていきます。ショートソードを振りかざし、鎧がはずれた男の胸へ――心臓へ突き立てようとします。

 

 ところが、ショートソードが、直前で止まりました。フルートが自分の剣でゼンの剣を止めていました。

 ゼンは思わずわめきました。

「馬鹿野郎! こいつは敵だぞ! 殺さなかったら、こっちがやられるんだ!」

 フルートはゼンの剣を押さえながら、その目を見つめ返しました。まるで自分の痛みをこらえるような顔で、それでも、はっきりとこう言います。

「殺すな。――ぼくが自分でやる」

 ゼンは驚いた顔になりました。

 フルートは剣を引き、改めて、倒れている兵士に向き直りました。その顔色は真っ青です。武器を手にまた立ち上がってきた兵士に向かって、剣を高くかざし、炎の弾を撃ち出そうとします。

 ゼンは思わず固唾を呑んで見守りました。

 ごうっと激しい炎が吹き出し、兵士を包みました。男が炎の中で何かをつかむように手を伸ばし、絶叫しながら燃えていきます――

 

 フルートは目を見張って炎が飛んできた方向を見ました。ゼンも同様です。

 今の炎はフルートの剣から撃ち出されたものではありませんでした。今まさにフルートが剣をふるおうとした瞬間、横からいきなり炎が飛んできて、兵士を火だるまにしてしまったのです。

 キマイラのライオンが頭を低く下げていました。たった今、火を吐いたばかりの口で、ぐるる、と咽を鳴らします。たてがみの上に寝そべったランジュールが、笑いながら言いました。

「ダメダメ、そぉんなんじゃ全然ダメだよぉ。人を殺すのに、いちいちそんな悲愴な顔してちゃ、やってらんないね……。なんだねぇ、金の石の勇者。キミは相手を人間だと思うから殺せないんだよね。敵は敵さ、人間だなんて思っちゃいけない。そこにいるのはただのネズミ、ううん、虫かな――ゴキブリかも。ゴキブリなら、殺したって罪悪感ないだろう? たくさん焼き捨てたら、世界も綺麗になって、すっきりするよねぇ。――割り切りなよ、勇者。人を殺すのなんて、すごく単純なんだよぉ」

 

 フルートたちに向かってくる兵士たちへ、キマイラの蛇とヤギが攻撃していました。毒の霧を吐きかけ、鳴き声を響かせます。兵士たちがまた血を吐いて転げ回り、ばらばらになって吹き飛びます。手や足や体の一部……たった今まで生きていた人間だったことを示すものが、血の雨と一緒に降ってきます。

 ゼンが真っ青になりました。フルートもまた体を震わせて叫びます。

「やめろ、キマイラ! ランジュール!!」

 けれども、ランジュールは楽しげに言い続けました。

「あれは虫。あれはゴミ。綺麗にお掃除しようねぇ、しっぽちゃん、メェメェちゃん。しょうがないじゃない? あっちで攻めてくるんだからさ。正当防衛ってやつ。だから、思いっきりやっていいのさ。悪いヤツをやっつけるのは気分いいよねぇ。正義の味方の仕事だよねぇ」

 ライオンが押し寄せる敵に炎を吹きつけ、また十人近くも火だるまにします。ヤギが鳴き声を上げようと頭を高くもたげます。

「やめろ――!!」

 フルートはまた叫びました。炎の剣を握り直し、ヤギの頭目がけて思い切り振ります。炎の弾が飛び出し、ヤギの頭に激突して、一瞬で燃え上がらせます。

 ベェェェ……!!

 ヤギが悲鳴を上げて頭を振りました。キマイラ全体が大きく飛び上がり、狂ったように暴れ始めます。背中のヤギが燃えているのです。他の獣の頭たちも、一緒に熱さを感じているのに違いありませんでした。

「メェメェちゃん! メェメェちゃん――!」

 ランジュールが叫んで魔法で火を消そうとしていました。が、暴れ回るキマイラは、頭の上から魔獣使いを振り落としてしまいました。ランジュールの痩せた体が、地面に激突する寸前に消えて、別の場所に現れます。苦い顔で腰に両手を当てます。

「まったくしょうがないなぁ、金の石の勇者ってのは。自分で自分の味方を攻撃しちゃうんだから」

 すると、空から少女の声が鋭く飛んできました。

「なに言ってんのさ、ランジュール! あいつらをやっつけたら、次はキマイラであたいたちを攻撃しようと思ってたんじゃないか! それのどこが味方だい!?」

 メールが風の犬のポチに乗って飛んできていました。メールは毛皮のコートをはおっただけで、何の防具も身につけていません。そんな彼女をポチは安全な場所に避難させようとしたのですが、メールが頑として承知しなかったのでした。

 ランジュールは空を見上げてちょっと笑いました。苦笑いの顔です。

「魔獣なしで風の犬と渡り合うのは、ちょっと条件悪すぎるよねぇ。ボクはそろそろ退散しよう。金の石の勇者に、割り切りなってもう一度伝えておいてね。そうしないと勝てないよ、って。キミたちがここから生きて脱出できたら、また戦おうねぇ」

 青年の痩せた姿が音もなく消えていきました――。

 

 ジタン山脈のふもとの高原は、混戦状態に陥っていました。背中のヤギを火に包まれたキマイラが、苦しまぎれに暴れ回り、見境なく攻撃をしかけています。黒い兵士たちが炎に包まれ、毒の息で倒れていきます。その混乱が近づいてきたので、皇太子は剣を引き、今まで戦っていた場所から下がりました。後を追ってこようとした敵が、後ろから飛んできたキマイラの炎を浴びて倒れます。

 皇太子はざっと戦場を見渡しました。

 魔獣使いが消えて、キマイラは制御のしようがなくなっていました。狂ったように最前線で暴れ回り、それが敵の総攻撃を防ぐ形になっています。怪物はかなりの数の敵を倒しましたが、それでもまだ多くの騎馬兵が無傷でいます。怪物を迂回して、こちらへ向かってこようとしています。彼らの目的は、あくまでも皇太子やフルートたちの命を絶つことなのです。目先のことにとらわれずに目的を遂行しようとする様子は、徹底した訓練を積んできたことを思わせます。

 後方では、これだけの状況にも弓矢部隊がじっと動かずに構えています。兵士たちの行動といい、完璧な統制ぶりといい、敵ながら相当優秀な軍勢です。

 おそらく、どこかの国の正規軍だろう――と皇太子は考えました。それがどこの国なのかが問題なのですが……。

 

 皇太子はキマイラの目の前にいる子どもたちを眺めました。敵に向かって攻撃している怪物に、フルートが炎の剣を振り上げています。ゼンがその後ろで弓矢を構え、メールを乗せたポチが空から駆けつけようとしています。彼らはキマイラを倒そうとしているのです。図らずも自分たちの敵を防いでくれている怪物を――。

 皇太子は思わず目を細めました。もう一度、鋭く戦況を眺めます。

 彼らが怪物を倒してしまったら、敵の猛攻撃が始まるでしょう。たとえ風の犬に乗って逃げようとしても、離れた場所で構え続けている弓矢部隊の矢から逃れることはできません。残る騎馬兵もざっと百五十騎以上。とても彼らに防げる数ではありません。ここは大急ぎで戦場を離れて、安全な場所まで逃げるのが最善の場面でした。

 けれども、子どもたちはただ怪物だけに立ち向かっていました。今、自分たちを取り巻いている状況も、この後に迫ってくる危険も、なにも見えていません。暴れて人を殺し続ける怪物を倒すことしか頭にないのです――。

「まったく馬鹿だな。金の石の勇者というものは」

 と皇太子はつぶやきました。ここは引くべき場面です。混乱に乗じて、安全な場所まで逃げるべきなのです。

 皇太子は小さく皮肉な笑いを浮かべました。ふん、といつもの笑い方をします。

 フルートがキマイラに炎の剣を振り下ろそうとしていました。

 皇太子は自分の剣を握り直すと、全速力で走り出しました。

 敵に背を向けて戦場を離れるのではなく、怪物と軍勢を前に戦い続けている、小さな勇者たちに向かって――。

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