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第6巻「願い石の戦い」

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第14章 みぞれの中

52.魔石

 ロムド城を訪ねてきた客人は、ノームの従者を連れていました。

 客人を歓迎して盛大な宴会が開かれ、従者たちもそれに参列していましたが、ノームは賑やかな催し物があまり好きでなかったのか、やがて大広間を抜け出しました。城の中庭を散策している時に偶然出会ったのが、占い師のユギルを連れた皇太子でした。

 皇太子はその時、十四になったばかりでした。国の北東を守っていた辺境部隊から城に戻り、また別の辺境部隊へ移動するまでの間、半月ほど城に滞在していたのでした。

 ノームはロムドではめったに会えない珍しい客人です。皇太子はことのほか喜び、ノームの話を聞きたがりました。そこで、一同は中庭の東屋の中に座り、夜風に吹かれながら話をしました。そこで皇太子は願い石の存在を知ったのでした。

 

 ノームは灰色のひげをした中年の男でしたが、小さな体で東屋の腰掛けに座り、足をぶらぶらさせながら、こんな話をしました。

「ロムドの王子様、この世界には想いというものがたくさん漂っています。想いは人の心が生むもので、目には見えません。ところが、長い時間がたつうちに、それらの想いが一箇所に集まって形をとることがあります。世界を支配する真理や真実といったものも同様です。長い年月の間に実体化したり、時には結晶化して石になることがあるのです。これが魔石です。純粋な想いや真理が集まった結晶ですから、強い力がこもっているのですが、人は魔石を自分の思い通りにすることはできません。魔石は生き物のように自分の意思というものを持っていて、自分の持ち主を自分で決めるからです。実に不思議な石なのです」

 皇太子はこの頃急に背が伸びてきて、長身のユギルの肩を越すほどの背丈になっていましたが、その伸び盛りの体を丸めるようにかがめながら、熱心にノームに話しかけました。

「それは、魔法の金の石も同じなのだろうか? それを手にした者は金の石の勇者と呼ばれるようになるのだが」

「ああ、魔の森に眠ると言われている守護の石のことですね……。そうです、王子様。あれは守りの想いそのものが結晶化して石となったものです。その石に選ばれた者は、世界を守る勇者となるのでしょう」

 皇太子は思わず黙り込みました。何かを思う顔になります。

 ことばに出さなくても、ユギルには皇太子の胸の内がわかる気がしました。皇太子は、なかなか現れない金の石の勇者に代わって、自分自身が金の石を手に入れて勇者になりたいと思っています。魔の森に足を踏み入れた時、金の石が自分を選ぶだろうか、と考えているのに違いありませんでした。

 

 けれども、皇太子はすぐに物思いをやめると、またノームに尋ねました。時間は限られています。できるだけいろいろな話を聞いておきたいと考えたのです。

「魔石には、金の石の他にどんなものがあるのだろうか? 魔法の金の石と魔金は違うのか?」

 魔金というのは、金よりも貴重な鉱物です。すると、ノームが穏やかに笑いました。

「全然違います、王子様。魔金は希少ですが、普通の鉱物の一種です。見た目は金にそっくりですが、金よりもはるかに硬度が高くて、ダイヤモンドをしのぐほど強力です。それを我々鍛冶屋の民は加工して、様々なものに利用します。一方、魔石は世界にたった一つしか生まれません。ですから、魔法の金の石も、この世に一つきりしかないのです。魔石を加工して武器や道具に使うこともありますが、それは、石自身がそのことに同意した時に限ります。人は、魔石を勝手に思い通りにすることはできないのですよ」

 皇太子は、またちょっと考え込みました。

「それはどの魔石でもそうなのか……? 魔石には、他にはどんなものがあるのだ?」

「ありとあらゆる種類が」

 とノームはまた笑いました。

「人の想いや真理の数だけ魔石もありますから。とはいえ、今現在のこの世にない石もあります。世界のどこかでゆっくりとこごって、結晶化している最中の石もあります。よく知られているもので言えば、優しの石、思い出の石、嘆きの石……真実の石は、空に住む天空王が持つ真実の錫(しゃく)に使われていると言われています。願い石も昔から有名です」

「願い石?」

 皇太子は聞き返しました。初めて聞く石の名前でした。

「願い石は、人の強い願いが集まって結晶化したもので、それだけに、とても強い力を持っています。たった一回だけですが、どんな願い事でもかなえることができるのです」

「どんな願い事でも」

 とまた皇太子は繰り返しました。まるでおとぎ話に出てくる魔法の道具のようです。

 ノームは静かに話し続けました。

「その力があるために、昔から願い石は多くの人から探し求められました。けれども、誰にも見つけられないのです。願い石は人の目には見えません。手に取ることもできません。魔石の中でも、特に変わった石なのです」

「でも、願い石の効果がわかっているということは、誰かが実際に見つけて使ったことがあるからなのだろう?」

 と皇太子が賢く尋ねました。ノームがうなずきます。

「願い石は堅き石と対になって現れることが多いのです。願い石を生むのは、人の強い願いです。その時、想いの強さが堅き石も生むのですね。このため、願い石を見つけるには堅き石を探すのが良い、とも言われています。ですが――願い石を手に入れた者には例外なく不幸が訪れるのです。願い石は、かなうはずのない人の願いをかなえてしまいます。その時、理(ことわり)に歪みが生じ、それが破滅を招くのです。願い石は、人に不幸と破滅をもたらす石です。絶対に探し求めてはならない石なのですよ――」

 ノームの声は、途中から相手を諭すような調子になっていました。まだ幼さの残る顔をした皇太子が、ひどく熱心に自分の話に聞き入っていることに気がついたからです。願い石の話が皇太子の心に何かの感銘を与えてしまったのでした。

 皇太子は、ノームの警告に何も返事をしませんでした。

 

 やがて、ノームが頃合いを見計らって大広間へ戻っていったので、皇太子もユギルと共に中庭を出て、城内の自分の部屋へ戻っていきました。

 その途中でユギルが話しかけました。

「殿下は願い石をほしいとお考えなのですか?」

「――魔石は自分で持ち主を選ぶのだろう?」

 と皇太子が答えました。はぐらかそうとするような調子です。けれども、ユギルがじっとその顔を見つめると、皇太子はすぐに肩をすくめて苦笑いをしました。

「そんな怖い顔でにらむなよ、ユギル……。ああ、願い石があったらいいなぁ、とは思ったがな」

 と城の廊下の天井を見上げます。何かを遠く見ている目でした。

 ユギルはちょっと考えてから、また尋ねました。

「願い石を手に入れることができたら、殿下は何を願いたいのですか?」

 とたんに、皇太子がまた苦笑いをしました。

「そんなのはわかりきっているじゃないか……。私は良い王になりたいのだ。強く頼もしく公正な――父上よりも立派な王になりたいのだ」

 十四の歳になりながらも、まだ幼い子どものようにまっすぐに自分の夢を語れる皇太子でした。

 ユギルは色違いの目を思わず細めました。ほほえむような表情になって尋ねます。

「強い王になるために、何を願われるのです? 周り中の国々を打ち従えて、中央大陸の覇者になることですか?」

 わざとぶつけてみた質問に、案の定、皇太子はむきになって反発してきました。

「それのどこが公正な王になる!? ただの暴君ではないか! 私がなりたいのはそんなものではない。いつでも国民が安心して暮らせるような、そんな国を作る王になりたいのだ。国民から頼られる王でありたい。父上のようにな――」

 父を越えたい、と言いながらも、父のようになりたい、とつい口走ってしまう皇太子でした。父王への尊敬と思慕と反発が入りまじっています。

 ユギルはいっそう優しい目になって、弟のような皇太子を見つめました。

「では、やはり願い石など求めなさいますな。先ほどノーム殿も言っていたように、願い石は持ち主を破滅に導きます。いくら願いがかなったところで、破滅してしまったのでは、その後、国民を平和に治めていくことはできません」

 皇太子は我に返ったような顔になり、やがて、うん……と小さくうなずきました。ユギルの言うとおりだと気がついたのです。

 ユギルは穏やかな声で言い続けました。

「魔石の力を借りなければなれないような王を目ざす必要はありません。石などなくても、殿下はやがて王となられる方です。殿下は殿下のままで国王におなりなさいませ。それが一番正しい道なのです」

 けれども、皇太子は今度はあいまいにうなずきました。なんとなく、自信のなさそうな表情が漂います。父王から疎まれていると思いこんでいる皇太子は、自分が王位継承者として不適格なのではないか、という不安がどうしても拭い去れないのです。 そんな皇太子を、ユギルはいとおしく見つめました。迷いも苦しみも、ユギルが肩代わりしてやることはできません。それは、皇太子自身が、自分のこととして越えていかなくてはならないのです。

 強くお進みください、とユギルは胸の内で言いました。自分を信じて、自分らしくお進みなさいませ――と。

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