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第6巻「願い石の戦い」

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51.火葬

 皇太子は目を開けました。

 夜空が目に飛び込んできます。星が少ない黒い空を、灰色の雲が風に流されていくのが見えます。

 パチパチと何かがはじけて燃える音が聞こえていました。遠くから、じんわりと熱気も伝わってきます。首をねじってそちらを見た皇太子は、とたんにひどい頭痛に襲われてうめき声を上げました。頭が割れるように痛みます。思わず額にやった手に、頭に巻いた包帯が触れました。

 すると、皇太子を少年がのぞき込んできました。フルートです。ほっとしたように笑顔を見せます。

「よかった。気がつかれましたね」

 金の光に包まれて「真の王」と民衆にかしずかれていた姿が、目の前の少年にだぶって、皇太子は思わず目をそらしました。あれがただの夢だったのはわかっていましたが、それでも心穏やかではいられませんでした。

 そらした視線の先の荒野で、山積みにされた何かが燃えていました。かなりの火勢です。流れてくる煙に混じって、肉が焼けるような匂いが漂ってきます。

 フルートが言いました。

「セイレーンと人面鳥を焼いているんです……。あいつらは闇の怪物で、完全に焼き払わないと、また復活してくるかもしれませんから……」

 その時、フルートはなんとも言えない表情をしていました。自分の痛みに耐えるような、あの表情です。それきり口をつぐむと、燃える火をただじっと見つめます――。

 

 すると、皇太子の視界の中にひょっこりメールが現れました。長い毛皮のコートのポケットに両手を突っ込み、細い体を曲げて、地面に横になっている皇太子をのぞき込んできます。

「気分はどう、オリバン? 吐き気とかしてないかい?」

 心配はしてくれていますが、その顔は笑顔です。皇太子の顔色や表情から、どうやら大丈夫らしいと判断していたのでした。

 その隣から、ゼンも顔をのぞかせました。

「ったく、皇太子もだらしないよな。セイレーンの歌に魂奪われちまうんだから。岩の当たり所が悪かったら、今頃あの世に行っていたぞ」

 とたんに、メールが肩をすくめました。

「なに言ってんのさ、ゼン! あんただって馬鹿みたいな顔して、ぼーっとセイレーンの歌に聴き惚れてたじゃないか! 人のことを言えるかい!」

「なんだよ。俺はすぐに歌を振り切ったじゃねえか。ちゃんとおまえも助けてやっただろうが」

 とゼンが、むっとして言い返します。

「偉そうに言ってんじゃないよ! オリバンよりあんたたちの方が早く正気に返ったのは、あんたたちが子どもだったからなんだよ。セイレーンの歌は男を惑わす歌なのさ。それも、大人の男をね。ホントにもう――ゼンのにやけた顔ったら、見てらんなかったよ!」

「な、なんだよ! どうして俺だけ……フルートや皇太子だって同じだったはずだぞ!」

「あんたが一番だらしない顔してた! あんたは目がいいから、セイレーンが見えてたんだろ? あいつら、外見はものすごく綺麗だからね。裸だし。ホントに、いやらしいんだからさ!」

「ばっ――馬鹿やろ! なんでそうなるんだよっ!!」

 ゼンがむきになって言い返し、それにメールがまた言い返して、たちまち賑やかな口喧嘩が始まります。

 

 それを笑って眺めていたフルートが、やがて、また真顔に戻って皇太子に言いました。

「殿下、メールが言ってたんですが、セイレーンっていうのは海辺にいる怪物で、普通、こんな奥地には飛んでこないものなんだそうです。人面鳥とセイレーンが一緒にいるなんて話も、聞いたことがないって……。あいつらは、ぼくらだけでなく殿下の命も奪おうとしていました。やっぱり、殿下を狙った刺客だったんじゃないかと思うんですが」

「やはりザカラスか――」

 皇太子がひとりごとのように言いました。証拠はありません。が、ザカラスには西に大きな海があるのです。非常に怪しい気がします。

 皇太子は起き上がろうとして、また頭痛と目眩に襲われました。うめいて頭を押さえます。フルートがあわてて止めました。

「無理なさらないで。怪我はそれほど深くないですけど、頭を打ったんだから、安静にしていないと」

「平気だ。かまうな――」

 けれども、皇太子はやっぱり起き上がることができませんでした。呆れたようにメールが言いました。

「やめときなって、オリバン。無理したって、いいことなんか、なんにもないよ。明日になれば起きられるって」

「今夜はぼくたちが交替で見張っていますから。殿下はゆっくり休んでください」

 とフルートも重ねて言います。その穏やかで優しげな口調が気にくわなくて、皇太子はまた目をそらしました。五つも年下の子どものくせに十八の自分と対等でいるように思えて、しゃくにさわります。遠くどこかで、また大勢が「新王の誕生万歳」と言っているような気がします。

 皇太子が顔をそむけたまま目を閉じたのを、フルートは、また眠り始めたのだと思いました。仲間たちに合図をして、皇太子のそばからそっと離れていきます。もう夜も更けてきているので、ゼンとメールとポチはたき火の周りに横になりました。

 不寝番に立ったフルートは、たき火よりもっと大きな荒野の火を眺めました。怪物たちを魂に還す炎です。次第に燃えつきて小さくなっていく火の前で、フルートはやがて自分のロングソードを抜きました。地面に剣の切っ先を突き立て、柄に両手をかけて、一人黙って深く頭を下げます。燃えつきていく者たちに向かって、詫びるように、悼むように――。

 

 その様子を密かに目を開けて眺めていた皇太子は、今度こそ本当に目を閉じました。フルートに邪心がないことは、見ていればはっきりわかります。この少年には本当に、何一つやましいところがないのです。人々のため、仲間のために命がけで戦い、仲間たちから慕われ、敵にさえ哀れみをかけます。光の石とも呼ばれる金の石。その持ち主にふさわしい、光の心の持ち主なのです。

 それをまざまざと見せつけられて、皇太子の胸にどうしようもない悔しさがこみ上げていました。たった十三でこうならば、五年後、今の自分と同じ年齢になったとき、この少年はどれほどの人物になっていることでしょう。言いようのない焦りと口惜しさに、本当に悔し涙があふれてきそうになります。

 皇太子は横になったまま、自分の剣の柄を固く握りしめました。歯を食いしばり、涙をこらえます。力がこもったせいか、また頭がひどく痛み出します。

 渦巻く想いと痛みの中で、皇太子は心につぶやいていました。

 

 願い石がこの手にあれば――。

 と。

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