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第6巻「願い石の戦い」

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46.水蛇(みずへび)

 雨の荒野で戦闘が始まりました。

 ランジュールの乗った水蛇が牙をむいて襲いかかってきます。全長が十メートル近い大蛇です。フルートとゼンは左右に散り、蛇の後ろへ回りました。それぞれの馬には、ポチとメールも乗っています。

 蛇が最後尾にいた皇太子をにらみました。逃げた獲物の代わりに食いつこうとします。皇太子は思わず剣を構えました。

 すると、とたんに青年の声が響きました。

「ダメだよ、ビーちゃん! あれは絶対食べちゃダメ。ビーちゃんの餌はこっちだよぉ」

 とフルートを指さします。ビーちゃんというのは、どうやら「蛇ちゃん」という呼び名を短くしたもののようです。

「食わせるかよ!」

 ゼンが言うなりエルフの矢を放ちます。矢は雨の中を飛び、水蛇の体に突き刺さりました。けれども、蛇の体は雨のしずくを集めてできています。矢は突き抜けて、荒野の彼方へ跳び去りました。

「無駄だよぉ。ビーちゃんには物理攻撃は効かないからねぇ」

 ランジュールがのんびりとまた笑います。細い瞳が、きらりと冷酷に光ります。

 すると、メールが笑いながら言い返しました。

「それが、そうでもないんだよね。水蛇ってのは、急で鋭い攻撃は全部素通ししちゃうんだけど、じわじわとゆっくり絞めてくるような攻撃にはつかまっちゃうのさ。――こんなふうにね!」

 蛇の体の下の草むらから、ざっと花たちが舞い上がりました。あっという間に花の網を作り、蛇の体に絡みついていきます。か細い緑の花の蔓です。たちまち断ち切られそうに見えます。ところが、蛇が暴れて蔓を切っても、花はまたすぐに蔓を伸ばして、網を作り直してしまうのです。じりじりと絡まり、迫ってくる網を、蛇は振りほどくことができません。

「へぇ、それは知らなかったなぁ。ちょっと困っちゃったかな」

 とランジュールがのんびり言いました。その体にも、蛇を捕らえた花の網が伸びてきて、絡みつこうとしています。とたんに、ばっと花が飛び散りました。蛇の全身から花の網がちぎれて落ちていきます――。

「あっ!」

 メールが思わず叫ぶと、ランジュールが笑いました。

「言うのを忘れてたかな。ボクは一応魔法使いだからさ、こういう普通の魔法だって少しは使えるんだよねぇ」

「戦闘がめんどくさくなるから、そういうのは使わないでおけよ」

 とゼンが言いながら、また矢を放ってきました。水蛇の顎の下から頭に突き刺さり、また水の中をすり抜けていきます。

「無駄だってば。キミ、頭が――」

 言いかけたランジュールの鼻先をかすめて、エルフの矢が飛びすぎていきました。ゼンは水蛇ではなく、その頭の上に乗った青年を狙って矢を放ったのでした。

「俺の頭がなんだって? 頭がいいって感心してるのか?」

 ゼンが次の矢を放ちながら言います。減らず口ならまったく負けないゼンです。矢は蛇の体越しに、次々にランジュールに襲いかかっていきます。けれども、水の中を通り抜ける抵抗でほんの少し狙いがそれて、ランジュールの体に届きません。

 ひゅう、とランジュールは口笛を鳴らしました。

「やるねぇ、キミ。ドワーフのくせに弓矢なんか持ってるから変だと思ってたけど、なかなかの腕前じゃないの」

 言いながらゼンに向かって手を向けます。

「危ない、ゼン!」

 フルートが思わず叫びました。

 とたんに、メールがゼンの後ろから手を伸ばして、馬の手綱を取りました。ものも言わずに強く馬の脇腹をけります。馬はたちまち駆け出し、走り去った後の地面が、突然爆発するように破裂しました。

「ありゃ」

 魔法をかわされて、ランジュールが声を上げます。そこへまた、ゼンの矢が次々に襲いかかってきます。走る馬の上から撃ってきているのです。ランジュールが魔法で払いのけます――

 

 皇太子は一人戦線から離れた場所に立っていました。

 これは金の石の勇者を狙った戦いです。皇太子が危険な目に遭う必要はありません。

 ですが、皇太子は歯ぎしりをしていました。目の前で子どもたちが魔獣使いや魔獣と戦っています。それをただ見ているだけなど、どうしても我慢ができませんでした。自分は皇太子なのです。金の石の勇者よりも勇敢な戦士なのです――。おびえる馬から飛び下り、大声を上げて切りかかっていきます。

 とたんに、ランジュールが振り向いて言いました。

「だから、キミは出てきちゃダメだってば、王子様。キミのことだけは絶対に殺さないように、って依頼主からの命令なんだからねぇ」

「きさまに金の石の勇者を殺すように命じたのは誰だ! 伯父上か!?」

 と皇太子はどなりながら水蛇に切りつけました。剣の刃が水を切り裂く鋭い音が響き、一瞬、蛇はまっぷたつになりました。

 が、次の瞬間、蛇の水の体はまたより合わさって、一つの蛇に戻りました。どこにも剣の痕は残っていません。

 ランジュールは、にやり、と笑いました。

「さぁねぇ。知りたかったら、ボクをやっつけてごらんよ。そしたら依頼主の名前も教えてあげるから……」

 

 とたんに、ゼンが言いました。

「じゃあ、教えてもらうぞ! フルートの命を狙ってるのは誰だ!? 殴り倒して、ふんじばって、国王の前に引き出してやる!」

 言いながら馬を飛び下り、自分から水蛇に駆け寄っていきます。太い蛇の胴体に腕を回すと、がっしりとつかまえてしまいます。

「やだなぁ。ビーちゃんを力ずくで止めようっての? それはちょっと無理――」

 笑って言いかけたランジュールが、ふいに目を見張りました。巨大な水蛇が、突然動かなくなったのです。まるでその場に根が生えてしまったように、少しも前に進めなくなります。

 ゼンが顔を真っ赤にしながら蛇の胴体を持ち上げようとしているところでした。本当に、じりじりと巨大な水の体が地面から離れていきます。

「ちょっと、ちょっと!」

 ランジュールが金切り声を上げました。

「キミ、なんでそんなに力持ちなのさ!? いくらドワーフだって強すぎだよ! 水蛇を持ち上げるなんて――!」

 へっ、とゼンは短く鼻で笑いました。以前、ゼンは渦王の水蛇のハイドラを素手で絞め殺しかけたこともあるのです。ハイドラに比べれば、目の前の水蛇は半分以下の大きさしかありません。上に乗ったランジュールごと持ち上げて、一気にひっくり返そうとします。

 ランジュールが片手をゼンに向けました。魔法攻撃を食らわせようとします。

 その瞬間、ゼンの隣にフルートが飛び込んできました。魔法のダイヤモンドで強化された盾を両手で差し上げます。ランジュールが撃ち出した魔法の光が、盾の表面で砕けて散りました。ゼンは無傷です。

 

 これだ、と皇太子は思いました。

 少女のように優しげで小柄な金の石の勇者は、戦闘が始まっても派手に動くことはあまりありません。なのに、仲間が危険になった瞬間、誰もが驚くほどの素早さで、仲間を助けに飛び出してくるのです。その行動には、少しのためらいもありません。自分自身の危険さえ、少しも顧みていないのです――。

 

「ああ? ずるいよキミ。魔法を跳ね返すだなんて、そんな盾を使っちゃダメだよぉ!」

 ランジュールが文句を言いながら、水蛇の鎌首を急降下させました。ゼンをかばって盾を構えるフルートを、蛇に頭からばっくりやらせようとします。

 とたんに、メールの声が響きました。

「花たち!」

 地面にちりぢりになっていた花が浮き上がり、水蛇に飛びかかっていきました。頭に絡みついて、口を花の蔓で縛り上げてしまいます。

 ワン! とポチが吠えました。激しい雨が降っているので、風の犬に変身することはできません。子犬の姿のまま一散に走ってくると、ゼンの背中に飛びつき、さらにフルートの頭の上に飛び移り、そこも蹴って、水蛇の頭の上に飛び上がっていきました。目を丸くしていたランジュールに、吠えながらかみついていきます。

「ひゃあ!」

 ランジュールがポチに向けて魔法攻撃をしかけようとしました。とたんに、その体が大きく傾ぎます。ゼンがついに水蛇をひっくり返したのです。地響きを立てて水の体が地面に伸び、頭の上からランジュールが放り出されます。

 

 ランジュールが離れた瞬間、水蛇を制御する力が途切れました。水蛇は今までとは比べものにならない激しさで地面をのたうつと、大きな鎌首をもたげました。メールの花の縄を引きちぎり、土砂降りの雨の中、シャーッと鋭い声を上げます。

「ビーちゃん! ビーちゃん! 落ちついて――!」

 ランジュールがあわてて話しかけていましたが、大きな尻尾になぎ払われそうになって、あわてて飛びのきました。ゼンに投げ飛ばされて怒り狂った蛇は、魔獣使いの命令など耳に入らなくなっていたのです。

 水でできた太い尾がぬかるんだ地面をずしん、と打ちます。空をおおう雲と同じ灰色の体の中で、二つの目が赤く光っています。赤い目が見据えているのは、正面に立っていた皇太子でした。ためらうことなく襲いかかっていきます。

 皇太子は、とっさに剣をふるいました。水の頭がまっぷたつになります。が、次の瞬間、水はまた寄り集まり、頭が復活しました。また皇太子にかみつこうとします。

 とたんに小さな人影が動きました。皇太子と蛇の間に飛び込んできて、剣で蛇をなぎ払います。フルートです。炎の魔力の刃にジャッと白い水蒸気があがり、蛇の視界をさえぎります。

 皇太子は、かっとしてどなりました。

「邪魔をするな! こいつは私が――!」

 ところが、とたんにフルートが振り向きました。

「下がって、殿下。これはぼくの敵です」

 冷静な声、冷静な表情、皇太子を見つめる目はまるで大人のようです。五つも年下のはずの少年が、突然、百戦錬磨の戦士に変わっていました。

 皇太子は思わず何も言えなくなりました。自分の胸ほどまでしかない小さな少年に気押されて、動くことができません。

 すると、フルートが突然、にこりとしました。厳しい顔が一瞬で素直な笑顔に変わります。

「すみません」

 それだけを言い残すと、フルートは剣を構えて蛇に飛びかかっていきました――。

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