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第6巻「願い石の戦い」

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第13章 光の心

48.父王

 「何故です、父上!?」

 オリバンは父に向かって叫んでいました。

「何故、私が国王になれないと言われるのですか!? 私は皇太子なのですよ!」

 食いつくように尋ねられて、賢王と名高いロムド王は、じっとオリバンに目を注ぎました。息子によく似た暗灰色の瞳ですが、その深さ、その聡明さにはオリバンはとてもかないません。

 ロムド王が答えました。

「王になれないと言っているのではない。おまえにはまだ、王となるのに足りないものがある、と言っているのだ」

「それは何ですか!?」

 オリバンは悔しさに歯ぎしりしながら聞き返しました。

 幼い頃から、王になるため、父に負けない立派な国王になるために必死で努力してきたつもりでした。家臣に守られ、かしづかれるような王ではなく、自分が国民を守れるような強い王になろうと思いました。強い強い王――金の石の勇者のような――金の石の勇者よりも、もっと強く立派な――そんな人物になろうと。

「それは人から教えられるものではない。自分で気がついていくべきものなのだ」

 と王は答えました。オリバンはまた歯ぎしりしました。いつだって父のことばは間接的で、何を言っているのか、何を自分に要求しているのか、見当がつかないのです。オリバンはまた声を上げました。

「奴ならば――金の石の勇者ならば、それを持っていると言うのですか!? 王になるべき素質を、あの子どもならば、すべて持っていると――!?」

 自分でも情けないほどに声が震えます。父の答えがどうしても聞きたいような、絶対に聞きたくないような、複雑な想いに襲われています。

 ロムド王は冷静に答えました。

「それは金の石の勇者にはあって、おまえにはないものだ。それが何であるか見いだすがいい、オリバン」

「父上!!」

 オリバンは叫びました。けれども、ロムド王は彼の目の前で背中を向けると、そのまま立ち去っていきました――。

 

 皇太子は夢から覚めました。

 夕闇があたりを包んでいます。皇太子は荒野の地面の上にじかに寝ころんで、鎧を着た腕を枕に横になっていました。すぐ近くで自分の小さなたき火が静かに燃え続けています。夕食をすませてからすぐに休んだのですが、寝入りばなに父と話している夢を見たのでした。

 皇太子はひどく苦々しい気持ちで、そっと唇をかみました。今のは夢です。けれども、父はいつだって自分に対してあんなふうな言い方をするのです。突き放すような、そっけないような――。

 私に何をしろというのだ、父上は! と皇太子は心の中で思わず言いました。答えは見つかりません。ただ、おまえは皇太子という地位に居座っているだけの能なしだ、と父から言われているような気がします。おまえにロムドを治めることは、とてもできないぞ、と。

 

 少し離れた場所で燃えるたき火が、二人の少年の姿を照らしていました。金の石の勇者とその友人です。静かな声で何かを話しています。ドワーフの少年が話の中で「皇太子」と言いました。皇太子は、どんなに深く眠っていても、自分を呼ばれたことには気がつきます。それで夢から目覚めたのでした。

 ゼンはフルートに向かって話していました。

「だから、これを左腕に巻いておくんだよ。皇太子が持っていた予備の鎖かたびらだけどな。これを肘にところに巻いて、上から籠手をつけりゃ、だいぶ防御力が増すぞ」

 あいつはそのためにあれを借りていったのか、と皇太子は話を聞きながら考えていました。防御力が下がっているフルートの鎧の弱点を、なんとか補おうとしているのです。そうとわかっていれば貸すのではなかった、と心の中でまた苦々しく思います。仲間たちから真剣に思いやられているフルートの姿が、妙に悔しく感じられます。夢の中に現れた父に、「おまえに欠けているものが何かわかったか?」と問いただされているような気がします。

「さすがに重いね」

 とフルートが実際に鎖かたびらを腕に巻いて苦笑いしました。それは当然です。鎖かたびらとは鎖の輪をつないで布状にしたもので、鉄そのものでできています。彼らが借りていったのは腕に巻くものの一部で、そう大きなものではありませんでしたが、それでもゆうに二キロの重さはありました。

「贅沢言うな」

 とゼンが顔をしかめて言い返していました。

「おまえが無茶ばかりするからだろうが。これ以上左腕を怪我したら、今度こそ腕を切ることになるぞ。北の大地でのことを忘れたわけじゃないだろう?」

 皇太子は急に不愉快になって、寝返りを打ちました。たき火のそばで話し続けている少年たちから目をそらします。

 彼らが見た目の幼さに似合わない経験の持ち主であることは、ここまでの道中で思い知らされました。話の中にちらちらと混じってくるのは、彼らが命がけでくぐり抜けてきた激戦の記憶です。戦う敵が強ければ強いほど、彼らは逆に落ちつき、強さを増します。自分たちは紛れもない金の石の勇者の一行なのだ、と宣言されているような気がします――。

 

 軽やかな足音が近づいてきました。背中を向けて横になっている皇太子に声をかけてきます。

「どうしたのさ、オリバン?」

 メールです。細身の長身をかがめて皇太子をのぞき込んできました。

「なにが?」

 皇太子は不機嫌に答えました。メールがちょっと笑います。

「フルートのことをにらんでたじゃないか。ここんとこ、何日もずっとフルートのことをよく見てるし。何を考えてたのさ?」

 皇太子は少しの間、少年のような姿をした海の王女を黙って眺めました。本当に単刀直入な娘ですが、驚くほど鋭い観察力を持っています――。

 皇太子は起き上がりました。どのみち眠気が失せてしまったのです。不機嫌な声のまま尋ねます。

「あいつは昔からあんな奴だったのか?」

 メールは目を丸くしました。

「あいつって、フルートのこと? そうだね。昔っから……って言っても、あたいがあいつらと仲間になってまだ一年はたってないんだけど……でも、最初からフルートはあんなふうだったね。いつもはすごくおとなしいくせに、戦いになると、いつも無茶ばっかりするんだ。いつだって自分が戦いの矢面に立とうとするんだよね」

 皇太子はいっそう不機嫌になりました。ちっぽけな金の石の勇者に、大きな勇気を見せつけられたような気がします。

「王になるべき者がすることではない」

 と、うなるように言います。

「王には臣下や国民を守る義務がある。最前線に出るのはともかく、自分の命を賭けるような真似は許されないぞ」

「フルートは王様になろうなんて、これっぽっちも考えてないさ」

 メールはくすくす笑い出しました。

「あいつはただ、みんなを守りたいだけなんだよね。……ほぉんと、馬鹿みたいなんだけどさ。あいつの頭の中には、それしかないんだもん。なんでなんだろね」

 悪口のように言いながらも、フルートを眺めるメールの目は優しさに充ちていました。無謀な自分たちのリーダーを暖かく見守る目です。

 

 そんなメールを、皇太子はしばらく見つめ、やがてこんなことを尋ねてきました。

「おまえはあいつが好きなのか、メール?」

「え?」

 メールは目をまん丸にして皇太子を振り返り、次の瞬間、大きく吹き出しました。

「まっさかぁ! あたいたちは仲間。ただの友だちだよ! だいたい、あいつにはもう好きな子がいるもん」

「ああ、そういえばそんな話だったな。ポポロとかいう魔法使いだったか?」

 とたんにメールは笑うのをやめて、また目を丸くしました。

「どうしてそれを知ってんの? フルートに聞いて――って、あいつがそんなこと自分で言うわけないか。ゼンに聞いたの?」

「ああ。話のついでにな」

 へぇ……とメールはつぶやきました。細い両腕を後ろ手に組んで、フルートと一緒にいるゼンを眺めます。

「あいつ、そんなこと話したんだ……。ふぅん」

 ことばの中に微妙なニュアンスが漂っていました。皇太子が気づいて顔を上げると、メールは静かな笑顔を返しました。とても透きとおった感じのする、不思議な笑顔でした。

「ゼンもさ、ポポロが好きなんだよ。すっごくかわいい優しい子なんだ。フルートもゼンも、二人ともポポロにぞっこんなんだよ」

 皇太子は、それこそ意外に感じました。とてもそんなふうには見えていなかったのです。

「それでもあんなに仲良くしているというのか、あの二人は? 信じられんな」

「いろいろあったんだよ。あいつらにもね……。それを越えて、あの二人は今でも親友同士なのさ」

 メールは優しく見守る目のままでした。

 皇太子はふいに何も言えなくなりました。また目の前の子どもたちに何かを見せつけられてしまった気がします。それは、確かに皇太子にはないものでした。今までずっと、考えてみたこともなかった何かです。自分の至らないところを、大声で誰かに指摘されたような気がします――。

 

「もう行け。私は寝る」

 皇太子は不機嫌そのものの顔になって、ごろりとまた横になりました。そのまま目を閉じてしまいます。

 メールは思わず首をかしげましたが、とりつく島がないので、しかたなくまた仲間たちの方へ戻っていきました。軽やかな足音が皇太子から遠ざかっていきます。

 私に何が足りないというのだ? と皇太子は心の中で自問していました。見えそうで見えません。ただ、子どもたちの姿を見ていると、その「何か」がおまえにはないのだ、と声高に責められているような気がしてくるのです。その声は父のロムド王の声のようにも思えました――。

 荒野の夜は、ゆっくりと更けていきました。

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