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第6巻「願い石の戦い」

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第12章 勇者の一行

45.観察

 荒野の上の空を厚い灰色の雲がおおっていました。

 なんだか間もなく雨が降り出しそうな怪しい雲行きで、時折冷たい風が荒野を吹き渡っていきます。枯れて赤や黄色に色を変えた草が、そのたびにザアッと音を立てて揺れます。このあたりは、荒野の中でも草の多い場所なのです。

 風の中を一行が南西を目ざして進んでいました。先頭がフルートの乗った馬。鞍の前の籠にはポチがおさまっています。続いて、ゼンとメールが馬を並べて話しながら進んでいます。そこから少し遅れて、しんがりを行くのが皇太子の馬です。

 皇太子は、今までより間を詰めて、子どもたちの後ろについていました。子どもたちの話し声も表情もはっきり見聞きできる位置です。

 ゼンとメールは早口で言い合っていました。とにかく二人とも威勢が良くて、まるで喧嘩でもしているような迫力です。

 フルートはというと、ただ黙って馬を進めていました。賑やかなゼンとメールの話にはまざらず、籠のポチともことばをかわさず、ただ、いくぶんうつむき加減に前を見ながら、静かに歩みを進めています。でも、だからといって、拗ねたり淋しがったりしているようにも見えません。ただ、黙々と馬を進めます。

 時折、後ろを振り向くのは、後をついてくる仲間たちの様子を確認するためです。その視界には最後尾を行く皇太子の姿も含まれています。フルートがこちらを向くたびに、皇太子はなんとなく面白くない気持ちになって、視線をそらしました。年下の少年に心配されているようで、不愉快に感じます。

 

 何度目かに振り向いたとき、ふと、フルートがけげんな顔をしました。後ろをついてくる二人をじっと見つめます。いえ――フルートが目を向けているのは、メールが乗っている馬の方でした。その足下をしばらく見ていましたが、やがて、手綱を引いて自分の馬を止めると、声をかけてきました。

「ちょっと待って、メール、ゼン」

「なんだ」

 ちょうどメールと悪口の言い合いになっていたゼンが、怒ったように聞き返します。フルートは苦笑しました。

「君たちのことじゃないよ……。メールの馬、なんだか歩き方が変だよ。ちょっと見せて」

「え?」

 メールが目を丸くしました。朝からずっと馬に乗って歩き続けていましたが、異常は感じていなかったのです。

 フルートは鞍から飛び下りてメールの馬に近寄りました。優しく声をかけながらかがみ込み、左の後脚に触れてみます。馬は何の反応も示しません。

「気のせいじゃないのか? 何も気がつかなかったぞ」

 とゼンが言います。フルートは籠に乗った子犬を振り返りました。

「ポチ、ちょっと聞いてみてよ」

「ワン、わかりました」

 もの言う子犬が飛び下りてきて、ワンワン、と犬のことばで話しかけると、ブルル、と馬が鼻を鳴らしました。

「ワン、フルートの言うとおりです。左の後脚が痛いそうです。さっき、小石をまともに踏んでしまったんだって」

「えっ、ホント!?」

 メールが驚いて馬から飛び下り、フルートと並んで馬の足をのぞき込みました。

「大丈夫かい? あたい、全然気がつかないでいたよ」

 また、ポチがワンワン、と話しかけ、馬の答えを聞いて言います。

「大したことはないそうです。きっと、もう少ししたら痛みもなくなるだろう、って」

「でも、あたいが乗ってたら、治るのが遅くなるよね」

 メールは困ったように荒野を見回しました。秋枯れが進む荒野には、赤や金茶色に色を変えた草が揺れるばかりです。馬の代わりに花で乗り物を作ろうにも、花が足りないような気がします。

 

 すると、ゼンが言いました。

「こっちに乗れよ。しばらく休ませてやりゃ、おまえの馬も元気になるだろう」

「えぇ、ゼンの馬にぃ?」

 メールが口をとがらせました。たった今まで、二人はささいなことで口喧嘩をしていたのです。

「ゼンの馬なんかに乗ったら、どんな悪口言われるかわからないじゃないのさ。フルート、そっちに乗せてよ」

「やだよ」

 とフルートは笑いながら答えました。さっさとポチを籠に乗せ、自分も鞍にまたがってしまいます。

「メールを乗せたら、それこそ、また手綱を引っ張られて、何か言われるもんね。ゼンの馬に乗れよ」

「ひっどぉい! フルートったら、いつからそんな意地悪になったのさ。いいよ、オリバンの馬に乗せてもらうから」

 とたんに、ゼンが、むっとした顔になりました。いきなり鞍から身を乗り出すと、片手でメールの襟首をつかみ、あっという間に自分の馬の後ろに乗せてしまいます。

「いいから乗れってんだよ! あんなでかいヤツと一緒に乗ったら、馬が重くてかわいそうだろうが!」

「ちょっと、なにすんのさ! 猫の子じゃないんだよ! ホントに乱暴なんだから――!」

 文句を言うメールにゼンが言い返し、また賑やかな言い合いが始まります。喧嘩をしていても、じゃれているようにしか見えない二人です。フルートとポチが顔を見合わせて、こっそり笑いました。二人とも素直じゃないよね、と目と目で言い合っています。

 

 そんな一部始終を後ろから眺めながら、皇太子は考えていました。

 なんだ、これは……? と。

 先を行く三人と一匹は、中央大陸でも有名な、金の石の勇者の一行です。数え切れないほどの闇の怪物を退治し、魔王を倒し、世界に平和をもたらしてきました。金の石の勇者と言えば、ロムドでは三歳の子どもでさえ知っているのです。

 ところが、皇太子の目の前にいる一行は、どこから見ても十三歳の子どもたちでした。ゼンとメールの喧嘩は、たあいもない言い合いですし、フルートは鎧兜こそ身につけていますが、やっていることといえば牧場の子どもそのものです。賑やかにしゃべり、笑っている様子には、緊迫感はまるでありません。自分たちが勇者の一行だという気負いも迫力も、まるでないのです。

 

 フルートとポチがこっそり笑っているのに、メールが気がつきました。

「ああ、笑ったね!? あたいたちを絶対馬鹿にしてた!」

 金切り声を上げて指さすと、ゼンもどなりました。

「おまえら! 言いたいことがあるんならはっきり言えよ、はっきり!」

 とたんに、ポチが耳と尻尾をぴんと立てました。

「ワン。じゃあ言いますよ。二人とも仲が良くていいなぁ、って思ったんですよ。夫婦喧嘩してる新婚さんみたいだ」

 と、からかうように答えます。ゼンとメールが真っ赤になり、フルートが声を上げて笑い出します。

 メールがびしりと前の馬を指さしまして言いました。

「あいつらに天誅」

「おう!」

 ゼンがメールと二人乗りの馬を走らせました。あっという間に追いついて、フルートにつかみかかります。フルートはあわてて言いました。

「よせよ、ゼン! 冗談だったら!」

「ワンワン、そうですよ。いくら本当のことを言われて嬉しいからって、照れなくても――」

「誰が嬉しがってるってんだよ!?」

 ゼンが籠の中に手を突っ込んできたので、ポチは風の犬になって上空に逃げました。つむじを巻きながら笑い続けます。

「やぁい、追いつけない」

「甘いっ!」

 メールが一声叫ぶなり、さっと両手を振りました。とたんに、枯れ野のような荒野から、細い鞭のようなものが飛びました。花と蔓でできた投げ輪です。花の数が少なくても、その程度のものは作れたのです。花のロープが大事な首輪に絡みついてきたので、キャンキャンとポチが吠えました。

「卑怯だぁ! 首輪はなしですよ!」

「るせぇ! あの生意気犬をつるしちまえ、メール!」

「あいよ!」

「ちょ、ちょっと待てよ、ゼン、メール……!」

 フルートがあわてて取りなします。

 

 本当に、なんだこれは、と皇太子は頭を抱えて考えこみました。あまりに子どもたちが騒々しくて、なんだかめまいがしてきそうです。金の石の勇者たちの目的は世界と人々を守ることです。崇高な使命のために命かける戦士たちのはずですが――。

 花の蔓でがんじがらめになったポチが、子犬の姿で落ちてきました。本当にゼンにつるされてうなります。フルートが必死でそれを止めています。メールがわきではやし立てます。

 本当に、こいつらはまだ十三歳なんだ、と皇太子は改めて考えました。金の石の勇者だろうがなんだろうが、やっぱり子どもなんだ、と。見た目と同じように、心もまだ子どものままで。言うこともなす事も、やっぱり子どもで。

 でも――

 

 ぽつり、ぽつりと灰色の雲からついに雨が落ち始めました。雨粒はどんどん数を増し、あっという間に荒野は雨でいっぱいになります。

「雨宿りしないと!」

 とフルートが言いました。雨の音に負けないように、声を張り上げています。

「そんな場所があるかよ!?」

 ゼンがどなり返します。荒野にはただ草が雨に打たれて揺れているだけで、雨宿りができそうな木立も見あたりません。

 ポチが花の蔓を振りほどきながら言いました。

「ワン、ぼく、急いで雨をよけられる場所を探してきますよ。風の犬になって――」

「馬鹿言ってんじゃないよ。この雨の中で変身できるわけないだろ!」

 メールが子犬を叱ります。

 一行は馬を走らせ始めました。空の鞍を乗せたメールの馬もちゃんとついてきます。あてもないままに、雨の荒野を急ぎ続けます。

 

 すると、ふいに先頭を行くフルートが馬の手綱を引き絞りました。籠の中から、ワンワン、とポチが声高く鳴き出します。

「気をつけて! 敵です!」

 行く手の空間から、影のように、巨大な生き物が姿を現していました。思わず身構える一同に、おなじみになった声が楽しそうに話しかけてきます。

「やっほぅ、元気だったぁ? 今度は大雨の時に来てみたよ。これで戦ったら、どうなると思う?」

 魔獣使いのランジュールです。降りしきる雨の中、彼が乗ってきたのは、透きとおった水の柱のような生き物でした。

「水蛇じゃないか!」

 とメールが声を上げました。水の体を持つ魔法の蛇です。海の王たちも強力な水蛇を飼っているので、メールにはなじみがあります。川も湖もない荒野。水蛇は雨を体の元にしていました。

「へっ、水蛇なんかが怖いかよ」

 言いながらゼンがエルフの弓矢を構えました。フルートも、ものも言わずに背中の剣を引き抜きます。黒い柄の炎の剣です。メールの呼びかけに応えて、彼らの足下に花が集まり始めました。籠の中からポチがうなり続けています。

 その時、子どもたちは、がらりと顔つきを変えていました。さっきまで無邪気に騒いでいた子どもの顔は、もうどこにもありません。厳しい戦士の表情になって、目の前の敵を見据えています。

「それじゃ、行くよぉ」

 ランジュールが動き出しました。子どもたちも馬を走らせます。音を立てて降る雨の中、弓弦が鳴り、剣がひらめきました――。

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