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第6巻「願い石の戦い」

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54.山麓

 目の前に少年が立っていました。

 え、とフルートは思わずそれを見つめました。

 鮮やかすぎるほど金色の髪に、金色の瞳。小柄なフルートの肩にも届かない小さな子どもですが、なんだか何十年もこの世を生きてきた老人のような、子どもらしくない表情をしています。リザードマンに襲われて死にかけた時、夢の中で出会った、あの少年でした。

 フルートがとまどっていると、金の少年が口を開きました。

「君は何をしたい、フルート? 本当に君がしたいと思っていることは、なんだい?」

 やはり姿に似合わない、大人びた口調です。

 フルートは黙って少年を見つめ返しました。相手は何を聞きたがっているのだろうと考えます。

 すると、少年がまた言いました。

「君は世界中の人たちを闇から救いたいと思っている。それは、ぼくの思っていることと同じだ。だから、ぼくは君を助けている。君は本当に、最後の最後まで、ぼくと一緒に来られるかい?」

 少年の問いかけは、あまりにも謎めいています。けれども、フルートは気がつきました。鮮やかな金色の髪と目の子ども。この少年の正体は――。

 フルートは穏やかに答えました。

「ぼくは、みんなを闇から守りたい。ぼくが考えているのは、ただそれだけだよ、金の石」

 すると、金色の子どもはちょっと笑いました。ひどく年老いているような、とても幼いような、どちらにも見える不思議なほほえみでした。

 そして、少年の姿は音もなく消えていき――

 フルートは、我に返りました。

 

 目の前でたき火が燃えていました。

 その上で湯気を立てている鍋を、ゼンがかき回して味を見ています。火の周りにはメールとポチも座っていて、お茶を飲みながら、料理ができあがるのを待っています。

 フルートが思わずぼんやりしていると、ポチがフルートを振り向きました。

「ワン、どうしたんですか? 夢でも見ていたような顔をして」

 それを聞いて、メールも笑いました。

「やだね、フルートったら。目を開けたままで寝てたのかい?」

 フルートは黙って首を振りました。今見た幻のことは何も言わずに、ただ鎧の胸当てからペンダントを引き出します。金の石は灰色のままでした。

 くすんだ小石を眺めながら、フルートは、やっぱりただの夢だったんだろうか、と考えました。魔法の石は鈴を振るような音でフルートを呼ぶことも、きらめきで語りかけてくることもありません。ただ、静かに眠り続けています……。

 

 すると、ゼンが仲間たちの後ろを示して言いました。

「おい、あいつを何とかしろよ。とても見てらんねえぞ」

 親指で差す向こうに、小さな火に向かって座っている皇太子の姿がありました。見ていられない、と言われても、皇太子は別に何をしているわけでもありません。ただ黙って座っているだけです。フルートたちが集まっている火と皇太子の火の間には、かなりの距離があいていました。

「ったく、ここんとこずっと、めちゃくちゃ暗いぞ、あいつ。全然話そうとしねえしよ」

「頭の傷がまだ痛むのかな」

 とフルートは心配そうに皇太子の方を見ました。他の子どもたちも同じようにそちらを見ているのですが、皇太子は気がついているのかいないのか、何の反応も示しませんでした。

「どうだろ。そうじゃないと思うんだけどなぁ。怪我はもうずいぶん良くなってきてるんだよ」

 とメールが答えました。メールは毎日、皇太子の頭に薬草を貼って包帯を巻き直すのを手伝ってやっているのです。でも、その時にあれこれ話しかけても、皇太子は一言も返事をしようとしないのでした。

 ポチが、遠くから漂ってくる匂いをかぐように、くん、と鼻を鳴らして言いました。

「何かずっと考えてますね。ずっとです。何かを迷っているみたいだけど……」

 フルートたちは皇太子を見つめました。大柄な姿が、小さな火のそばで、何故だか妙に淋しげに見えます。

「ったく」

 とゼンは舌打ちすると、また鍋をかき混ぜ始めました。

「せっかく、ちょっといい感じになってきたかと思ったのによ。皇太子なんてのは、やっぱりわからねえぜ」

 子どもたちは皇太子を心配していました。ゼンでさえ、もう最初の頃のように嫌ってはいないのです。けれども、皇太子は一人ぽつんと座ったまま、ただ火を見つめ続けていました。彼を見守る小さなまなざしに少しも気づかずに――。

 

 

 その翌日、一行はついにジタン山脈のふもとまでたどりつきました。王都ディーラを出発してちょうど二週間目のことでした。

 また空は曇り、今にも降り出しそうな厚い雲が山脈の頂上までたれ込めています。谷間に沿って立ち上った霧が雲と一つになり、山を半分以上隠しています。湿っぽくて冷えびえとした晩秋の風景でした。

 馬の上からそれを見上げながら、ゼンが言いました。

「いよいよか。お宝探しの始まりだぞ」

 お宝というのは、もちろん堅き石のことです。けれども、ずっと黙りこくっていた皇太子が、それを聞いて、ぎくりとしたように顔を上げました。

 フルートの鞍の前の籠で、ポチが身震いしました。

「なんだか妙な感じのする山ですね……。なんかこう、見てるだけで背筋の毛がちくちくしてきますよ」

 フルートも、じっと目の前の山脈を見つめ続けていました。ポチと同じような違和感を、やはり全身で感じてしまっています。殺風景な荒れ地の果てにそびえる山々。そこには確かに何かがあるようでした。

 ついに雲から雨が降り出しました。風に混じってぽつぽつと顔やマントに当たってきますが、風が強まるにつれて、次第に色が白く変わり始めました。

「雪だよ!」

 とメールが声を上げました。けれども、顔にはまだ雨のしずくも当たります。みぞれが降り出したのでした。

「山の上はもう本格的に降ってるな」

 とゼンは頂上の雲を眺めて言いました。暗い景色の中で、雲だけが冷たく白く光っています。

「行こう」

 とフルートは言いました。山に入りこむことを拒むような雰囲気は、彼らを強く包んでいます。けれども、彼らは行かなくてはならないのです。堅き石を見つけるために――。

 

 すると、行く手から急に声がしました。

「やっほぅ。山に入る前に一勝負と行こうよ、勇者たちぃ」

 姿が現れていなくても、もう、それを聞いただけで誰が来たのかわかります。フルートたちはいっせいに馬を寄せました。

「ランジュール!」

「はぁい、お待たせ。なかなか来られなくてごめんねぇ。強い魔獣がなかなか捕まらなくてさぁ……」

 のんびりした声と共に、目の前に怪物が姿を現しました。空間からにじみ出るように出てきたのは、見上げるように大きなライオンでした。金褐色のたてがみの上に、痩せた青年が寝ころんでいます。

 ウォォーーッとライオンが吠えると、あたりの空気がびりびりと震え、フルートたちが乗った馬がいっせいにおびえて後脚立ちになりました。フルートたちがあわてて飛び下りると、あっという間にどこかへ逃げていってしまいます。

 

 ゼンは地面に飛び下りるなり、百発百中の弓矢を構えて言いました。

「馬しか驚かないぜ。ただでっかいだけじゃねえかよ。そんなんじゃ期待はずれだぜ」

 とライオンの顔目がけて矢を放ちます。とたんに、ライオンが口を開けました。

「ゼン!」

 フルートが親友を強く引いて、入れ替わりに前に飛び出しました。魔法のダイヤモンドで強化された盾をかざします。

 その瞬間、ごうっと音を立ててライオンの口から炎が吹き出し、飛んでくる矢を焼き尽くしました。同じ炎が少年にも降りかかり、盾をかざしたフルートの小柄な体を、一瞬まともに包み込みます。

「フルート!!」

 子どもたちは思わず叫びましたが、炎の中から金の鎧の少年がまた現れたので、ほっと胸をなで下ろしました。

 フルートは鎧の上で燃え続けているマントを外して投げ捨てました。炎の剣を抜いて構えます。防御力が落ちている左の肘の部分は、盾でかばって無事のようでした。

「火を吹くライオンかよ!」

 とゼンが言いながら次の矢を構えました。炎を避けてライオンの体を狙おうとします。

 すると、ランジュールが、うふふっと笑いました。

「やだなぁ。そんな単純なヤツのはずがないだろう?」

 ライオンが逆に頭をそらし、体をゼンに向けてきました。その大きな背中から、長い二本の角が生えた獣の頭がゼンを振り向きました。白いヤギの体の前半分が、ライオンの背中から生えるように突き出ています。さらに、ライオンの尾がくねって、シャーッと鋭い音を立てます。尾は鎌首をもたげる生きた蛇です。

 子どもたちは思わず叫びました。

「キマイラだ!!」

 ライオンの頭の上でランジュールが満足そうに、うふっと笑いました。

「そうそう。あの有名な怪物だよぉ。キミたちも見るのは初めてだろう? これでキミたちの相手をしてあげるからねぇ。今度こそ――勇者の命はボクのものさ」

 きらり、と細い眼が光りました。顔は笑っているのに、その目はまったく笑っていません。背筋が凍るほどの冷ややかさでフルートを見据えています。

 フルートは駆けつけてこようとする仲間たちに叫びました。

「来るな! 巻き込まれる!」

 一人、キマイラに向かって駆け出します。ライオンの頭がフルートに向かって口を開け、激しい炎を吹き出そうとします。フルートは、その真っ正面に立ち止まると、炎の剣を強く握り直しました――。

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