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第6巻「願い石の戦い」

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47.捨身

 炎の剣に切られた水蛇は、血の代わりに白い水蒸気をまき散らしながら、また元の体に戻っていきました。風に薄れる蒸気のカーテンの中に、敵の姿を探します。

 すると、突然白いカーテンを突き破って、小さな人間が飛び出してきました。金の鎧兜を着た少年です。小柄な体に似合わない大きな剣をかざし、少しもためらうことなく剣を蛇に突き立ててきます。

 蛇は剣を振り払おうとしました。全身が水でできた魔法の蛇です。いくら剣で刺されても、それが魔法の剣でも、ダメージを受けることはありません。周囲に降りしきる雨を吸い込み、傷をふさいで少年にかみつこうとします。水とはいえ鋭い牙です。

 ところが、急に蛇は動きを止めました。とまどうように、自分の胴を見下ろします。突き立てられた剣が抜けなかったのです。体の中の水の圧力で押し返し、外へ押し出そうとしたのに――。

 ごぼり、と体の中で何かが音を立てました。気泡がわきたつ音です。鈍い振動が、蛇の体を不吉に震わせました。

 蛇はさらにとまどいました。変です。何かが変な気がします。何故、目の前の小さな人間はいつまでも自分を刺していられるのでしょう。体の中を震わせながら、次々とわき起こってくる、この気泡の正体は何でしょう。

 

 蛇はふいに気がつきました。

 体の中が熱くなってきています。水だけでできた体が、剣に指された場所から熱を帯び、煮えたぎっていました。剣に触れる水が、たちまち気泡に変わっていきます。

 その時、蛇はようやくその少年の目的に気がつきました。少年が持っているのは、高熱を生む魔剣です。少年はそれで蛇を突き刺し、体の中を熱湯に変え、さらに蒸発させようとしているのでした。

 蛇は頭を振りました。シャアアーッと声を上げ、激しく全身を震わせて、少年と剣を振り払おうとします。ところが、体が動きません。留めつけられたようにびくともしない自分の胴を見下ろして、蛇はまた愕然としました。もう一人の小柄な少年が自分の体を押さえ込んでいます。さっき、自分を力任せにひっくり返した少年です。太い腕でがっしり自分の胴をつかんでいて、絶対に放そうとしません。

 蛇は焦りました。頭と尾を激しく振り、なんとか少年たちを振り払おうとします。このままでは蒸発させられてしまいます――。

 

「逃がすかよ!」

 ゼンが言って、さらに両腕に力をこめました。抑え込んでいる体の中は、すでに熱い気泡でいっぱいで、灰色だった全身が真っ白ににごってきています。大きな気泡がいくつも上へ、頭の方へと移動していくのが見えます。

 フルートは全身の力で蛇を突き刺し続けていました。ゼンが押さえている蛇を、さらに剣で抑え込もうとします。

 すると、突然蛇の体の表面が、はじけるようにちぎれました。音を立てて、白い水蒸気が飛び出してきます。シャアアアアーッとまた蛇が声を上げます。

 水蛇の全身から、次々と蒸気が噴き出し始めました。熱湯と同じ高温の水蒸気です。フルートが叫びました。

「下がれ、ゼン! これ以上は危険だ!」

 ゼンがすぐさま蛇を放して飛び下がりました。すでにあたりは熱い蒸気でいっぱいです。息が詰まりそうになりながら、大急ぎで蛇から遠ざかります。

 蛇の体から蒸気が噴き出し続けます。内側から張り裂け、ぼろぼろになった蛇が、苦しげに頭を振り回します。フルートは跳ね飛ばされそうになって、剣の柄をわきに挟み込みました。全身の力で蛇を貫き続けます。その目の前で蛇の体がはじけ、真っ白な蒸気が煙のようにわき起こり、フルートの小柄な体を包み込みます。

 その中で蛇は最後の力を振り絞りました。水の牙が並ぶ口を大きく開け、自分に熱い剣を突き刺している少年めがけて、頭上からかみついていきます。少年は剣だけを見つめています。その小柄な姿が、蛇の口の中に消えていきます。

「フルート!!」

 仲間の子どもたちは思わず声を上げました。蛇がフルートに襲いかかっていくのが見えたのです。けれども、次の瞬間、その姿は、もうもうとわき起こる水蒸気に隠れて見えなくなりました。

 メールが短い悲鳴を上げ、ポチが咽の奥でうなり、ゼンが奥歯をかみしめます。皇太子も呆然と立ちつくしながら、濃い蒸気のわき起こる場所を見つめ続けました。土砂降りの中、地面を撃つ雨音と、激しい蒸気の音だけが続いています――。

 

 荒野を強い風が吹いていきました。横殴りになった雨が、白い蒸気を吹き払っていきます。

 蒸気がちぎれた後に、水蛇の姿はありませんでした。雨にずぶ濡れになりながら立っていたのはフルートでした。炎の剣を手に握ったまま、肩で大きく息をしています。

 子どもたちは歓声を上げました。たちまちフルートに駆け寄っていきます。

「この野郎、無事だったな!」

「ワン、水蛇は蒸発しちゃったんですね!」

「相変わらず、危なっかしい戦い方するね。はらはらするじゃないのさ」

 笑顔で口々に話しかけてきます。フルートは汗をかいた顔で、にこりと笑い返しました。

「大丈夫だよ。魔法の鎧を着てるんだから」

 そんなフルートに皇太子は歩み寄りました。ものも言わずに、いきなりその左腕をつかみます。とたんに、フルートは悲鳴を上げました。苦痛に顔を歪めています。

「やっぱりだな。また左腕を負傷しただろう。今度は火傷か?」

 と皇太子に言われて、フルートは首をすくめました。

「大したことはないですよ。蒸気の直撃は避けましたから」

 フルートの鎧は魔法の防御力が落ちてしまっています。蛇から吹き出す蒸気の熱を防ぎきれなくて、特に守りが弱っている左の肘のところに火傷を負ってしまったのでした。

「大丈夫。腕は動くよ」

 と肘を曲げてみせるフルートに、仲間たちは思わず頭を抱えました。本当に、何度痛い目にあっても、何度同じような経験をしても、フルートはやっぱり相変わらずです。

 

「火傷の薬草ならあったよね」

 とメールが馬につけた荷物から薬を取り出そうとして、ぎくりと足を止めました。痩せた長身の男が、すぐ近くに立っていたのです。逃げたとばかり思っていたランジュールでした。腕組みをして彼らを眺めています。

 たちまちゼンと皇太子が身構えました。剣を握ったままだったフルートが、ランジュールの目の前に飛び出して、後ろにメールをかばいます。その足下でポチがうなりながら今にも飛びかかろうとします。

 ランジュールは、ふぅん、と腕組みしたまま一同を見渡しました。攻撃してくる様子はありません。

「なるほどねぇ。やっぱり金の石の勇者の一行って言うだけのことはあったんだ……。うん、わかった。やっぱり手抜きや手加減は禁物だってことだよね。どんなに小さく見える獲物でも、全力で仕留めなくちゃいけないってことだ」

 一人で話して、一人でうなずきながら、ランジュールがみるみる薄れて消え始めました。

「てめぇ、逃げるな!」

 とゼンがどなると、青年は笑いました。

「だぁって、ボクのかわいいペットがいなくなっちゃったんだもの。この次こそ、本当にすごいのをつかまえて連れてきてあげるから、楽しみにしててねぇ。その時こそ、金の石の勇者の命はボクのものだよ――」

 楽しげな声が、一瞬、氷の刃のように冷たく鋭く響きました。聞く者たちの背筋をぞっと凍らせます。ランジュールは、うふふっと笑いながら消えていきました。

 

「ちっ。気味の悪いヤツだな」

 ゼンがつぶやきました。メールはランジュールが消えていった場所をにらみ続け、ポチは背中の毛を逆立てています。

 そんな子どもたちが、いつの間にかフルートの周りを囲むように立っていることに、皇太子は気がつきました。ランジュールはもう姿を消しています。それでも、彼らは自分たちのリーダーを守ろうとしているのです。

 捨て身で仲間を助けようとする勇者と、その勇者を守ろうとする仲間たちか……と皇太子は心でつぶやきました。なんだかひどく不思議な気がします。

 皇太子が今まで知っていたのは、ただ、強い者が弱い者を守る、一方通行の関係でした。今、目の前に見ている子どもたちのような、お互いに守り合おうとするような姿を見るのは初めてだったのです。

 皇太子は突然、自分がひどく不機嫌になっているのに気がつきました。何故だか、大きな欠落感に襲われます。目の前にいる子どもたちよりも、自分の方が劣っているような、負けているような、そんな気分がしてきます。

「ふん――」

 皇太子は自分の馬を連れてくるために、その場を離れました。

 雨はまだ降り続いていました。一行を頭の先から爪先までずぶ濡れにする、土砂降りの雨でした。

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